第20話

「わかった、オーケーだ。オレは命がおしいし、カネも欲しい。

そっちの手腕・用意周到な罠も見事としか言いようがない、負けた・負けを認める」


 鎌を落とし、両手を挙げて降参・降参。



「・・と言う事は、私の下に付く、そう言っているのだな?」


オレが武器を手放した事で、領主の男はいぶかしそうに見下ろしながらも左右の男達に合図を送り、弓を下ろさせた。



「ああ、おれは命が助かって新しく、賢明で偉大な雇い主も見付かるんだ。

こっちとしては良い事尽くめじゃない・・じゃないですか?」


 手を上げたまま足元の鎖を爪先でチャラリと鳴らし、おどけるようにクルリと回って見せる。


「暗殺者などそんな物か・・もう少し粘って信念を見せるかなどと思ったのだが・・しょせん大義も無いカネで飼われる下郎だったか・・まあいい。

 お前は、先ずその顔を見せろ。

 新たな主人に顔も見せんのでは話にならん!

 忠誠を示すためにも顔を見せんか!」


「ハイ、では!」


 オレは顔の布に手を当て、素早くしゃがむ。狙いは。。。


(馬鹿が、デブが完全に死ぬまで待ってたんだよ!)


 床に転がる中年の男の死体は、時間稼ぎをしたお陰で完全に動かない。

万一生きて抵抗されたら・・・「盾に使い難いだろ!」


 回転して足に絡めた鎖鎌を素早く回収、中年の体を盾に掴み右手の壁に向かう。


(弓ってのはたしか、左で照準を付ける場合が多いからな)

 多分、弦を引く右手は狙い難いはず。


 一番面倒で威力と精度の高いヤツは、普通なら雇い主の一番そばに置くよな?

 アレに背を向けるのは愚策として。弓か・・


 バスッ!右手に潜んでいたヤツが矢を放つ!


(その為の[中年男の盾]だ、こいつの脂肪と鎧は貫通出来ないだろ!)


痛!後からも撃って来やがった!


 盾[肉]を押し付けるように後ろから撃ってきた弓兵を押し倒し・・?

なんで?


(白い腕・白い首・コイツ・・まさかコイツ)


 顔を隠す布がめくれ、色の薄い緑の目がオレを写す。


(間に合え!)

 拳に込めた魔法を手の平に変え、押し当てる様にして魔法拳の炎が上がった。


 くっそ重い中年を運ぶため、利き腕の右手で持っていたから爆発するのは左手だ。


苦痛に顔を歪めた白い女はオレを睨む。

反射的に飛び退いて、男の下敷きになってのぞくヤツの手足

・・細く白い女の足と腕・・


(『悩むな、ソレは敵だ』

 違う、何か理由が、

 『敵だ』違う!)


敵意を持った目が光る。


 男から這い出ようとする白い女の額を、重りの無くなった右拳で殴り、昏倒している間に後手に縛る。

 ついでに手の平を軽く切っておいた。


[弓兵の無力化]手の平に僅[わずか]な、トゲ程度の傷があるだけで命中精度が大きく落ちる。


その為の措置をしておけば・・


「オイ!、これはどう言う事だ!

 ここの領主さまってのはなんだ、子爵様ってのは女を盾に敵を脅すのかよ!

玉ぁー付いてんのか!!」




「犬が失礼な事を言う。

 言っただろ『私は能力の有る人間を必要としている』と、そして『結果を重視する』とも。

 彼女達はその能力で私の庇護下に入っている、ならその力を私が使う事になんの問題がある。その為の技術だろう?」


・・・この白い女は、この土地の風土病だと聞いた。

そして領主が庇護しているとも。


「彼女達は生きる地を与えられる代わりに、私の命令を忠実に遂行する。

普段はあと3人ほどが護衛にまわるのだが、今日は冒険者達がいるのでな」


・・・・その3人は今頃女の武器を使ってヤツ等を垂らし込み、領地以外の情報や他のヤツ等の弱点・出身・家族情報を聞き出しているのだろう。


「女としてその肌を使う、護衛として弓を鍛えさせ身を守らせる、自分達の生きる場所を手にするために代わりに何を差し出すか。これはそう言う事だ」


「お前らもお前らだ!

