第34話 風紀委員長のお誘い

「ど、どうも」


 学内の有名人、しかもモリタク言うところの「四ヶ嬢」筆頭である風紀委員長の登場に、俺は咄嗟にぎこちない挨拶を返すのがやっとだった。

 今までも廊下や講堂などで遠巻きに見かけたことはあるが、一対一で対面したのは初めてだ。さすがと言うべきか、こうして間近で見ると琴ヶ浜に負けず劣らずオーラがある人だ。


 毎日のようにあちこちで目にしているはずの学園の女子制服も、彼女が着ればぴしりと決まっていて隙が無い。

 とても一学年違うだけの高校生とは思えない雰囲気だ。


「二年の鵠沼剣介くん、だね」


 そんな彼女の脇を通り過ぎようとしたところで、不意に名前を呼ばれる。

 びっくりして振り返れば、髪と同じく漆黒の瞳が俺をまっすぐに見えていた。


「は、はぁ。そうですけど」

「うん、やっぱりそうか。いや、いきなり声を掛けてしまってすまないね。私は三年の照ヶ崎青葉という。どうかよろしく頼むよ、鵠沼くん」


 何やら満足げにそう言った照ヶ崎先輩は、次にはついと下顎に手を添えると、


「ふむ……そうか。君に頼むという手があったな」


 何事か思案する素振りを見せて、それから再び俺の方に視線を戻す。


「鵠沼くん。短兵急たんぺいきゅうな申し出ですまないけれど、この後少し時間をもらえないかな? 君に一つ頼みたいことがあってね。よければ風紀委員室まで付き合って欲しいんだ」

「え……俺に、ですか?」


 思わず聞き返した俺に、漆黒の風紀委員長はゆったりと頷いた。


 ※ ※ ※ ※


 その後。特に照ヶ崎先輩の申し出を断る理由も無かった俺は、彼女の後をついて校舎一階にある風紀委員室へと向かった。

 室内には一般教室の半分ほどの広さの空間があり、部屋の左右の壁に備え付けられた棚には、何かの資料やファイルが整然と並べられている。

 その他の什器じゅうきらしい什器といえば、委員用のデスクがいくつかと、応接用ローテーブルとソファ、ポットやカップなどが収納された木製の茶箪笥ちゃだんすくらいのものだ。


 あの「鬼の風紀委員」をはじめ、日々学園内の治安維持に勤しむ者たちの拠点ということで、なんとなく警察の取調べ室のような部屋を想像していたけど……案外、普通の文科系部室といった感じだ。

 それにしても、まさかこんな形でこの部屋に入ることになるとはなぁ。


「さて、と。じゃあ、少しそこで待っていてもらえるかな、鵠沼くん?」


 部屋に入ると、照ヶ崎先輩は壁際の棚の一角に手を伸ばして何かを探し始めた。

 特に何をするでもなくそれを見守っていた俺は、ふと気になったことを口にする。


「あの……照ヶ崎先輩は、どうして俺の名前を?」

「うん? いやなに、これでも私は風紀委員長だからね。いつどこの誰が問題を起こしてもすぐに対処できるよう、全校生徒のプロフィールくらいは把握しているのさ」


 なにそれ怖い。

 風紀委員長ってそんなことできるの? 

 それともそのくらいの芸当ができないと風紀委員長にはなれないの?

 不敵な笑みを浮かべていた照ヶ崎先輩は、けれどすぐに苦笑する。


「なんて、格好をつけたいところだけれどね。さすがに私もそこまでの超人ではないよ」

「そ、そうですか」


 ビビった。なんとなく、この人ならマジで把握しててもおかしくなさそうな雰囲気だから、一瞬本気で信じちゃったよ。


「実を言うと、君の事は恵里奈くんから聞いていてね」

「琴ヶ浜から?」

「うん。最近、アルバイト先にトゲトゲ頭で顔の怖い、少しうっかり屋の新人がやってきた、とね。同じ学校という事もあって、自分がその人の教育係になったと話していたよ」


 なるほど。それで俺の名前や風貌を知っていたのか。

 まぁ、この学校でトゲ頭の悪人面をした男子といったら俺くらいのもの……って、自分で言ってて悲しくなってきたなぁ。


「まだ一、二か月の付き合いだけれど、彼女が自分から他人の話をするなんて珍しい……いや、初めてのことだったからね。それで、君の事は印象に残っていたというわけだ」

「はぁ」


 そりゃ、たしかに普段のあいつはあまりお喋りなタイプじゃなさそうだけど、そんなに珍しいことなのか? 

 あいつだって、さすがにそのくらいの世間話なら……。


「いやいや、本当に珍しいことなんだよ」


 俺の言わんとすることを察したらしい照ヶ崎先輩がフルフルと首を振る。

 さらりと心を読んでくるあたり、やっぱりちょっとおっかない。


「すでに君も知っているかも知れないけれど、恵里奈くんを風紀委員会に勧誘したのは私なんだ。成績優秀で文武両道、自分にも他人にも厳しい質実剛健な人となり。もちろん、彼女のそういった点を評価してのことでもある」


 棚を探る手をしばし休めて、照ヶ崎先輩がぽつぽつと語る。


「ただ、それだけではなくて……入学当初の彼女は、それでもどこか覇気が無いというか、気力や活力と言ったものに乏しいように見えてね。何か大切な部品を失くしたまま動き回っている機械のよう、とでもいうべきか。少なくとも、私の目にはそのように映ったんだ」

「大切な、部品……」


 俺は、入学当初の琴ヶ浜がどんな様子だったかは知らない。

 だが、今ならなんとなく想像できる気がした。


 死んでしまったケンスケのことを思いながら……ぼんやりした目で学校に来る、あいつの姿が。

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