79話 誓いと、決意と

「――どうなった?」

「……付き合うことになった」

「ようやくだな」


 四〇五号室で、俺の報告を聞いた零弥は深く息をついた。


「本当にすまなかった。あんなことを言って」

「気にしてねぇよ。どんな経緯があったとしても、彼方が過去を乗り越えてくれたんならそれでいい。むしろ俺が謝りたいくらいだ」

「どうして?」


 俺が謝るなら分かる。

 零弥に酷い言葉を浴びせて、その上緋彩に俺の過去を話させた。

 本当なら俺自身が話さなければいけないかったことを、夜中にわざわざ話してくれたのだ。

 本当に、申し訳ないことをしたと思っている。


 でも零弥は俺に何も酷いことをしていない。

 なのに、零弥はどうして謝りたいんだ?


 疑問に思っていると、零弥は苦笑の表情を変えて瞳を伏せた。


「……彼方のトラウマの話だよ。原因は俺だ。俺が彼方を合コンに誘わなければ、彼方をここまで苦しませることはなかった。本当にごめん」

「なんだ、そんなことかよ」

「そんなことってなんだよ。これでも結構気にしてるんだぜ」

「そんなことだよ」


 零弥の代わりに、今度は俺が苦笑を見せた。


「確かに零弥が俺を合コン誘ったせいであの出来事が起こったのかもしれない。実際、俺はあれ以上彩乃に何を出来たのか今でも分からない。でもあの出来事がなければ、俺は緋彩に出逢うことすらなかった。だから今は、あの出来事が起こってよかったとさえ思ってる。彩乃と出会ってしまったのも零弥のせいだけど、緋彩と出逢うことが出来たのも零弥のおかげだ。ありがとう」

「彼方……」


 俺と緋彩が付き合ったことで、零弥も過去の呪縛からようやく開放されたのかもしれない。

 ぽたりぽたりと落ちていく涙を、俺は微笑みながら見つめていた。


「……絶対柚子川さんを幸せにしろよ。失敗して別れることになったら承知しないからな」

「分かってる。というか、それは零弥も同じだろ。あかりのこと、幸せにしてやれよ。それが緋彩の幸せでもあるしな」

「あぁ……分かってる」


 互いに誓い合いながら、俺は今一度決心する。


 絶対、緋彩を幸せにしてみせる。

 もう同じ過ちを繰り返さないために。

 そして、緋彩が笑って日々を過ごせるように。



         ◆



「――来たぞ」


 放課後。

 ある人物に呼び出されていた俺は屋上へと足を運ぶと、そこには既に俺を呼び出した人物が背を向けていた。

 声をかければ、彼女は振り返ってつかつかと俺に向かって歩いてくる。


 やがて手の届く距離にまで近づいてくると、あかりは俺の頬を思い切りはたいた。


「っ……」


 衝撃で、俺の頭は横を向く。


「これは私の分。そして……」


 今度は反対の手で俺の頬を再びはたいた。


「これは、ひーちゃんの分」


 ……痛い。

 口内には血が滲んでいる。

 頬もきっと赤くなっているだろう。


 にも関わらず、俺は……。


「だったら、もう一回殴っておいたほうがいいんじゃないのか? あかりはそれじゃあ足りないだろ」


 あかりのはたきを望んだ。

 はたいて怒りが和らぐのなら、それでいいと思ったから。

 でもあかりは三度俺をはたくことはなく、苦しそうに顔を俯かせた。


「殴る方だって、痛いんだよ……!」


 ……そうだよな。

 きっとあかりは、どうしようもなくなって俺をはたいたのだろう。

 それがただ自分を苦しめるだけだと分かっていても。

 あかりは心の優しい人だから。


「……ごめん」

「彼方君は、ひーちゃんに救ってもらったんでしょ」

「零弥から聞いたか?」

「ひーちゃんに話しているのを、私もひーちゃんの隣で聞いてたから」

「そうか……緋彩、ありがとうな」

「別に、彼方君のためにしたわけじゃない」


 それでも、あかりは緋彩の側にいてくれた。

 俺が頼んだことを果たしてくれたのだ。

 お礼を言わない理由などない。


「……今度は、彼方君の番だよ」


 瞬間、あかりの刺々しかった声は弱い色を滲ませる。

 その声を聞いた俺は、決意を瞳に込めた。


「ひーちゃんを助けてあげて。ひーちゃんは立ち直っているように見えて、実のところそうじゃない。立ち直っているように見せているだけ。心の内は、まだ冷たいまま。だから救ってあげて。ひーちゃんを救えるのは……彼方君しかいないから」


 懇願するような目で訴えかけてくるあかりをじっと見据えて、俺は口を開く。


「緋彩は俺が絶対に救ってみせる。もう迷わないし、もう逃げない。約束する」

「……ありがとう」


 今回の件で緋彩や零弥、あかりにたくさん迷惑をかけた。

 だから、俺はその責任をすべて背負う。

 もう逃げたりなんかしない。


 緋彩を救う、幸せにする。

 それが今俺に出来る最大限の償いで、過去を乗り越えるための道筋だ。

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