第19話

(毒消しが酔い覚ましに効くのか?それとも別の何かが混ぜられていたのか解らないが。それでも、一応・・飲んどくか)


 苦い毒消し草を潰し、乾燥した粉末と共に口に入れる・・苦い。

「毒を受けた個所に塗って貼り付ける物と、飲み薬を一緒に使うもんじゃないな」

不味すぎる。


「勇!?・・ジョンさん、一体?」


オレは自分の口にひとさし指を当て、[静かに]とジェスチャーを取りながら


「なんでも無い、上等の酒で酔っ払っただけだ」と


 変わりに手でふところを押さえ、ゆっくりと毒消しの残り口の中で噛む。

苦い種やら茎を飲み、水で流し込んだ。


「そっちはどうだった?ちゃんと肉は出たか?」


今度はベットを整えシーツを丸め、人が寝ている様な形を作って毛布を被せた。


「え?ええ、ちゃんと焼けた肉でした。すら・・いむ、も野菜を戴きました」


 不思議そうな返事だが、何となく察したように周囲を見張る。


 壁・天井・床・ベットの置かれた壁をトントンと指差し、その指を耳に向ける。


(盗聴されている、多分な)


「そうですか、それは・・良いお酒だったんですね」


 ピョートルは喋りはそのままに頷き、武器を握った。


「ああ、明日朝には館を出るから良いベットで寝られるのも今日だけだ。

 ぐっすりと寝ることにするよ・・ああ良い酒だった。

 酔いが良い感じだ・・そうそう、一応武器の手入れも忘れ無いように・・ああクソ・・眠い・・」


 オレは窓にゆびを指し、両手で開くジェスチャーをして相棒にはベットを差す。


「夜中トイレに行くかも知れないから、扉の開く音がしても寝ていていいぞ」


(大きな音がしたら、来てくれよ?)


「ハイ、寝ていればいいですね?」無言でうなずくように返事が返って来きた。


良し、「それじゃあ寝る、お先に」


ベットの上に上がりシーツをかぶり、武器[鎖鎌]の鎖部分や握りを確かめて鱗の盾の状態を確かめる。


(かなり酷使しているからなぁ・・)

 薬草も使い切っているし、この頭の奥がチリチリする感覚・・

 (クソッ)どこでオレの人生が狂ったんだよ!


・・勇者になった時から?

 勇者にされた時から?・・クソッ、神ってヤツがいるなら、そいつこそオレの敵だ。


(オレに力が有れば・・ヤツらに、神とかにオレの人生を左右されない程度の力があれば・・)


 厄災を引き寄せるような神の嫌がらせに呪詛を吐きながら、道具の確認を終え、


「う~~、トイレトイレ」


 素早く部屋の入り口から飛び出し、トイレの場所まで小走り。


・・・・台所・書斎・掃除用具入れ、忍び込んでも問題無さそうな場所に入り込み、引き出しを開けて箪笥を開く。


 つぼ・床・壁・絵画の裏・花瓶、あらゆる所に手を突っ込み。


・・・「小さなメダル・・だと?」


 あと箪笥[たんす]に、[不思議な木の実]を入れる家人の気持ちがわからない、育てるつもりだろうか?


(怪しいからスラヲに喰わせて様子を見るか、スライムなら死にはしないだろうけど)


不思議な木の実てのは、結局なんの木の実なんだ?


 ロクな物は無かったが、これ以上を求める事は出来ないので部屋に戻り。

「あ~あスッキリした」と言いながら、即窓から飛び出した。


 怪しいのは確か、中庭だったよな?




・・・・・

(臭い、これだけ多いとどんな花の匂いでもムワッと来るな)


 ユリ・薔薇・ラベンダー・菊・あとは、よく解らない巨大な花。

 それらが混ざるように植えられ、離れた場所で作っている堆肥の匂いと合わさって、目眩がしそうな匂いだ。


(真ん中奥に有るのは・・人口池か・・貯水用か?

 ・・じゃあ怪しいのは、庭師の道具小屋か・・)


馬車が入れるような倉庫は絶対怪しい、なにか隠している気配がした。


(何を隠しているんだよっ・・と)

 扉の隙間から見える小屋の中は暗い、それでも暗闇に目が慣れてくれば麦や豆、塩の袋と樽が詰まれ保管されているように見えた。


(窓が無いのも湿気を避けるため、それは解る)


けど屋敷の内側にあるのに、あのかんぬきは何だ?