 こんな物を見て、こんな物を見せられて領主の命を守るのか!

 この死体の山を見ろ!この地獄を見てもまだ領主がそれ程大事なのか!」


 転がる首は全てまともな表情をしていない、生きているヤツもまともな姿の者は無い。

 狂っているか壊れているか、酷い拷問を与えぐちゃぎちゃに治療して

[生かしてある]ような元人間たち。


「お前に何が解る、彼女達は産まれた瞬間から地獄を与えられ[人間]達に玩具にされ、犯され、剥製にされ殺されてきた。

 そんな彼女達が、他人に同情だと?[人間]を哀れに?憐憫を感じるだと?」


ハハハハハ、

「きみはどうやら、幸せの国から来たピーターのようだな!

絵本のような平和で皆が幸せな世界など、この世にはどこにも無いのだよ!」


 そんな事は知っている、世の中の不条理なんかそれこそ身に染みて知ってるさ。

でもな、それでもだ!


「お前ら!これが正しい事だと思っているのか!

自分が・・自分達が不幸だからって!

 他人を不幸にしていい理由にはならないだろ!」


・・・


「それにこの犠牲者達もまた、世界の犠牲として人々の役に立つのだ。

この叫びも苦痛も・全て正義の為だ」


 領主は赤紫の酒をあおり、ギラギラと目を光らせる。

 その表情はもう人間じゃない、怪物・人間の苦痛も犠牲も[正義]の為に犠牲にできる、人間を・命を自分の正義の為に使う、人間とは別物のナニモノかに見えた。


「ただの殺戮者が正義を語るのかよ、ただのサディストが正義だと?

 頭は大丈夫か?・・お前の正義がこの地獄のどこにあるって言うんだ?

目玉まで麻の煙で曇ってんのかよ!」


 こんな物が正義なら正義はいらない、オレを選び苦しめる神もいらない。

コイツが世界を思う善人なら、善だとかそんな物はおれはいらない。


「世界に必要な犠牲を作る私が!世界のために手を汚しているこの私が、殺戮者だと?

 サディストだと?だから無知な人間は愚かで醜いというのだ!

 自分の知る善だけが全てだと考えている、全く愚かしい!

 今、世界は常に毎日小さな犠牲を払い続けている!

 魔物に襲われ、人々は飢え、治安は乱れ、野盗も山賊に怯えて人間同士で殺し合いなども毎日だ!」


「その人間を襲っている一人はお前だがな!」


「うるさい!最後まで聞け!」


「なぜ魔物に人間が襲われるのか、畑を奪われるのか、それは魔王がいるからだ」


・・・・・


「なら魔王を早く、一日でも早く殺し世界から魔物を一掃する必要がある。

その為に勇者を信じろと言うのか?

 20年近く経っても魔王を殺せぬ勇者を信じろと?

 弱い人間がいつまで信じていればいい?あと20年か?30年か?」


・・・


「待てぬ!人はそれ程の時を待てるはずが無い。

 20年という年月は、人間にとってそれほど短くはないのだ!

 それほどの長い月日を、苦しみの中で人間は耐える事はできないのだ!」


「教会のヤツらは言う。

 神の示した勇者がいずれ魔王を倒すだろうと、それまで人類は一つとなって彼を支え、自分の身を・家族を・城を国を守るのだと。


 だがそんな物は欺瞞[ぎまん]だ!

 教会は勇者も魔物も魔王すらも、カネを集める為に利用しているのだ!

 民衆を恐怖で煽り[あおり]カネを集める!

 弱者からカネを集めるだけの集金組織だ!

 ただ権力を示したいだけの口だけの、醜悪な詐欺師どもだ!」


・・・「それとこの地獄とどう関係するんだ、教会が悪だから自分は正義なのか?

