36話 お出かけの約束

 立凪とのやり取りがあった日の夜、緋彩と食事を共にしていた俺は考えていた。


 ……デートについてだ。


 俺は緋彩にデートに誘おうかどうか悩んでいた。

 しかし本来デートというものは互いの距離を縮め、関係を深めようとするもの。

 その意思がない俺たちがするようなものじゃないから、俺が彼女をデートに誘えるわけがない。


 ただ俺たちにはある目的があった。

 それは「周りに俺と緋彩が仲睦まじい恋人であることを見せつける」ということ。

 その目的を持って執り行われるのだとしたら、俺が彼女をデートに誘うことも否応なしにまかり通ってしまうのだ。


 実際それを理由に俺たちは手を繋いだり、登下校や昼食を共にしていた。

 今回もそれを理由に誘おうと思えば誘える。


 しかし約一ヶ月経った今、俺と緋彩が仲睦まじい恋人同士であるということは学校中に知れ渡っている。

 そのお陰で彼女に言い寄る男も激減した。

 とどのつまり、これ以上見せつける必要がないのだ。


 じゃあ何故、俺が緋彩をデートに誘おうとしているのか。

 ……御託はいい加減にして、そろそろ白状しよう。



 俺が緋彩と一緒にデートをしたいのだ。



 立凪と立凪の彼女がデートについて話していなかったら、俺は緋彩とデートがしたいだなんて考えることすらなかっただろう。

 だがその話を耳にした途端、俺の心の中に緋彩とデートがしたいという思いが芽生え、今に至るまでその思いがどんどん膨れ上がっていた。


 ふと目の前にいる彼女へ視線を上げる。

 彼女とデートが出来たら、どれだけ楽しいだろうか。

 想像するだけでも胸が踊ってしまう。

 それくらい、今の俺は彼女に惹かれていた。


「……彼方君、どうかしましたか? 手、止まってますよ?」


 その声に思考の渦から引き出されるとともに、頬に熱が宿っていくのを感じる。

 そのまま視線を逸らし「いや、なんでもない」と吐き捨てた。


「もしかして……今日のご飯、美味しくなかったですか?」

「そんなことない! 今日も美味しいよ。ただ、少し考え事をしていただけで……」

「考え事、ですか?」


 誘うならこの雰囲気で誘うしかない。

 きっと俺が誘ったら、彼女は喜んで俺の誘いを受けてくれるだろう。

 でももし仮にデートをしたとして、彼女の中で俺の存在が更に大きくなったらどうしよう。

 俺の中で、彼女の存在が更に大きくなったらどうしよう。

 俺は、この関係を終わらせることができるのだろうか。


 今でさえ離れたくないと感じてしまっている。

 なのにこれ以上距離を縮めてしまったら、俺は……。


「……大丈夫ですか?」


 彼女の心配する声が聞こえる。

 その声で、俺は踏ん切りをつけた。


 伏せていた瞳を上げ、再び彼女に視線を合わせる。


「なぁ、緋彩」

「はい、なんですか?」

「もうすぐ夏休みだろ? 夏休み中も、俺の部屋に来て飯を作ってくれるのか?」

「それは、彼方君が良ければ。私も作りたいと思っているので」

「そんなに俺の部屋に来れるのか? なんか予定とかないのか?」

「予定は……まぁ、あるにはありますが、そんなに沢山あるわけではないですし。基本的には暇ですから」

「そうか」


 会話は句切れ、沈黙が降りる。

 そこで俺は、最後の決心をつけた。


「……なぁ、緋彩」

「今度はなんですか?」

「夏休み中、どこかに出かけないか?」

「…………」


 先程まで苦笑していた彼女は俺の言葉に目を見開いて、頬を徐々に染めていった。

 小説を読んでいた賜物だろう。

 恋愛について無知だった彼女も、俺の少ない言葉が何を意味しているのかを汲み取ったようだ。


「どこかにって……」

「買い物に行ったりとか、遊んだりとか」

「それって……」


 言いかけて、俺を上目遣いに見る。

 催促されたような気がした俺は苦笑交じりに言った。


「あぁ。デートだよ」

「で、でーと……」


 俺の言葉を反芻させた緋彩は、照れ臭さ故かすっかり瞳を伏せてしまった。


「行くか?」


 端的に問いかければ、彼女は勢いよく頭を上げる。

 そして一言。


「行きますっ」


 その顔に浮かぶ太陽にも似た笑顔でさえ、鼓動の加速を駆り立てるには十分過ぎた。

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