26話 氷の姫の怒り
「――ギリギリでしたね」
「うっ……」
「『任せろ』って言ってたから安心してたのに、ハラハラしちゃいました」
「……返す言葉が見当たらない」
あの出来事があってから俺のクラスは徐々に立凪のクラスとの差を縮めていき、結果は二十五対二十四。
それも逆転したのは俺がブザービーターで点数を入れた時という、緋彩の言葉通りギリギリの決着だった。
「……それでも、勝てたからよかったです」
体育館から教室へと向かう道中ずっと頬を膨れさせていた緋彩は、そこで安心するように微笑んだ。
「まぁ、零弥がいなかったらあの試合は勝ててなかったけどな」
「零弥って、えっと……天城君のことですか?」
顎に手を添えて考える素振りを見せたあと、思い出したように振り向いて言った。
「お前、よく他クラスの奴のこと分かるよな。きっと話したことないんだろ?」
「そうですね、覚えている限りでは」
緋彩は記憶力がいい。
覚えている限りで零弥と話したことがないということは、きっと一度も話したことがないのだろう。
「……·本当は零弥に頼らないで勝ちたかったんだけどな」
「どうしてですか?」
苦笑交じりに呟けば、緋彩が俺の顔を上目遣いで覗いてくる。
「どうしてって……」
零弥に迷惑をかけたくなかったから。
あいつはああ言ってくれて、実際その言葉に甘えてしまったけど、申し訳無さを感じていることには変わりない。
あいつの言葉に嘘はないのだろうけど、それでもやっぱり信じきれない俺がいた。
だが、これを緋彩に言ったところで何の意味もない。
一度話し始めたら全てを話すまで終われないだろうし、全てを話せるほど彼女を信用出来ているわけでもない。
信じたかった。
でも、俺には無理だった。
だからどう言おうか悩んでいると、それを見兼ねたのか彼女は柔らかく口元を緩めながら言った。
「むしろ、頼って正解だったんじゃなかったんですか?」
「正解……?」
どういう意味なのだろうかと首を捻ると、緋彩は「はい」と頷いて見せる。
「私はあまりしたことがないのでよく分からないですけど、バスケットボールは団体戦ですよね?」
「そうだな」
「ということは、個人戦じゃないんです。だから一人で戦うのは違うと思うんです」
その言葉に目を見開く。
そうだ、バスケは一人で戦う競技じゃないんだ。
「どうして頼りたくなかったのかは分からないですけど、天城君はむしろ彼方君に頼ってほしかったはずですよ」
バスケは団体戦だから。
零弥がやりたかったバスケは、俺と協力して点を稼ぐバスケだから。
俺は今まで零弥に迷惑をかけたくない一心で、一人で戦おうとしていた。
過去に俺が冒した過ちのせいで散々迷惑をかけたから。
今もそれを気に病んでいるから。
だからこれ以上迷惑をかけたくないと思い、俺は俺の戦いに零弥を巻き込みたくはなかった。
でもそんなこと、零弥は望んじゃいなくて。
それどころか、俺と一緒に戦いたいと願ってくれていて。
俺が零弥の立場だったら、きっと同じことを思い、行動しただろう。
緋彩に諭された今なら、俺は零弥の言葉や行動を信じることが出来るような気がした。
「ひ、柊……」
そうなのかもしれないな、と彼女の言葉に応えようとしたところで別の声が響く。
見ると、階段の脇で立凪の取り巻きがたむろしていたが、そこに立凪の姿は見られなかった。
強張っている表情から察するに、今の声は試合前に俺に突っかかってきた奴のようだ。
「何だ」
睨みつけながら言えば、そいつは怯みながら「な、何でもねぇ」と小さな声で言う。
「俺のクラスが勝ったんだ。別れなくていいよな?」
「……なんで。柊と柚子川さんが釣り合うわけないのに」
そいつが呟くように言えば、周りの奴らも便乗して「お前もそう思うよな!」だの「当たり前だよな!」だの言いたい放題だ。
悔しいが、こいつらの言っていることは一理ある。
実際、俺も緋彩と釣り合っているなんて思わないし、それを考えることすら烏滸がましく感じてしまう。
早めにこの場を離れるのが得策だと感じ、俺は緋彩の手を掴んで階段を上がろうとしたが、彼女が動くことはなかった。
「緋彩……?」
彼女に視線を向けたことで、気付く。
今の彼女は、まさしく「氷の姫」だった。
「黙ってください」
その声で先程まで騒いでいた男子たちは一瞬にして静まり、顔を青白く染めた。
「貴方がたに彼方君の何が分かるんですか。そうやって言える程、貴方がたは彼方君と接してきたのですか? 知っているのですか?」
「そ、それは……」
今の彼女に逆らえる者など誰もいなかった。
ゴミを見るような瞳に、有無を言わさない覇気のある声。
反論など言語道断。
隣にいる俺でさえ、彼女を止めることは憚られた。
「何も知らないまま彼方君の悪口を言わないでください。正直言って凄く気持ち悪いです。……もう彼方君の悪口は二度と言わないでください」
そのまま俺に視線を向ければ「行きましょう」と言って俺を引っ張る。
「あ、あぁ」
呆気にとられていた俺は、彼女に手を引かれるままついていくことしか出来なかった。
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