59話 もう一つの恋路

「テストかぁ……」


 前期期末考査一日目。

 クラスもテストの雰囲気で染まる中、俺の前の席に逆座りで項垂れている零弥は脱力気味に呟いた。


「お前、ちゃんと勉強したか?」

「それは……」


 言い辛そうに言葉を詰まらせる零弥に、俺はため息をつく。


「お前、この前の勉強会でもまともに勉強してなかっただろ?」

「……その後、ちゃんと勉強したよ」

「そうなのか?」


 てっきり勉強してないからため息をついていたものだとばかり思っていたが。


 にしても、こいつは自分から進んで勉強出来るような奴だったか?

 前回は俺を超えるという目標があったから頑張れたのだろうが、今回に関してはそんな目標もない。


 違和感を覚えた俺は、そのまま零弥に問い続ける。


「一人で?」

「……いや、他にも人がいた」

「まぁ、そうだよな」


 勉強会ですらまともに出来なかったのだから、周りの目がない一人なら尚更できないだろう。


「……ん、どうした?」

「い、いや。なんでもない」


 次に違和感を覚えたのは、零弥の雰囲気だ。

 どこかよそよそしく、視線にも落ち着きがない。

 そして零弥は今、貧乏ゆすりをしている。

 何かを隠している証拠だ。


 零弥は何か隠し事があると、よく貧乏ゆすりをする癖がある。

 だから、零弥が俺に何かを隠していることは足を揺する動きでわかった。


 でも、何を隠す必要がある?

 顔の表情が暗くないことから、それほど重い事実を隠しているわけではないのだろう。

 零弥に悟られないように見回しながら思考すると、一つだけ思い浮かぶことがあった。


「……なぁ」

「な、なんだ?」


 声をかければ、異様に驚く零弥。

 そんな彼を見据えながら、俺は右口角を少しだけ上げた。


「お前と一緒に勉強していた人って、あかりか?」

「っ……」


 一気に頬が染まる。

 当たりらしい。


「どっちから?」

「……勉強会が終わった日の帰り道、『まともに勉強できなかったから、今度の休みに二人で勉強しない?』って……俺から」

「やるな」


 更に笑みを深くして言えば、零弥は「からかうな」と俺から視線を逸した。


 あかりと零弥が俺と緋彩の話を聞きたがる気持ちが少し分かったかもしれない。

 確かに、人の恋愛話は聞くとテンションが上がる。


「そこから進展は?」

「まだねぇよ。勉強したのだって一昨日だし」

「そうか」

「なになに? なに話してるの?」


 俺が呟けば、どこかから戻ってきたあかりが笑顔を浮かべながら俺たちの会話の中に入ってきた。


「あ、あかり!?」

「ん、零弥君どうしたの? そんなに驚いて」

「い、いや……なんでもない」


 狼狽える零弥を見て疑問符を浮かべたあと、「変なの」と零してくすくすと笑うあかり。


 なるほど、二人揃っているところを見るとなお口元が緩むな。


「ほら、そろそろチャイムなるから早く戻りなよ」

「わ、分かった。じゃあまた後でな」

「うん!」


 零弥が自分の席に戻ると、あかりも自分の席に着いた。


「……なぁ、あかり」

「ん、なに?」


 特に表情を悪くすることもなく、あかりは何気なく返す。


 この前あれだけ彼女を怒らせたのにも関わらず、彼女はいつも通りの雰囲気で俺に接してくれていた。

 きっと、日常とそうでないときの分別をつけてくれているのだろう。

 あの話題に触れることが苦痛な俺にとって、あかりの配慮はとてもありがたかった。

 まぁ、今からする質問は空気を読めているあかりとは真逆なのだろうが。


「あかりはこの学校に来て、好きな人とかはできたりしないのか?」

「好きな人?」

「お前、俺と緋彩の話をたくさん聞いてきただろ? だから、少しか俺にも聞く権利はあると思うんだ」

「うーんそうねぇ〜」


 どこか嬉しそうな表情で口元に弧を描くと、少し間をあけて口を開いた。


「気になる人は出来た、かな?」

「なるほど……ちなみにその人の名前は?」

「言わないよ。本当に好きになったらもしかしたら言うかもしれないけど、今はまだその段階にまではいってないからね」

「そうか」


 チャイムが鳴り監視の先生が教室に入ってきたところで、俺たちは正面に体を向ける。


 あかりはいわゆる「陽キャ」と言われる部類に属する人間なので、俺や氷の姫と謳われる緋彩よりも圧倒的に交友関係が広い。

 なおかつ顔も可愛く性格もいい優良物件なため、ライバルは多そうだ。


 頑張れ、と心の中でエールを送りながら、俺は頭をテストモードに切り替えるのだった。

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