第15話

(近いな)

 魔物の熱。量、足元にある足跡とどこからか覗くような視線

「・・勇・ジョンさん?」

 重い鎧と盾と兜のせいで、少しスライムが疲れた顔を作っておる。

(スライムの表情が解るようになる日が来るとは、思わなかった)


 上に乗る騎士が、先頭で止る勇者の動きで警戒を始める。


「視線だ、それも・・近い!」

 勇者は鎖鎌の分銅を振り回し、正面通路の脇を打ち抜いた。


「待ってくれ!オレは敵じゃない!

 いきなり角から飛び出したら戦闘になると思って待ってたんだ!」


勇者の分銅は男の足元を削り、鎖を引くと同時に小柄な男が手を上げて飛び出した。


「ジョン、お前来るのが早ェェよ!

 うちのリーダーが、もー神経質になっちゃってさ。

 そんでまーミスしちまって。

 ・・悪りい、そっちが薬草持ってたら売ってくれねぇか?2倍までなら出すからよ」


 ハハハ、ワリの悪そうな『頼むよ』みたいな、怨めない顔で男が笑って近づいて来た。


・・・「いいですよ、4つまでならさし上げますよ」


 多分アレだ、リーダーの癇癪だ。

 オレが近づいたらまた声を荒げるのだろうから、彼が来たんだ。


「オレ達は、そっちの足跡を追って来た見たいなもんですからね。

 罠も・お陰で警戒し易くて助かりましたし、お互いさまですよ」


 実際は足跡は見たけれど、罠は・・知ってたし。

 そこは言わぬが花だろう。


「・・お前・・・いい目をしてるなぁ・・それが冒険者としての武器か?」


ハハハ・・「秘密ですよ?」

 オレは苦笑いを作り誤魔化すように話を変えた。


「pー薬草を2つ、オレも2つ出す」


 [回復]は魔法でやり繰りしていた、そして敵が持っていた薬草を拾って手元にはまだ余裕がある。


「いいんですか?ゆ・ジョンさん」


「いいんだよ、それに」貸しを作っておけば、後に交渉の材料にも使えるだろう。


「くれるって?そりゃ助かるけど・・いいのか?カネはいるんだろ?」


「一枚の銅貨を惜しんで、後の金貨を損するやつは馬鹿だってさ。

 商人ってのはカネにがめついぶん、少しの出資であとに大きな利益が見込めるなら即断即決なんですよ」


「・・へっ、高く付きそうだな。この借りは・・出世払いだぜ?」


 ええ、出世払いですよ。


 冒険者は色々な場所に赴く[おもむく]為、二度と会うことが無い相手も多い。

 つまり、憶えていたら・その時に余裕があれば、そんな約束だ。


 それでも二人が笑っていられるのは、勇者が冒険者の資質があり、

 ウェンもまた冒険者だからだろう。


「ジョン、お前さんに森の加護を」


 狩人は森を守護する神に健康と狩りの安全を祈る風習がある。

 狩人同士お互いの安全を神に祈り、仲間である事を認め合うための儀式だとされていた。


「ありがとうございます」


 オレは神に祈るつもりは無いが、オレも友人になれるだろう男の安全を願って手を振って見送った。


「さてと、、、向こうの動きも解ったから、今度はこっちの方針だ。

オレとしてはアノ邪神の像をあの女に売ろうと思うんだが」


「はぁ、まあそれでU・・ジョンさんが良ければいいのでは?」


・・少しは考えてくれよ。

 結果とかなんで?とか。

 なんでもオレの方針を鵜呑みにするなら、相談のしようが無いだろ。


「・・・先ず第1に、オレ達が秘物[邪神の像]を持って帰らない場合、

 あの女はこの遺跡の罠や地形・魔物の種類を聞き出し、レベルにあった人間を送り込むだろう。

  そうなれば、オレ達の知らない所でなにかをやるに違いない」


 邪神を呼び出すような事は出来ないだろうが、その準備としての虐殺は有り得る。


