恋人ごっこ

れーずん

第一章 氷が溶ける道

1話 氷の姫に嘘コクを

「――じゃあお前、に告白しろ」

「ふざけるな」


 休み時間中、騒がしい教室内でニヤつきながら命令する零弥れいやに俺は忌々しげな視線を向ける。


「そんな怖い顔するなって。そもそもとして、俺に考査の点数で負けたのはお前だろ?」

「お前が必要以上に勉強なんかしなければ、俺がしなくても余裕でお前に勝っていたはずなんだ」

「それを知ってたから俺は勉強した。お前の自業自得だよ」


 正論を零弥に突きつけられ、俺はぐうの音の代わりにため息をついた。


 何故俺が氷の姫に告白するハメになったのか。

 それは至って単純だった。


 ――前期中間考査の合計点数で勝負し、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞く。


 年頃の中学生ならまだ分かるが、高校生にもなってこんなことをしているのは俺らくらいしかいないだろう。

 全く、何で受けて立ってしまったのか。


『なぁなぁ彼方かなた。考査の点数で勝負しようぜ』

『はぁ? 何でそんな子供っぽいことを俺がしなくちゃいけないんだ』

『嫌なのか?』

『嫌に決まってるだろ』

『あっ、お前あれか。俺に負けるのが怖いから勝負を受けないんだろ?』

『そんなのじゃないし。そもそもとして、お前の学力程度じゃ俺に勝てやしない』

『じゃあ、別に勝負を受けてくれてもいいんじゃないのか?』

『……受けてやるよ』


 理由は明白だった。

 俺は改めて自分のチョロさを恨んだ。


「お前、俺がのことを嫌ってるの分かってるだろ」

「分かってる。でも、だからこそ言った」


 その瞬間いきなり零弥はさっきまでのヘラヘラしていた表情を一変させ、真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「……何で?」


 零弥の急な変わり様と意味ありげなセリフに、俺は眉をひそめて訝しむ。


「だってお前、いつまでもそのままじゃ生きづらいだろ」

「っ……余計なお世話だ」

「余計なお世話でもな、やっぱり傍から見てると心配なんだよ。お前が周りと関わらなくなったのも、高校に上がってからだろ? お前、多分損してる」

「だから……」


 言いかけて、俺は再度ため息をつく。

 どれだけ突き放しても零弥が寄り添ってくるのは、俺が一番よく理解していた。

 そして、こんなにも親身になって俺を気にかけてくれる人がこいつしかいないことも。


「本来だったら、お前が友達でいてくれてありがとうなんて感謝をすべきなんだろうな」


 そう言いながら、俺は席を立つ。

「ちょ、おい」と俺に制止をかけようとする声が聞こえてきたので、俺はそれに従ってか、それとも他に話すことがあるからかその場で立ち止まり零弥の方に振り返った。


 恐らく後者の方だろう。


「とりあえず、そのは受ける。約束は約束だからな。……で、俺はどうすればいい?」


 両手を学ランのポケットに突っ込んでだるさを全面に出した俺に、何故か零弥は安堵したような微笑みを見せる。


「場所は四〇五号室。今はもう使われていない空き教室だ。柚子川さんには俺が話をつけておくから、彼方は放課後にその場所で待機していてくれればいい。俺も見に行くから、頑張れよ?」


 何か至れり尽くせりだな。

 もしかしなくともこいつ、勝負が決まる前から計画してたな?

 まぁ、告白するだけなら俺の負担も減るから有り難いのだが。

 いや、罰ゲームだから有り難くはないのか?

 というか、最後の一言は余計だろ。


「……了解」


 上手く思考がまとまらなかった俺は、考えることを放棄し零弥の言葉に呼応するのだった。



         ◆



 ――放課後、四〇五号室。

 俺はSHRショートホームルームが終わった後、真っ先にこの教室を訪れていた。


 告白するというのに、流石に相手を待たせるわけにはいかない。

 ……まぁ、そうは言っても実際には嘘コクなのだが。


 俺は柚子川と付き合うつもりなんて毛頭なかった。

 会話すら交わしたことのない俺の告白が成功するわけない。

 そもそもとして、あいつはあの氷の姫。

 どこにでもいるような凡人、いや、それ以下である俺がたとえあいつと会話をしていても付き合えるはずがなかった。


 元々彼女に恋心を抱いているわけでもなく、付き合うつもりがない前提で告白をするから「嘘コク」。

 相手の心を弄ぶことにしか能がないこの行為を他の人間にやるとなったら良心が痛むが、振られると分かっている相手への嘘コクなので俺の負担も少なかった。


 ……そんなことを考えている内に、彼女はやってくる。

 ぞろぞろとギャラリーを引き連れて――。






「――で、いきなりなんですか。こんな薄汚い教室に呼び出して」


 教室に設けられている引き戸から男女の入り混じったギャラリーが覗く中、それをバックに彼女は瞳を伏せて吐き捨てる。

 ギャラリーの中には、やはり零弥の姿が見えた。

 ふと目が合えばこちらに微笑みかけてきたので俺はさりげなく睨みつけた後、再び彼女に視線を戻す。


 ――柚子川ゆずかわ緋彩ひいろ

「氷の姫」と呼ばれる彼女の特筆すべき点は、なんと言ってもその童顔。

 猫を彷彿とさせるほどの大きな瞳は淡い真空色で、顔も丸く小さい。

 後ろに下げている端正に整えられた亜麻色のロングヘアは、それをより一層引き立てている。


 ただ童顔というだけでなく、学校一の美少女と謳われるほど顔立ちも綺麗に整っていた彼女は、思わず守りたくなってしまうようなか弱さと可憐さを醸し出していた。

 しかしその雰囲気とは裏腹に、彼女はの姫と呼ばれる理由である冷たい心とクールさも兼ね備えていた。


 童顔なのにクールであるというギャップのせいで、柚子川は日々たくさんの男子から告白を受けているという。

 ただ、その結果は氷の姫というあだ名から言うまでもないだろう。


 大半が柚子川に好意を持っているギャラリーにとって、今の俺は叶うはずのない恋を叶えようとしている愚か者に映っているはずだ。


「……好きです。俺と付き合ってください」


 両手を学ランのポケットに突っ込んで、俺は適当に告白を済ませる。


 氷の姫への態度がなっていないからか、ギャラリーから強い眼差しが飛んできた。

 元々付き合う気などさらさらないのだ。

 印象操作なんて、これからも赤の他人である柚子川には不要。

 こうなって仕方がないと言える。


 告白という罰ゲームは果たしたから、後は振られるのを待つのみ。

 ここで振られて、ギャラリーに恨みを持たれることもなく、また平凡な日常が戻ってくる。

 あれだけ俺のことを思ってくれていた零弥には少し申し訳ないが、振られること自体はあいつも薄々気付いていただろう。

 俺も振られる気満々でいた。


 なのに――。


「……いいですよ。その告白、受けてあげます」


 柚子川が無表情のまま放った一言で俺は絶句し、廊下には阿鼻叫喚地獄が出来上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る