第21話

「あれ?おや?

おかしいですね・・人間界ではこういった方が契約し易いのではないのですか?

白い知り合いに聞いたのですが・・間違いましたか?」


 少女人形の映像を右手に左手をあごに置き、悪魔は首を傾げる風な姿をみせる。


「・・なんでオレが悪魔と契約するんだ・・呼び出したのは・・そいつだろ」


 床に貼り付けられた領主はオレを睨み、這い蹲り[はいつくばり]ながらもなんとか書物のページを開こうとしていた。


「そう・・だ、貴様は私が喚んだのだ。

 この[人皮の書]に書かれた通りに祭壇を作り・・儀式を行い・・法陣も・・贄も・・私が用意した・・私に・・従うのだ」


・・中年の魔法少年は見るに堪えないだろうが、悪魔の感覚はわからないからな。

意外と『その姿!悪魔的マリアージュ!』とか言い出んじゃないか。


「止めて下さいよ、悪魔だって美しい物は好きなんですから。

 確かに悪魔の中には崩壊の美学・腐敗の中・醜悪の美を愛する者もありますが」


 よく解らない美学を語る悪魔はオレの心を読むように肩を上げ、人形に口を寄せると映像人形はシャボン玉のように弾けて消えた。




「にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!

 にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!

 ふんぐるい・むぐる・うなふ!いあ!いあ!」


 領主の声がこだまする、どこか不快な言葉と発音、


(なんだ?あの呪文は・・)


「はぁ・・馬鹿は面倒だ・・ですね、ハエの羽ばたき程度には不快ですよ。

説明してやりましょうか?・・いいですか?人間。

 地獄の扉を開きテーブルを用意して飾り付け、食事を用意し、楽器も奏でさせたとして・・なぜ私がお前を相手にしてやる必要があるのです?

私は今、この方と話しているのですよ?これ以上邪魔をすると殺しますよ」

 悪魔は不快な呪文をハエの羽ばたきを払うように片手で打ち消し、領主に殺意を向けた。


「な?なんだと!?・・オレが喚んだのだ、この書でも・・召喚した者に従うのでは無いのか?」


「・・そう・・だ、悪魔は召喚者に従う・・のだろ?」


(いや、それは人間側のイメジーに過ぎないのか?)


う~~ふふっふ「そうですね、魔王様や魔神の御柱の方々なら、暇潰しに願いを叶える事も有りましょうね。

 ・・ですがそれも、召喚者より魅力ある者がその場にいない場合でしょう?

 カラスのガラ声の後にヒバリの声が聞こえたなら、カラスの鳴き声は雑音にしかなりませんよね?」


 悪魔は勇者の方を向き、黒い顔に目を浮かべて細めて見ていた。


・・・・オレが興味の対象って事か、クソッ・・


[勇者の試練]そんなスキルが頭に浮かぶ。

 魔物に狙われやすくなるとか、完全に呪いだ。


「と言うわけで、私ヤール・ヤーは貴方に興味津々なんですよ、是非とも私と御契約を。私を貴方の使い魔にしていただけませんか?」


「・・」怖い、断れば即座に襲ってくる毒ヘビのような黒い気配。


『いやだ』と言わせない圧力と黒い魔力の塊がオレの周囲を包んで、逃がすつもりもなさそうなくせによく言う。


「そいつの使い魔だと?

 ワシが喚んだ悪魔はそんな低位の悪魔なのか。

 ワシはこれだけの贄を捧げて、人間のガキに簡単になびくような雑魚悪魔を召喚したのか!?」


「・・私は魔神の方々と比べたのなら、低位かも知れませんが人間達からすればたいした物だと自負しますよ?

