85話 イチャイチャ

「……そんなに不安だったか?」

「不安でした」


 俺の部屋にて、緋彩はソファの上で俺に寄りかかりながら呟く。

 学校祭一日目が終了し、帰りのSHRショートホームルームを終えた直後から彼女は俺の側をついて離れなかった。


 不安だったのは聞かなくても分かる。

 あれだけ迷子の子供のような表情をされては、俺だろうと誰だろうとすぐに気づくだろう。

 だが緋彩は俺にくっつき始めてから二時間経った今でもくっつくことを辞めるどころかさらに頬を寄せてきていたので、流石に予想の範疇を超えていたのだ。


「俺、そんなに信用ないか?」

「そんなことありません! そういうわけじゃないですけど……」

「分かってる、いじわる言ってごめん」


 緋彩は、俺が緋彩以外に信じる人間をつくらないことを知っている。

 俺自身まだトラウマを克服できたわけではないので、緋彩以外に信じられる人間をつくろうにもつくれないのだ。

 だから俺が他に行かないことも、きっと頭では分かっている。


 それでも不安になってしまうのは、俺を大切に想ってくれていることの表れだろう。

 彼女を不安な気持ちにさせてしまったのは申し訳なかったが、彼女の俺に対する気持ちを再確認することが出来てよかった。


 ただ落ち込んでいる彼女の気持ちをそのままにするわけにもいかず、俺は彼女をひょいっと持ち上げて自分の膝に乗せた。


「か、彼方君?」

「ほら、これで安心できるか?」


 そう言って、俺は緋彩に向かって両手を広げる。

 戸惑いながらも頬を染めて瞳をとろんとさせた彼女は、躊躇うことなく俺を包み込んだ。


「……全く、付き合って早々彼女を不安にさせて楽しいですか」

「俺だって緋彩を不安にしたいわけじゃない。それと、付き合って早々じゃないからな。一応もう二週間くらい経つからな」

「そう考えると、時間が経つのってあっという間ですよね」

「立ち直るのが早いな」


 緋彩の声色が一気に落ち着く。

 まるでジェットコースターの如く彼女の情緒が移り変わるので、思わずツッコんでしまった。


「だって彼方君の部屋まで来れば、もう邪魔するものは何もないですもん」

「まぁそうかもしれないけど……って、その言い方だと俺の部屋に来た時点で不安は和らいだってことになるが」

「実際そうですよ?」

「……じゃあ、さっきの不貞腐れようはなんだったんだよ」


 なんだ、さっきのは演技だとでも言うつもりか?


 ため息をつくと、緋彩は抱き着くのをやめて俺の肩に手を置いた。


「誰かのものになってませんよね?」

「当たり前だ。俺には緋彩しかいない」

「……彼方君は、私のものですから」

「っ――」


 緋彩の言葉に顔を熱くした俺は、悶えを隠すように彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「わっ、ちょ、彼方君」

「いいだろ、もう外に出ないんだし。お前が可愛いことを言うのが悪い」

「か、かわ……」


 ぼっ、と一気に顔を赤くする緋彩。

 隙をつかれたからか、それ以上言葉が出ることはなかった。

 その代わり、口は何か言葉を出そうとあわあわ動いている。


「……まじで」


 どれだけ俺を悶えさせたら気が済むんだ。

 もう悶えることに精一杯で、彼女の頭の上で手を動かすことすら出来なかった。


「可愛いって言われることに耐性をつけてくれよ。これからもたくさん言いたいからさ」

「じゃ、じゃあ彼方君も格好いいって言われることに耐性をつけてください。たくさん言いたいので」

「それは……無理かもしれない」

「なんでですか!」


 自信ない。

 緋彩に格好いいとか言われたら自分で思ってなくても自然と勘違いするし、嬉しくなってしまう。


「自分が無理なら私に言わないでください。私だって無理です」

「……まぁ、無理なら無理でいいかもな」

「どういう意味ですか?」


 緋彩の顔を赤くしている姿が見られるから、と口を滑らせれば意地でも耐性つけそうな気がしたので、俺は「なんでもない」とはぐらかし再度彼女を抱き締める。


「なんか彼方君からぎゅーされると、胸がきゅうっとなります」

「俺も緋彩にぎゅーしてると、胸がきゅうっとなる」

「……幸せです」

「あぁ、俺も」


 お互いの温もりを共有し合うだけで、忙しかった接客の疲れが溶けるように消えていく。

 彼女の存在を感じるたびに、幸せな気持ちが胸一杯に広がる。

 それと同時に、少しだけ切なくなる。


 だからその気持ちを埋めるために、俺は彼女の額に自分の額をコツンと当てた。

 キス出来る距離で、お互いに見つめ合う。

 緋彩は相変わらず頬を赤らめているが、二回目だからかこの前よりもこの状況についていけているようだ。


「……大好き」


 息を呑む音が聞こえると、彼女の瞳がへにゃりと細くなる。


「私も、大好きです」


 そのまま俺たちは、溢れ出る幸せを共有し合うようにくすくすと笑い合うのだった。

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