「そして第2、オレ達が邪神像を持ち帰ったらカネをもらうついでに、ヤツらの悪事をあばいて打っ潰す事だって可能になる。そうだろ?」


 税を集めて贅沢するだけの、偉そうなだけのクソ金持ち貴族が、いくら死のうとどうでもいい。


 でも何も知らない良いやつが巻き込まれるのは我慢できない。

 クズがゴミ溜めで死のうと構わない。

 ただ真面目に働くヤツ・夢とか誰かを喜ばせたり、良い人間を支たりするような人間が死ぬのはオレが許せないんだ。


「大体だ、カネを持った人間が邪神に祈るとか、絶対まともじゃないだろ?」


「・・わかりません・・」

 ? pーは不思議な顔で頭をかしげる、なにが解らないんだ?


「・・邪神様や魔王様は・・魔物の神様と魔物の偉い王様ですよね?」


「ま・・そうだな」だから魔王で邪神なんだろ?


「邪神に祈る魔物は・・魔物にとって良い世界・魔物の願いを叶えて欲しいから祈る訳で・・

 人間は人間の神に、人間にとって良い事が起こりますように、と祈るのでしょう?   

 それは・・現状としては・・魔物の減少とか・・人間の住む土地が広がりますように・・とかですよね?」


 あ~~そう言う。。。

 (確かに、人間が邪神に祈って魔物にとって良い世界・魔物らしい願いを叶える・・それは不合理だ。

 人間の世界を余程憎んでいるか、馬鹿の二種類だろう。

 前者は人間世界を魔物の世界にしようとしているだろうし、後者は・・何も考えていないバカだ)


「人間は、なにを考えて邪神さまに祈るのでしょうか?」


「・・しらない、馬鹿はどこにでもいるからな。金持ちで変な人間もいるんだろな」


(馬鹿は死ななきゃ治らない・・か、でも自分が生きる為以外で殺しはしたくないなぁ)


「・・私としては、邪神様にお会いしてみたいという気持ちはありますよ」


「それで、おれが『戦え』と言えば戦ってくれるのか?」

 そこで邪神側に付かれたら、真っ先に・・ちがうか、おれは戦えないかも知れない。


「戦いますよ?邪神様と槍を、剣を交わせるなん魔物冥利に尽きますからね!」


・・・そこは人間とは違うのか。

 人間なら、王や上司に言われても『神と戦いたくは無い』と逃げ出すか、平伏す[ひれふす]所だが・・


「とにかくだ、この依頼は邪神像を手に入れるだけじゃ終わらないって事だけは憶えていてくれ」この仕事、根が深そうな気がするんだよな。



・・・・・・・・

「て、事で薬草を手に入れて来たぜ。

 これでリーダーの傷を回復させてその後クエルの瞑想中を守る。

 そしたらクエルの[回復]でリーダーの腕も復活だ」


 ジョンのお陰で、誰も傷付かない結果になっただろ?


(いや~~本気で引入れたくなったよ・・

 リーダーが嫌がるから無理だろうけど、う~~ん。

 あっちが良ければオレが向こうに入れてもらうか?

 ・・それもなぁ~~)


 こっちのパーティーは3年ほど厄介になっているし、移籍ってのは色々面倒なんだよなぁ・・


「アイツなんかに頭を下げたのか?!オレの断りもなしに!」


 なんでオレがアイツの世話にならなきゃならないんだ!

 勝手な事はするな!、、クソッ、怒鳴ってもヤツの手にある薬草は消えて無くなりはしないか!。


「リーダー、まずは立て直しからだろ?

 それともここで足踏みして[アイツ]にお宝を先取りされちゃなんの意味も無いだろ」


 ウェンはすでに薬草を磨り潰し、使う準備を始めていた。


「どうするのさ、リーダー」


チッ「使ってやる、この腕が動くようになったらアイツの後を追うぞ」

 要は最後に像を手に入れたら勝ちなんだ。

 まだ負けてない・おれはあの程度のヤツに負けていたら駄目なんだ、冒険者として名を上げるにはこんな所でつまずいている場合じゃないんだよ!


