第5章 俺の後輩が動物好きで微笑ましい
第23話 あいつ、もしかして俺のこと……
「たかだかスーパーで買い物するのに何時間かかっとんじゃこの
「あだだだだだっ!? は、離せ! 首が、ゲホッ、首が絞まってるから!」
俺の(というか飲み物と食い物)の帰りが遅いことに、姉貴は案の定ブチ切れていた。
おかげで俺は家に入るなり、玄関で待ち伏せしていたヤツに思いっきりヘッドロックを食らわされる羽目になった。くそ、こっちにだって色々事情があったんだよ。
その後、買ってきた缶ジュースとツマミを与えてどうにか姉貴の機嫌を直した俺は、落ち着いたところで琴ヶ浜から渡されたミニサンドを頬張った。
「……うん、当然のごとく美味い」
やっぱあいつ、料理の腕もエリート級だよな。
店の食材の余りで適当に作ったとか言ってたけど、これ普通にルピナスのメニューに加えてもいいレベルじゃないか? 一口サイズなのが残念でならない。
「ごちそうさんでした。さて……」
琴ヶ浜特製のミニサンドを美味しく頂いてから、俺は風呂場へと向かう。
汗でベタベタな体を冷たいシャワーで洗い流し、自室に戻ってベッドの上に寝転がってから、少し思うところがあってスマホのチャットアプリを起動した。
〈なぁ、モリタク。これは俺の友達の話なんだけどさ〉
メッセージを送ると、返事はややもしないうちに返ってきた。
〈おう、俺がどうしたって?〉
〈お前じゃねーよ〉
まるで俺の友達がお前以外にいないみたいな言い方はやめろ。いないけど。
いきなり話のコシを折られてしまったが、気を取り直して続ける。
〈親戚に同い年の男子がいるんだけどさ。そいつ、最近よく話すようになった女子がいるんだと。しかも、なんつーか、それがまた結構な美少女らしいんだよな〉
〈ほぉん。そりゃ羨ましいこったな〉
〈その子、たしかに外見はトップクラスなんだけど、性格がめちゃくちゃキツいっていうか、誰に対しても不愛想っていうか。だから学校じゃ男子はもちろん、仲の良い女子もいないような子なんだそうだ。ハブられてるとかじゃなくて、近寄りがたい的な意味で〉
〈はは、なんだかどこかで聞いたような話だな。
うん、まぁ、まさにお前が想像してるであろう女子のことなんだけどね。
〈だけど、うちの親戚の奴に対してだけはなぜかやたらとチョロいらしい。色々と手伝ってくれたり、大したことじゃないのにすげぇ褒めてくれたり、ほんの軽い怪我でもこの世の終わりみたいに心配してくれたり、お腹減ってるときに手料理を差し入れてくれたり〉
ポチポチと長文を打ち込んだのち、最後の一文を付け加える。
〈なぁ、これってつまりどういうことだと思う?〉
〈そうだな……とりあえず、俺からお前の親戚とやらに送る言葉は一つだ〉
ヒュポッ、とチャットの受信音が響き、モリタクからの短い伝言が表示される。
〈リア充爆発しろ〉
スマホを持ったまま、俺は自室のベッドに仰向けに倒れこんだ。
「はぁぁぁ……やっぱそういうことになる、のか?」
単に、なんだかんだで面倒見が良い性格だからだと思っていた。
二人きりになるとやたら甘やかしてくるのも、たかが切り傷の一つくらいで大慌てで手当てしてくれたのも、さっきみたいに俺のために差し入れを用意してくれるのも。
それは全部、琴ヶ浜の世話焼き精神がたまたま俺に向けられただけのことなんだと。
だけど、さっき彼女がルピナスでの別れ際に見せた表情を見て、もしかしたらそれだけではないのかも知れないと感じた。同時に、俺の中でむくむくと淡い期待が膨らみ始める。
まずあり得ない話だとは思うけど。
単に俺の勘違いである可能性の方が大だけど。
それでも、もしかしたら……もしかしたら、琴ヶ浜って、俺のこと……。
いやいやいや! でもやっぱり、さすがにそんなわけ……。
「あー……わっかんねぇ」
「う~ん? 何がわかんないってぇ?」
