77話 全ての始まり
――なぁなぁ、ちょっと付き合ってくれよ。
――人数が合わねぇんだよ、いてくれるだけで十分だから!
――四時半にあの喫茶店集合な!
たかが中学生なのに、普通合コンなんてするだろうか。
俺は零弥たちの感性が理解できず、気持ち悪さすら感じていた。
だがどれだけ「嫌だ」と断っても、零弥はしつこく俺に合コンの埋め合わせを持ちかけてくる。
断ることもできた。
だが後に起こるトラウマなど想定もしていなかった俺は断る理由を持ち合わせていなかったため、渋々その合コンに参加することになった。
クラスでも目立たなかった俺に関係を求めてくる奴などいない。
増してや俺自身も異性との関係を求めているわけでもない。
そう考えていた俺は、軽い気持ちで喫茶店に向かった。
――一目惚れ、だったのだろう。
単純だった俺は、四対四の合コンに参加していた水谷彩乃という他クラスの女子のことを好きになってしまった。
そして幸か不幸か、彼女もまた合コンで俺に気を持ち始めていた。
純粋だった俺は、彼女と付き合いたいがために積極的にアプローチを仕掛けた。
わざわざ彼女と会うため昼休みに出入り禁止の他クラスに忍び込んだり、放課後に彼女を遊びに誘ったり。
その甲斐あって、俺と彩乃は一ヶ月という短時間で付き合うことになった。
嬉しくてたまらなかった。
初めての恋人。
しかも相手は緋彩に負けずとも劣らない学年一の美少女で、同級生も喉から手が出るほど隣に欲しい存在。
幸福感で満たされていた俺は、それを与えてくれた彼女と一緒にいる日々を大切にしようと思った。
日常の中で少しでも二人でいる時間を増やしたり、デートに誘ったり。
とにかく彼女に対する熱い気持ち、そして彼女が持っているであろう俺への好意を失わないようにと必死だった。
彼女はたくさん笑ってくれた。
たくさん喜んでくれた。
そして、たくさん伝えてくれた。
それが俺の何よりの喜びで、幸せだった。
……だけど、その幸せを噛み締めていたのは俺だけだったのかもしれない。
『次の休み、どこかに行かないか?』
『ごめんね。その日は用事があるんだ』
最初は疑いもしなかった。
用事があるんだ。
ならしょうがない。
彩乃に無理を言って予定を組み立てるのは俺の本心ではないし、時間ならまだたくさんある。
だから、今回は諦めよう。
そう思った。
でも次の週。
『今週は何か用事ある?』
『あっ、ごめん。今週もまた用事が入ってて』
次の週も、その次の週も、彼女は同じく俺の誘いを断り続けた。
不安だった。
でも、疑いたくなかった。
彼女はそんな人間じゃないとそう思っていたから。
だから確証が欲しくて、俺はとりあえず彼女を誘った休日に彼女の家に向かうことにした。
緊張と不安で加速する鼓動を抑え、俺は決心してチャイムを押す。
十秒、二十秒と時間が経っていく。
……やっぱりいないか。
そもそもどんな用事であれ、出かけている確率の方が圧倒的に大きいだろう。
だから俺はその逆をついたのだ。
これで家にいればほぼ確実。
それか単に、俺と会うのが面倒臭くて家にいるか。
どっちにしろ家に彼女がいれば、関係が崩れかけているのは確定する。
それを回避したということは、まだ希望がある。
そう信じた俺は、安堵するように胸をなで下ろした。
しかし――。
「はーい」
聞き慣れた声とともに、玄関のドアが開けられる。
そこから出てきたのは……水谷彩乃だった。
「あ、あれ、彼方? どうしたの?」
頬を引きつらせ、声を震わせる彩乃
戸惑っているのは、火を見るよりも明らかだった。
そんな彼女を目の当たりにして、俺の鼓動は更に加速する。
「予定は? もう済んだのか?」
「あ、えーっとね……」
何かを言い辛そうに視線を泳がせて口を噤む彼女を信じて、俺はただひたすらに待った。
だが、出てきたのは彼女の言葉ではなかった。
「彩乃、どうかしたのか?」
全裸の男。
名前も知らない彼が姿を現したその瞬間、俺の頭は真っ白になった。
「……あやの?」
「ち、違うの! これは彼方が思ってるようなことじゃなくて!」
全裸、ということは、彩乃はこの男と体の関係を持っているということか?
俺とすらヤったことがなかったのに、彩乃は俺を差し置いて他の男とヤったのか?
「こいつが彩乃が言ってた例の彼氏か?」
全裸の男はそう言って、ノソノソと俺に近づいてくる。
「ふーん。まぁ、確かに鈍臭そうだな」
……意味が、分からなかった。
今、俺の目の前には何が映ってる?
俺は今、どんな表情をしてその場にいる?
「いいからこんな男放っといて、さっさと続きしようぜ」
「あっ、ちょっと……」
肩を抱かれ、連れて行かれる彩乃。
彼女らを止める気力は俺には残っておらず、そのまま二人はドア向こうへ消えていった。
◆
「そんなことが……」
天城君が彼方君の部屋に来たあと、彼は私とあかりに彼方君の過去を話してくれました。
「彼方のトラウマをつくったのは俺なんだ。だから、彼方を過去から立ち直らせるのは俺の役目だと思って必死に行動した。彼方が柚子川さんに嘘コクしたのも、それが理由なんだ。でも……彼方を立ち直らせることは出来なかった」
項垂れる天城君の肩を、あかりは優しく擦っています。
そんな彼女の瞳も、いつになく曇ったままでした。
「こんなことになったのも全部、俺が急いだからなんだ。……本当にごめん」
天城君の言っていることも分かりました。
この状況は、元を辿れば全て天城君の行動に行き着きます。
でも、それが全てじゃないことを私は知っていました。
少なくとも私が彼方君と過ごしてきた日々を思い返せば、彼方君にもっとしてあげられたことが色々とあったかもしれません。
だから私は、俯く天城君に言います。
「……私は、彼方君との出会いをつくってくれた天城君に感謝しています。だって彼方君と出会っていなければ、私はここまで楽しい日々を過ごすことなんか出来ませんでした。それも全て出会いのきっかけをつくってくれた天城君と、その日々を彩ってくれた彼方君のおかげです」
「柚子川さん……」
もし、私の頼みが天城君の償いになるのなら。
そう信じて、私は口を開きました。
「私、彼方君と会って話がしたいんです。だから天城君。一緒に彼方君を探してくれませんか? あかりも」
「頼まれなくても、私は彼方君を探すよ」
口元に薄く笑みをつくるあかりがとても頼もしく感じます。
そして……。
「……俺は彼方を救えなかった。だから頼む。彼方を救ってくれ。それが出来るのは、きっと柚子川さんだけだから」
顔を上げてそう頼み込む天城君の瞳からは、彼方君を思う気持ちが伝わってきました。
だから私も、決意を瞳に込めて言いました。
「任せてください」
……彼方君がどんなに辛い過去を抱えていたとしても、私はそれを彼方君と一緒に乗り越えたい。
彼方君が辛いときは、私も彼方君の側にいてあげたい。
だって私が辛かったときは、彼方君が私の側にいてくれたから。
彼方君が私にたくさん与えてくれたように、私も彼方君にたくさん与えよう。
私の愛を信じられないのなら、信じられるようになるまで愛を伝え続けよう。
もう迷わない。
彼方君と過ごしてきた日々を思い返しながら、私は部屋を出るのでした。
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