 領民を守る事と正反対の地獄を作って、それでアンタが正義を名乗るのかよ」


 救うべき人間を火にくべて、教会のヤツ等は悪だと言う。

 それで領主がなぜ正義を名乗るんだ。


【なんだ・・なんなんだ?それは】


「これはただの準備だ。

 魔王を倒す為の力、魔王すら超える地獄の悪魔を呼び出し、私に仕えさせ魔王を滅ぼす。

 ついでに世界中の魔物も滅ぼし、世界を平和にするその為に地獄とこの地を繋ぎ、贄を積み上げ儀式を行っているのだ!」


(悪魔を呼び出し世界を救う?何をいっているんだ?本気なのか)


「なにを驚いている、お前も魔物を使って戦っているではないか?それと同じことだ」


・・・そう・・なのか・・オレとコイツが同じ?


「本来ならあと3日、その祭壇に月が満ちる時、邪神像と地獄いるはずの邪神様が共鳴し完全に地獄と世界を繋がる。

 魔王すら滅ぼせる邪神様を召喚する予定だったのだ」


 地獄の悪魔を仕えさせるだと?そんなモノで魔王を倒す・・倒せるのか?


それに、それが世界を平和に?

 できるのか・・そんな事が。


「魔王を滅ぼせるなら、それが悪魔でも神でも人間でも同じだ。

 最終的には世界は救われるのだからな。

 これが正義で無くて、何を正義と・・大義と言うのだ!


 力ある者が弱者を救えば[正義]と言い、弱者を虐げれば[悪]と言う。

なら地獄の力でも天上の力でも、

 神でも悪魔でも!同じことだ、結果として多くの人間を救う事に繋がるならその手段は全て正義なのだ!


 悪魔の力を利用し世界を救える力を私が行使するのだ、この私が正義以外になんと言う!

・・見ろ、もう少しで月が祭壇にかかる。

 今日こそは・・今度こそは、地獄が開く。

 魔王を滅ぼす悪魔が現れる!」


 キィィィィィーー・・


 高音の金斬り音が空気を振動させ、鼓膜の内側・骨までもが悲鳴を上げるよう体を揺さぶり、振動は脳を共振させ目の内側が沸騰するように熱くする。


 その場にいる全ての人間・全ての生物が目から赤い血の涙を流し、領主が極まり狂ったように声を上げた。


・・・・・・


『私を呼んだのはどなたですか?』


 黒く近代的な服と真っ直ぐにアイロンをかけてあるようなズボン、

頭にシルクハットをかぶり、どこかの紳士思わせるような男が立っていた。


「・・・お・お前が、悪魔か?」

 悪魔を喚んだ領主すら驚くほど、[恐ろしく見えない]姿と声。


音も無く・煙も無く、ふとした瞬間にいつの間にか悪魔はそこに現れ立っていた。


「ハイ、私は貴方達が言う悪魔ですよ?魔界に門を繋いだのはそちらの方では?」


 現れた悪魔はさも当然のように答え、周囲を見渡したあと勇者の方に目を向けた。


「・・そこの貴方、名前を教えて戴けませんか?」


 黒いマスクに包まれたように顔は見えない、それでも口元や表情は何となく嬉しそうに[見える]・・[感じた]と思うべきだろうか。


「お前を呼んだのは私だ、その男では無い!

 ルベリア=コーツ、この国の子爵である私がお前を呼んだのだ!

さぁ!私に名を名乗れ、そして私と契約せよ!私に従え!」


 コーツは手に持った書物を広げ、ページをめくり何かを唱え始めた。


(アレが、契約の呪文か?)悪魔に制約を与えて縛り操る魔法書だろう。


「・・うるさいですね、少し黙ってなさい」


 悪魔は指を横に振るだけでコーツと両端の弓兵の体が地面に押し付けられた。


「うぐっっっ!!なんだ、この力は・・体が・・重い!」


(重力魔法か?それも無詠唱の?それともなにか別の力か?)


