第18話

 旅の翼で馬車ごと飛ばされて着いた先は、巨大な獣の口に放り込まれたような、生温かい空気を吐き出す森に閉ざされた先に立つ古い洋館だった。


 見た目だけは歴史有る貴族の館に見えるソレは、広い敷地の正面に建ち土地にあるなにかを隠しているよな気配を放っていた。


(この生臭い感じはどっちだ?森か、それともやっぱり・・・)


「そう驚かないで下さい。

 家族の趣味で中庭に貴重な植物を植えていますので、こういった作りになっていますの、あとでご案内いたしますわ」


 そう優しさすら感じる笑顔を浮かべ、お嬢様は家の者が馬車の扉が開くのを待っていた。

(貴重な植物ね・・)

 大麻か芥子か、それとももっと邪悪な植物とかか?

 この屋敷のやつら、邪神像を使ってなにをやるつもりなんだ?


 馬車に座る御者が、ベルを鳴らす。

 カンカン!カンカン!

 堅い音が響き、館の扉が重く開いていく。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

 色の白いメイド姿の女が数人と、腹のでた中年の執事。

 彼等の後から現れたのは、白髪の痩せた執事が一人。


「よくぞご無事で!お嬢様、おかえりなさいませ」


 白髪の執事が馬車の扉を開けてお嬢様の手を取り、馬車から降りるのを手伝う。

 そして白いメイド達は、冒険者達の馬や荷物を屋敷に運んで行った。


「では、馬車のお荷物は私が」

 中年の男が馬車に積まれた荷を解き、荷物を運び始めた。


(さっき、あの執事・・こっちを見たような?)


 魔物のピョートル達を見ても驚かないメイド達、オレの中にある危険を知らす寒気がザワザワと体を這い回って止らない。


(うぅぅ・・帰りたい、こいつら全員何者なんだ?)化物が変装してるとかか?


「・・貴方も彼女達の白い肌と髪を不気味に思いますの?

 彼女達はこの土地に古くから有る風土病の被害者なのです、

 お陰で呪いなどと言う無責任な方も多くて・・」


 本来の依頼者、つまり女の父親がいる部屋に向かう途中で急に女が聞いて来た。


(不気味なのは、この雰囲気とお前らだ)

とは言わず、

「別に、美人だとは思うよ・・ただ魔物を恐れないのはなんでだ、とは思ったが」


「!?・・まぁ!まぁ!

 ウフフ、肌の色が白い女性がお好みで?」


「・・そう・・思うか?・・」


 彼女達の肌の色・髪の色・目の色は、白磁の人形のような美人ではある。

 だが好みかどうかと言えば、、よく解らない。

 顔だけ・姿だけ作っただけの美人は正直、話をする時に恐いんだよ。


 (貴女のような、お嬢様のとかな)


(美人ってのは容姿を全く気にしてない風に自分を語るんだけどな、実は他人の容姿とか・自分の今の姿とかを物凄く気にしてるから話をするのが面倒なんだよ)


「おれは、お嬢様くらいの白い肌の女性はとてもいいと思いますよ!」

 リーダーの男が女戦士の隣を歩き、直ぐさま答えて、

「あら、ありがとうございます」と軽く流されていた。


(・・たしか・・この男、隣の女が好きだったんじゃないのか?)


オレの隣では狩人の男がニヤニヤ笑い、後で戦士の男があきれるように息を吐く。


「伝染病や神の神罰などと口さがない方が多く、迫害され、生きて来た彼女達ですもの、魔物を恐れるより外の人間ほうが恐ろしいはずですわ」


 さらわれたら、珍しい奴隷として売り飛ばされ、男は剥製に・女は玩具にされた後で剥製にされる。

 そんな彼等をこの屋敷の主人は保護し、守っていると言う。


「奴隷なんか最悪ですよね!

 汚いわ臭いわ、それに態度も悪い。

 売るヤツもクズだし買うヤツもクズだ。おりゃぁ一生係わりたく有りませんね!」でしょう?


「そうですわね」お嬢様は、簡単な返事と表情の無い笑い顔で聞き流す。


「人が聞けば哀れむか同情するか、同じ人としては見られませんもの。

 ・・貴方はどう思いますか?可哀想?それとも好奇?

