第23話

この女には手出しできない、と・・なると敵は喚ばれてきた悪魔、こっちかが敵か。


(ゴモリーの手を借りる事は・・しない方がいいだろうな)

 自分の利益にならなければ動かない、そんな感じしかしないからな。


しっかし・・こっちの悪魔も相当強い。

 [見る]だけで解る、これで魔王じゃないとか嘘だろ?


「勇者さま?ワタクシ取引なら応じますよ、アレを消滅させたら何を差し出して戴けます?・・なんて嘘です。

 フフッ、少しだけ貴方に興味が湧きましたので今夜限定で、少しくらいは力をお貸しします?」


 ゴモリーの協力があれば・・・、そう思った時に甘い誘い、こうやって人間は騙されるんだよな。


「おっと!?勇者様、そのヒトは悪魔ですよ?

 悪魔の甘言に欺されてはいけません!

 美しい悪魔は、天使のような甘く綺麗な声でヒトの子を欺すのです」


 黒い悪魔は慌てたように手をバタバタさせ、ゴモリーを指さしたりして執拗にゴモリーと言う悪魔が危険・危険とアピールしてくる。


(どちらにしても魔力の底が見えない化物、戦って勝てる相手じゃないのは解る。

そして共倒れもしてくれそうにない感じだ・・・なら)


「勇さん、今どうなっているんですか?・・敵は・・」


「・・わからんピョートル、今はどっちも敵で・・どっちも無関係な・・感じだ」


そうですか。小さい返事にまだ緊張が残る。


でもやるべき事は決まっているしな、交渉が通じたらいいんだが・・


「そっちの悪魔、返ってくれないか?オレの用は邪神像を壊すだけなんだ。

 後はゴモリーさんが新しい領主でもなんでもやってくれ。

 邪神像以外はそっちの問題だ、おれは退散するよ」


 それともオレの読みがあたっていて、ゴモリーの狙いが悪魔をこの地に呼び寄せて世界を混乱させようって話なら、妨害されるだろうが・・・・


「私は良いですよ、一応の目的は果されましたし。

 これ以上を求めれば、全て失う事まで考え無いといけなくなるのでしょう?」


 ゴモリーは邪神像の廃棄を了承し「では、ここからはそちらの悪魔とのお話しですよね?

私は・・ファァ・・失礼しました。

明日からの事も有りますので、就寝させていただきます」そう言って帰って行った。


「さすがゴモリー様です。

 魔法も使わずに賢知だけで全てを絡み取り、ご自分の目的を果されましたか。

ふふ、後は若い者同士で・・とは。気を使わせてしまいました」


(なんだよ、若い者どうしって)


・・・・「殺し合いにもならないだろうからな、そっちはどうなんだ?

邪神の像を壊しても良いのか?」


 それさえ壊しておけば、しばらくは悪魔を呼び出す事は出来ないはずだろ。


「ええ、どうぞどうぞ。勇者様のやりたいように、そして私と契約を」


真っ直ぐに手を差し出し、黒い顔に目が浮かぶ。本気か?


「自分より弱い人間と契約しようとするのは何故だ?

そっちにメリットはないだろ?」


 世の中に善意は無い、自己満足か、他人が知らない内に利用しようとしているだけだ。特にコイツは悪魔だ、なにか魂胆があるはず。

 無いわけが無いだろ。


「最初に言いました通り貴方に興味があるからですよ、貴方が何をしてこれからどうなるのか?


ただ魔物を駆逐する神の選んだ殺戮者になるか?

 それとも世捨て人となり、人間世界を見捨て屍[しかばね]の山を見て見ぬ振りをして生きるか?

 貴方がこの先をどう生きるのか、何を選択するのか。

 知りたい!知りたいのですよ!」


 どこで息をしているのか悪魔は両腕を広げ、ハァハァと息を荒げ顔だけを見下ろしてくる。


「お前の趣味とか興味の為って事か?

 それで魔王を倒す手伝いをするだと?、馬鹿か、オレがそれを信じるとでも思ってるのか」


 お前の仲間の悪魔も殺すかも知れないんだぞ、いきなり裏切るか・後からグサリッって事を考えているのか。


「信じる信じないでは無いのです!

