5話 悪友の事情聴取
「はぁ……」
扉を閉めて、大きくため息をつく。
プライベート空間に身を置いたからか、俺はまるで正気を取り戻したかのように今までの行動を後悔し始めた。
……俺は、どうして柚子川に気を遣っていたんだ?
内では赤の他人だと決めていたのに、気付けばあいつにまるで本物の彼女のように接していた。
そしてきっと、あいつはそれを望んでいない。
好きでもない相手に好意を向けられるのは鬱陶しいと言っていたから。
『……ほら、やっぱり柊君がしたかっただけじゃないですか。なんですか私に惚れでもしたんですか気持ち悪いですね』
軽蔑するような表情とともに、柚子川の平坦な声が頭の中で再生される。
あのときの言葉は本心だったのかもしれない。
俺はあいつに好意を抱いているわけではないが、あの接し方だったらそう疑われても仕方ない、か。
「……なんで『付き合ってやる』なんて言っちまったんだろうな」
今思えば後悔しかない。
俺があいつの頼み事を聞く義理はないはずだ。
にもかかわらず、俺はあいつの頼みを聞いてしまった。
……いや、分かってるんだ。
俺があいつの頼みを聞いた理由も、本物の彼女のように接していた理由も。
ただ、それを受け入れたくないだけなんだ。
「――クソッ」
このまま考えていたらますます気分が暗くなってしまいそうだと感じた俺は、とりあえず靴を脱ぎ、学ランを脱いでベッドの上に放る。
鞄を机のフックに引っ掛け、そのまま床に座り込み、
そして、気を紛らわすためにスマホの明かりをつける。
目に飛び込んできたのは、一件の不在着信だった。
……いつの間にあいつ、俺に電話をかけてきたんだ?
訝しみながらも、俺はそいつに電話をかけ直す。
コール音が1回も鳴り終わらない内にプツっと切れた。
『バカ』
「……開口一番それかよ。で、なんで電話をかけてきたんだ」
眉をひそめながら、俺はスマホの向こうにいる零弥に尋ねる。
『気持ちの整理がついてないんだが……お前、本当に柚子川さんと付き合ったのか?』
「……あぁ、そうだな。付き合った」
隠す必要もなく、何なら付き合ったと公表した方が目的を果たせるため俺は包み隠さず事実を話す。
『……いや、お前と柚子川さんをくっつけようとしたのは俺だ。それは分かってる。だけど……だけど……』
「もう切っていいか?」
『ダメだ!! ちゃんと最後まで話を聞かせろ!!』
「るっせぇ!」
スマホのスピーカーから鳴り響いた轟音に顔をしかめ、思わず耳を離してしまう。
静かになったのを確認すると、俺は再度スマホのスピーカーに耳を近づけた。
『……お前、元々柚子川さんとは付き合う気なかっただろ?』
深呼吸が聞こえたあと、零弥は先程と打って変わった落ち着いた声で問いかけてくる。
ここで嘘をついても、零弥は確実にそれを見抜いてくるだろう。
それだけ俺と零弥が共にした時間は長い。
「……そうだな。告白したのは、あくまで罰ゲームだからだ。柚子川に好意を持って告白したわけじゃない」
『じゃあ、なんで付き合うことになったんだよ? お前が柚子川さんと付き合う理由なんてない筈だろ?』
「いろいろあるんだ。悪いが、そこはお前には話せない。柚子川が関係してくるからな」
『柚子川さんを想っての行動か……?』
「馬鹿か。変なことを言いふらしたら、俺が何されるか分かんないんだよ」
別に口止めをされているわけではない。
ただ、俺と柚子川が付き合った(偽りの恋人を演じている)理由を話すと、どこかからそれが漏れるかもしれない。
零弥を疑っているわけではないが、万が一ということもある。
そしてその情報が漏れると、俺と柚子川が付き合っている意味を失ってしまう。
『……そうか。まぁ、そこには深く言及しないほうがいいってことだな?』
「そういうことだ。理解が早くて助かる」
『伊達に六年間をお前と一緒に過ごしてねぇよ。後はそうだな……じゃあ、もう一ついいか?』
「何だ」
俺が聞き返すと、零弥は一拍を置いて言った。
『……お前って、とことんお人好しだよな』
「切っていいか?」
『あー待て待て、別にお前をからかうつもりで言ったわけじゃない』
「……何だよ」
『今の話を聞いた限りで言うと、お前と柚子川さんが付き合ったのは柚子川さんがそれを望んだからってことだよな?』
「まぁ、そうだな」
『お前は柚子川さんみたいな奴が嫌いだって言っていた。それでも付き合ってるところを見ると、本当にお前って奴は他人を見捨てられないなってふと思ってな。……いや、そこだけが全てじゃないのか』
変なところで勘が働く奴。
「そうとだけ言っておく。後、あれは零弥のせいじゃないからな」
『っ……何でもお見通しだな』
「伊達に六年間をお前と一緒に過ごしてないからな」
あれは零弥のせいじゃない。
俺が周りを避けるようになってから、この言葉を何回言ってきただろうか。
あれは俺が悪いんだ。
俺が……あいつをちゃんと愛せなかったから。
「……話は終わりか? だったら切るぞ」
『お前、よく切りたがるよな』
「晩飯の準備をしなくちゃならないんだ。今日はいろいろあったし、早く飯食って早く寝たい」
『了解。じゃあもう切るわ』
「ん」
スマホを耳から話して、通話終了のボタンをタップする。
……あいつも、負い目を感じてるんだよな。
そうさせないためにも、俺が変わらなくちゃいけない。
だけど――。
「……はぁ」
さっさと飯食って寝よう。
思考を放棄した俺は、昨日買っておいたカップ麺を開けてお湯を沸かすのだった。
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