48話 緋彩はぎゅー魔?

 迷子センターに向かう途中で、男の子は色々なことを話してくれた。


 名前を「春樹はるき」ということ。

 お母さんと一緒に買い物に来ていて、ゲームを売っているブースに見入っていたところ、気づけばお母さんがいなくなっていたこと。

 長い時間お母さんを探していたが、歩き回るうちに自分のいる場所がどこなのか分からなくなってしまったこと。

 不安で泣いていたところ、俺と緋彩が

 声をかけてくれたこと。


 こうして色々なことを話してくれているということは、ある程度の信頼は勝ち取れたのだろう。

 現に、喋る春樹君の顔には警戒が見られず、子供特有の純粋な笑顔を見せてくれていた。


 途中からは緋彩も会話に参加してきて、会話が弾んだ。

 三人歩いて話す様子に俺はふと家族の絵を思い浮かべてしまう。


 ……俺がいて、緋彩がいて、子供がいて。

 そんな家庭を作れたら、どれだけ幸せなのだろう。

 子供はともかく、緋彩はずっとそばにいてほしいくらいに大切な存在だ。

 そんな人とともに人生を歩めたら……。


「彼方君、どうかしましたか?」

「っ……な、なんでもない」


 上目遣いに俺を覗く緋彩が視界に入ってきて、俺は弾かれるように彼女から目を逸らした。


 何を考えているんだ俺は。

 付き合うとかならともかく、緋彩と家族になることを想像するなんて。

 ……でも、想像はすごく鮮明に広がっていって、それがとても心地良かった。


 でも想像すれば表情筋が緩んでしまう。

 それに、叶わない未来を想像することほど無駄なことはない。


 でも…………。


 緋彩にきょとんとした視線を向けられながら悶々としていると、いつの間にか迷子センターに着いていた。

 迷子のアナウンスをしてもらってから数分後、春樹君の母親が物凄い形相でやってくる。


「春樹!」

「お母さん!」


 そうして抱き締め合う二人。

 一件落着だな。


 俺と緋彩が二人の様子に口元を緩めていると、春樹君から離れた母親は俺たちに向かって深々頭を下げた。


「うちの子供がご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「いいんですよ。お子さんが見つかってよかったです」

「本当にありがとうございました」


 再び頭を下げる春樹君の母親。


 子供を見失う親の気持ちを俺は知らない。

 でもこの人の様子を見る限り、きっと物凄い不安と焦りに駆られるのだろう。


 だが見つかっても、子供を叱りつけるようなことを母親はしなかった。

 それは現に春樹君が「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙ながらに謝っているからだ。


 春樹君を大切に感じているからこそ焦りと不安を感じたし、反省している彼をわざわざ叱りつけることはしなかった。


 優しい母親なんだろうな。


「——お兄ちゃん、お姉ちゃん! ありがとう!」

「もうお母さんから離れるんじゃないぞ」


 去り際に遠くから手を振ってくれた春樹君に手を振り返せば、彼は満面の笑みを浮かべながら母親とともに歩いていった。


「……ごめんな、デートの途中だったのに。こんなことに巻き込んで」


 別に緋彩を巻き込まなくてもよかった。

 俺だけが動いて春樹君に声をかけても、きっと母親と出会うことは出来ただろう。


 でも、その間に彼女を一人にするのは心許なかった。

 それに彼女が隣にいてくれると安心する。

 だからこそスムーズに春樹君を迷子センターに連れていけたのだろうしな。


「彼方君が謝ることじゃないですよ。私もあの二人の再会を見ることが出来てよかったです」

「そう言ってもらえると助かる」

「……でも、確かにデートの時間は削られてしまいました」


 今は十二時。

 お昼時だ。

 昼食をとるとなっても、この時間からじゃあどこも混んでいるだろう。

 どうやら三十分も彼女とのデートをほったらかしにしていたらしい。


 申し訳ないことをしてしまったと口を噤んでいると、彼女は俺の服の裾をクイクイと引っ張った。


「どうした?」

「……さっき、春樹君とそのお母さんが再会出来たとき、ぎゅーしてたじゃないですか」

「あぁ、そうだな」

「その様子を見て、私も人肌が恋しくなっちゃったんです」

「…………」


 一連目の言葉からは察せなかったが、ニ連目に紡がれた言葉で察することが出来た。

 息を呑んで彼女を見れば、彼女は照れ臭そうに俺から視線を外しているが、その瞳はとろんとしている。


「……こっちこい」

「あっ」


 俺は彼女の手を引き、人の目が届かないエレベーターの袖にある階段の影に連れ込んだ。


「ここなら出来るだろ?」

「……彼方君」


 艷やかな声が俺の名前を呼ぶ。

 そのまま引き寄せられるように、俺たちは抱き締めあった。

 再び感じる彼女の温もり。

 クセになりそうだった。


 いや、こうして再びねだってきたということは、彼女はもうクセになっているのかもしれない。

 だとしたら「キス魔」ならぬ「ぎゅー魔」だな。


「……いい匂いです」

「いい匂い?」

「あっ、決して変態的な意味合いではないですよ?」


 焦り声が耳元で響くので俺は思わず笑いを零した。


「そんなの分かってるよ」

「私が言いたいのは、優しい匂いがして落ち着きますってことをですね……」

「分かったから顔をグリグリするのやめてくれ、くすぐったい」


 羞恥に耐えられなくなったのか、緋彩は俺の首元に顔を当ててグリグリとしていた。

 鼻が俺の首筋をなぞるので、くすぐったくてしょうがない。


 笑いを混じらせながら言えば「す、すみません」と彼女の顔が離れた。


「……今度から、ぎゅーしたいときはちゃんと自分の口から言おうな。俺はもう察してやらんから」


 からかうように零したその言葉に、彼女はまた顔をグリグリとするのだった。

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