 人間の魔法などには到底及ばない、純粋な悪魔なものですからね・・だから、


[ザコ]などと言われては、傷付きます・そう・・傷付くのですよ?」


 悪魔は一切領主を見ずに、俺に向かってそう言った。


「そんなのは・・見れば・・解る」


 何も感じ無い程の暗闇。

 遠い夜空の闇が手を伸ばして届かない程深く、見える世界を被う程の想像出来ない程の闇の深遠。そいつが作り笑いの顔でこっちを見ているのだ。


「勇さん・・勇様には理解していただいているようで、大変恐縮・ご機嫌・最高。

やはり仕える方には、自分を理解していただきたいですからね」


 違う、コイツは強すぎて・強大過ぎて普通の人間には解らないんだ。

 人間には強さの高みが見えないだけだ。


 大地の広さを知らない蟻に、人間の国の大きさが理解出来ないように。


 山を登った事の無い人間には山の高さを数字で知っても、本当の高さを想像出来ない様に。


「ああ、お前は想像も出来ない程の強さだろな。

 正直こんな悪魔が世界にいると知っただけで、もう安眠できないだろうな」


 逃げられ無い、まだ悪魔が本気の殺意を見せていないから生きていられるだけ。


 オレの体の感覚生存本能が麻痺して、生きている感じがしない。

 一瞬でも力を抜けば悪魔の気が変わり、生きているのが嫌なくらいの拷問・激痛・地獄に引き摺り込まれてもおかしくない。


「そんな私を使い魔に出来るのですよ?

 どうです、貴方の戦列に悪魔をお一人加えて見る気がでましたか?」


「・・おれが魔王と戦え・・とか言っても?」


「もちろんです!粉骨砕身、この身この体が滅びるまで尽くし戦いますよ!」


「なら!魔王を滅ぼせ!今すぐだ!

ワシが喚んだのだ!今すぐ魔王を倒し、世界を救うのだ!」


「うるさいですね、これで3度目ですよ。勇様の前ですからハエも殺さずにいたと言うのに」


 悪魔の指がクルリと回り、下を指す。


 それだけで領主は突然脱力し、動かなくなった。


「・・・なにを、した?」


「心臓を止めました」

 オレの独り言のような言葉にそう簡単に答え、和やかに目を細めた。


「まぁ、それは困りましたね」


女の声が領主の居た場所のさらに奥から聞こえ、

ガフッ!

 今度は口から領主は液体を吐き出し、息をし始めた。


「・・おや?貴女は・・おやおや?

 これはこれは、こんな所で貴女様にお会いできようとは

 ・・真逆まさか、貴女様の筋書きでございましたか」


 悪魔は大げさに恐縮するように・そして知り合いに挨拶するように、右手を上げてから袈裟懸けに太股まで下ろし、深く頭を下げた。


「筋書きなど・・私はお父様が望んだ事を叶える為に助言しただけですわ」


 そいつは煙を防ぐマスクもせずに扇で口元を隠し、多分笑いながら答えた。


「やっぱりアンタが黒幕か、オレから見れば領主以上の怪物だとは思ってたけどな」


 ルベリア・ウェンディ、殺意も魔力も悪魔の臭いもしないくせにオレの本能が警戒信号を最大にさせ続けている・・・・恐い女だ。


「・・なぜ?私が怪物などと、ただのか弱い女の身で何が出来るというのですか?」


「・・なにも気配が無い人間なんていない。

 普通の女なら顔を隠す俺みたいなヤツには、訝しむ[いぶかしむ]とか警戒するとかするんだよ。

 アンタには、そんな気配も動きすらなかった」


「・・ああそうでしたの?

 確かに普通の子女のする感覚を、私知りませんでした。

 ああ、ありがとうごさいます。これでもっと魅力的な人間の女性を演じられますわ」


 本気で感謝するような口調と声色、高い地位の女とも思えないような皮肉も何もない・・まるで童女が新しい知識を得たような、喜びの感情に[見えた]。


(演じられる?・・どこまでが演技だ?・・・[どこから]が演技なんだ?)


「全てですよ?知らないのですか?

 女は常に演じているのですよ。

 父の前・家族の前・友達の前・お客様の前・社交界、全てです。


 朝、目を覚まして鏡を見た瞬間から演技を始めるのです。

 貴族の娘として産まれたなら、それが当然のように育てられるのですよ?」


 「フフフッ」

 作ったような声がする、本当に嬉しそうに笑ったのか?

