56話 一難去ってまた一興
「――ま、毎日も緋彩の作るご飯が食べたいって思って……」
「で、彼方君がそんな思いの中ひーちゃんは?」
「美味しい、って言ってくれたことが嬉しかったですし、彼方君の食生活も気になっていたので……も、『もし良ければこれからもお作りしましょうか?』と、私から提案を……」
「おーっ!」
俺と緋彩の話に歓喜するあかりと零弥。
……どうしてこうなった。
さっきまで順調に勉強が進んでいたものの、気づけば記者会見のようなものが開かれていた。
座る場所も零弥の隣から緋彩の隣に移動させられ、対面しているあかりと零弥から質問攻めを食らっている。
俺と緋彩の過去がどんどん明かされていく(というか明かしている)ため、俺たちの羞恥は最大にまで達していた。
緋彩は首から上の肌を全て紅潮させて顔を強張らせているし、俺なんか体の火照りが止まらずに変な汗をかき続けている。
「も、もういいだろ」
「いやいや、もうちょっと聞かないと。ねー零弥君」
「あぁ。俺だってもっと二人の話を聞きたいし」
「聞いて何になる」
「にやける」
「ざっけんな!」
というか、二人して声を揃えるな。
「お前ら、というか主にお前。元々このつもりで勉強会を提案しただろ」
俺は言いながらあかりに射るような視線を向ける。
「さぁ~? 何のことでしょう?」
クソッ、マジでムカつく。
ヘラヘラしながら言うな。
「ほ、ほら。もう六時ですし、そろそろ帰りましょう?」
緋彩の声に時計へ視線を移動させれば、彼女の言うとおり時刻は午後六時を回っていた。
「もうそんな時間なのか。しょうがないけど、帰ろう零弥君」
「そうだな。二人のことはまた今度聞けばいいんだし」
「そうだね!」
また質問攻めを食らいそうな雰囲気だが、とにかく緋彩が助け舟を出してくれてよかった。
今日のところはここらで勘弁してくれそうだ。
「今度はまた休みの日に来るね、ひーちゃん」
「おい、ここに住んでるのは俺だ」
「でも柚子川さんはほとんど彼方の部屋にいるんだろ? あんまり変わらなくね?」
「いや変わるから」
緋彩に言っても戸惑うだけだろ。
というか、俺今日ツッコミしかしてない気がするんだが……。
俺と零弥でそんな御託を繰り広げているうちに、あかりは帰る準備を済ませていた。
玄関に続く廊下の前でこちらに振り返ると、ニマニマとした表情を見せた。
「それじゃあ、後は二人でイチャイチャしてて」
「するかっ」
「ほら零弥君、早くしないと置いてっちゃうよ〜」
そうして足取り軽く玄関へ消えていった。
声をかけられた零弥は、あかりの言っている意味がよく分かっていないのか呆然している。
「……さっさと行け」
「お、おう!」
何とか戸惑いから脱したらしい零弥は、いそいそと勉強道具を片付けてあかりの後を追った。
あの二人、いつの間にあんな仲良くなったんだ?
あかりが転校してきてから二週間程度しか経っていないのに……いや、あの相性であればこのくらいが妥当なのか。
玄関の扉の音が二回響いて喧騒が止むと、俺は脱力した。
「疲れた……」
つぶやく俺に、緋彩は力なく苦笑する。
彼女も相当疲弊しているだろう。
「そろそろ、夜ご飯を作らなきゃいけませんね」
「作る元気あるか?」
「……頑張ります」
「頑張らなくていいよ。疲れてるんだったら、無理して作らなくていい」
「でも……」
表情を曇らせる緋彩。
彼女へ過度に接近することは、後に彼女を傷つけることになってしまうかもしれない。
でも今の落ち込んだ彼女を放って置けるほど、俺は忍耐強くなかった。
隣で肩を落としている彼女の頭に手を置くと、俺は口を開く。
「責任を感じてるんだったら、そんなの気にしなくていい。無理してご飯を作ってくれるより、俺はお前が元気でいてくれたほうがずっと嬉しいから」
俺の言葉に緋彩は目を見開くと、染まる頬を隠すように俯いて俺の胸に飛び込んできた。
「じゃ、じゃあ……甘えて、いいですか?」
「甘える?」
「彼方君に甘えた方が、元気が出るので。……ダメ、ですか?」
潤んだ瞳は上目遣いに俺を見上げている。
その視線に、俺は我慢が効かなかった。
前に曲がった彼女の体を伸ばすように引き上げて抱き寄せる。
「……ずるいぞ、お前」
「な、何がですか」
「そんな目で見られたら……色々と抑えられなくなるだろ」
「っ……」
ただでさえ好きなのに、もっと好きになっちまう。
その気持ちは抑えなければいけないのに。
「……抑えなくて、いいですよ?」
「ばか、抑えなくちゃいけないんだ」
「そうなんですか?」
「そうだ。だから抑えるために、たくさん抱き締めさせろ」
「……はい。たくさん抱き締めてください」
そんな可愛いこと言うな。
心の中でそう呟きながら、あかりに言われた通り俺たちは晩ご飯そっちのけでイチャイチャするのだった。
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