柱のように太い、城門を守るような太さのかんぬき。


(一体なにから扉を守っているんだ・・・入るしか・・無いか・・)


 閂を静かに持ち上げ侵入すると、ただ広い倉庫には麦・豆・塩・芋と塩漬けが置かれ一見は普通に見える。


(それでも・・)

よく見れば無数の足跡が壁の一点に向かって続いていた。

倉庫の中には不自然に立っている小屋、壁に隣接しているクローゼットのような小屋に足跡が続いているのはおかしい。


(作業着・作業道具を置く小屋・・じゃないよな。

 それに・・・小屋まで続く足跡に戻って来る形の、爪先が扉に向いた足跡が無いのはなんでだ?

 出入り口が他にあるのか、なんだこれは)


 万が一の為に口に釘を含み、屋敷で見つけた乾燥果実と乾燥肉をふところに移す。


(後は毒消しと・・)


 捕らえられ武器を失った時に釘は役に立つ、針1本でも何も無いよりマシな場合もある。

 あとは逃げのびる時に必要な携帯食量も。

 おれは色々慎重に準備して小屋の扉を開いた。


(・・床・・・地下か?)

 床のボロ布を引っ張ると木の床に金属の取っ手が付けられ、引くと地下への階段が口を開いた。


(益々嫌な感じがするな、本来なら踏み込まない・踏み込んではいけない場所だが・・)


「邪神像め!あんな物に係わるから・・」


最初見た瞬間に叩き壊しておけばよかった。

クソ!ここでも後悔するのかよ!


 神がいるなら、今度からは常に絶対正解だけを選択させてくれ!


 邪神像を持ち出したのはオレだ、ヤツらの計画・邪悪な行いを潰すと決めたのも自分・・はぁ・・。


でも邪神像に係わったせいで、どんどん深い沼に引き込まれている気がする。


 臭い蒸気と壁に着く汚い煤、階段の上にはべちゃべちゃと泥のように積もったカビのようなヌメリが張り付いて・・気持ち悪い。


 壁をこすった時に見えた赤い線は、どこか崩れた曲線の幾何学[キカガク]模様。


狂った曲線は階下まで続き、口を開けた化物の腹の中を目指している気がした。


(アレをやっとくか・・)

 口に炭を放り込んで噛んだ、釘と炭の味が唾液に混ざり不味い。


 

誰かに聞いたんだったか、炭に毒消し効果があるらしいのですが・・・不味い。

本当に苦くて不味い。不味さによる気付け効果の方が有るんじゃ無いか。


(炭が毒を吸着するとか言ってたが、本当かよ)


 にがくて泣きそうになる。



・・・黄色い炎が揺れている。

 赤い篝火[かがり火]が周囲を囲み、立ち眩みを起こしそうな糞尿の匂いに混じる甘酸っぱい匂い。


(毒か?甘い息?魔物の息か?)

 頭が混乱を始めようとし、炭を噛んでいなければ意識を持っていかれるような空気が充満していた。


(とにかくこの煙はマズイ!)


 地面を這うように煙を避け、手に触れた床のべちゃとした不快な液体には我慢するしかない。


 中央に積まれ燃えている木材にかけられる液体が蒸発し、キツい小便の匂いが散る。

 大麻のような葉が大量に乗せられ煙が混じる。


 奥で笑う四肢をもがれたナニカ。

 裸で踊る男女の顔は凶気で笑い崩れ、黒い布で顔を隠した黒ローブの男が歌うようになにかを歌う。


 燃える木材の炎の足元に焼け損ないの手足が転がり、目を隠された人間がフラフラと笑いながら炎に向かって歩いていた。


(・・口元のアレはなんだ?・・)歯が全て抜かれ、頬を裂かれ・・

 立ち止まると、異形の人間が焼きごてを押して進ませる。


 檻の中の痩せた子供は恐怖狂ったのか、麻の煙が頭に入ったのか天井を見上げて笑い、1人の子供が狂ったように笑いながら目隠しをされた人間に手を伸ばしていた。


(子供を人質にしているのか、親を目の前で拷問にかけて?・・)


 大麻の煙の中、見つめる子供の目が暗く光り、口から垂れる唾液が黄色く濁って見える。


 吐き気がする。

 この場の空気だけじゃない、全て見なかった事にして・・消して終いたい。


(落ち着け高ぶるな、呼吸を乱すな) 


 多く息をすれば、それだけ多く煙りを吸う事になる。


目的は邪神像の破壊、その他は目的を達成してから・・消せばいい。


 歪んだ景色の中で一人、祭壇に向かう場所で貴賓席のように飾り立てた席に黒い鎧姿が見え、そしてその鎧はグラスを片手になにか指示を飛ばしていた。



 Gblぁrあlaギァ!!!


 目隠しされた人間が炎に焼かれて悲鳴を上げる。

 喉を焼きながら悶え、その背後から異形の人間が焼きごてで体を押さえ、逃がさないようにしていた。


 !(片目だけ抉りとってある・・・のか?)