「さぁ外野を静かにしたので、話をしましょう。

 ま・ず・わ・・お互いの自己紹介から始めましょう、私の名はヤール・ヤー。

 私の盟主などは『ヤーさん』と喚びますね貴方も気楽に、ヤーさんと呼んでいただいて大丈夫ですよ?


・・・それで、そちらのお名前は?」


 大げさな身振りと陽気な話方で悪魔が名乗る。


(悪魔が本当の名を名乗る事は無いだろうが・・何なんだ?・・)


「・・そ・ち・ら・のお名前を、お聞きしているので・す・が?・・言葉が通じていない?

 私の言語が間違っているのでしょうか?・・言葉が理解出来ないほど、愚かには見えませんが・・耳が聞こえていない?

 ・・イエイエ、先程貴方達の話は聞こえていましたよ?・・なら口がきけないのでも無いですし・・私と話しをしたくない・・と言う事でしょうか?


 ・・それは・・ソレは、とても悲しい」


 悪魔が何かを考えている様子を見せた時、1本の矢が飛んだ。

そしてその矢は悪魔の体を貫く事は無く、空中で停止して落ちた。


[爆発]悪魔は弓を引いた者を見ていない、飛ぶ矢すら見ていない。

 それなのに壁にいた白い姿は赤く染まり、壁に赤い大輪の花を咲かせた。


「やめ・・・・他のヤツも打つな、動くんじゃ無い!頭を下げてジッとしていろ!」


だめだ、この悪魔は歩くだけで意識もせずに人を殺せる本物の化物だ!


「なにが悲しいと?・・ふふ、会話が出来ないなら・・殺し合うしか無いではないでしょうか?」


 オレの叫びは聞こえていないように、透明で黒い感情が触手を伸ばす。


 重圧、悪魔の目がオレに集中した時、足が腕が恐怖に抵抗し身動きすら出来ない程に筋肉が強張り、オレの意思を聞こうとしない。

(動け・・ない!)


 殺し合いにもならない、一方的に殺される。

[死]そいつが形を持ってこっちを見ている・・


 カハッ!、

 悪魔が目をウインクした様に瞬きするだけで重圧が消え、息が出来る。


「会話が出来ないのは苦しく、悲しいことですよね?」


ハァハァハァ・・「ああ・・・そうだな」


 目で見るだけで人の息を止める悪魔がよく言ってくれる、化物が!


「それで・・貴方のお名前は?」


「・・ジョン・・」

 悪魔に名前を知られて良いことなんて何も無い、とっさに使っていた偽名を名乗った。


?・・「お・な・ま・え・は?」


 偽名を見破るように黒いマスクの両目が開き、オレを捕らえた。


「・・勇だ、それ以上は名乗るつもりは・・ない」


「勇さん!

 それは・・なんと?・・まあ、素敵だ!素晴らしいお前です!

お教え戴きありがとうございます!」


 見た目だけは本当に嬉しそうに、何がうれしいのか両手を挙げてくるくる回り、

 背中を向いたまま首だけがオレの方に向けた。


「さあ新しい友達、友人・私と契約して魔法少年になって下さい、よ」


 なにかおかしな事を言い出した。


「だれが友人だ、魔法少年?・・魔法剣士の事か?」


 魔法を使う剣士、魔法職を経験した戦士が魔法も武器も使う事が出来るらしいが

・・大体のヤツは魔法の素質が無かったからあきらめたとかで、たいした魔法も使えない上に、戦士としても鍛え方の足らない中途半端な実力しか無いと聞く。


「イエ?そうでは有りませんよ?

 魔法少年とは・・そうですね、こうピンク・・桃色のヒラヒラをまといお洒落なステッキでキラキラの魔法を使うのです!」


 悪魔は手の平の上に桃色の・・子供が好きそうな少女の人形を映し出し、

 少女の人形が白い・・杖?

 ・・・ハート型を伸ばしたような・・羽根?の付いた[ステッキ]を振り、星形の光りを飛ばしていた。


・・いやホント、なにを言っているんだ?こいつは?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る