 それとも剥製や愛人として欲しいですか?」


 チラリと後に立つ・・多分オレに向かって聞いているのだ。


「・・さぁな、でもオレなら・・ナイフの使い方くらいは教えるさ、自分の身は自分で守れるようにな」


 同情?世の中が理不尽なのは知っている。

 神ってヤツが人の不幸を喜ぶゲス野郎ってのもな。

 人間が出来るのは、あきらめるか戦うかそれだけだ。


 戦いたくても、手段を知らないなら戦え無いだろ?


!?「・・フフッそうですか、でも貴方が教えたナイフの技術で人が死ぬとしても?」


「人はいずれ死ぬ。

 故意・事故に問わず、武器を持ったらその武器で人が死ぬ。

 おれが教えるのは[自分が]殺されない為の技術だ、他人の事は知らん」


 自分より他人の命が大事なら武器は持つな、そんなヤツがいるとは思えないが。

 武器は凶器だ、他人を傷付ける道具だ。それを持つなら覚悟はして当然だろう?


「では、その武器が通じ無い相手ならどうします?例えば・・凶悪な山賊とか」


「オレならお嬢さんを守って見せますよ!どんな敵がかかってこようと!」


「ウフフ、ありがとうございます・・貴方はどうですか?」


 笑顔は変わらないが、完全にリーダーの言葉を聞いていない感じがする。

 そしてオレの隣の狩人は、笑いを隠せないように口元を押さえて我慢していた。


(仲が良いんだなぁ・・)


「おれは武器を持って戦う事しか知らん、武器が通じ無いなら逃げるだろ。

 逃げられ無いような相手なら・・そもそも近づかない。

 敵が近づいて来たら逃げろ、逃げ遅れたヤツは動物世界でも喰われて死ぬ。

 それだけだろ」


 例えば神とか魔王とか王とか、オレは勝てないのが解っている。

 だから逃げて逃げて・逃げ延びてやる。それこそ死ぬまで。


 『ふわっ』

 廊下の先を行く女が振り返り、オレの顔を不意に触った。


「私などが相手でも・・・貴方は逃げられ無いというのに?」

 両手の平が冷たくオレのマスクの上に触れ、その眼光がオレの目を射貫く。


「おい!」半歩退いてそのから逃れる。

 (クソッ、コイツ・・)


「冗談ですわ、ほんの冗談」次ぎは、上手く逃げられるとよろしいですわね。

 不意に微笑み、くるっと前を向くとそのまま歩いて行く。

(なんなんだよ、この女は)


 そしてリーダーの男がオレを睨んでくる、今のはオレが悪いのか?


 「失礼したします」

 ノックのあとで部屋の中にいた白髪の執事が扉を開く。

 広い執務室のような場所の正面に黒い机、そしてその前に腰をかける為のソファーと丈夫に作られた低いテーブル。

 壁には男の肖像画だろうか、黒い大男が睨んでいた。


「ただいま帰りました、お父様」

 女が深く頭を下げると、続けて冒険者達も頭を下げる。


 奥の机に座る男が顔を上げ、続いて女の持つ袋に目をやった。


「それがそうか、ご苦労だったな。・・そっちのキミは・・誰だ?」

 父と呼ばれた男がオレの方に目を向けた。


 (この男も嫌な目だな、多分何人か人を殺している。それが戦争かそれとも野盗かわ解らないが)


「遺跡までの道中で雇いました、[魔物使い]ジョン様です。

 お供の方は今は別室で待機して戴いてますが、とても知的で強い魔物ですの。

 それに私の命の恩人でもありますの」


 父親は顔を隠すうさん臭い男の方を見て立ち上がり、オレの前まで来て手を差し出した。


「娘の命の恩人でしたか・・失礼な態度を取ってしまって申しわけ無かった」


 オレの手を握る男の手は、熱く分厚い固い。

 執務だけをしてきた男の手では無い手だ。

 それに肖像画と比べても実物はもっと大きい。


(何者だ、この男は・・)

