第22話

「おや?そちらの男は解らないのですか、その方の正体を。

 ・・ワタシもそう言えば、お名前をお聞きしていませんでしたが?ミス?ミセス?」


「ミセスなんて、そんな。この娘の体はまだ未婚です」


フフ『では、あらためましてお父様?

 ワタクシ地獄で小さな領主をしております[ゴモリー]と申します、悪魔です』

あちらでは少しはしられた存在なのですけれど。


 女は領主の体を座らせると、優雅に一礼し美しく微笑んだ。

 そして直ぐに興味を失なったように、虫を見るような冷たい表情に変わり、領主の男を見下ろしている。


「まさか、このような場所で貴女のよう高貴な魔神様と出会えるとは!

 ソロモン72柱の内の一人、駱駝に乗る貴婦人!ゴモリー様でしたか!」


 悪魔が歓喜の声を上げ、くるくると回って大げさに喜びを示す。


「あら?こちらこそ・・流星の魔女とお会いできようとは・・

ペルシアの魔神様は随分手がお広いことで・・」


 ゴモリーは氷ついたような父親の顔から眼を放し、悪魔の方に微笑んむ。


「?!・・どこまでご存じなのですか?愛の魔神さまは・・」


「過去・現在・未来の全てを語る者なのですから、3000年前の事なども当然嗜み[たしなみ」ますわ、そしてあなたは、名を隠す事で・・」


「それ以上は、言わない方がいいねぇ。。。ご婦人」


 一瞬雷鳴、火花が二人の間を飛ぶ。


「魔女?私はまだ未婚だと、そう言っていますのに」


 ビキッ!


 二つの魔力が空間を歪ませ、ゴモリーの周囲の空間が悲鳴を上げる。


「?なぜ??何故だ?

 お前は確かに、私の娘のはず!

 それに現れたのが魔女だと?

 魔王を倒せる悪魔を呼び出すはずではないのか?ナゼ?何故なのだ?」


 娘だと思っていた眼前の存在は影に飲まれ、夕闇の中に立つ影法師のように黒い人型に変わっていた。


そしてもう一体の悪魔はふざけた表情を消し去り、無貌のなにかに変わっている。


(なぜこうなった、どうしてこうなってしまったのだ?)


「五月蠅い」悪魔が指をスナップすると音が消えた。


[破壊]・爆破系上位魔法だろうか。

 爆破・爆裂・大爆破を超える物質破壊魔法、その上には魔神が使うと言われた全てを破壊するという失われた魔法[破滅]だけ。

人の魔法使いが一人で到達できたとされる爆破系魔法は大爆破までだ、それ以上は複雑な詠唱と方陣を必要とする集団で行う儀式魔法。


 その一片をこの悪魔は無詠唱で、しかも指先を鳴らすだけで発動させた!


 領主だった男の混乱と恐怖は一瞬で消えた、赤く染まったのだ。世界が。


「アララ、お可哀想に。

 これでは繋ぎ直す事も難しくなってしまって、肉人形にも出来ではありませんか」


 ゴモリーと名乗る魔神は服に一切の汚れを付けず、粉々に吹き飛び肉片となって床に散らばった元父親に最後の言葉を贈る。


「申しわけございませんお嬢様、虫が不快な音を立てたのでつい」


「いいのよ?私も不快だったもの。

 過程はそれなりに楽しめたのだけど・・コレでは美しさに欠けますし

・・酷い臭いですわね。

 こちらは地獄ではないのですから、もっと優雅で気品がないといけませんよ・・ね?」


 ゴモリーは自分の父親を唆[そそのか]して創り出した地獄を呆れながら見下ろし、同意を求めるように微笑んで見せた。


「それで・・コレは宣戦布告と考えて、よいのかしら?

だとしたら随分と小さい開戦の花火ですわよ?」


「なぁ~~に、お嬢様?これはただのご挨拶ですよ。

 この程度の音でも集まる人間はいるのでしょう?例えば勇者様のお仲間などね。

 さあ起きて下さいよ、勇者様。

 悪の親玉がついに正体を現わしたのです、ここは私と協力して倒すところでございましょう?」


 地下を揺らす[破壊]の衝撃と爆音は屋敷まで響いている、いずれは人間達がやってきてこの地獄を見るだろう。

 そうすれば失う物が多いのは喚ばれた悪魔では無く、屋敷を持つ領主とその一族。


 そして勇者が立ち上がれば、たとえ地獄の貴婦人といえどこちらでの・・この世界での居場所を奪うくらいはたやすいはず、そう読んだのだ。


「・・フフフッ、地獄の住人には解りませんよね?

