第54話

「・・・あれだな、[勇者の力]ってのは練習には向いて無いな」


 途中に出て来る魔物相手に力を出そうとしても仲間が倒してしまう、それにただの魔物相手に殺意を湧き出させる事も難しかった。


(同じような実力、少し強い程度の敵か。

 教会の連中は勇者候補同士で練習してたんだなぁ・・)

 そう考えると、王国より教会の方が勇者の力に詳しいのだろうか。


(ピラミットで時間を使い過ぎたな)


 太陽の光りが落ち、星空に包まれた砂漠は暗い。

 ホフメンが星空で方向を確認してくれている事だけが救いだった。


(夜空の星の位置で方角を見定めるって、訓練場じゃ習ったよなぁ)


実際使うとなると全然違う。


 [大まかな方向が解る]では、現実の移動はズレが大きすぎる。

 砂漠の真ん中にあるオアシスを探すためには、今いる位置を正確に把握する必要がある。そして聞きかじった程度の知識ではそれは不可能だ。


「方向はあってるんだよな」

「そうですねぇ・・この方向に、あと半時くらい進めば」


 砂漠の町は水が少ないので火事を出さない為に夜の明かりは少ない。

 そのせいで町は夜の星明かりに隠れ、余計に見え辛くなっている。


(それも含めて、砂漠の商人が流通を独占できているのか)


 砂の海を渡るラクダの商隊、昼間は熱の地獄で、夜は寒く方向も見失う星の海。


(道理で『砂漠は世界が違う』って言われるわけだ)


 攻めても得る物は少なく、砂漠の民はこの土地では無類の強さを誇る。

それ故に世界から独立した国だ。


(少しは落ち着いて休めるかも)


 逃亡者である勇者が安心して休める、多分そんな国だと期待したかった。


[金が有る限り]という前提ではあるが。


 やはり金、世の中は金が全てを解決する!

 商人にオレは成るぞ!


「まず船だな、なんとか客としてもぐり込むつもりだったが」


 自分の船を手に入れて世界中の海を渡る、そうすれば陸の事情なんて関係ない筈だ。


(・・町はまだか?)


「もう直ぐですよ、もう直ぐ。

 ボクだって数度来た事があるくらいなんですから、そこまで詳しくありませんが、距離と時間から考えてもホントもう直ぐです」


 勇者の質問に慌てたようなホフメンは答える。


「・・なぁ、それって。馬車で砂漠を越えた時の話か?」


 馬って草食だろ?それに暑さにも耐えられたのか?



「フッフッフッ!ボクとパトラッシュにいけない道はありません!

 たとえ吹雪の高山だろうと!溶岩の湧く火山の火口だろうと進んでいけますよ!」


・・自慢気に・・いや本当の自慢なんだろうけど、それ本当に馬か?

UMA[ユーマ]じゃないのか?


(そう言えばあいつ、こっちをじ~と見てたよな?人間の言葉が解る・・とか?)


 少し恐い、っていうか、そんな謎生物が家の納屋に住んでいる宿ってどうなんだ?


 あの爺さん、食われてたり洗脳されたり、解剖されて中身が別人になってたりしないよな?


「ああ!そうですよ!

 ボクが子供の頃、パトラッシュに翼が生えて空を飛んでいたのを見た事があるんです!父は信じてくれませんでしたが。」


・・・

(いや、家族の事だから口は出さないけどさ、それ、ほんとに馬か?

それともホフメンはナニカを施された後だったりしてな・・・)


「そうだな、雪でも砂漠でも進んでいける迷馬なら空だって飛ぶさ・・」


ムフゥーー「そうですね、いつかゆうさんにもお見せしますよ、空を飛ぶ彼女の姿をね」


・・・その時は、ゴラムの他に、[動く石像]とか[サイクロプス]とかを仲間にして待ってるからな。

飛べるものなら飛んでみろよ!謎生物! 


 喧嘩を売ってるわけじゃないんだ、ただ飛んで連れて行かれ先に銀色の円盤とか、目玉の大きい銀色の小人とかいたら恐いじゃないか。


(そこに金色の竜はいるかも知れない)けどさぁ!


 進んでは止り、星の位置を見て方角を変える。

 その度に跳び上がってくるコウモリ猫と火を吹く芋虫。

 

(中々蟹が出て来ないな・・なぜだ?匂いか?)


 蟹食いの呪いとか?

 カニを食ったらヤツ等、本能的に砂から出て来なくなるとか?


「ゴラム!その辺の地面を殴ってくれ!カニを追い出すんだ!」


 少し小腹が空いた、今度はそうだなぁ・・カニしゃぶでも・・


そう思ったんだ、その時は。


 砂を叩く音に現れたのは闇夜に浮かぶ人型の影、そいつは暗闇の中をコウモリのように羽ばたき赤い目を馬車に向けてくる。


「カニの代わりがコウモリ男かよ」

ハズレだ、喰えないじゃないか。


「コウモリ男とは失礼な、我は夜の帝王にして暗闇の魔王、バンパイヤ様だ!

