第34話
二体の戦士の間を砂漠の風が吹く。
(心地良い風だ・・)
オレの汗ばんだ身体に乾いた風が息を吹き込む。
「鎧を脱いで正解だった、涼しい。。」
(足は・・動く、腕も上がる。息も出来る)
ベストコンディションだ。
視界は赤く滲む[にじむ」
それでもオレの目は巨大なゴーレムの身体を捕らえている。
(さあ、行こうか!)
勇者の足先は砂を掴み、気合いを共に砂漠を蹴る!
「オォォォォォーーーー!!!」
獣の様な咆哮と狼のように大地を滑る動き。
勇者はゴーレムの足元を風のように吹き抜け、すれ違うその間に二本の鋼刃を走らせた。
(違う、コレじゃ無い)
伝わった手応えを確認するように手の平を見つめ、もう一度身体の力を抜く。
脱力・そして攻撃のあたる瞬間に力を込める事で、拳の威力を上げる。
何度も何度も殴られ憶えた鉄より固い拳、オレが欲しいのは鎧を衝撃が貫通する拳だ。
流砂を足裏で掴む技、アヤメやゴーレムが使っていた技。
足裏で感じる砂の流動、踏めは沈み・蹴れば崩れる砂のもろさ。
砂の形が崩れる一瞬、足を・体重を支えてくれるような、ふたしかな感覚。
(コッチはまだ無理か、でも)
ガキの頃から剣を振り続けたから解る、刃を潰した鉄剣で練習用のカカシを断ち切った時のあの感覚を。
「フゥゥゥ・・!」
ゴーレムの岩盤のような拳を避け、刃を走らせる。「クソッ今度は浅い!」
脱力し過ぎると刃が走らない、力を入れ過ぎると相手の堅さに弾かれる。
左右から連続の拳を振るうゴーレムから飛び退き、その背後をピョートルが刺す。
(逃げてたら駄目だ、とにかく前に出ないと!)
アヤメはオレの刃も恐れずふところに入って来た。
[インファイト]近距離格闘術
剣という武器は超近距離では振れない、だから密着する事で格闘の間合いに持ち込んだんだ。
(なら、あのゴーレムのふところも同じだ)
体躯が巨大なゴーレムは腹の辺りに攻撃の隙間がある、そこまで行けば。
前に・前に!
正拳突きをかわし、拳の振り下ろしを受け流し、とにかくオレはヤツのふところに飛び込むんだ。
(ん?)その瞬間、拳の暴風の中に完全な無風があった。
(目の前には頑強で巨大なレンガの壁・・?なん・・だ?)
一瞬の思考の停止、何をしていいのか解らない空白。
「う・うぁぁあぁぁーーーーー!!」
オオバサミ二刀では近すぎる、かと言って武器を持ち替えるヒマは無い!
とっさに刃を反し、拳を守る鉄柄で殴りつけた。
ガキンッ!
堅い衝撃の反射と、物量と質量で押し返される身体。
・・・・
(クソッ千載一遇のチャンスを無駄にした!)
それに自分には、超近距離の攻撃手段が無い事にも気付く。
[魔法拳]
停止させた敵に、魔法を込めた拳で殴り付ける技はある。
でもそれでは駄目だ、魔法は違う。
コイツを仲間にするにはそれじゃ駄目だ。
(格闘で勝ってこそ、こいつはオレを認める)そんな予感がする。
鉄柄で打たれた脇を埃をはたくように手ではたき、ゴーレムはオレを見る。
その無表情の顔には[やるな]か、[まだまだだな]のどちらともとれる目の光り。
多分次ぎで最後だ、何となく解る。
目の前で牽制し、ゴーレムの足を止めてくれているピョートル。
仲間の背中に感謝を。
前後に身体を揺らし、息と意識を合わせ足で砂を掴む。
その時、ピョートルの素早い一撃にようやく敵と認識したゴーレムが拳を振り上げた。
「今だ!」
(違う!フェイント、狙いはあくまでオレか!)
ゴーレムは振り下ろす拳を止め、ヤツの左手が砂を投げ飛ばす。
勇者とピョートルをまとめて吹き飛ばす砂の塊、しかし砂はピョートルだけを吹き飛ばす。
勇者は脱力し、砂に流されるように砂丘に飛んだ。
(更に砂の上を転がり移動だ!)
目の前にはゴーレムの拳。
オレを投砂で吹き飛ばし、その場所に狙いを付け渾身の拳を打ち放っていた!
