第12話 お説教、からの……?
「緊張感に欠ける、と言わざるを得ませんね」
「……はい」
無言の圧力を纏わせた琴ヶ浜に連れてこられたのは、いつものカウンター裏……ではなく、スタッフルームだった。
今の時間はスタッフはみんな表に出払っているので、部屋には俺たち二人だけ。
そんな二人きりの室内で、鬼教官どのは
「お客さんとのやり取り、空いた皿を回収しようとしたこと。ここまでは上出来でした。先輩の成長が感じられて、私も教育係として嬉しかったです。……ですが」
ジロリ、と琴ヶ浜の鷹のような目が俺を睨む。
「前にも言いましたが、先輩は少しうっかりしすぎです。あと、後処理の対応も0点でした。皿を割ってしまった時は決して慌てず騒がず、まずはお客さんに安心してもらうために声かけ。その後は平静かつ迅速に後片付けをする。オロオロとうろたえて立ち尽くすなど言語道断です。くれぐれも肝に銘じておいてください」
「……はい」
「それに、皿だってタダじゃないんです。大切な備品なんですから、『一枚たりとも割らない』、『身を
「……はい」
さっきから「はい」しか言えてない気がする。
申し訳なさに、俺はひたすらうなだれるしかなかった。
いやもうほんと、弁解のしようもございませんです、はい。
「まったく……割ってしまったものは仕方ありません。故意というわけでもないので弁償の必要もありませんが、一応いつ誰が割ったかは記録するのがうちの決まりです。そこのボードに貼ってある破損報告表に、先輩の名前と日付、壊したものを記入してください」
「……はい」
スタッフルームに連れてこられたのはそのためか。
俺はよろよろと壁際に歩み寄り、すでに何人かの手による記録が書かれた破損報告表の最新の空欄に、必要な情報を書き入れた。
リストの中に琴ヶ浜の名前が一つもないのは、さすがというべきだろう。
「はい、結構です。もうここに名前を書かなくていいように、今後気を付けてくださいね」
「ああ。マジで気を付ける」
琴ヶ浜がコクリと頷いた。
どうやら、ひと通り言うべきことは言ったらしい。
「えっと……じゃあ、仕事に戻るよ」
俺はトボトボとスタッフルームの入口へと向かう。
それから、ドアノブに手を掛けて押し開けようとしたところで。
「……待って!」
「は、はい!?」
鋭い制止の声に肩を震わせて振り返れば、琴ヶ浜がズンズンと無言で俺に近づいてきた。
(な、なんだなんだ、急にどうしたんだ?)
そうこうしているうちに、琴ヶ浜はもう俺の目と鼻の先までやってきていた。
「こ、琴ヶ浜?」
何やら険しい表情で、琴ヶ浜がジッと俺の顔を見上げてくる。
え、えぇ~? まだ何か怒ってる?
まさか、アレか? 「誰が仕事に戻っていいと言いました? 皿も満足に運べない役立たずはもう帰って結構です」のパターンか!?
相変わらず無言なのが最高におっかない。
一体このあとどんな手厳しいお叱りや罰が待っているのだろうか。
などとひたすらビビり散らかしていると、不意に琴ヶ浜に右手を掴まれる。
あ、ねじ切るの?
やっぱり皿を割った罰で、俺の右手首をねじ切るの!?
「先輩、これ……」
俺の右手を掴んだまま、琴ヶ浜が顔を伏せてボソリと呟く。
表情はよく見えないが、その声は心なしか震えていた。
「お、俺の右手がなにか?」
言われて視線を落とすと、右手の親指あたりがいつのまにか赤く染まっていた。
どうやら指の腹が切れてしまっているようで、じんわりと鮮血が滲んでいる。
な、なんだ、これを伝えようとしたのか。
急に大声出して掴みかかって来るもんだから、ムダに焦っちまったぜ。
「あちゃあ、転んだ時に皿の破片で切ったかな? まぁ全然痛くないし、平気、平気」
実際、傷口自体はそこまで大きくないようだ。
大した怪我じゃない。
「このくらいの怪我、中学で運動部だった時なんかしょっちゅうだったから、慣れっこだよ。唾でも付けとけば……」
と、俺が右手を口元に持っていこうとした、その瞬間。
「──ダメ」
バッと顔を上げた琴ヶ浜の口から飛び出した言葉は、俺を唖然とさせるには十分だった。
「ダメだよ、ケンスケ!!」
……………………はい?
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