65話 二人の空間へ
「――すごい人だな」
「花火が始まる時間も近いですからね」
花火大会の会場になっている河川敷にはたくさんの人集りがあった。
きっと時間が経てばもっと増えるだろう。
「……俺、人集りあんまり好きじゃない」
「すごく分かります。なんというか、疲れちゃいますよね」
二人して顔を渋らせる。
俺も緋彩も多人数の中で過ごすことを嫌う人間ではないので慣れていないのだ。
周りに人がたくさんいるととても窮屈に感じてしまって、余計に体力を消耗してしまう。
俺自身もそうだが、緋彩はきっと俺よりも人集りが苦手だろう。
だからこそ、初めての花火はストレスを感じさせない環境で楽しんでほしかった。
何かいい方法はないだろうか……。
「あれ? ひーちゃんと彼方君じゃん!」
「おっ、ホントだ!」
その時、ざわめきの中から甲高い声が聞こえてくる。
俺と緋彩が声のする方に視線を向けると、そこにはあかりと零弥がこちらに向かって歩いてきているのが視界に入った。
「うっ……」
「あかりと、天城君?」
ここでこの二人に出くわすのは確実に面倒臭いことになる。
それを悟ってしまった俺は思わず眉を潜めると、案の定二人は顔をニヤつかせていた。
「なになに? もしかして二人で花火デート?」
「で……!?」
あかりの言葉に頬を真っ赤に染める緋彩。
いや、もういい加減に慣れてくれって。
「そっちこそ、二人で一緒に花火を見に来たのか?」
お返しだと言わんばかりに俺が聞き返せば、あかりはそれとなく目を逸した。
「いんやー? 私達はたまたまそこでばったり会っただけだよ。ねー零弥!」
「あ、あぁ。そうだな」
笑顔で零弥の顔を覗き込むあかりに対し、零弥はどこか言葉の出が悪いように感じた。
というか。
「……ん?」
あかり、今零弥のこと呼び捨てにしなかったか……?
「そんなことより、みんなで一緒に花火見よーよ!」
「みんなで?」
「うん! みんなで見たほうが絶対楽しいよ!」
あかりは目をキラキラと輝かせながら言う。
確かに、緋彩もあかりがいれば少しか脱力して花火を楽しめるかもしれない。
四人で見た方が楽しいというあかりの言い分も分かる。
俺が「そうだな」と肯定の意思を見せようとすると、零弥が「あ、あかり!」と俺の言葉を遮るように彼女の名前を呼んだ。
「ん、どうしたの?」
「ほら、彼方と柚子川さんがせっかく二人でいるんだから邪魔するのもあれだろ?」
「あっ確かに」
そう言って俺の方を向いてわざわざニヤけてくるあかりを俺は睨みつける。
「だから、俺たちは俺たちで花火見ようぜ」
「そうだね」
あかりが緋彩の側に寄って「そういえばひーちゃん、そのくまどうしたの?」と話しかけている隙を狙うように零弥は俺の側ににじり寄ってきた。
「お前、あかりと二人でいたいから俺たちを餌に釣っただろ」
「いやー何のことだかさっぱり分からないなー」
「下手な演技ほど、隠す中で分かりやすい反応はないな」
「御託はいいんだ。それよりも……」
そう言葉を置くと、零弥は俺の耳に顔を近づけながらある場所を指さした。
「あそこにある小さな高台の中に神社があるんだ」
「えっ、そうなのか?」
「と言っても本当にこぢんまりとした小さなものだけどな。あそこからなら、ここよりも花火が綺麗に見える。人もいないしどうかと思って」
「そんないい場所なら零弥たちが行けばいいだろ。どうしてわざわざ俺たちに譲るんだ?」
きっと、そこなら誰にも邪魔されずに花火を楽しめるのだろう。
幸いにもお互いに人集りが苦手なので、零弥の提案はものすごくありがたかった。
でも、それをわざわざ俺に話すメリットなんてどこにもない。
一体どうしてと疑問に思っていると、零弥は「いいからいいから」と言って俺から離れた。
「ほらあかり、行こう」
「あっ、うん! それじゃあ、後はお二人さんで楽しんでー!」
こちらに手を振りながら離れていく二人に俺はかろうじて手を振り返す。
零弥が何故俺たちに場所を譲ってくれたのかはとうとう聞けなかった。
……とりあえず、俺たちも移動するか。
そう思い緋彩に声をかけるため彼女の方に視線を移すと、彼女は依然として顔を赤くしていた。
「……またなんか話したのか?」
「げ、ゲームセンターのことを、全部……」
思っている以上に彼女は恋愛面に耐性がなさそうで、言葉を発しながら両手で顔を隠している。
そんな彼女に頬を緩めてしまう。
「どうせあかりがしつこく聞いてきたんだろ」
「そう、ですね」
「気にかけてくれる友達が側にいてくれてよかったな」
「それは、彼方君も同じですよ?」
「俺?」
自分に指を差して聞き返せば、緋彩は顔から手を離して「はい」と言う。
見えた顔はほんのりと染まっているものの、穏やかな表情で薄く笑みをつくっていた。
「彼方君も、たくさん私こと気にかけてくれています。さっきだって私のことを思ってこのぬいぐるみをくれたんですから」
「っ……恥ずかしい」
知られていると分かった途端に羞恥が込み上げてきて、思った以上に変な汗をかいてしまう。
そんな俺を見て、緋彩は口元に手を当てながらクスクスと笑っていた。
「……いつもありがとうございます」
「それは……俺もだ。いつも俺の側にいてくれて、ありがとう。お前が側にいてくれなかったら、きっとこんなに楽しい日々を遅れていなかっただろうしな」
「私もです。彼方君が側にいてくれるから、毎日楽しいですよ」
陰りのない純粋な笑顔を浮かべる緋彩を抱き締めたくなる衝動に駆られるも、俺は手を握り締めることで何とか抑えた。
とりあえず、早く二人きりになりたい。
「……そういえば、緋彩」
「はい、なんですか?」
「花火、横から見たくないか?」
俺の言葉に、緋彩は「横から?」と可愛らしく首を傾げるのだった。
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