 ただの貴族ではない、そう感じられる骨格と体躯の男だった。


「問題無い、ただの成り行きで助けただけだ。

 恩と思うなら報酬に色を付けてくれるだけでいい」


「そうか、解った。

 キミのその顔は見ないでおこうか、人に触れて欲しくない事情はあるものだからな。私は結果を出す人間であれば信用する男だ、結果は嘘を付かないからな」


『顔は必要無い』そう言って手を放し、こんどはリーダーの男と握手を交す。


「ありがとうございます」

 そうして席に案内され、正面に父親その隣に娘が座る。

 オレは父親の正面に、そして女の正面にリーダーが座る。


(なんでだよ!圧が強いんだよ!ここの父親!!)


 屋敷に入って体調を崩した僧侶の男は別室で休み、女戦士は旅の汗を流しているらしい。


「それで、コレが・・」


 テーブルの上に置かれた袋に手を置き、慎重に形をさぐる。


「お父様、かなり危険な物なのでお気を付け下さい」


「それでは・・確認はどうすればいい?

 娘を信じない訳ではないが、こちらも報酬を払う方とすれば物を確認出来ないであれば・・今すぐに報酬を出すわけには・・

 勿論お前の警護を務めた人間には支払いは終えているぞ、お前が遺跡から書いた手紙が先に届いたからな」


 組合かそれとも支払い先が決まっていたのか、目的の場所まで警護する人間を運べば金を支払うようになっていたのだろうか。


(・・依頼人の娘が遺跡に到達すれば良し、到達しなくても罰則は無しか・・冒険者からすれば美味しい仕事だな・・)


 兵隊から適当に時間を稼ぎ、邪魔するだけで命を賭ける事は無い。

 後は逃げてしまえばカネが手に入る、そう言う契約か。


 もちろんその確立・娘が遺跡に到達する確率を上げる為には、多くの時間を稼ぐ必要はあるが。

 雇われた全員がギリギリまで時間を稼げば、ほぼ間違い無く支払いがされただろう。


(相手の兵隊からすれば、厄介過ぎるだろうが)


・・・?(多くの変則的な手段や、生き残る事に長けた冒険者を使ったのはその為か?だとすれば・・)

 そこまで冒険者の性質まで読んだ上で選んだ選択肢なら、この男・・体格だけじゃない。頭も相当切れる。


「?なにかね?私の顔になにか付いているのかね?」


「イエ、少し・・見知に驚いただけです」


「お父様・・・・」

 目の前で耳打ちする女と、驚いた顔でなにかを返す男の目が開き、オレの顔を凝視した。


「なんでしょうか?オレの顔になにか付いていますか?」


フッ「先程のお返しか、なるほど君は面白いな。

 ・・・ではこうしよう。

 この像の真贋鑑定は少し時間が掛かるらしい、なので君達には・・後3日ほど、この館で待機してもらうか。

 無論滞在費用や食事はこちらで用意しよう。

 贅を尽くした、とは言わないが満足して貰えるよう厨房には伝えて置くよ。

 その後で報酬を支払うことにしよう」どうかね?


 もちろん、3日後に館に来て戴いても構わないよ、と。


「オレ達は厄介になります!5人ですが、いいですか!」

 リーダーの男が飛びつき、「もちろんだ」と領主が笑う。


・・(さぐるなら滞在すべきだろう、でもなぁ・・)


 館に滞在すれば毒・罠・諜報の危険がある。

 それに1度外に出て、館以外の人間の様子をさぐる事が出来なくなるし・・どうしようか。


「・・オレは今日だけお世話になります、それでいいですか?」


「フッ、私としては、キミにこそ残って欲しいと考えていたのだが。

 私はどうやらキミに疑われているようだね、もちろんいいぞ。

 では今日は、娘の恩人の為に料理人には腕を振るってもらう事にするよ」


「ありがとう、ございます」

 そう答えると顔色も変えず[疑っているだろ?]と言った上でオレに対して笑う、


(権力者の笑顔は牽制だよなぁ)


[さぐるな]、そう言っている。


(でもなぁ、冒険者を使って邪神像を手に入れるようなヤツだ。

 絶対にヤバイ事に足を突っ込んでいるだろ?)