 これは運命!Destiny!

 二人の出会いはノルンの紡ぎに織り込まれた定めなのですよ!」


ノルン・・?なんだそれは、 運命とかDestinyとか、ふざけてるのか。


・・「取りあえず仲間は無理だ、遠慮してもらいたい。地獄に帰る事が出来るなら帰ってくれないか?」


 この悪魔のレベルは解らないが遥かに上だ。

 人間のオレが数値上同じレベルになったところで、勝てるとは思えないほどの魔力の気配を感じる。

 ここは慎重に・丁重に帰ってもらうのが一番だ。




「嫌ですね?いやですよ?

 私は一目惚れだと言ったでしょう、帰れと言われても帰りませんよ?


 地獄の神様の言葉に『汝の欲する所を行え』とあります。

 私は勇者様が何を言おうと、例え拒否されても付いて行きますよ?

付き纏[まと]い、貴方の視界に入り続けますよ!」


 好き勝手しろとか、酷い神様もいたものだ。

 ならここは・・


「邪神像を壊して私から逃げますか?それもいいでしょう!

 ワタシは邪魔をしませんから。


 しかしそれはどう?なのでしょうか!

 私は貴方を見初めた、貴方に会う為にアチラからあらゆるアプローチを試みますよ?

 他人間に別の邪神像を見つけさせ、新たに地獄を作らせても!

私は必ず帰って来る!!!


勇者様がいる限り!

このヤール・ヤーは必ず復活して・・あなたの前に立つでしょう!」


 両腕を開きどこかの魔王が言いそうなセリフを吐いた!

 なんてヤツだ!


(・・・そうすれば、またここと同じ惨状が生まれることになるんだよな)




「さらに!

 私を嫌い、仲間にしないと言うのであるならば!

 私は貴方の敵となり、人間を使って追い掛け、私を見つけて貰う為に戦争を起こし、何度も・何度も!貴方の邪魔をするでしょう!

そして私は殺されるのです!

 そう・・貴方に!」


コイツ、本物の魔王じゃないか!

 倒すしかないのか・・倒せるのかもわからないのに!


「そうしたら・・お前をなんとかして倒す事さえ出来たなら、消えるのか」


「・・今は無理でしょう?

 私の全力を貴方は受け止め切れない、悲しい事ですが10度戦えば10度・100度戦えば100度、私が勝ってしまうでしょう。


勇者さま、貴方がいくら復活できるといっても、私は勇者様を殺さず手足をもいで抱き枕にすることだってできるのですよ?

 そうすれば永遠に毎夜私に恨み事を聞かせてくれますか?


・・イエ・イエ、ソレは・・それは駄目です。

 私は貴方の瞳に愛を感じたのです!曇った貴方の目は見たく無い」

 輝きのあるうちに、抉ってしまうかもしれません!


 この悪魔を敵に回す事になれば、気分次第ではオレを玩具に変える。自らそんな宣言をして興奮してやがる。


(選択指が無い)


・・・・


「その素敵な目で見つめないで下さい!ああ、きゅんきゅんします!

そうですね・・?ならお試し期間として、一つ貴方にプレゼントフォーユーです!」


 悪魔が手をパンッと合わせて、勇者の周囲に何かの力が加わった。


「なにを・・した」呪いか?これ以上の呪いはお断りなんだが。


「認識阻害ですよ、勇者様は顔を隠したい様子なので。

 これで顔を隠さずにどこへでもいけますよ。

うふっ!私は月が満月から半月になる間はここにいます。

 もし私と契約を結んでいただけるなら、こちらへ・・ああ、お待ちしております・・」


 もし遅れたら、この悪魔は地獄を作らせこちらの世界に舞い戻る。そんな感じしかしない。


(その時までに力を付ける・・か、それとも腹をくくって・・)


それにその[認識阻害]も、今のオレの力では解除も出来ないのだろう。


「・・・わかった、考える時間をくれるというなら貰っておく。

正し、これ以上ここで死体を作るのは止めてくれ・・生きる為に必要だとしても・・」


「ええ私、悪魔なので少し位の間は食事は必要ないのですよ?

