47話 迷子の男の子

 その後、他にも色々と買い揃えた俺は緋彩とともにブースを後にした。


「——んで、早速着替えてきてもいいか?」

「な、何でですか?」

「さっきも言ったろ、このままだと見劣りするって。それに、せっかくお前が選んでくれたんだから着て歩きたいし」


 前者と後者を比べたら、きっと後者の思いの方が強い。

 ここで着なかったらいつ着るんだという話だ。

 家で着るには少々カロリーも高いし、そもそも出掛ける時のために買ったものなので、俺的には着て歩き回りたかった。


 それに、こうやって二人で出かけることも明日から学校が始まるからしばらくないだろうしな。

 色々な思いがあって俺は緋彩に尋ねたのだが。


「……だ、だめです」


 彼女は頬を染めながら、瞳を伏せて拒否をした。


「どうして?」

「だって……格好良すぎるから。隣にいる私の身が持ちませんし、周囲の視線も集めてしまいます」

「……周囲の視線は、お前の方が集めるような気がするけどな」


 羞恥をぐっと抑えながらも、俺は彼女との会話を繋ぐ。


 なんでこう彼女はいちいち可愛らしい反応を見せるのだろう。

 それで先に身が持たなくなるのは、きっと俺の方なのに。


「最初に買った服くらい着させてくれよ。俺はお前が選んでくれた服を着て、お前と歩きたい」


 先程までは彼女を恥ずかしがらせるために色々と試行錯誤して行動している節々もあったが、これに関しては本心だった。

 その誠心誠意を伝えるために立ち止まって真剣な眼差しを向けると、彼女は頬をほんのりと色付かせて俺から視線を外した。


「へ、変な企みとかありませんか?」

「ない。俺は心からお前が選んでくれた服を着たいと思ってる」


「よくそんなセリフを恥ずかしげもなく言えますよね……」とかいう呆れの声が聞こえてくる。

 実際に、彼女の頬は先程よりも赤みが増していた。


 だが仕方ないだろう。

 俺の本心を伝えるにはこう言うしかなかったのだから。


 悩んでいたのか数秒程その場で固まると、彼女は覗き見るように振り返ってこちらに視線を向けた。


「……分かりました。待ってますから、着替えてきてください」

「いいのか?」

「喜んでもらえたようですし、その気持ちを無駄にはしたくないですから」

「ありがとう。じゃあトイレで着替えてくるから、ちょっと待っててくれ」

「分かりました」


 彼女の答えに微笑めば彼女も微笑み返してくれたので、俺は心が暖かくなるのを感じながらトイレに向かった。


 ——着替え終えて彼女の元へ戻ろうとすると、ある男の子が目についた。

 背の高さを見るに四、五歳といったところだろうか。

 その子は一人で涙を流している。

 だというのに周囲の人間はその子に目をくれるだけで、特に気にかけず横を通り過ぎていた。


「……人の心がない奴らめ」


 いや、人の心があるからこそ見てみぬふりをしているのかもしれない。


 とにかく、早くあの子に声をかけないと。

 その前に……。






「——おかえりなさい」


 戻ってくると、彼女が優しい笑みを浮かべながら出迎えてくれた。

 ほんわかしているその雰囲気に思わず巻き込まれそうになってしまうが、今はそれどころではない。


「ただいま。突然で申し訳ないんだが、ちょっと一緒に来てくれないか?」

「……どうしたんですか? そんなに慌てて」

「それがな……」


 俺はきょとんとしている彼女に先程見た男の子の様子を伝えた。


「迷子かもしれない。親御さんももしかしたら心配してるかもしれないし、早く声をかけてあげないと」

「分かりました。そういうことなら早く行きましょう」

「あぁ」


 事情を説明すれば、緋彩もほんわかした雰囲気を引っ込めて表情を固くした。

 そうして彼女とともに男の子を見かけた場所まで戻ってくれば、さっきの子がそこでまだ泣いていた。


「——おい、大丈夫か?」


 声をかけると、男の子は俯かせていた顔をゆっくりと上げて俺を捉える。

 その瞳は、警戒の色を浮かべていた。


 俺は優しく笑みを作る。


「お父さんやお母さんは?」

「…………どこかに行っちゃった」


 男の子の返事を待つこと数十秒、ようやくその子は口を開いてくれた。


「なら、お兄ちゃんについてこい。会わせてやるから」

「でも『知らない人にはついて行っちゃ駄目』ってお母さんが……」


 その言葉に最初は呆気にとられてしまったが、次第に関心の意が湧いてくる。


「お母さんの言いつけをちゃんと守ってるのか?」

「……うん」

「お前、偉いなぁ」


 そう言って笑みを強めれば、男の子は口元にほんのりとだけ笑みを浮かべた。


「確かにお兄ちゃんは知らない人だ。でも、ついてきてくれたら必ず親に合わせてやる。『迷子センター』って知ってるか?」

「知らない」

「このデパートの中にあってな? そこへ行けば、どこかに行っちゃった親を探してくれるんだ。すごいところなんだぞ」

「……ほんとに?」


 不安げに瞳を揺らす。

 そんな男の子の頭を、俺はそっと撫でた。


「お兄ちゃんを信じてくれ。ついてきてくれれば、必ず親に合わせてやる。……約束だ」


 男の子の頭から手を離せば、その子の前に小指を差し出す。

 それを少し見つめたあと、俺が何をしたいのかを分かってくれたのかその子は笑顔を見せながら小指を絡めてきた。


「うん! 約束!」


 絡ませた手を縦に振りながら指切りの歌を歌うと、そのまま指を離す。


「よし、それじゃあ行くぞ」

「うん!」


 手を差し出せば、男の子はその手を掴む。

 そして俺は、もう一人にも同じように手を差し出した。


「ほったらかしにしてごめんな。ほら、緋彩も」

「あっ……はい」


 嬉しそうな、申し訳なさそうな、複雑な表情を浮かべた彼女はおずおずとその手を掴む。

 彼女の手を、俺は離さないようにぎゅっと握った。


 そうして俺たち三人は、共に迷子センター目指した。

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