69話 同じ過ち
零弥とあかりは、つい先日から付き合い始めたらしい。
二人だけでの勉強会や花火大会などで零弥が積極的にアプローチを仕掛けたらしく、あかりは気づけば零弥のことが好きになっていたという。
この間彼女が気になる人がいると言ったのも零弥のことだった。
まぁ何やかんやで出会ってからすぐに意気投合していた二人だったし、二ヶ月弱という短い期間でくっついたのも頷ける。
緋彩に至っても薄々気づいてはいたらしいがいざ付き合ったと知ると酷く驚き、帰り道でも『まさかあの二人が付き合っていたとは……』と驚きの余韻に浸っていたほどだった。
これで緋彩の心情や思考に何も変化がないといいが……とドキドキしながら、俺は彼女とともに久々に実家へ帰った。
「ただいま」
「お、お邪魔します……」
帰ってくると、キッチンからエプロンで手を吹きながら母さんが出迎えた。
「おかえりなさい。隣の子は?」
「さっき電話で話した友達」
「ゆ、柚子川緋彩です。よろしくお願いします」
ぎこちなく頭を下げた彼女に母さんは優しい笑みを浮かべながら「こちらこそ、よろしくお願いします」と同じく頭を下げた。
……なんか、結婚の挨拶に来たみたいだな。
「姉さんの部屋って、使っても大丈夫?」
「大丈夫よ。こまめに掃除もしてあるから、埃っぽくもないだろうし」
「分かった」
姉さんに許可は取っていないが、緋彩が使ったと聞いても怒りはしないだろう。
一通り母さんと会話を交わして緋彩に視線を向けると、彼女は緊張ゆえか顔を強張らせながらぷるぷると震えていた。
「大丈夫か?」
「えっ? あっ、はい。大丈夫です」
そう言いながらも体の震えが一向に止まりそうにない。
思わず口元を緩めてしまう。
「可愛い子ねぇ」
「えっ? あっ、あぁ。まぁ顔は整ってる方だよな」
「二人して同じ反応だし」
どこか面白そうにくすくすと笑う母さん。
「し、しょうがねぇだろ。母さんがいきなり可愛いとか言い出すから、思わず戸惑っただけだ」
「はいはい」
「とりあえず、二階に上がる」
「ご飯もうすぐで出来るから、落ち着いたら下りてきなさい」
「了解」
全く、いきなり何を言い出したかと思えば……。
はぁ、とため息をついて、俺は緋彩とともに二階へ上がる。
彼女を姉さんの部屋に案内すると、俺も自分の部屋に入りベッドに寝転がった。
「つっかれた……」
朝九時から五、六時間ほど電車に揺られ久々帰ってきたこの町。
懐かしい面影もたくさん感じられたが、それ以上に辛い記憶がたくさん蘇ってきた。
この疲労はその辛い記憶が原因だと言っても過言ではない。
幸せな記憶だったはずなのに、あの一件があってからはそれが全て辛い記憶と化した。
俺はこの町でそれを感じるのが嫌で、逃げるように今の高校を選んだのだ。
この町に住まなくて済むような、うんと遠くの高校を。
「……帰っていたのか」
部屋の扉が開くとともに、そんな声が聞こえる。
体を起こして視線を向ければ、そこには父さんがいた。
「あぁ、ただいま」
「おかえり。女の子を連れてきたらしいな」
「同じ高校のやつだ。今から帰らせるのは可哀想だから、うちに呼んだ」
父さんがこの部屋に来たことにより、妙に緊張してしまう。
父さんは姉さん以上に勘が働くから、何を言われるのだろうかと心配でならない。
お互いに口を閉じて少しの沈黙を感じた後、父さんがゆっくりと口を開き、こう言った。
「お前は、また同じ過ちを繰り返すのか?」
「っ……」
予想通りの言葉だった。
そりゃ緋彩を連れて帰ってきているのだから、そう言われても仕方ないだろう。
でも……。
「俺はもう、同じ過ちを繰り返すつもりはない。それにあいつとはそんな関係じゃない。ただの友達だ」
「じゃあどうして狼狽えた? また同じ道を辿ろうとしているからじゃないのか?」
「違う! 俺はもう誰も信じない。だからあいつのことも信じちゃいない。……あいつと、恋人になるつもりはない」
「……そうか」
俺の家族は全員、俺のトラウマがどういうものかを知っている。
知らなかったらきっと、俺があの高校に行くことを許してくれなかっただろう。
そしてそれを許してくれたのは、きっと俺を思ってくれていたからだ。
今の父さんの言葉も、俺を思っているからこそ出てきている。
俺がこれ以上苦しまないように、間違った道を行かないためにと、そんな思いを込めて。
「ご飯ができたらしい。下に下りてこい」
「……分かった」
父さんはそれだけ言うと、部屋を出ていった。
……俺は、どうすればいいのだろうか。
さっき父さんには緋彩と恋人にならないと言った。
でもそれは俺の意思であって、意志ではない。
だからもし緋彩と付き合うかどうかの選択が迫ってきたら、答えを決められずに立ち止まってしまうだろう。
付き合うかどうかの選択が迫る時、それは緋彩が俺に告白してきたときだ。
その時が来たとき、俺はちゃんと緋彩の告白を断れるのだろうか……。
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