35話 悪友、王子と深まる関係

「——彼方、変わったよな」

「俺が変わったんじゃない。周りが変わったんだ」


 休み明けの学校。

 休み時間にて、俺は零弥の誤認を訂正していた。


 球技大会が終わってからというもの、周りの俺に対する目が少しだけ変化した。

 というか、今まで他の奴らが俺に目をくれたことなど殆どなかった。

 なのにこれだけ視線を浴びるようになったのは、それだけでも十分な変化と言えよう。

 別に望んではいなかったのだが。


 球技大会で俺があの立凪を破った。

 これが、周りの目を変えた大きな要因だ。

 そのせいで関心の視線やら陰口やらが増え、俺は居心地を悪くしていた。


「お前が変わったから、周りも変わったんだろ?」

「厳密に言えば『変わったことをしたから』だ。それに、俺一人だけが変わったことをしたわけじゃない。お前だって一緒だった筈だ。なのにどうして……」

「俺はお前のアシストだったからな。攻撃に徹してたお前よりも目立たなかっただけだろ」

「……ずるいぞ」

「ずるいも何も、昔からそういう役回りだっただろ」


 恨みを込めて睨みつけるが、零弥は特に気にせずしれっとしている。


「……でもまぁ、お前がいなかったらあの試合は勝ててなかった。ありがとうな」


 零弥がいなければ、俺はあのまま点を稼げずに負けていただろう。

 緋彩とああして飯を食ったり、一緒にいられたりしたのも全ては零弥のおかげだ。


 まぁ負けても周りの声を無視しようと思えば出来たのだが……とにかくお礼が言えていなかったため、近いうちに言っておきたかった。


「ツンとデレの振れ幅が激しい奴だな」

「しばくぞ」

「本当のことなんだからしょうがねぇだろ」


 せっかく人がお礼を言ってやったっていうのに、こいつはこういう的外れなことを言う。


 というか、男のツンデレなんて需要ねぇだろ。

 ただ気持ち悪いだけだ。


「まぁ、そのお礼はありがたく受け取っておく。困ったことがあったら何でも言えよ。一人で抱え込むのはお前の悪い癖だからな」

「……善処しておく」

「でもお前のことだから、言ってもきっとまた一人で抱え込むんだろうな」


 その言葉に、俺は苦笑しながら言った。


「そうならないように、頼るつもりだ」



         ◆



「彼方君」


 体育館倉庫で響くその声は、立凪響也のものだった。

 その声に反応するために振り返れば、彼は俺と目を合わせるなりはにかんでみせる。


「立凪か」

「何をしてるんだ?」


 問いかけられれば、俺は再び作業に戻りながら言った。


「見ての通り、体育器具を片付けてるんだ。体育委員が仕事を忘れて教室に戻ったとか何とかで」

「それで、彼方君が代わりに?」

「他にやる奴もいなかったからな」

「相変わらずのお人好しだね」

「そりゃどうも。というか、お前こそ何でここにいるんだよ」


 ここに来る理由を、体育器具を取り出したり片付けたりすること以外で見つけることが難しい。

 そして体育器具は俺が片付けている。

 立凪はジャージではなく制服を着ていることから、何かを取りに来たわけでもないのだろう。


 片付け終えた俺は立凪に向き直ると、問い質した。


「たまたま彼方君を見かけてね。お礼を言えていなかったから言っておきたいと思ってて」

「お礼……?」

「僕、彼方君に勝負をふっかけた奴らと無理に関わることをやめたんだ。あいつらとは馬が合わないと思ってね」

「……そうか」


 立凪の報告に、俺は思わず口元を緩めた。

 周りの理想である自分になりきろうと思って自分を縛り付けていた立凪とは全く違う。

 あの頃よりも、表情や声が活き活きとしている。

 それは、純粋にバスケを楽しんでいた中学生の立凪とそっくりだった。


「全員の理想になる必要なんてない。僕は、本当の僕を好きになってくれる人のために頑張るよ。ここまで踏み切れたのも全部、ここで彼方君が僕を説得してくれたからだ。本当にありがとう」


 その感謝を否定して、やめる。

 そして、素直にそれを受け取ることにした。


「……あぁ。本当の自分を思い出せたみたいでよかったよ」

「お陰様でね」


 ……一件落着、だな。


 俺がここで立凪を説得してから約一ヶ月間、立凪はずっと頭を悩ませていたのだろう。

 今までの自分の生き方を否定しようとしていたのだ。

 俺では結論を出すのに一ヶ月では足りない。

 今、立凪が笑顔でいられているのも、全て短時間で結論を出すことが出来た彼の頑張りのお陰だ。


 決して俺のお陰なんかではなかった。

 でも……。


『彼方君が今言ってくれたように、私もお礼を拒まれると悲しい気持ちになるんです。だから、お礼や感謝は素直に受け取ってください』


 彼女があの日俺にくれた言葉が、感謝を素直に受け取る後押しをしてくれた。

 感謝しかない。


「あっ! 響也君ここにいたんだ!」


 その時、俺と立凪以外の甲高い声が倉庫内に響く。

 声のする方に視線を向けると、そこには名前も知らない女子生徒がいた。

 そのまま女子生徒は立凪に走り寄っていく。


「探したんだよ! 教室に行っても見つからなかったし……」

「ごめんごめん。ちょっと用事があってね」

「早く行こーよ! 売店のパンが売り切れちゃう!」

「そうだね。じゃあ行こうか」


 二人の世界が展開されるなか一人だけ置いていかれていると、立凪は俺に「じゃあまたね!」と言って行ってしまった。


「今度の夏休み、どこかに行こうか」

「あっ、所謂『デート』ってやつだね! どこに行こう……」


 そんなイチャイチャを俺に見せつけながら。


「あれって……」


 取り残された俺は、一人つぶやく。


 あの女子生徒って、もしかしなくとも立凪の彼女だよな?

 あいつ、いつの間に彼女なんてつくったんだ?

 つい最近まで立凪の横に彼女などいなかったはずだ。

 ……まぁ噂には疎いし、毎日彼を見ているわけでもないから確信は持てないのだが。

 もし最近になってつくったとなったら、相当な行動力だ。


 というか、それよりも……。


「デート、か……」


 色々と思うところがあった俺は、再度つぶやくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る