46話 可愛い、格好いい

「——危ないところでしたね」

「いやー、マジで一時はどうなることかと……」


 ほっと一息つくと、俺たちは手を繋いで歩き始める。


 端的に言おう。

 電車を乗り過ごしそうになった。


 アナウンスが聞こえないほど抱き合うことに夢中になっていた俺たちは、車内に人が入ってくるまで目的の駅についていたことを知らなかった。

 ふと現実世界に戻ってくると、俺たちは生暖かい視線に恥ずかしさを感じながら急いで電車を降りたのだった。


 せっかく人の見えないところで二人の世界を作れたと思えばこのザマだ。

 高校生にもなって情けなかった。


「——とりあえず、最初は俺の服を見るってことでいいのか?」


 デパートに着き、中を歩きながら俺は緋彩に尋ねる。


「はい。まぁ、彼方君ならどんな服でも似合いそうですけどね」

「自信ない」

「だから私に選んでほしいんですか?」

「そうだな」


 服の名称などの知識は一応持ち合わせているが、自分に何が似合うのかは他人に見てもらわないとどうしても“それでいい”とは思えなかった。

 緋彩のファッションを見たとき、彼女に見てもらえば自信が持てそうな気がしたので頼んだのだが……。


「私に選ばせたら、全部『似合ってます』って言うと思いますけど」


 純粋な笑みを浮かべた彼女は、俺の顔を下から覗き込んで言った。

 その言葉に、思わずため息をつきそうになってしまう。


「お世辞はやめてくれよ。それで変な服装にでもなったらもっと見劣りするし」

「見劣り、ですか?」


 きょとんとした表情で首を傾げた緋彩の頬を、俺は人差し指でちょんと突いた。


「お前がそんな可愛い格好してたら、ただでさえ見劣りしてる俺がもっと見劣りするだろ」

「っ……か、彼方君は今のままでも十分に……か、格好いいですよ?」

「…………」


 反撃された。

 悶絶を必死に抑えた緋彩は、震えた声で仕返してくる。


 初めて彼女に格好いいと言われたかもしれない。

 決して顔や身なりは格好良くないのに、彼女に言われたら思い上がりそうになってしまう。


 やり返す余裕はなかった。

 浮かれそうになる気持ちをぐっと抑えながら、俺は彼女の頬をうにうにとつねる。


「……ばか」

「いひゃい(痛い)ですー」

「そんなに強くやってねぇよ」


 そんな風にイチャつきながら俺たちは歩き、やがて洋服を売っているブースにやってきた。

 途中、道行く人全てに様々な視線を突きつけられたのは言うまでもない。

 だが、今はそんなことも気にならないほど彼女とのイチャつきが心地良かった。


「……だけど、少し自重しないとな」

「なんか言いましたか?」

「いや、何でもない」


 彼女に言っても良かったのだが、もし言って雰囲気を壊してしまったら、それは本心ではない。

 俺がセーブすればいいだけの話だ。

 ……出来るかどうかは自信ないが。


「あっ、ほら彼方君。これとか似合うんじゃないですか?」


 そうして緋彩が見せたのは黒の七分袖。

 柄は特にないが袖口が広く、前が開いているところを見るにどうやら服の上から羽織るタイプの服のようだ。

 その服の中には白い半袖のTシャツが見えていて、下の黒のズボンと三点セットになっている。


「彼方君が派手な色の服を来ているのをあまり見かけなかったので。この服であれば彼方君のイメージを崩すことなく、格好良くなるかと」


 前のめりに「更に」という言葉を強調する緋彩。

 もうその手には乗るまい。


「……分かった。じゃあ試着してみるから、どんなもんか見てくれ」

「……分かりました」


 眉を顰めて緋彩から服を受け取った俺は、戸惑いつつも不敵な笑みを浮かべ直す彼女を尻目に試着室へ入った。


 ……あいつ、絶対何か企んでるな。

 どうせ俺の着替えた姿を見て「格好いいです」とかほざく気なのだろうが。


 彼女から格好いいと言われること自体はとても嬉しい。

 でも、やられるばかりでは俺としても歯痒いものがある。


 どうにかして反撃出来ないかと思考を巡らせるが、この状況では何も出来なかった。


 ……仕方ない。

 とりあえず、彼女の「格好いい」という言葉に屈しないよう頑張るか。


 そう覚悟を決めながら服を着替え終え、カーテンを開ける。


「どうだ?」

「そうです、ね……」


 俺の着替えた姿を見た緋彩は最初こそ調子良く言葉を並べていたが、途端にぎこちなくなってしまう。

 それどころか頬を内側から赤くしていって、しまいには耳まで真っ赤に染め上げてしまった。


「あぅ……えと……その……」

「な、なんだ?」


 彼女の緊張が直に伝わってきて、俺まで体温が上がってしまう。

 視線を彷徨わせていた緋彩は、やがて上目遣いに俺を伺いながらか細い声で言った。


「か、格好いい……ですよ?」


 その姿に、俺は思わずノックダウンしてしまうのだった。

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