73話 終幕へのカウントダウン
「――つっかれた〜! 指も痛いし」
「昼飯食べてからぶっ続けだったしな。少し休憩するか」
「だってよ、緋彩」
「分かりました」
翌日、私たち四人は再び天城君の家に集まって練習をしていました。
午前中からお昼ご飯以外で休むことはなかったので、流石に喉が少し疲れています。
丁度いいタイミングで天城君が休憩を提案してくれました。
「ねぇねぇ零弥、私お菓子食べたい。何かある?」
「お菓子か……確か切らしてるんだよな。なぁ彼方、ちょっとコンビニ行って買ってこようぜ」
「あんまり外、出歩きたくないんだよなぁ」
彼方君が表情を暗くして呟いています。
そういえば、ここに来るまでにも彼方君はそわそわとしていました。
どこか周りを気にしていたような……あれもこれと何か関係があるのでしょうか?
「すぐ行って帰ってくれば大丈夫だって、うちからも近いし!」
「……分かったよ」
「よし! あかりと柚子川さんはここで待ってて。すぐ買ってくるから!」
天城君は意気揚々と、彼方君は渋々コンビニへと出かけていきました。
「……みんなで行ったほうがよかったんじゃないですか?」
椅子に座ってリラックスしていたあかりに声をかければ彼女は嬉しそうに、されど少し照れ臭そうに頬を緩めます。
「これでいいんだよ。ほら、好きな人にはいいところを見せたいでしょ? 零弥は私たちというか、私に気を遣ってくれてるんじゃないかなーなんて」
「なるほど、そういうことですか」
「私の思い上がりじゃなければね」
いえ、きっと合っていると思います。
天城君がコンビニへ出かけて行く時の顔は、今あかりが天城君のことを話していた顔と同じく幸せそうな顔をしていましたから。
付き合うって、こういうことなんでしょうか。
「……ねぇひーちゃん」
「何ですか?」
聞き返すと、あかりは可愛らしく頬を緩めながら言いました。
「ひーちゃんって、彼方君のこと好きでしょ」
「す、好き? 好きって……」
「友達としてじゃないよ? 異性として、男の子として」
「お、男の子……」
あかりに言われて、私は考えてみます。
ですが……。
「……よく、分かりません」
「分からない?」
「好きっていう気持ちがどういうものなのか、よく分からないんです」
恋愛小説をよく読みますが、それでも私は異性を好く気持ちがどういった気持ちなのかいまいち実感が湧かないのです。
でも嫌いかと聞かれれば首を横に振りますし、普通かと聞かれても快く頷くことはできません。
「じゃあ、ひーちゃんの今一番大切な人は誰?」
「それは……彼方、君?」
「うんうん。じゃあ、彼方君とはずっと一緒にいたいと思ってる?」
「……あの。答えるの、恥ずかしいんですけど」
顔が熱くて仕方ありません。
あかりの質問に答えるために彼方君を思い浮かべるだけで心臓がドキドキして、きゅっと切なくなります。
そして私が恥ずかしさゆえに顔を熱くすればするほど、あかりの顔はどんどん明るくなっていきます。
「なるほどねぇ。で、ずっと一緒にいたい?」
「…………はい」
「昨日は一緒に寝た?」
「そ、それまで言わなくちゃいけないんですか?」
「言わないと、ひーちゃんの彼方君に対する気持ちがどんなものなのか分かんないよ。ひーちゃんは自分の気持ち、知りたくない?」
「そ、それは……」
今の彼方君との関係はとても曖昧です。
そして彼方君との距離も、もどかしいくらいに中途半端です。
もっと彼方君と近い距離でいたい。
そのためには、私の彼方君に対する気持ちを知らないといけない……。
「……昨日は、一緒に寝ました」
「おぉ! それはひーちゃんから誘ったんだよね?」
「はい。あかりが後押ししてくれたお陰で一緒に寝られました」
「今ひーちゃんは、彼方君との関係をこれでいいと思えてる? 偽物の恋人っていう関係で満足してる?」
「満足は、してません。もっと近づきたいです」
上半身を少しだけ前に出しながら私は言います。
もっと彼方君との距離を縮めたい。
もっと、関係を進めたい。
これが……好き?
「ひーちゃん」
「は、はい」
私を愛称で呼ぶあかりの顔は何かを悟ったようで、私は思わず身構えてしまいます。
どんな言葉が出てくるのかと少し緊張しながら待っていると、あかりは間を開けて口を開きました。
「ひーちゃん、彼方君に恋してるよ」
「恋……」
「そう。ひーちゃんはね、彼方君のことが大好きなんだよ。もちろん異性としてね」
「大好き……」
好き。
大好き。
そんな言葉を口にすれば、胸がどうしようもなく切なくなります。
思わず涙が出そうになってしまうくらい、彼方君を想ってしまいます。
「……私、彼方君のことが好きです」
「そっか。なら、後は動くだけだよ」
「動く……告白ってことですか?」
「おっ、よく分かったね」
そう言って、あかりは私を抱き締めました。
「大丈夫。ひーちゃんならきっとやれる。怖いかもしれないけど、彼方君はひーちゃんが今まで出会ってきた人たちと全く違うよ。だから、彼方君ならひーちゃんを受け入れてくれる」
あかりの言葉は、すっと私の胸の中に入ってきます。
少し怖いけど、彼方君ならきっと大丈夫。
そんな気が、なんの根拠もないはずなのに自然としてきました。
「……私、頑張ります」
「頑張れ、ひーちゃん」
その言葉に、私は強く頷きます。
彼方君と、恋人になりたい。
偽物ではなく、本物の。
そのためには、私の「好き」を彼方君に伝えるんです。
彼方君は私のことをどう思っているのか分かりません。
でも、この曖昧な関係をだらだらと続けるよりかは「好き」を伝えたほうがずっといい。
それに、どっちに転んでも彼方君は私の側にいてくれる。
だって、彼方君は言いましたから。
『いつまでも緋彩の側にいる』って。
「――にしても、あの二人帰ってくるの遅いね」
私が決意をあかりに示してから10分。
他愛もない会話をあかりと交わしながら待っていましたが、すぐに帰ってくると話していた二人が帰ってくる気配は全くありません。
「どうしたんでしょうか……」
ただ少し遅くなっているだけなのに、何故かものすごく不安に駆られています。
胸の奥が苦しいくらいにざわついて、居ても立っても居られない。
嫌な予感がします。
◆
「――お、おい。彼方、大丈夫か」
零弥のその心配が、俺の心に届くことはなかった。
呼吸がおぼつかなくなる。
目の前がぼやける。
上手く立っていられなくなりそうになる。
だから外を出歩きたくなかったんだ。
外に出たらこいつに会うかもしれなかったから。
「……
俺が震えた声で呼んだその人は、今目の前で戸惑っている。
そう。
そいつは中学生の頃の同級生で、拭っても拭いきれないトラウマを心の奥深くに植え付けた、俺のかつての恋人だ。
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