 ジワジワと腕の熱が抜ける感覚。

 同時に痺れが薄くなり、指先が熱く血が廻っていくような気がする・・あと少しだ、後少ししたら一応は腕が動く。


クエンの[回復]で完全に治ったら、アイツを倒して奪ってでも像を手に入れてやる。契約書なんか知るか、現物を持つヤツが一番正しいんだ!

 それまで待っていろよ、ジョン。。。



 こっちは勇者サイド。

 いまオレ達に立ち塞がるのは虎に飲まれたような・・虎の着ぐるみを着たような虎男、そしてその隣で浮く[回復]スライム。


「うぜぇ」

 殴っても[回復]が虎男を治療し、スライムを狙えば虎男がかばう。


「pー回り込め、虎をスライムから引き離す!」


「ハイ!」


 虎男の強烈な一撃をピョートルの鎧が受け止め、仕返しとばかりに槍を振り下ろす。


(・・槍の使い方・・う~~ん)騎士だから、緑だから鉄の槍ってのは安直だったか? ダメージが鉄の杖と同じ気がする、槍は刺突武器なんだが・・


(小型の鉄剣を使ってたからか?・・っと)

 鎖を掴んで、回転させ加速させた分銅を真後ろに浮かぶスライムに投げつける。

『ガチン!』

 回復スライムの額に分銅をぶち当て、引き戻して虎の胴体に投げ飛ばす。


 トラ男と回復スライムを倒したら、今度はまた一つ目かよ!

 強い一撃を狙わず、痛みで止ればその肩口を袈裟懸けに鎌の刃で切りつけて倒す。

 ちくちくポコポコ戦って倒しているのに!


(こいつら、元気過ぎだ!)

 一つ目の魔法小僧とか、一度打っ倒したのに・・すぐに復活したように立ち塞がって来やがる!


「こいつらって・・」

 ひょっとしてだが、向こうで隠れている回復スライムが回復させているんじゃないか?


「・・回復スライムは基本的に攻撃手段がありませんから、魔物を治療して彼等が倒したエモノを分けてもらう事で生きています。なので・・」


 力の無い魔物は、回復の特技を使って他の魔物と共存しているって事か。


「なら、スライムを倒しきるまで何度も復活してくるんだよな?」


「・・・・」無言の肯定。安心しろよ、そんな意味の無い事はしない。


「じゃあ魔物が回復を済ます前に、邪神像まで突っ走るしか無いよな?」急ぐぞ!


 先に行った冒険者達は今は怪我で動けないはず、

(アレが嘘とか演技でなければ、だが)


 罠の場所が解って、罠を外せる仲間もいる。

 後はオレ達が走る足と、気合いさえあればいい。


(・・・なんだ?アレは・・)


 祭壇の上に置かれた灯籠の炎が揺れ、見せかけの宝箱の後に立つ石碑。

 その後に隠された階段の下、そこに邪神像は安置されていたと記憶していたが。


 白いローブの男?が不気味な仮面で顔を隠し、階段を上がって来るのが見えた。


 ローブには不気味な模様が浮かび、手には棘の鉄杖。

 明らかにレベルが違う・・・バケモノだ。


「これが・・この像が、司祭様の仰[おっしゃ]っていらした邪神様のお姿か。

 ・・恐ろしい・・このような方がこの地にいらしたら一体どうなることか・・

クククク・・

 人の世界は終わり・魔が!力が!世界を支配する時代が来るのだ!」


 男は興奮気味に両手を挙げ、遺跡の天井を見上げて笑い[脱出]魔法を唱え。


(・・・不発?掻き消されたのか?)


