63話 花火を見る前に

 緋彩と二人でどこかへ出かけるときには、彼女が毎回俺を迎えに来てくれる。

 それが申し訳なかったため、この前『俺が緋彩の部屋に迎えに行くよ』と彼女に行ったのだが、彼女は首を横に振った。


『私が彼方君の部屋に迎えに行きますよ』

『でも、毎回来てもらうのは流石に申し訳ないから』

『いいんです。それに……彼方君に自分の部屋を見られるのは恥ずかしいので』


 夕暮れ時に鳴ったチャイム音で、俺は昨日の会話を思い出す。

 ちなみに、緋彩は俺に自分の女の子らしくない部屋を見られるのが恥ずかしいらしい。

 その可愛らしい理由に頬を染めた彼女も相まって思わず頭を撫で回したくなってしまったが、それを我慢した。


 今までも何度か己の欲望に負けて彼女に触れてしまったことがあったが、それももうやめなければならない。

 俺がずっと彼女の側にいることは不可能なのだ。

 だから、そもそも俺が彼女に触れられる資格などない。

 俺が彼女に触れていいのは、彼女が俺を求めたときだけ。

 思わせぶりなことをしているのは分かってる。

 でも、それ以上に俺は彼女を笑顔でいさせ続けたい。


 これはきっと、俺の弱さなのだろう。

 そういう風に理由を取り付けて、彼女に触れるきっかけをつくってしまっている。

 縁を切らなければいけないときに切ることができないのも、きっと。


 ……って、こんなしょぼくれた顔で出迎えちゃ、緋彩に心配かけるよな。

 鏡で見ずとも顔から表情がなくなっていることが分かっていたので、俺は深く深呼吸して心を入れ替えると玄関の扉を開いた。


「準備出来ましたか?」


 扉の向こうにいた緋彩は、いつぞやに見た白のチュニックにミントグリーンのセミフレアパンツという装いだった。


「おう。それじゃあ行くか」

「はいっ」


 にこやかな表情で返事をする緋彩からは、花火を見られるワクワク感が滲み出ている。

 俺は申し訳ない気持ちを優しい微笑みで隠し、彼女の手を取って花火大会の会場へと足を運んだ。


 のだが……。


「お知らせです。日没の関係で花火大会を予定開始時刻から一時間ほど遅らせることになりました。つきましては、花火大会開始の時刻を――」


 会場が近づいてくると、遠くの方からそんなアナウンスが聞こえてきた。


「マジかよ。一時間遅れるんだって」

「みたいですね」


 確かに今の空はまだ明るい。

 この状態で花火を上げても綺麗に見られないだろう。

 花火は黒い空をバックにするのが一番綺麗に見える。

 それが分かっていたから、開始時刻を遅らせることに文句はなかった。


 俺たちは花火大会が開始する五分ほど前を目指して来ていたので、あまり待つことなくスムーズに花火を見られると思っていたのだが……。


「一時間、どうする? 座れる場所もそんなにないし、ここで一時間待つのは酷だぞ」

「そうですね……」

「……せっかく近くにゲームセンターがあるんだし、そこで時間潰すか」

「ゲームセンターですか?」


 まさに聞き慣れないと言った様子で、緋彩は目を丸くする。


「多分、ゲームセンターにも行ったことないよな?」

「はい。ありませんが……」

「ん、どうした?」


 初めてのことには全て目を輝かせていた彼女が、今回はちょっと曇った表情をしていた。

 妙に引っかかって聞いてみれば、彼女は苦笑を浮かべながら理由わけを話してくれた。


「小さい頃からずっと、お父さんに無駄遣いはするなって言われてきたんです。ゲームだったり漫画だったり、小説なんかも無駄なものだって。今日も本当は浴衣を着たかったんですけど、買えていなくて……」


 無駄なものかどうかに関して言えば共感は出来ないが、無駄遣いに関して言えば俺も納得出来た。

 自分の趣味やなんかにたくさんお金を使うと、後々困ったことになりかねない。

 だから今回だけは、緋彩の父親の言い分も分かった。


 ゆえに、なかなか否定的な行動を取ることが出来なかった。

 共感できなければ「そんなの気にする必要ない」と言って彼女の手を引っ張ることが出来たのだが、今回はそうもいかない。

 だから俺は、違う方法を取ることにした。


「じゃあ、俺がしたいからついてきてくれよ。緋彩はしなくてもいいからさ」

「それなら、分かりました」


 了承が取れたので、俺はそのまま彼女と一緒にゲームセンターに向かうことにする。

 すんなりと俺の提案を受け入れてくれたことから、彼女も俺と同じく父親の言い分に納得しているようだ。

 この方法を取って正解。


 後は、彼女が確実に喜ぶことをしてあげるだけだ。

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