 オレには演技と本音が混ざって見えて、区別が付かない。


「・・それが嫌で、悪魔を」喚んだのか。


「お~~とスイマセン、勇様。

 男女お二人で睦め合い・盛上がる事は大変艶めかしいですが、私を忘れないで戴きたい。

 無視されるとワタシは寂しいのですよ!相手して下さい勇様」


 そしてこっちも正体も解らない化物が一体。

 後頭部に重い痺れと熱が肩まで広がり、汗が止らない。

・・逃げたい・・逃げ道はどこだ・・


「寂しいなら・・そっちで勝手にやっていてくれ」


 化物同士上手くやってろ、人間の世界に係わるな。


「??ん?ん?ん?おかしいですね?

 貴方がこの場の主賓ではないのですか?

 メインディッシュでは無いと?

 ワタシ達は貴方に引き寄せられたのでは?」


ウフフ「私も、普段なら枕を抱いている時間を割いて、ここにいるのは貴方のせい?これは運命なのかしら?」


 二匹の怪物は見下ろす様にオレを観察し、祭壇の下で怯えるエモノをどう弄[もてあそ]ぼうか、

  蟻の手足をちぎって遊ぶ童子のような,無邪気な残酷性をチラチラと垣間見[かいまみ]せていて笑う。


「何度も言うが、悪魔を喚んだのはそこの男だ。

 おれはそれを邪魔しに来て失敗したマヌケ野郎だよ。

 そっちのお嬢様の方は、ただ下賎[げせん]な人間が珍しいだけだろ」


 とにかくオレは関係無い。

 隙を見て邪神像さえ破壊できたら、もうこんな地獄には用はないんだ。


「・・・?下賎?・・おかしいですわ?貴方は世界中の女性や子供達の憧れではないのでは、ジョンさま?

 いいえ【勇者】様?」


!?「な!?何を・言っているんだ?オレが・・勇者だとか・・そんなわけが」


 オレは言ってない、顔も名前も武器だって勇者らしくない物を使ってる。

 どう見たって誰に聞いても、[物語]や教会の言うような勇者の姿はしていないだろ。


「おお!勇者!

 魔王の主敵!魔物の全てが畏怖する神の先兵!皆殺しの凶兵!


マサカ・まさか!

 いやいや、なるほど!では私は勇者様の奴隷兵として魔王様と戦い!

 滅びる運命なのですね!


 ああ!邪神様!

 邪悪な神は何と言う・・ナントイウよこしまな運命を私に!

 ああ・・ああ・・世界最強の魔王に焼かれ・魔物達から裏切り者と蔑まれ・勇者様にボロ雑巾のように使われる!・・ああ、なんというモラトリアム!」


ス・テ・キ・


 悪魔が恍惚とした目で月を見上げ、両腕で自分を抱き絞めるように悶えた。


「あちらは運命にたどり着けたようですわね・・・では、私はどうなのでしょう?

貴方の妻になるのでしょうか?それとも恋人?」


「やめろ、どうせそんな感情は無いくせに」

 雌蜘蛛を前に発情するのは雄蜘蛛だけだ、おれは違う。


まだ・・女を・・好きになるとか・・


「フフッ、確かにそうですね。

 私にはそのような運命は感じませんもの、それにこの子も愛や恋には関心が薄いようです」


・・・『勇者だと?』


 地の底から響くような低く鈍い声がした。

 這い上がる獣のような怒り・憤怒・嫌悪。オレはその声を知っていた。

いつも聞いていた、その声の色をいくつも何度も聞かされてきた。


「勇者だと?・・お前が【勇者】なのか?

 世界も救わず・民も救わず・魔王を・魔物を野放しにして・こんな所でなにをしている!

 なぜ魔王を滅ぼそうとする私の邪魔をする!

 お前が早く魔王を倒さないから!ワタシが手を汚したんだ!」


「おや?お父様、お聞きになられたのですね?」


 女は自らの父親の体に触り、悪魔の呪縛を解くと。

 胴を抱くようにして肩を貸し「大丈夫ですか」と立たせた。


「ああ、ありがとう我が娘よ・・

 勇者よ、この地獄を見ろ!

 お前が魔王を倒さないでいる間に積み上がった死体を見ろ!