 人間は傷付きやすくて弱い者、現実を見せつけられ・追い詰められた人間はそう簡単に立上がれないのです・・ね勇者様?」

 頭を抱え振るえてしゃがむ勇者に優しく、そして慈しむように声をかける。


その顔は死にかけた動物を興味深く観察するようであり、優しさなどは無かった。


「なるほど、貴女はこちらの人間に随分お詳しいようですね。

ですがその方は無理でもお仲間ならば」


「ジョンさん!・・なんですかこれは!」「ピッ!」


 音と気配、勇者が倉庫の扉を開け放っていた階段からスライム乗った小さな騎士が飛び出した。


「・・あ~~失礼?そちらはどちら様でございましょうか?」


「フフッ、その方が勇者様のお仲間ですの。

 人間が来ると期待していたのでしたら残念ですが、彼等の足止めも女達の仕事ですから」


「・・・・・・・・」


 スライムの騎士が跳ねるように動き、勇者を見つけて近づいて来た。


その様子を見ていた悪魔は明らかに(失敗した)という感じを出し、ガッカリしている。


「?どなたかは知りませんが、この状況の説明をして戴けますか?

なぜこの人、ゆ・・ジョンさんがこんなに苦しんで」


 ピョートルは[解毒][麻痺回復]二つの状態回復魔法をかけても反応せず、うずくまったまま勇者に[解毒]かけ直しながら話かけてきた見知らぬ黒い人型を見る。


「・・質問を質問で返すのは・・って言ってる場合じゃないですね?

魔物さん。

簡潔に言うと、あのお嬢様が黒幕で勇者様がそうなった。ですね?」


・・「勇者・・なるほど・・」


 少しだけ驚いたピョートルは、うずくまった勇者の顔を覗き込む。


「勇さん?大丈夫ですか?吐き気はありませんか?・・逃げますよ?立てますか?」


「・・」


「勇さん!立って下さい!こんな所にいては駄目です!逃げますよ!」

 ピョートルは声も発しない勇者の肩を抱え、無理矢理立たせて引っ張った。




「・・や・・だ」


「?え?なんです?自分で立って下さい!逃げるんですよ!」


「魔物さん、ジョン・・その勇者はもうお終いですよ、壊れて終いましたから。

 勇者は何度でも立上がるのでしょう、でも?

 [心が壊れたお人形さんの勇者さま]は、もう立上がりません。

 だってその人の体も心も、もうボロボロなのですから」


 ピョートルを壊れた人形を引き摺る子供を見るような、哀れな目でゴモリーは語りかける。


「勇さん!起きて下さい!こ

 んな所で寝ていたら駄目です!何か有ったら来いと言ったのは貴方でしょう!」


 ピョートルはうなだれる勇者の肩を抱え、何度も引っ張った。


「嫌だ・・オレはもう・・戦いたくない、なにも見たくない・・

 勇者なんてしたくない・・お前も、もういい。おれを置いて野性に返れ」


「それは作戦ですか?何か考えがあって言ってるのですか?・・答えて下さい。

答えなさい、勇さん!」


「ウルセェよ!作戦もクソも無ぇよ!

 もう終りなんだよ!おれは勇者で!魔王を殺す為に選ばれて!

 逃回って!自分より弱い魔物だけ殺して・しばいて!脅して!

 強い魔物が相手ならビビって逃げて!

 ・・お前といてもそうさ、恐くて恐くて足をガクガクさせながら必死で武器振り回してただけなんだ!・・・


 勇者なんかじゃないんだよ、おれは・・ただの臆病者だ。

 ・・臆病な・ただの人間なんだよ・・おれは」


 自分より弱い魔物や人間相手に強いフリをして、脅したり倒したりして格好付けてた卑怯者。

 それがオレの本当の姿なんだよ。


「・・ガッカリしただろ?お前を脅して従わせていた人間の本当の姿がこれだ」


 その埋め合わせに格好付けようとして前にでても、頼れるヤツを演じても・・結局は何も変わらない。

 だからオレを置いて逃げろよ、野性に返ればこいつらの興味も無くなるはずだから。


「・・それだけ元気があるなら立って下さい、そしていつも通り指示をして下さい。私が前で盾を構えて、勇さんが敵の不意を付く。そうですね?」


 ピョートルは盾を構え、二つの魔物に向かい立った。

「お・・お前、あいつらと戦うつもりなのか?

