第37話 おもてなし、だよね……?
家の中に入って通されたのは、リビング(かなり広い)の一角に置かれた四人掛けのダイニングテーブルだった。
促されるままに椅子に座った俺に、琴ヶ浜母が聞いてくる。
「鵠沼くんはハーブティーは好き? レモングラスとカモミールならどっちがいいかしら」
「え? え~と……」
普段そんな
「すぐ淹れるから、少し待っていてね」
「お、お構いなく」
ダイニングテーブルに隣接しているキッチンで琴ヶ浜母がお茶を用意している間、俺はそわそわと落ち着かない気分でリビングを見回す。
掃除の行き届いた広々とした空間には、素人目にもなかなかいい値段がしそうに見える家具や調度品が置かれている。が、それでも不思議と嫌味な感じはしなかった。
金持ち、とまではいかないまでも、もしかして琴ヶ浜んちって結構セレブ?
「はい、どうぞ。まだ熱いから気を付けて」
ほどなくして、琴ヶ浜母が俺の前に透明なティーカップを置く。
カップの中に入っていたレモン色のお茶からは、名前と見た目通りほんのりと柑橘類の香りが漂っていた。
「ありがとうございます。いただきます」
ズズッ……うん、やっぱりレモン味のお茶って感じだ。でも結構美味しいな。
「これ、実は恵里奈がうちのベランダで育てたレモングラスを使ってるのよ」
「え、そうなんですか?」
まさかの自家製だった。
言われてみれば、店の前にあるあの青い花の花壇とかもよく世話していたもんな。
あいつもつくづく世話焼きな性分らしい。
「鵠沼くんは、恵里奈の学校の先輩なのよね?」
感心しながらお茶を啜っていると、琴ヶ浜母が確かめるようにそう言った。
「学校でのあの子は、あなたから見てどう?」
「え? えっと、そうですね……学校ではあまり会わないのでよくわかりませんけど、有名人っていうか、皆から一目置かれてるみたいです」
「たしか風紀委員会に入ったのよね? あの子、上手くやれているのかしら」
「それはもう、大活躍ですよ。何しろ『鬼の風紀委員』なんてあだ名が……あ」
し、しまった!
自分の娘が学校で「鬼」呼ばわりされてるとか、母親からしたらいい気分はしないか?
「い、いやっ! 『鬼』って言っても、
「そう。ならよかった。あの子のことだから、きっと人一倍真面目に取り組んでいるとは思うけど。あまり度が過ぎて、何かトラブルに巻き込まれていないかと心配だったから」
風紀委員としてのあいつが周囲からどう見られているのか、ある程度見当はついていたんだろう。
少し不安げな表情こそ浮かべるものの、機嫌を損ねるでもなく琴ヶ浜母は呟いた。
「はは……それはまぁ、多分大丈夫だと思いますけど」
たしかに、必要とあらば実力行使も
それでも、あの琴ヶ浜恵里奈にちょっかいをかけようなんて命知らずはさすがにうちの学校にはいまい。
そもそもそんな隙を見せるような奴でもないだろうしな、あいつ。
「……ふう」
気が付くと、俺はカップに入っていたお茶を飲みほしてしまっていた。
空になったカップに気付いた琴ヶ浜母が、ティーポットから二杯目を注いでくれる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。……ごめんなさいね、色々と質問ばかりしてしまって。お店での様子は藤恵ちゃんから聞いているけど、学校でのあの子の様子を聞ける人って、今まであまりいなかったから」
「いえ、そんな」
「あの子、ああいう性格でしょう? 小さい頃からそう。小学校低学年の時なんか、掃除をサボって帰ろうとした男の子をビンタして泣かせちゃったこともあったわ」
おいおい……小学生の頃からすでに片鱗見えちゃってるじゃん。
実力どころか暴力の行使も厭わないぶん、むしろ今より過激だったまである。
「そんな調子だから、今まであまり同年代の子たちと馴染めなかったのよね。お友達、って呼べる人も、ほとんどいなかったみたいだし……。だからかしらね、お料理とかガーデニングとか、そういう一人でもできることばっかり得意になっちゃったのよね」
そこで言葉を切った琴ヶ浜母は、手元にあった自分のティーカップに口を付ける。
俺のように音を立てて啜るなんてことはせず、コクコクとお淑やかな所作で喉を潤すと、
「──さて」
途端にそれまでの和やかな雰囲気を取っ払い、ピリッと張り詰めた空気を纏って呟いた。
「だから……だからね、鵠沼くん。そんなあの子が、急に『男の子と二人で動物園に行ってくる』なんて言い出した時には、私は本当に驚いたわ」
「ひぃ!?」
お、お母さん? なんか目が据わっていませんか!?
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