人間め!恐れおののけ!」


 コウモリ男は急降下し、馬車に蹴りを放ってホロを揺らす。


「ホフメンは馬車に待機だ!行くぞ!」


 言葉通りのヤツなら、人間が戦うのはマズイ。

 子供の頃に吸血鬼は人間の血を吸って仲間を増やすって・・教会の神父か誰かに聞いた。


 馬車から飛び出したオレとピョートルとヤール、それに最前列で力を溜めるゴラム。


 一丁殺りますか、なんせ相手は・・夜の帝王らしいし。


 最初にヤールの[氷結]で羽根を氷らされ、落ちて来た所に勇者の斬撃が完全に羽根を斬り飛ばした。


 続いてピョートルの火炎斬りがコウモリ男の身体を焼きながら切り伏せ、痛みに悶えるその胸にゴーレムの巨大な拳が衝突した・・不幸だ。


「・・なんですか!アンタ達は!酷いじゃないですか!

そんな本気で殴らんでも・・」


 砂漠を徘徊していたゴラムの事は知っていたようで、彼だけは警戒していたらしい。


「?・・アレ?貴方達、どこかで?

・・スライムの騎士?・・それに後の方は・!?」


 コウモリ男はオレの顔を見た瞬間、腰を抜かしたようにガタガタと振るえ叫び声を上げて走りさって行った。なんだよアレは。


「意外と本当に夜の帝王だったのかもな」身体の再生力だけは凄かった。

多分重傷以上の傷がすごい勢いで再生していたぞ。


「バンパイヤは夜の間は不死身・・のはずですから、所で勇者様はアレと面識が?」


 いや?知らない、砂漠に来たのは・・二度目だけどコウモリ男と戦った記憶は無いぞ。


 そっちこそ、結構な悪魔なんだろ?ヤールに怯えたんじゃないか?


(それとも、あの頃のオレを・・ヤツ等の背中に隠れていた当時のオレには、見えなかったのかも知れないな)


「ヤツが自分で言うほど強く無かったし、夜にしか出ないなら追って殺す事も無いよな?ホフメン」


 多分だが、傭兵を雇った商隊なら追い払う事は出来る。

危険度は低いし、数も少なそうだし・・問題は・・・無いよな。


「・・そうですね、コウモリ男の弱点[聖水]を持っていれば多分危険は無いでしょうし・・このままオアシスを探す方を優先しましょう」


・・?探す・・優先・・?


 やっぱり迷ってんじゃないか!全く!


「危険が少ないなら少し休もうぜ、朝日と共に行動すれば暑さも少ない時間帯で着くだろ?

 その方が見つけ易いなら体力は温存すべきだろ?」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 数え切れない程の死体と死の山、灰と病と毒と呪いを積み重ね。

ボクと・キミ達は立っていた。

 ボクの右手には黄金色に光る王者の剣、キミの手に握られた黒い敗者の剣。


 中央から切り落とされ、元の半分しか無い壊れた剣。

 切ったのはボクだ。


 キミは1人になって笑い、ボクは泣いていた。

 二人の間には、最後の時がそこにあった。


ボクはキミを、キミはボクを、どちらかが殺される事は向かい合った時に理解していた。


 だってボクは勇者でキミは魔王だ、だから殺した。

 悲しいけれど殺したんだ。


 積み重ねた死体の上にキミとボクはいた、人間と魔物の死体の上で。


 切り殴り燃やし砕き、そして全てを出し合って、人間を超えた力・魔物を超える力をぶつけ合い、そしてボクが勝利した。


 敗者の剣は死体の上に、王者の剣はボクの手に。

 あとは剣を天に捧げ、全ての魔物を世界から消し去るだけだった。


 王者の光りで魔王を封印し、世界に平和を取り戻す。

 それが勇者の使命だから。


『私を倒しても後を向くな』それはキミが言った言葉。


 でもボクは振り向いてしまった、拍手と喝采と喜びの声が聞こえたから。


 そこにあったのは、恐怖とおびえと恐れ。

 ボクは罪重ねた死体の上で、誰より強い力を持っていたから。

 その手に世界の王の剣が有ったから。


 笑い・笑顔でボクを恐れている人達、感謝の言葉を口にしながら、怯えおののく人間達。

 喜んでいるのは、ボクの足元に重なる魔物の死体を数える人間達。


『これは、違う』ボクは言った。


 (止めろ)



『ボクが求めていたのは、こんな事じゃない』



 みんなボクが頑張れば笑ってくれた、みんなを笑顔にできるのが勇者だ。


 ボクが戦ってみんなの敵を・魔物を倒せば、みんな喜んでくれたんだ。


だから一年以上、戦い続けたんだ。


 なんで・・なんでそんな目で、ボクを見るの?