 なんでだ、死ぬのが恐くないのか?

お前を無理矢理従わせていたオレが、『逃げろ』って言ってるんだぞ!?」


「ええ、逃げるしかないですよね。

 でもそれは勇さんを置いてって事ではないですよね?

 いつも見たく、卑怯で卑劣で狡賢くて生き意地汚い作戦を考えて下さい!」


 ピョートルは盾を構え、スラヲも気合いを込めて踏ん張っている。

 なんで?なんでだ?


「勇さん、私も隠していた事がありまして・・

 勇さんが勇者じゃないか・・とか思った事があるんです・・」


 魔物達の住む森で、勇者が寝ている間に彼等と交わした会話。


「酷い人間だ」「恐ろしい人間」「恐いヤツ」そんな言葉の中に一つだけあった、

[勇者]と言う単語、地精が勇者に興味を持ったのもそんな気配を感じたかららしい。


「勇さん、勇さんが勇者でもそうでなくても変わらない所がありますよ

・・それは狡くて臆病で卑怯で高圧的で口が悪くて、目付きも悪い。

慎重で、それでいて・・・優しい所です」


・・・・


「勇さん、勇さんが戦うのが嫌ならオレが戦います。

 スラヲも、だから恐いと言ってあきらめ無いで下さい・・大丈夫です、オレも恐いんですから」


 生きて逃げましょう。そう背中を向けたままピョートルは言った。


 小さい背中が大きく見えた、コイツに守られていたから格上のヤツとも戦えたのだろう。


(おれは・・コイツを盾に・・逃げるのか?・・自分だけ?)


 現実から?自分から?

自分が目をつむってきた事に対して逃げられるのか?


・・・無理だ、それだけは出来ない。それは・・違う。絶対・・違う!


「・・わかった・・ふぅ・・スマン、逃げるぞ相棒!」


頭を切り換えろ!

 今必要なのは部屋のすみで振るえて泣く事じゃない、生きる為に・盾となっているこいつらを連れて逃げ延びることだ。


「ハイ!」


 必要なのは、少しの隙も見逃さない事。

その為ならハッタリでも嘘っぱちでもやってやる!


「良い感じがしますよ、勇者様。

 ここで少し戦力の増強はいかがですか?互いの利益には叶っているはずですよ?」


 黒い悪魔が首を傾け顔を近づけて来る。


(なんだ?いつの間にこいつら敵対を?)


 敵の敵は一時的にでも味方に出来る、敵の数・戦力を減らすため味方に着けられる時には味方に引入れておくべきだ。


(べきなんだけどな・・)


得体が知れない、そもそもこいつらの敵対関係すら何故そうなっているのか、オレには不明だった。


「はぁい!私、あの女嫌い!

 勇者様、あの女は全ての黒幕です。

 倒すべき魔神だったのです!これでは駄目ですか?」

 心を読んだように悪魔は宣言し、左手は胸に右手はオレに向ける。


 味方に引入れるべきか、その伸ばした手を掴むべきか。


「・・勇者様?そしてそこの悪魔もなにか勘違いをなさっているようなので、お断りして置きますが。

 この惨状を作り出した本人・・お父様は死亡、

 私は父が『勇者や神殿に頼らず、魔王を倒す』方法を教えて差し上げただけ。

 それも父の願いだったのですよ?私は手段を提示しただけ、無関係ですわ」


?「いや、それはおかしい。

 あんたが唆[そそのか]したから、領主が地獄を作ったんだろ?」


順序・順番がおかしい、それではまるで・・


「わたくしゴモリーは、この娘・・ルベリア・ウェンディの願いを叶える為に彼女と契約し、この体の・・人生の2/3を代価として受け取る代わりに、一生の贅沢と娯楽を与え生涯をまっとうさせる事が目的なのですよ?」


・・「どう言う事だ、この地獄が贅沢?