 オレはソレを潰しに来たんだ。

 だからオレは、マスクで隠した口元も含めて笑顔で返してやった。


 牽制勝負は互角、そう思っていた。


 夜に出された料理は山盛りの肉と、鮮度の高い野菜。

 骨で出汁を取り、丁寧に灰汁をとったスープ。

 上質の小麦をつかったパンと蜂蜜に漬かった赤い果実。


「酒も久し振りに良い樽を開けた、存分に楽しんでくれ」


 透明なグラスに注がれる赤紫の液体、最初の一口で鼻に抜ける果実の香りと苦み。


「すげぇ、こんなご馳走ひさしぶりだ!」


「へぇ、オレは始めてだよ!リーダーはどこでこんなご馳走を喰ったんだよ。羨ましい!」


「では、主に感謝をしまして」


「オレは肉を喰うぞ!血を足す必要もあるからな!」


「うっひょう」奇声と歓喜と舌鼓。

 冒険者はそれぞれ思い思いに皿に向かい、肉が消えて行く。


 女の冒険者も黙々と皿の肉を刻み、口に入れては頬に手をやる。

 彼女は量より味といった所だろうか。


「さぁどうぞ」女が手を差し出すと隣の白いメイドが酒を注ぐ。


 別に偏見は無い、そう言ってしまった以上注がれた酒は飲まないわけにはいかなかった。


「っ、そうだ、pーはどうしてる。スライムにも餌を与えないと」

 オレは酔いが回る前に席を立つ。

 基本的に疲れているオレの体に酒はマズイ、回りすぎる。


「大丈夫ですわ、pーさんに聞いてお野菜を沢山用意しましたから。

 pーさんにはこの場のお肉とパン同じ物を用意しましたから。」


ッ(・・多分本当だ、こっちが席を立つ理由を・・消して・・先回りして消しに来ている・・クソ、頭が・・上手く回らない)


 メイドの持つピッチにはまだ酒が満ちている、座れば器に注がれるだろう。

 それに隣の男にも同じ酒が注がれているから、毒は無いと思うのだが・・


「お酒は苦手なのですか・・では、水をご用意させますので」


「いや・・いい、それより注ぐ回数を減らしてくれ、器を常に満たす必要は無い」

 少し飲めば少し注ぐ、これでは休むヒマが無い。


(それに・・本能的な何かが、この場に無い物・全員が口にしない物は危険と言っている)


ふぅ・・腹は満足を伝え、頭は酔いの感覚で思考がぶれる。

 冒険者達が鎧を脱いでいる以上、危険だがオレも鎧を脱ぐ必要があった。


 彼等は腰に武器を差しているが、オレの持つ武器は鉄の杖だ。

 トゲトゲして腰に差せないから今は銅の剣を差している。


(胴周りに鎖鎌を入れているが・・)

 素早く抜けないから突発的に襲われたら逃げるしかない。


「・・では、お客様。肩を支えますので」


 白いメイドがオレの腕を肩に乗せ、女の手の平が腹の鎖に中たる。

(・・・気づかれたか?)


・・・「お客様・・」毒消しはお持ちですか。


 用意された部屋の扉を開く瞬間、メイドが小さく言った気がした。


「ああ・・ああ、ありがとう、チップを渡すべきか?」


「御領主さまに叱られますので・・」


部屋の入り口に立ち止まるメイドは、静かな目でベットに倒れたオレを見ていた。


「U・・ジョンさん、大丈夫ですか!死んでませんか?」


「食い過ぎぐらいで死ぬか・・」

 ゴソゴソとベットの枕の下に銀貨を入れる、多分見ているだろ?後でとってくれ。


「ああ、もう大丈夫だ。肩を貸してくれてありがとう、pー扉を」


 ピョコピョコとスライムが跳ね、扉に近づくと白いメイドは一礼して部屋を出た。


(・・夜の世話までするメイドかよ・・)


 客が望めば部屋の扉を[内側]から閉めるのだろう、それがこの家のしきたりと言うなら知らないが。


・・毒消しか・・

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