第29話 デートの終わりに

「ふれあい広場」を後にした俺たちは、ちょうど昼飯時だったこともあって園内にあるカフェテリアへと足を運んだ。

 ここだけの話、実は琴ヶ浜がお弁当を作って来てくれるんじゃないかと淡い期待を抱いていたりもしていた。だが、それは彼女のとある考えによって残念ながら実現しなかった。

 いわく、


「今日は先輩のチケットのお陰で、ありがたいことに無料で入園させてもらっています。なので、せめてカフェテリアで食事をすることで園の収入に貢献するべきかと」


 とのこと。動物園の経営事情まで考慮しているとは、さすがガチ勢である。

 そんなわけで二人して昼食を済ませ、午後の時間もひとしきり園内を散策。

 最後にフンボルトペンギンのエリアを一回りすれば、ぼちぼち閉園時間が迫っていた。


「あ、先輩。帰る前に売店に寄っても構いませんか? 妹にお土産を買っていきたくて」

「ああ、なら俺もちょっと見てみるかな」


 正面ゲートまで戻ってきたところで、琴ヶ浜の希望でゲート近くの売店に入る。店内には動物のぬいぐるみやストラップといった土産物が並べられていた。


「お、これまだあったのか」


 琴ヶ浜が買い物をしている間、俺はふと店先にあった一台のガシャポンに目を留める。

 たしか、色んな動物のミニストラップが入ってるんだったか。中には野毛谷動物園にはいない動物もいるが、その適当さがいかにもローカルな動物園という感じで嫌いじゃない。

 これも子どもの頃、ここに来たらよく母さんに頼んでやらせてもらってたっけ。


「どれどれ、と」


 懐かしさに駆られて、試しに一回。

 コロン、と取り出し口から出てきたカプセルを開けてみると、中に入っていたのはハリネズミのストラップだった。

 おいおい、よりによってお前かい。俺もよくよくハリネズミに縁がある男だな。


「お待たせしました」


 やがて、目当てのものを買えたらしい琴ヶ浜が紙袋を手に戻ってくる。


「先輩? そのストラップは?」

「ああ、これか? 今そこのガシャポンを回したら出てきたんだ」

「そうでしたか……かわいい、ですね」


 言いつつ、琴ヶ浜がストラップを羨ましそうに見つめてくる。

 ……ふむ、そうだな。


「琴ヶ浜、ちょっと手出して」

「え? はぁ、こうですか?」


 慌てて差し出された彼女の右手に、俺は持っていたハリネズミのストラップを握らせた。


「それ、やるよ」

「え、そんな。これは先輩が取ったものじゃ」

「いいって。今日はお礼のハズだったのに、すっかり琴ヶ浜にエスコートして貰っちゃったからな。こんなものでも良かったら、俺からのお土産ってことで貰ってくれよ」

「先輩からの……」


 手元のストラップをまじまじと見つめていた琴ヶ浜は、やがてフッと微笑んだ。


「ふふ、ありがとうございます。では、大事にしますね……今日の、記念に」

「おう。んじゃ、そろそろ帰るか」

「はい」


 来た時と同じくバスで帰ろうと、俺たちは正面ゲート前のバス停まで向かう。

 ちょうど前の便が発車したところだったらしく、バス停には俺たち二人以外に人の姿は見当たらない。

 時刻表を確認すると、次のバスが来るのは二十分ほど後のようだった。


「いやぁ、にしても今日は歩いた、歩いた。さすがに足が疲れたよ」

「そうですね。私も、今日は久々に動物園に来られたのが嬉しくて、ついはしゃぎすぎてしまいました」

「はは、たしかに随分と楽しそうだったもんな」


 段々とオレンジ色に染まっていく空の下。

 からかい半分の俺の台詞に、琴ヶ浜がちょっと困ったような笑みで俯く。

 夕陽に照らされているせいか、白い肌はほんのりとしゅに染まっていた。


「はい。正直、その……楽しかったです。とても」

「そりゃよかった。なら、『お礼』に動物園を選んだ甲斐があったよ」


 まぁ、日頃の礼と言いつつ結局俺も一緒になって楽しんでしまったし、むしろ琴ヶ浜がガイドをしてくれたぶん、俺の方が満喫してしまった気もするが。


「いえ、あの……動物園に来れたこともそうですが……」


 と、不意に歯切れの悪い物言いになる琴ヶ浜。

 何か言いかけて口を開き、しかしすぐにまた引き結ぶ。

 それを三回ほど繰り返したところで、ようやく彼女の口からか細い声が漏れ出した。


「……こうして先輩と一緒にお出かけができた、というのも、楽しくて」

「へ?」


 まるで予想だにしていなかった琴ヶ浜の返事に、思わず素っ頓狂な声が出る。

 俺と一緒だったのが楽しかった……って、え? どゆこと?

 ……あ、ああそうか! きっとあれだな! 一人で出かけるよりも誰かと一緒の方がより楽しいとか、そういうことだよな! うんうん。

 なんて、混乱する頭で咄嗟にそれらしい解釈をして自分を納得させた俺だったが。


「あの、先輩」

「は、はい! なんでしょう!」


 おそるおそる、といった様子で、琴ヶ浜が上目遣いに俺を見つめて呟いた。


「先輩さえ良かったら……こうしてまた、二人で一緒にお出かけしませんか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る