勇者様と契約したなら、その時に倒した生物のMUGを少し戴く程度で」


 MUGは生命エネルギーとか魔力エネルギーとか精神エネルギーとからしい。

 生きて動く物・魔力で動く物なら全てに含まれ、悪魔はこの世界で存在する為にMUGを摂取するだけで生きていけるとか。


「・・なら、取りあえずは邪神像を壊すぞ、・・いいな?」


 警戒は解かず、ピョートルに背中を預けじりじりと祭壇に近づく。


(よし、本当に手出しはしないようだな)


 鎖を邪神像にまき付けて引き倒す。

 陶器と粘土の中間のような堅さの像は、ぐにゃりと形を変え、体にヒビを作った。


・・・なぜか放置して置いたらヒビが消えて形が元に戻る、そんな感じの像だ。


 像の腕を折り足を砕き頭を床に叩きつけ、胴体を捻り切る。


・・いくら壊しても破片がくっ付き元に戻る、そんな邪悪な気配のする土のクズ。


(・・胴体の一部と頭の半分・・は別に捨てるか・・)


 多分胴体だった部分土と頭の部分を道具袋に入れ、その他の土塊は蹴飛ばして床にバラ撒く。

・・廃棄はこれで一応完了でいいか。


「こっちの用は済んだ、オレが戻らない場合は・・」


「ハイ!また別の場所でお会いしましょう勇者様!

その時は是非[きちんと]お相手願いますね!」


 何故かくるくる回っていた悪魔は、背中を向けたまま首をコキンッと折るように顔を向け丁寧にお辞儀した。


(地獄に帰ったままって来ないって事は・・・無いって事か)凄い嫌だ。


「ああ・・疲れた・・」クソ・・体がだるい・・が、臭い・・


「ゆ・・ジョンさん」


「ああ、疲れたな。湯・・借りれるかな」


 ピョートルが後から付いてくる、頭はハッキリしないが随分恥ずかしい事を言ったような気がする・・だから顔を見せるのは小っ恥ずかしいんだよ。


「ジョンさん、私達は仲間でいいんですよね・・」


「当然だ、オレより先に死ぬなよ?

 まぁオレは死なないから、ピョートル達も死ぬ事なんて無いんだけどな」ハハッ。


 その為にはお互い強くならないとな、ああ生きるってのは大変だ。


でも・・まぁ今夜くらいは、もう休もうぜ。

 いろいろ有り過ぎたからな。


「頼りにしてますよ、ジョンさん」


「ああこっちもだ、頼らせて貰う・・という事で先ずは厨房へ行こうぜ。

お湯を借りてこのくさい臭いを剥ぎ取とらないとな」


 湯を借りたら次ぎは井戸だ、井戸で体が冷え切るまで水浴びしてから、ゆっくり湯に漬けたタオルで体を温め体を拭く。


(背中くらいは拭いてやるぜ?相棒)そんな気分だった。



 夜が明けた、勇者の寝ぼけた頭にドアのノックが響く。


(・・スライムを水洗いしたら・・伸びるんだ、知らなかった・・)


 毒スライムのように広がるスラヲをしぼって丸くする、なんとも不思議な手触りだった。


「勇・・ジョンさん、お呼びですよ。早く起きて下さい!」


・・「あ・ああ、起きてる。起きてるから、そんなドンドンしなくてもいいから」


 最初は『コンコン』だったノックの音は、カンカンと変化し今は拳で殴っているような暴虐の嵐になっている。扉の硬度は大丈夫かよよ。


「申しわけございませんお客様、お嬢様が・・『何としても起こしなさい』と仰ったもので」


・・「宮仕えの大変な所だな、直ぐに行くと伝えてくれ」


(何としても・・か、権力者の[何としても]は絶対良い事が無いよな。

・・ばっくれるか?・・)