[恐怖は目に写る]
その時、勇者は覚悟を決めて目を閉じ脱力のままに転がった。
熱く堅く巨大な何かが迫る。
皮膚は敏感に拳の放射熱に反応し、次ぎに息を吐き出すように身体を砂に広げ伸ばし地面を掴む。
「ぐぉ!ぉぉぉ!!!・・はぁ~~~~」
身体の半分を捉えた拳はそのまま空気を削るように押し出され、砂ごと地面をえぐり、完全に勇者をはね飛ばす。
勇者の身体は回転し捻れるように空を飛んだ。
「すぅっ・・」
空中を飛んだ勇者は息を吸い、目を開く。
[脱力と緊張]
攻撃があたる瞬間、骨に熱い熱を感じた瞬間に筋肉を締め、拳で押される力に逆らわず飛んだのだ。
砂に足が触れる、ダメージはあるがそれは少しだ。結構痛かったがまだ体は動く。
自慢の渾身の拳を受けて立つオレを見てヤツは固まっている。
(走れば・・・・・届く!)
砂を蹴り柄を握る腕はダラリ下とがり、切っ先が砂を切っている。
オレの身体は横回転を始め、それに釣られるように鋼鉄の柄が早さを増し、体重の次ぎに肩・肘・手首と順[じゅん]に筋肉が力を持つ。
身体と腕の完全加速。
鉄の鎚と化した柄はゴーレムの堅いわき腹を砕き、衝撃の瞬間全身の関節を筋肉で固定。
「これで・・どうだ!!!!!!」
ミシミシと身体の関節と骨が悲鳴を上げるが、我慢しろオレの身体!
鋼鉄の柄はゴーレムの堅い身体の反発を許さず、さらにそこから全身全力で拳を振り抜き!筋肉で関節を締め付け固定、剛体術!
バキバキとレンガが砕け散り、破片を飛ばす!
ズシャァァァ・・・
勇者の顔面を砂の大地が擦り削る。
(・・痛い、全身の筋肉を締め過ぎて固まって・・動けない)どうしよう。
(でも、どうやら、オレの勝ちだよな?)
身体の1/3を打ち砕かれたゴーレムはオレを見つめ、そして倒れ崩れていった。
ハァハァハァ「約束通り、仲間になって貰う。まさか文句は無いだろうな」
寝転び顔だけ向けたオレの横に砕けたゴーレム、ほぼ相打ちに近い感じではあるが勝ちは勝ちだろ?
「・・なぜ、お前は、そんなに強く、なった」
上半身と顔だけが残るゴーレムの声。
目の光りを点滅させ、言葉を繋ぐように渋く機械的な声だった。
「?・・中々良い声じゃないか。
喋られないとか少し心配したんだが、これでコミュニケーションもばっちりだな」
[中回復]勝負が着いた今、魔法で回復してもいいよな?
自分の魔力を開放し[中回復]、身体が回復の光りで包まれ痛みが熱に変わって行く。
「人間・・言葉が、通じ無い・・グゥゥ・・ムムム」
「いや、通じてる。『なんで一晩で強くなったか?』だろ
・・・阿呆ほど殴られて蹴られて、身体で覚えさせられたんだよ。
後は・・どうしてもお前を仲間にしたかったからだ」
この前は『実力を隠していたんだよ』とか『隠された力に目覚めたからな』の方が格好いいと思うんだが・・・そんな力が有れば、とっくに勇者を名乗っているよ。
「世界は広いぞ、砂漠の中で強敵を待つよりオレと来い!もっと強くなれるんだよ、お前は」
強敵との戦いを求めているんだろゴーレム!
そうでも無けりゃぁ、オレばかりに攻撃を集中しないはずだ。
「・・お前は、もっと強くなる、のか?」
「そう有りたい」なれるかどうかは、解らない。
(もっと強くならないと駄目なのは解るんだけどな・・・才能が・・伸び代が・・素質が・・)な。
「大丈夫ですよ、勇さんは強くなります。私が保証します!」
相棒は良い事を言う、全くいいヤツだなお前は。本当に
「お前も、強くなった、のか?」
「ええ、スラヲの速度も上がりましたし、厚手の鉄鎧でもへっちゃらですよ・・ね?」
「ぴぇ!」スラヲとピョートルの感覚のズレが見える・・ような気がするよ?
「・・お前達は、強くなる。オレも強く、なる」
ゴーレムの目がひかり、俺たちを認めてくれたようだ。
「なら契約は成立だな、今からオレとお前は仲間だ、・・ゴーレム?お前、名前はあるのか」
良し!新しい仲間、一緒に強くなって行こうぜ。そしてオレを守ってくれよ。
「[ゴラム]だ人間、『コンゴトモ・ヨロシク』」・・・・
起き上がったら身体は治るんじゃ無いのか?
崩れたままのゴラムは片手を差し出し、オレ達は手を掴み合っているんだが・・
(ひょっとしたら・・殺さないとダメなのか?)
・・無機物っぽい体だけど、回復魔法は通じるよな?
