61話 テストの結果

「――結局、学年トップだったな」


 考査の順位が廊下の掲示板に貼り出され、俺は緋彩とそれを見ていた。

 一位から五十位まで貼り出されており、緋彩は当たり前のように一位だった。

 ちなみに俺は、掲示板にも程遠い順位を取っている。

 尚、零弥には勝っていたので後悔はしていない。


「でも、数学が満点ではありませんでした」


 不服そうにつぶやく緋彩。

 だが、今は周りに人がいるため氷の姫モードになっているため、表情は至って真顔だった。


「何店だったんだ?」

「……九十八点です」

「十分凄いじゃねぇか」


 そのくらいで落ち込んでいたら、俺は一体どうすればいいんだ。

 絶望でもすればいいのか?


「後一つで全教科満点取れたんですよ? ……悔しいです」

「まぁ気持ちは分からんでもない。でも、後は全部満点なんだろ? よくやってるよ。俺なんか定期テストで満点取ったことないし」

「でも悔しいものは悔しいです。家に帰ったら、ミスしたところを復習しないと……」


 怯えたように目を細めた緋彩の手は細かく震えている。

 そこから俺は、トラウマが出ているのだろうと悟った。


 きっと過去にもテストで満点を取れなかったことがあって、父親に暴力を振るわれたのだろう。

 今は緋彩を傷つける存在がいなくても、体がそれをはっきりと記憶してしまっている。

 ゆえに、言葉と動きが噛み合っていないのだ。

 悔しいと頭では思っていても、体が傷つくのを怖がっている。


 だから俺は、そんな彼女をなだめるように手を握った。

 同じように順位を見に来ていた周りの目が痛いが、気にするようなことじゃない。


「彼方、君?」


 目を丸くしてこちらに視線を送る彼女に、俺は優しく笑みを浮かべた。


「テストが終わった後なんだ。今くらい、羽目を外したって怒られやしない」

「で、でも……」

「今日、アイスを食べに行くんだろ? そんな悶々とした気持ちを抱えてちゃ、アイスを美味しく食べられないんじゃないのか?」


 彼女とアイスを食べに行く約束の日はテストが返却された今日だった。

 今まで頑張ってきた自分へのご褒美にと、そんな思いを込めて。


「そうだ、ご褒美……」


 そこで緋彩は、思い出したようにその単語を口にした。


 早くテストのことから気を逸した方がいい。

 そう考えた俺は、緋彩の手を引っ張ってその場を離れる。


「少しくらい、自分に優しくしていいんじゃないのか? 今までずっと厳しく接してきたわけだしさ」


 歩く途中で彼女に声をかけるが、彼女は瞳を伏せたまま何も喋らない。

 先程のクールな表情が完全に崩れているところを見ると、心に相当なダメージを負っているようだ。

 どうしようかと考えていると、前方からあかりが見えた。


「あれ? イチャイ、チャしてるわけではなさそうだね。どうしたの?」


 あかりは一瞬顔をにやけさせたあと緋彩の表情で状況を悟ったらしく、すぐに不安そうな表情を浮かべて聞いてくる。


「ちょっとな」


 緋彩がいる手前、詳しく話したら彼女も気が滅入るだろう。

「察してくれ」という意味を込めながら苦笑を向ければ、あかりは真剣な表情で小さく頷いた。


「ねぇひーちゃん。トイレ行こっ」

「トイレ、ですか? あっ、ちょっと……」


 あかりはいつものように明るく笑顔を浮かべると、緋彩の手を取った。


「んじゃ彼方君! また後でね〜!」


 そう俺に声をかけるあかりと不安げに瞳を揺らす緋彩を見送って、俺は「……頼む」とつぶやくのだった。



         ◆



「――さっきはすみませんでした」


 放課後、学校を出て近くのアイス屋に向かう途中、隣で俺の手を握っている緋彩は申し訳なさそうにつぶやいた。

 だが顔色はさっきと比べて明るくなっているところを見ると、あかりの緋彩に対する接し方の凄さを認識させられる。


「気にすんな。言ったろ、たくさん迷惑かけろって。緋彩に迷惑かけられたら、俺は嬉しいからな」

「なんですかそれ、Mですか?」


 俺の言葉に眉をひそめながらもくすりと笑う緋彩。


「いや、俺はSっ気もあるからな。どっちでもいけるぞ」

「意味分かんないですよ」


 どうやらウケたらしい。

 笑みを浮かべながらついた言葉に、彼女はくすくすと笑いを零していた。

 心から笑っているようで、そっと安堵する。


「……やっぱり、笑ってる顔が一番可愛いな」

「なっ……いきなりなんなんですか」


 可愛いという単語にかあっと頬を染めた緋彩は、照れ臭さを隠すようにそっぽを向いた。

 しかし体は正直なようで、俺の腕をぎゅっと抱いて離さない。


「ほら、Sっ気あるだろ?」

「その証明に可愛いって言ったんですか? 今の言葉は嘘だったんですか?」

「嘘じゃねぇよ。俺は本気でお前を可愛いと思ってる」

「っ……〜〜っ」


 問い詰める緋彩に真剣な声色で言えば、彼女は声にならない声を上げながら俺の二の腕に額をグリグリと押し付ける。

 あまりの可愛さに頬の緩みを抑えられなかった。


「――ほら、着いたぞ。入れるか?」


 アイス屋の前まで来ると、俺は緋彩に声をかける。

 彼女は耳まで真っ赤にしているので、もしかしたら店内にいる人に自分の顔を見せたくないかもしれない。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 俺の予想は当たったようで、彼女は舌足らずに言葉を紡ぐ。

 相変わらずの可愛さに笑みを深くしながら、彼女の言葉に俺は「はいよ」と返すのだった。

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