「・・なるほど、これが遺跡最後の罠か。

 像を持つ者に特定の魔法を禁じているのだな?盗難防止の結界か。

 まぁいい、邪神様のお姿を抱きながら出口まで歩くのもいいだろう」

 ククククッ。

 懐に邪神像をしまい込み、ローブの男が嬉しそうに体をゆすって階段を降りて来た。


(司祭だと?・・それも邪神の?)

 肌がざわつく。

 レベルの違う化け物相手にオレは本気で逃げたいが、体は進めと・戦えと訴えてくる。


 頭も心も恐くて堪らない、勝ち目が無い、死ぬイメージしか浮かばない。

 二つの意思が反発しあい、オレは一歩も動けなかった。


 振るえは足を強張らせ、緊張は手を強く握らせる。

 オレの背中に張り付く死神の両腕、眼前にいるのは死をもたらす厄災。

 レベルが違い過ぎる・・あんなのは反則だ。


 戦え・逃げろ!戦え・逃げろ!

 本能がパニックを起こし、呼吸が瞳孔が・目の焦点が男と彼方を何度も写し、振るえは奥歯を噛んでいないとガタガタと言い出していただろう。


「・・なんだ・?お前は・・」


 祭壇を下りてきたそいつが、勇者の気配に気が付き足を止めた。


 氷りのような感情の無い声にオレは息が止る。

 今にも飛び退き走って逃げたくなるが、頭の中は

(逃げ出せば、背後から攻撃を受ける)と警報を鳴らす。


 ハッ・ハッ・ハッ・ハッ、過呼吸が頭を更に混乱させ、手足の感覚がぶれて足元が揺れる。


「もう一度聞く、なんだお前は?」


「ジョンさん!」混乱する勇者の背中でピョートルが声を上げた。


「魔物?・・魔物が何故人間を襲わずにいる?

 何故、下らない人間などに従っているんだ?・・・いちおう殺して置くか[大火炎線]」


 炎の柱・敵を薙倒し燃やす赤い光り。

 (これは)!・・知っている!


 体は炎の光りに反応して跳んだ。


ハァハァハァ・・(体が・・動いた?・・ピョートル!)


 自分がさっきまでいた場所に、盾を構えて身を守るピョートルがいた。


(考えろ・アレはヤバイ、強すぎる。

 ・・けど魔法は何とか出来ないレベルじゃない・・それにこっちは二人、

向こうは・・1体・・)大丈夫だ、絶体絶命にはまだ遠い!


「ピョートル、殺るぞ!コイツは危険過ぎる、外に出すな!」


「ハイ!」盾を構えた奥から声がする、良し!


「・・死ね[爆裂]」

 オレ達の声を砕くように、爆裂の衝撃が遺跡をゆらす。


(コイツ!1歩も動かずにオレ達を殺す気か!

 それにオレ達の動きを冷静に読んでやがる。

 近づかせないつもりかよ!)


 ズシン!


 二発目の[爆裂]が勇者の骨を軋ませる。

 鼓膜が音を拾う事をあきらめ、わずか灯籠の光りでピョートルと動きを合わせるだけになる。


 階段までの距離が遠い、おれは階段を上る事さえ出来ていない。


「[大火炎]」敵はピョートルが守る盾と同じ大きさの火球を作り、放つ。

 盾ごと吹き飛ばすような高熱と火炎の煙が立上がった!!


(大丈夫か)

 一瞬手を伸ばしたが、直ぐさま動きを直線に変え勇者は走り出す。


(今は心配よりコイツを倒すのが先だ)


「馬鹿め、こっちが本命だ[死音]」

 脳に爪を立てられるような感覚、即死魔法か!


 階段に足をかけた膝が力無く崩れ、目が回り視界が歪む。


(やばい・・こいつレベルが・・高すぎる・・)


 同じ強さ・同じくらいの魔法力があれば、即死魔法の効果はそれ程無いらしい。

が、レベル差・能力差が離れるほどその威力は上がる。

 高位術者の放つ即死魔法は、簡単に人間の命を刈り取る死神の叫びだった。

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