「回復は・・いるよな?ちょっと待ってろ」
今、ピョートルの[中回復]をかけるからな。
「回復はいい、オレは[瞑想]で再生する」
そう言うと、ゴーレムの目の光りが消えて動かなくなった。
後で聞くと、ゴーレムは粉々になっても砂漠で[瞑想]しているだけで再生し、たとえ死んでも砂漠の砂と太陽と[ピラミットパワー]で復活するらしい。
「だから、オレが死んでも、ピラミットで待っている」らしい。
・・・・・
「すごいな、ゴラムは」
オレ達はもうこうやって半日くらい布の下で影を作って休みながら、ゴラムの体のブロックが再生し、積み上がっているのを見ていた。
「・・回復をかけた方が早いのでは?・・確かにすごくはありますが」
砂が少しずつ集まりブロックを作る。
そのブロックがカタカタと動き出し、勝手に積み上がっていく姿は透明人間の積み木遊びにも見えた。
(・・陽炎の中に、透明な魔物が隠れていたりしてな・・)
「[瞑想]を始め沈黙しているゴーレムに、[回復]をかけて大丈夫な物か、今は解らない以上待つしかないんだ。ゆっくり休もうぜ」
勇者は寝転がり、風で揺れる布を天井に目を瞑る。
(風が乾燥しているからか、二重に天幕を張ったお陰で暑さが大分マシだなぁ・・・・)
少し寝た。
「すまない、待たせた」
砂漠が夕日で染まる頃ゴーレムの巨体が立ち上がり、見下ろしているのか頭を下げているのか解らない。
「いや、こっちも良い休憩だった」
それに装備を買ってやりたいが、[認識阻害]がどうなっているのかわから無い、
おまけに次ぎの目的地に向かうとしてもその巨体だ、行動は夜の方が都合がいい。
・・・・遅い、砂漠だから動きが遅いのだと思っていたが違った。
ゴーレムは平地でも歩きが遅い種族だった。
(まぁ、急ぐ旅でも無いからいいけど・・少し考え無いと駄目っぽいな)
────────
夜中じゅう歩き、日が上がる頃になってようやく目的の場所が見えてきた。
砂漠を越える為に必要な馬車を持つ男の家は、町から遠く一軒だけぽつんと建っていた。
(砂漠の端にある宿屋か・・なんでこんな所に・・)
商人の情報は正確で、遠くからでも馬小屋と柵に囲まれた広場が見えた。
「あそこか・・・家主と馬が怯えるから、この辺でゴラムは待機していてくれ。
ピョートル頼んだ」
この三人なら危険は無いと思うが、阿呆[冒険者]が来たら判断は任せる。
(殺しさえしなければアホ共の手足の4~5本は仕方ない犠牲だよな。ピョートルには勝てないと判断したら逃げろって言ってあるし)
「ゴラム、暴れてもいいが殺すなよ?それ以外なら何やってもいいからな」
「わかりました」「・・わかった」
うなずくゴラムとピョートル、なぜかスラヲも[キリッ]としているのは後輩が出来たからだろうか?
・・・先輩後輩の垣根とか、上下関係無い無いパーティーにしたいんだけど・・・
「なるほど・・砂漠を越えるのに、私の馬車が必要だと・・」
朝から宿屋の戸を叩き、頭を下げて紹介状を見せた勇者に町から離れて青年と二人で住む男は難しそうな顔でうなり、腕を組む。
男の持つ馬車は車輪も太く、車軸もかなり丈夫で世界中を旅する為に作らせたと言う、男の言葉に間違いの無い立派な馬車だ。
「しかし・・アレは私が腰を痛め、旅を諦めた際に息子に上げてしまってな」
その息子は部屋から出ない、全くの宝の持ち腐れになっていた。
「『仲間を集めて旅をする!』そう言っていたあの子は、最初の洞窟で酷い裏切りにあったようでな。
・・もう他人を信じないのです」
父親は困ったような、仕方ないような複雑な顔でオレを見た。
町で買い物をする事もある男は商人の紹介状を無視する訳にもいかず、かといって無理に息子から馬車を取り上げる事も出来ず[理解してほしい]そんな表情。
息子も方も昼間は働き家事もする普通の・少し真面目な男らしい。
ただ他人を信じないだけなのだと。
(・・・まあ・解る、おれも同じだから)
馬や猫に心を開き、世話する所も同じだ。
単純に[人間嫌い][人間不信]なんだ。
「じゃあもし息子さんが馬車を譲る事を承諾すれば、譲っていただけるのですか」
当然その代金も支払う事が前提で。
「・・アレは息子の馬車だからな、そうする事を認めるのであれば」
その言葉を聞いたオレは即座に笑顔で返し、そのまま馬の餌やりをしている男を捕らえて縄を打ち猿ぐつわを噛ませて担ぎ出す。
「さあ、楽しい冒険の始まりだ!」
モガァー!モガァー!
男も目を白黒丸くして喜んでいる。
確か最初の冒険がどうとか言っていたな、まずはそこからだ!
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