 娯楽だと?こんな事がか?」


 魔物の価値観もヒトとは違うのだ、地獄に住む悪魔の価値観が人間と同じでは無いのだろう。

 だとすれば・・なぜそんな言い訳をするんだ?


「・・こんな物が娯楽?贅沢?そんなわけありませんわ。

 私はウェンディ、つまりこの人間と契約したのですよ。

 当然、人間の価値に合わせた物を提供するに決まっているでは有りませんか」


・・・なにを言っているんだ?どう言う事だ?


「なんでしょう、勇さん。

 この噛み合ってない感じは、どうなっているんですか?」

 オレと同じ疑問を持ったピョートルがチラリと後のオレを見た。


「・・少し頭を整理する・・」


 ゴモリーの契約相手はウェンディだ、そして贅沢を与える・・だとすれば・・


「邪魔な父親・・領主を殺してもらい、その資産と土地・家を全て自分の物にする・・か?」


「ピンポーン!大正解です!」


 満面な笑みを浮かべ、パチパチとからかう様に拍手までしてきた。


「だがそうなると、黒幕はやはりアンタって事になる。その責任はとって貰う」


女でも殺す、中身が悪魔なら・・多分殺せる・・今は勝てないだろうから、今は逃げを優先するが。


(アレは人間の皮を被っただけの悪魔だ・・)


「フフフッ、まだまだですよ勇者様。

 私を殺した所でこの地獄はどうするんです?

 領地を奪い家を奪った後で別の支配者が来たとしても、だれも公[おおやけ]にできないでしょう?


 貴族が・・子爵の位を与えた貴族がこんな虐殺をしたと告発するのですか?

 それも表では信心深く、寄付も多大に収める敬虔な信徒が?

 ・・・だれも公にしたくありませんよね?」


 もしこんな虐殺が広まれば教会も王家も威信を失うだろう。

だとすればこの土地に待っているのは沈黙・・[浄化]・・皆殺しだ。


「はい!その通りです。

 教会もこの国の王族も、全力でこの領地全部を浄化しようとしますよね?

 そうなれば、この土地にいる全ての人間も動物も全て」


 領民を確実に黙らせる為には、噂すら流させないようにするには、領民達全てを殺し尽くすしかないだろう。

 下手をすれば領地以外にもここに係わった者、この土地に親族がいる農夫なども迫害の対象になる。


(・・?・!?コイツ、この女まさか!)


「その[浄化]も迫害も、勇者様が望んだ結果とは程遠いはず

「「だから、この女」私」を殺さずに領地を引き継がせ、なにも無かった・知らなかった事にする事が一番よい終り方だと思いますが?」


 勇者の性格・父親の性格と行動力・国と教会勢力の動き、その全てを読んだ上で父親を操り・・あの白いメイドを使って『毒消し』の言葉で一つで、夜の屋敷を怪しませて侵入させたのか?


「・・悪魔、お前の感覚ではあのゴモリーはどの程度の力だ、勝てるか?」


レベルが違い過ぎて強さの差が解らない、オレ達より強い悪魔の目から見たらどうなのだろうか。


「・・無理ですね?あちらは体の馴染みも万全ですし、私はこちらの世界に来たばかり。格も上で・ハァ、勝てませぬ、ですよ」

 勇者様が、その全てを賭けたなら話は別ですが。


ぼそりと小さく呟き、その目の光りが僅かに光る。


(何度も死に続け、何度も戦い続けろって事か・・)


「弱い領民達・女子供も全て殺されますが、彼等を殺す為に私と戦いますか?フフッ」


 この惨状の犠牲になったのも弱い領民達、そしてそいつらの仇をとってもその家族か親戚が浄化される・・クソッ!


「・・なら、オレ達が黙っていると言ったら、逃がしてくれるのか?」


「戦う必要が有りませんもの、私の望みは手に余る程の財に囲まれて贅沢をする事。そのためには全力を尽くしますが・・」


 当然、[そんな当たり前の事を]、ってそんな顔してやがる。


・・・「もしかしてだ、自分が悪魔だから、この世界に悪魔の数が増える事で教会の目をかわしやすくするってのも計画の内か?」


「フフッ、それは・・どうだと思いますか?」


(悪魔め)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る