目隠しが焼け落ち顔が見えた。

 まぶたも切り取られ、炎の中で空洞が赤い涙を流し、片目は狂ったように笑う子供を見ていた。


(もう・・無理・・限界だ・・ここにいるヤツ・・全部・・殺す)


 順番なんか知るか、目的なんか知るか、全部ぶっ壊してやる・・


 最初に喉を掻き切られたのは黒いローブの男、そのまま炎に放り込み、焼きごてのヤツ等の頭と肩を適当に刻み、炎の中に蹴り飛ばしてやる。


 裸で狂乱する男の腹に拳がめり込むほど殴り、股間を踏み潰す。


 女も同じだ、腹を殴り着け笑う女の気道を絞め押さえ、ついでにアバラを踏み折る。


(殺さないだけマシだ、息をする度に苦しんでいろ!)


 男が4人・女が3人、ローブが一人と焼きごてを持つ拷問官みたいなヤツを3人。


殺したヤツと苦しんでいるヤツが濡れた床に転がり、ようやく黒い鎧が勇者に気が付いた。


(この場の主催だろ?お前は絶対殺すよ)

この場に積まれた犠牲者の為じゃない、


「オレが、このオレが気持ち悪いから、不快だから殺すんだ」


 燃え盛る炎は今は無視、見下ろし・見下すように階上にいる鎧を標的と決め、邪魔するヤツ等は切って刎ねて跳ばす。


「お!お前!こんな事をして!」


「知るか、死ね」

 鎧の目に鎌を押し入れ、引っ掛けて引っ張と兜がずれて太った男の顔が現れた。


(・・このデブ?たしかコイツは・・)


「今晩は侵入者君、まさか今日いきなり忍びこんで来るとはね。驚いたよ」


 炎を上げる木材の向こう、貴賓席よりさらに上の位置に作られた最上席。


 黒いカーテン被われた場所から聞いた声がする。


「そっちこそ、像を手に入れた当日にこんな儀式を始めるなんてな。

オレ達が消えるまで待てなかったのかよ、領主様よ?」


 鎧の男は口から赤い泡を拭いてまだ転がっている、しぶといヤツだ。


放置しておいてもどうせ死ぬ、でもまぁ・・


 はんたい方の目にも鎌を押し入れて差し込んだ、だって殺すって決めていたからな。


「用事は済んだかね?ならそろそろご退場戴きたいのだが」


 弓を構えた男が2人、領主の左右に立ち。

 気が付けば他にも3人ほど闇の中から弓を構えていた。


(多分本職だな、猟師かそれとも狩人か・・炎の明かりが邪魔)


こっちは丸見えで、向こうは影から4方からか。


 この煙の対策もしているだろうし、下手に動けばイガ栗みたいにされちまう。


「黙って帰らせてくれるとは思わないんだが、退場出口はどこだよ。

死体になって出て行けとか、三流の悪党のような事は言うなよ?」


フッ「この私が悪党とはな、なにも知らぬ走狗がよく言う。

 どうせどこかの無能貴族に雇われた間諜か密兵だろうが、それとも教会に有ると聞く機密機関か?」


「機密機関が貴族の噂に上がったらお終いだな、秘密に出来てないんじゃないか?」


 本当に秘密なら人の口にも出ない物だろ。

 あとは公式な機関の中にまぎれて活動しているとか、どっちにしてもそんな奴らは正体を見破られる前に敵を殺すか、自決するだろうね。


 その方が有耶無耶[うやむや]に出来るから。


「なら王家か?

 あの平和呆けが、お前みたいな暗殺者を雇うのか。

 雇ったのは誰だ?宰相か?」


 質問が多い、なにが言いたい。


「つまり今までの質問からすると、依頼人を話せば逃がしてくれるのか?

そうなんだろ?」


(喋っても殺すつもりだろうけど、この状態で悪党呼ばわりされて怒るとか、本気で本物の善人のつもりじゃないだろな。

 だとすればこの領主、相当に頭がイカレテいらっしゃる)


麻の煙を吸過ぎて頭がどうかしていらしたのかもしれませんね?

フフフ。


「依頼人の名を明かし、その上で私に協力・・忠誠を誓うなら命は助けよう。

私は能力の有る人間を必要としているのだ」


 阿呆か、この惨状を見て忠誠だとか本気で正義を気取っているのか?


・・(違うな、本気で完全に自分が正しい事をしていると思っている。

そしてそんな自分に皆が付いて来ると確信している)


 周りの弓兵か猟師も、本気でこの男に忠誠を誓っているのだろう。


・・・わからん・全く解らないな、そんな気持ちは。

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