『みんなの笑顔・・みんなの中には、ボクはいないの?』


 足元の死体はボクに怒り目を向け、魔王の顔はボクを哀れんでいた。


 ボクはどこで間違えたのだろう、何がいけなかったの?

だれも教えてはくれなかった。


 だから・・だから、ボクは神に捧げるはずの剣を死体の山に突き刺し。


(止めてくれ)


 ボクの手には半分に切られた[敗者の剣]

 切られた者は必ず敗北する常勝の剣。


『こんな結果は求めていない』

 ボクには仲間はいない、ボクの後には死人しかいない。


(思い出すな)


 ボクの手を掴んでくれるヒトはいない。

 ボクは勇者だから、誰よりも前に・誰よりも勇敢に戦わないといけないから。

 その手には武器が握られていたから。


 死体の山の上で、ボクはたった一人。

 世界でたった一人、ボクを理解してくれるキミを殺して今は一人。


(違う、コレはオレじゃない!)


 ボクは、キミの刃を握り、心臓を突き刺した。


『コレは夢、ボクは勇者だ。こんなのはボクの願いじゃない』


 誰かの夢、死体を数え、武器を売り、兵士を立たせ、戦争させた誰かの夢。


(止めろ!止めてくれ!違う!)


 勇者は皆の勇者だ、魔物も人も王も魔王も全てを助けるのが勇者だ。


(そんなのは・・ないんだ!)


 だから死んだ、勇者は勇者[自分]に敗北して死んだ。


 そして世界に魔物は残り、魔王は復活する。

 愚かな勇者を、親友ともう一度決着を付ける為に。

 勇者が、キミがカレの前に立ち、その答えを聞かせてくれると信じて。




・・・ハァハァハァ・・

「違う・・アレはオレじゃない、あんな臆病者はオレじゃない」

手に馴染む二つの鋼、その重み。


「夢か・・嫌な夢だ」

 強く握るとキンッと鋼の重なりが響く、オレの刃。


 魔王を倒したくせに、平和をもたらさなかった臆病者。

 死体の山に呪われ朽ちた王者の剣、それは大昔のお伽話だ。


「年寄りから聞かされた、ガキを眠らせる為の作り話だ」


 勇者は魔王を倒し、世界を平和にする存在。それが世界の真実だ。


 それにオレはあんなに強くないだろ?


 一振りで魔物を数百倒し、山を砕き海を割る。

 勇者の雷は千の魔物をなぎ払い。

 魔王の最強魔法を打ち飛ばし、雷光のような早さで走り、そして切る。


 千の戦いで負けは無く、万の屍を踏破して微笑みを忘れず。


・・・・人の形をした怪物、怪物の形をした怪物が魔王。


 百万の魔物を従えた怪物が魔王、たった一人で戦い続けたのが勇者。


(おれは、ただの人間だよ)

 だから勇者失格、偽勇者。そんなもんだ。


 幾度見たか忘れたような夢、覚めて数日経てば忘れるような夢。


 そう、アレはオレじゃない。ボクはオレじゃないんだ。


 あんな幻想を追い求めるヤツはオレじゃない、平和は死体の上にある事を知っている。


 犠牲無くして得る物なんて無い事を知っている。


・・・自分を犠牲にして、魔物のいる世界を得たヤツの事なんて知るかよ!


 クソッ夢見が悪い!

 ・・・あとやたら冷えると思ったら・・スラヲ、お前の主人はあっちだ、広がって人の背中の体温を奪うんじゃ無いよ・・まったく。


 汗かスラヲか、身体が濡れて冷たい。


・・はぁ、まぁいいけどさぁ。



 もう一眠りするにはもう日は高い。

 それに、欠伸は出るけど眠る気分じゃないよな・・ああ、嫌な夢だ。クソ夢だ!


・・オレは魔物のいない世界を求めるか?

 馬鹿臭い!

 人間のいない世界を求めるか?


それじゃあオレは魔王の配下になるのか?

・・アホか、人間がいなくなって欲しいわけじゃない。


『オレはどうしたいんだ?』

 そんなの知るか!なるようにしかならないんだよ!


 ああクソッ!同じ所を思考がグルグル廻る。


『キミはどんな答えを見つけたんだろうか?』


 そんなの魔王に聞いてくれ!オレは魔王じゃない!


 カレとボクとオレとキミ、オレの頭で言葉が廻る。


 消えろ・消える・忘れる・忘れた・・欠伸と共に、仲間達の寝息が聞こえた。


(まぁ、アイツよりマシか?)

 仲間がいる分・・・多分一人じゃないからな。


 「ふぁぁぁぁ~~~眠い」

 オレは欠伸をしながら馬車の外を眺める。


 あの日より明るい朝日、あの日より遠い世界。

 あの時、勇者は目を外に向けていれば。


 最強の剣では無く誰かの手を掴んでいれば・・・・それがたとえ魔王であっても世界は変わっていたかも知れない。


オレは自分の拳を握る、誰かの手を掴むより、今は仲魔を守れる力が欲しかったんだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る