49話 家族の映画

「——美味しかったですね」


 デパートを後にした俺たちは近くの喫茶店に入り、昼食を取った。

 食べ終えて店を出てくれば、緋彩は俺の手に自分の手を絡ませながら言う。


「確かに美味かったけど、お前の料理ほどではなかったな」

「そ、それは流石に言いすぎですよ」

「俺はそう思わないけどな」

「も、もうっ」


 褒められた恥ずかしさから必死に目を逸らすように、彼女は俺の腕に抱き着いて額を当ててきた。

 顔を見られないよう隠しているつもりなのだろうが全く隠れていなく、赤く染まった頬や耳が露わになっている。


 ……本当、可愛いよなぁ。

 彼女の恥ずかしがっている姿を見ると、自覚できるほど頬が緩んでしまう。


 腕にしがみついている姿に愛おしさを感じながら見つめていると、ふと顔を上げた彼女と目が合った。


「わ、笑わないでくださいっ」

「ごめんごめん。それじゃあ、次はどこに行くか」


 これ以上は彼女を怒らせそうな気がしたので、俺は話題転換にデートの話を出した。


 今回のデートは何をするか全く決めていない。

 前日にどこへ行きたいか緋彩に尋ねたのだが、彼女は特にないと言っていた。

 俺も特に行きたいところはなかった……というよりも、緋彩と行けるならどこでも良かったので、彼女に合わせるつもりだった。


「当日、歩き回りながら考えるのもいいんじゃないですか?」という彼女の言葉もあって特に考えずにデートに臨んだのだが……やっぱりあらかじめ考えておいた方がよかっただろうか。


「……とりあえず歩きますか。まだ時間はあるんですし、ゆっくりと考えましょう」

「それもそうだな」


 そうして俺たちは、することを探して街を歩く。

 歩き始めてから20分くらい経って、いつも通り小説の話を弾ませていると、「彼方君、あれ」と緋彩が建物の壁に貼られたポスターを指さした。


 歩み寄れば、どこかで見たような絵が載っている。


「……お前、確かこの映画の原作を読んでなかったか?」


 思い出したのは、緋彩がいつしか読んでいた恋愛小説の表紙の絵だ。

 ポスターに「劇場版」と書いてあって、他にも映画関連のものがいくつも貼られているということは、ここは映画館か。


「はい。このお話、とても面白かったです。見覚えのある絵だったので、つい声を上げてしまいました」

「そうか……なぁ、緋彩」

「はい、なんですか?」

「流石にちょっと歩き疲れただろ? 休憩がてら映画なんかどうだ?」

「映画……」


 そう呟いた緋彩の瞳は、次第にキラキラと輝いていく。


「見たいです、映画!」

「よし、なら早速中に入ってみるか」

「はい!」



         ◆



「――うわぁ、いろんな映画がここで見られるんですね」


 中に入れば、色々な映画のポスターやボードが飾られていた。

 辺りを見回して感嘆の声を上げている緋彩は年相応のあどけなさを醸していて、思わず口角が上がってしまう。


「緋彩は何が見たい?」


 今上映している映画のポスターが並んでいる場所に向かうと、俺は彼女の顔をうかがいながら尋ねる


「さっきの恋愛映画じゃないんですか?」

「それもいいが、ストーリーは頭に入ってるんだろ?」

「大体は」

「だったら、もう少し違う映画も見てみないか? 挑戦の意味も込めて」

「そうですね……」


 呟きながら、緋彩は目を細めてポスターに見入った。

 小説すら読んだことがなかった彼女のことだから、きっと映画館にも来たことがなかったのだろう。

 中に入ってからの彼女はとても活き活きとしていた。


 数分かけて熟考できたようで、彼女は瞳に決意の色を孕ませながらあるポスターに指をさす。


「これが見たいです」


 緋彩が選んだ映画は、ある家族のやり取りを描いたヒューマンドラマだった。

 そのポスターを見た俺は、思わず目を見開いてしまう。


「……これでいいのか?」


 そう彼女に確認してしまうくらいには驚いていた。

 驚き、というよりは不安に近いかもしれない。


 彼女は家族(正確には父親)との関係に悩みを抱えている。

 この映画を見てしまえば、その悩みが再び浮き彫りになって暗い気持ちになってしまうのではないか。

 また頭を抱えてしまうのではないかと、心配なっていたのだが……。


「はい。もしかして、彼方君は違う映画を見たかったですか?」

「いや、俺は別に」


 全く調子の変わらない緋彩を前に戸惑いながらも、俺は顔に笑みを浮かべる。


「じゃあそうと決まれば、早速チケットを買うか」

「はいっ」


 本当に心から楽しみにしていそうな様子の緋彩。

 それは「楽しみです」と誰に聞かせるでもなく呟いているほどだった。


 本当にただ楽しみにしているだけなのだろうかと思わず疑いたくなってしまうが、俺はその考えを頭を振って放り出す。


 彼女はこれを見たいと言っているんだ。

 この映画が終わって何かがあっても、俺が何とかしたらいい。

 今は、彼女が見たい映画を見させてあげよう。


 そう決めた俺は、彼女の手を再び握りながらチケットカウンターへ向かうのだった。

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