24話 姫様の不安
「――バレー、どうだった?」
「決勝戦は二十五対三で勝利しました」
「マジかよ。流石だな」
球技大会当日。
屋上で弁当に入れてきた野菜炒めをつつきながら、俺は緋彩に結果を聞いていた。
「本当は見に行きたかったんだけどなぁ……」
「彼方君、バスケットボールの練習してたんですよね?」
「あぁ、流石に今回は負けられないからな。それに相手はあの立凪のいるクラスだ。少しでも気を抜いたら、きっと呆気なくやられるだろうよ」
実際に戦ったことはないから断定は出来ないが、実力で言えば俺と同じかそれ以上だろう。
故に、少しでも練習を怠ってしまったら負けてしまうような気がした。
俺はこの充実した日常を維持するために、何としても今日の球技大会で優勝しなければいけない。
「そこまで根を詰めなくても大丈夫のような気もしますけどね」
「ん、どうしてだ?」
「だって彼方君、全国大会に出たことあるんですよね?」
「……俺、お前にそのこと言ったっけ?」
「クラスの女子が噂していたのをたまたま耳にしたんですよ」
「お前のクラスの……女子?」
なぜそこでそいつらが出てくるんだ?
「彼方君」
そこで緋彩は顔をずいっと近づけて俺の名前を呼ぶ。
得も言われぬ圧力を感じ「な、何だ?」と言葉を詰まらせながら俺は上半身を仰け反らせた。
「今、彼方君に一番近しい人間は私ですよね?」
「え? あ、あぁ。まぁ、そうだな」
突然なんだ?
どうして緋彩はこんな真剣な顔でそんな……照れ臭いことを聞いてくるんだ?
顔に熱が帯びていくのを感じてしまって、俺は彼女から視線を逸しながら言葉を零す。
すると彼女は突き出していた顔を引っ込めると、顎に手を当てて何やらぶつぶつと呟き始めた。
どうして……近しい……私が……接点の……あの人たちが……。
断片的に言葉は聞こえてくるが、その意味までは分からない。
一体何を言ってるんだ?
全てを聞き取ろうと耳を近づけると……。
「彼方君!」
「は、はい!?」
突然叫ばれたものだから、思わず返事が丁寧になってしまった。
呆気にとられていると、緋彩は更に言葉を続ける。
「そういえば、まだ彼方君に料理を作れていませんでしたよね?」
「あ、あぁ」
「今日にでも作りに行かせてください!」
「今日?」
「今日です!」
再びずいっと顔を近づけながら叫ぶ緋彩。
何故彼女が今になってそんなことを言ってきたのかは分からない。
頼んだ俺自身忘れかけていたことなのに。
彼女のことだから、いつかはしなければいけないと思っていてくれたのだろう。
俺としても、その申し出は嬉しかった。
でも……。
「今日はダメだ」
俺は断ることにした。
「えっ? な、なんでですか?」
途端に緋彩の顔が不安げな表情を浮かべる。
何がどうして彼女をそこまで焦らせているのかは分からないが、これだけは譲れなかった。
「今日は、何か用事があるんですか?」
「俺は特にない」
「じゃあなんで……!」
「一旦落ち着けよ」
「で、でも……!」
瞳を揺らす緋彩を落ち着かせるように、俺は柔らかく微笑む。
「……お前、忘れたか? 男に詰め寄られて体力を消耗した日に、料理をしようとして皿を割ったこと」
「あっ……そ、それは……」
しゅん、と元気を失くす緋彩。
「別に怒ってるわけじゃない。ただ、今日もたくさん動いて体力を消耗してるはずだ。またあんなことになったら緋彩も嫌だろ?」
「嫌、です」
「料理を作るのは、別に今日じゃなくてもいい。お前が空いてる限りはいつでも作れるんだからさ」
「…………」
すっかり黙り込んでしまった。
全く、浮き沈みの激しいやつだ。
「大丈夫、俺もどこにも行かねぇよ。そのために今日は勝つんだ」
「っ――!」
目を見開いて頬を赤く染めたかと思えば、緋彩は俺の胸に頭をコツンと当ててきた。
そのせいで、鼓動が運動もしていないのに早くなってしまう。
「お、おい。急にどうした」
「今は顔を見られたくありません」
「そりゃあどうして」
「言いたくないです」
……一体何なんだ。
最近の彼女の言動は今までと少し変わってきている。
今までは年齢と体躯に見合わない立ち振舞を見せていたのに、最近は年相応かそれよりも下のあどけなさを見せてくる。
体躯に関しては……しっくりくる立ち振舞方だ。
そのせいで、俺の心臓には負荷がかかりすぎていた。
「……絶対、勝ってくださいね。見に行きますから」
胸の中で小さな声が響く。
その声に返す言葉は一つだけだった。
俺は緋彩の言葉に微笑みながら息をつくと、囁くように言った。
「あぁ、任せろ」
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