「どぅおわぁぁぁぁぁぁ!?」
いきなり顔を覗き込んできた姉貴に驚いて、俺はベッドから跳ね起きた。
「なっ、えっ、あ、姉貴!?」
「お? どしたどした~、そんなに慌てちゃってぇ、えへっ、えへっ」
見れば、いつの間にか俺の部屋に侵入してきた姉貴が、これまたいつの間にか手に持っていた缶ビールを
すでに何杯もやった後なのか、完全に出来上がっている。
「どうしたはこっちの台詞だ! 勝手に入ってくんなっていつも言ってるだろ!」
「んなによぅ、私の部屋は私の部屋、あんたの部屋も私の部屋でしょ~?」
「違いますけど!? つーか、酒は切らしてたんじゃなかったのか?」
「あ~これ? 外涼しくなってきたから、さっき買ってきた~ん」
「うっわ、酒臭っ! 何杯飲んでるんだよ」
「んふふふ~、わかんない杯目~」
ダメだこの酔っ払い。
このぶんだと、今晩も確実に俺の部屋で寝落ちコースだなこりゃ。
ったく、毎度毎度なぜ酔っぱらうと俺の部屋にやってくるんだこいつは。
「ほら、しゃんとしろって。酒盛りなら自分の部屋か、せめてリビングでやってくれ」
「おーし! じゃあ任せた! お姉ちゃんを~、お部屋まで運んでくーらさい!」
しち面倒臭ぇなぁ、もう!
床に長座して万歳をする姉貴。これ以上文句を言っても時間とエネルギーの無駄なのは身に染みてわかっているので、俺は仕方なく姉貴の両腕を掴んで引きずった。
「……ん? なんだ?」
と、床に擦れた姉貴のショーパンの尻ポケットから何かが落ちる。
ヒラヒラとした二枚のそれを拾い上げてみれば、どうやら何かのチケットのようだ。
「なぁ、姉貴。なんかチケットみたいなの落ちたけど」
「ぅあ~? チケットぉ?」
「えっと、『
「ああ、それね~……」
姉貴の声のトーンがわずかに落ちる。
「昨日、大学で友達にもらったの~。『たくさんあるから
「へぇ。ここってたしか、うちの近所にある動物園だよな。ならせっかくだし彼氏でも誘って行ってくれば? 日がな一日酒飲んでるよか、その方がよっぽど有意義な休日になるだろうよ」
「嫌味かキサマ! あんた私が独り身なの知ってんでしょうが! 行かねーわよ! 一緒に行く相手なんかいないっつってんにゃろめ!」
「あっそ。あれ? でもこの前の合コンでイケメンな美大生とイイ感じになったとか言って──」
ガンッ。
空き缶で殴りつけられた。
「ソレ以上、ソノ話ヲシタラ──モグ」
「なにを!? どこを!?」
やべぇ、目が据わってるよ姉貴。……そうか、またフラれたんだな姉貴。
つーか、それならそれでその友達とでも行ってくりゃいいのに。そうすれば家も静かになるし。
「ってことで、それいらな~い。捨てるつもりだったし、あんた適当に処分しといて」
投げやりに言った姉貴が、「そうそう」といって振り返る。
「なんならそれあげるから、剣介こそ彼女とでも行ってくれば? いるなら、だけど~!」
プ~クスクスと心底バカにしくさった態度で嘲笑い、千鳥足で自室へと向かう姉貴。
今さらながら、マジ最低だなこいつ。
フラれた恨みを俺で晴らすな。そういうとこだぞ。
「……まぁ、いねぇんだけどさ」
姉貴に言われるのはムカつくが、たしかにこんなものを貰ったところで一緒に行くような相手などいないのも事実だ。
かといって捨てるというのもなんとなくもったいない気がしてしまうのは、俺の根が庶民派だからだろうか。
これがせめて映画館とかボウリング場のチケットだったら、まだモリタクでも誘って行けばいい話なんだけど。
ムサい野郎二人で動物園ってのはちょっとなぁ……。
「動物園、動物園ねぇ…………動物?」
ペシペシと指でチケットを弾いているうちに、そこで俺ははたと閃いた。
「あ、そうだ」
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