駄目だな、領主が死んだばかりだし・・

オレのいない間に何を言われるか解った物じゃない。




[欠席裁判]そんな単語が頭に浮かぶ。

(たしか・・訴えた者勝ちになるんだったっけ?)ああ嫌だ嫌だ。


「イエ、私に案内するように言われてますので・・こちらに顔を洗う為のお湯も」


・・・逃がさない為の指示まで出して、本当に嫌だ。


 寝ぼけた顔を洗い、寝癖頭を塗れタオルで押さえ・・


「下着を替えたいんだけど?」


「お手伝い、いたしましょうか?」


・・・出て行って欲しい。




「さて鬼が出るか蛇が出るか。

 頼むぞ、大きな音がしたら暴れ回りながら音の場所に来てくれよ?」


 屋敷の窓でも割って騒ぎを起こせば、こっちだって逃げやすくなる。


・・「放火以外でな?」


「ハイ!」「ピッ!」二つの頼もしい返事を聞いて部屋を出た。


「・・一応私もいるのですか・・」

白いメイドさんが微妙な感じで前を歩く。


「ああ聞かせた、その方が警戒してくれるだろ?」


 二つの現場を警戒してくれるなら、監視と包囲の人数が減る。

 オレの方を捕らえるメリットは多いだろうが、魔物を捕らえるメリットは少ないだろう。

 それでピョートル達の生存率は上がり、おれの逃げ足は結構早いから。


(普通は、魔物を人質するとかは考え無いだろうし・・)手を出せばオレを敵に廻す。


二つの面で警戒させておけば良い。


 ダイニングに並べられた野菜とスープ、白いパンとそれに・・


「おはようございます、ジョン様。なにか?」


 邪悪な面を完全に隠し、見た目は上級貴族の笑顔で迎えられ白いメイドは部屋の壁側に立って椅子を引く準備をしていた。


「肉・・はいらない」見るだけでも気分が悪い。

こんな物を朝から出すなんて悪趣味過ぎる、極まっているだろ!


「ふふ?大ニワトリの燻製は苦手ですか?

 昨夜は暴れ牛鳥のステーキをおいしそうに食べていただいたので、お肉をご用意したのですが」


・・人肉じゃないのか?あの男は確かにそう・・


「変わったお肉をお出しして出所を聞かれたら困りますもの、それに・・熟成や味付けを少し変えるだけで、お父様には解らなかった見たいですわ・・フフフッ」


チッ、それも全て手の内って事か?

 どれだけの下準備と計略までして、この家のヤツらも掌握した上でって・・完全に[お父様]は道化だな。


 悪役の道化・・か。

 人間の部類では最悪の男だったが、その悪事すら正義と吹き込まれてやっていたのなら・・


(それでも、やった事は虐殺だ)あの男は一片たりとも許すべきでは無いが。


 哀れなピエロだったのかも知れない。


「そうか・・でも、やっぱり肉はいい」

 仮にどちらが本当で嘘だとしても、この屋敷で出された肉を今後も食う気にはならないだろう。


「それで・・・『オレに、なんとしても』の話はなんだ?

飯が冷めるから、とかじゃ無いよな?」


良い事と悪い事どちらを先に聞くか?

おれは悪い事を先に聞きたい人間だ。


(・・悪い事を先に言われたら・・それ以上悪い報告は無いって事だからな)


「それは・・食事をしながらお話ししませんか?

 他の方々はまだお休みのご様子ですし・・ゆっくりと・・ね?」


 全ての計画が上手く行ったからご機嫌なのか、ウインクとか。

 正体を知っているオレからすれば恐怖でしかない。


(毒蛇の鱗とか・毒蛾の羽根とかが、いくら綺麗でもな・・)


「2つ質問するが、いいか?」


「食事をしながらと言う事であれば」


 ふわりと席に腰を下ろし、椅子がススッと正される。

 仕方ないのでオレもそれに続けて座った。


「・・まず一つ目だ、お嬢様。あんたは、昨日と同じヤツか?」


 そう、目の前の女は昨夜オレを見下ろしていたヤツと何か違う。

 魔力の深さ、目から感じる威圧感・・まるで人間みたいに見えた。


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