 悲しみを!恐怖を!怨念を見ろ!


 全てお前が魔王を倒すのに時間をかけたせいだ!

 世界中では、今もこの場以上の地獄が作られているぞ!

 お前が魔物を滅ぼさないからだ!

 今も続いている世界中の人間の苦しみは、全てお前のせいだ!」


 死体達の目がオレを向く、狂った男女がオレを見ている。

 親を殺され、焼かれた子供がオレを見ている。


(ち・・違う、オレじゃない、おれは・・勇者じゃない

・・しらない・オレじゃないんだ)


「目を背けるな!

 お前が20年もの間、安穏と寝ぼけていた間、

 どれだけの人間が死んだ!飢え・魔物との戦争・魔物の毒・魔物が広めた病・土地を失った農民の貧困、全てお前のせいだ!」


「ち・・違う・・そんなの知らない

 ・・知らない・・違う!ただ・・違うんだ!

 おれはただ、恐くて・・魔物が恐くて・・」


 戦いは痛い・傷付くのは恐い。

 死ぬのは嫌だ、臆病なオレは魔王なんて倒せない。

 魔物がこんなに恐いのに・・こんなに強いのに・・魔王なんて無理に決っている。


 だからオレは逃げたんだ、強い魔物が出る前に、恐い敵が前に立つ前に。


「魔物が恐いだと!?

 それでも勇者か!人類全ての希望か!

 神が定めた死兵か!死ね!死に続けて戦い続けろ!それが勇者だろ!」


 そうだ、ヤツ等は言ったんだ、領主と同じ事を。

 町中のヤツ等が、全員がオレに死ねと言う。戦って死ねと言う。


 町中の全員がだ。

 怯えて隠れるオレは卑怯者で、そんなオレに石を投げ、馬鹿にする子供は勇気があると言う。


『勇者に立場を教えてやった』『勇者の意味を思い出させる為にやった』・・・


 なんでだよ!

「オレが死にたく無いと言って何が悪い!恐いと言って何が悪い!」


「悪いに決っている!お前は[勇者]なんだぞ!」


 何を言ってもこうだ、誰に言ってもこうだ、何人に聞いてもこうだ、もう嫌だ!


カカカ!「勇者!勇者!今夜の晩餐はどうだった?

 良い肉だったか?ヤツ等も苦しみ死んで悪魔を喚ぶ贄となり、その余った肉も余すとこ無く使用される。本望だろう!」


・・うっ!・・ウェ・・オェェェェェェ・・・


「お前、まさか」


「吐くとはな・・お前の為に死んだ人間の肉を食ってでも、力を手にして魔王を倒す。その程度の覚悟もないのか!」


 イカレテやがる。

 人間を殺して喰うだと?それはもう人間の発想じゃない、魔物だ。


ウッ・・ウェェェ・・

 胃袋が、頭が思考の拒否反応を起こし内臓をひっくり変えそうと吐き気を呼ぶ。


(頭が痛い・・もう嫌だ、なにも考えたくない・・おれが何をしたって言うんだ。

 なんでこんな目に遭わされ無きゃならないんだ・・・)


ウフフフッ「私は今、この場のコレが見たくてこの場を用意したのかも知れませんね」フフッ。

 オレの頭が泥沼に落ちる瞬間、女は嬉しそうに微笑み笑った。


「娘よ、それはどう言う事だ?

 お前は魔王を倒す為、魔物共の上位の存在を喚ぶように勧[すす]めたのではないのか?」


「はい、もちろんそうですわ。

 全ては民の為・世界の為、勇者も教会も王家も今の現状を見ていません。

 彼等に忘れられ、放置され魔物に怯え苦しむ民を救う為に[少ない犠牲]をもって多くの人間を救う、その方法を私が見つけて伝えたのですわ」

 ワタシ、女性愛を司る悪魔ですのに。


「お父様は結果こそ全てですから、もっとも結果の出やすい方法を私がご用意したのです」


「お前が用意した?

 どうしてそんな事が出来る??・・お前は誰だ?

 ナニモノだ?本当にワシの娘なのか?だれなのだ?」


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