第44話

「ああ!そうです、私は[勇者様命]ですからね?

 外から敵意を感じたら内側からコイツを殺します、『お前は黙って大人しく見ていろ』いいですね?」


 ライヤーを威圧し、


「私が魔法の詠唱を始めたら[重力縛]が解けます。

 ゴラムさん、コレが動かないように押えておいて下さい・・・抵抗が強ければ・・手足くらいはボキッと・・ね?」


 悪魔はしきりにヨシュアの手足を折る事を提案するが・・

ダメだぞ・・ぎりぎりまでは。


「あとは・・」

 キョロキョロと仲魔達の様子を見たあとで、ヤールはオレの手を取った。


「魔法でコレの体内に入れるのは後1人くらいです、アレは敵ですし、ピョートルさんは2体で一つの魔物。

 『つまり!私達だけで行う、2人の最初の共同作業!』めっちゃ萌えます!」


・・・「まて!ホフメンがいる、後1人ならあいつも」仲間だろう。


 ていうか、本能なにか別の危険を感じています。


(う~ん、人間の体内に入るのは始めてだ。って言うか殆どの人間は始めてだよな?

 心臓と脳にある核を砕いて返って来るだけなんだろ・・それ以上にこの悪魔は危険な気が・・)


 ついていくのは当然覚悟の上だ、でも戦いとは別のなにかを本能が危険だと警報を鳴らしています。


「カレは駄目ですね、弱すぎます。

 私の魔法に耐えられません、下手をすると体内に入る前に消滅しますよ?


さあ!『諦めて下さい、私と2人っきりで試練を乗り越えましょう!』

大丈夫です、なにも恐くありませんから、ね?」


 所々が恐いんだよ!

 この悪魔、目が恐いんだよ!発言が恐いんだよ!


あとなピョートル![ご愁傷さま]みたいな雰囲気だすなよ!仲間だろ!助けろ!

助けて下さいお願いします!


「観念して下さい!

 は~は~、できる事は何でもするって言ったじゃないですか。こうやって悪魔と勇者、2人手を取り合って・・は~は~仲良くやりましょうよ」


「で?本音はなんだ?」怪しい・・


「始めてのデート!私の勇者様と二人っきり!興奮が止りません!

むねがドキドキ!めっちゃ勃起モンやで!」


・・・・・この悪魔、変態だ。


「ああ、違うんです!誤解しないで下さい!

 私、男でも女でもどっちでも出来る悪魔なので・・「私、濡れてしまいます!」でもいいんですから!」


 どちらにしても、変態だった。


 ヤバイ、産まれて始めて感じる異質の悪寒。

 恐いとかそんな言葉じゃ表現出来ない、敢えて言うなら[きもち悪い]こんな感覚は産まれてから始めての感覚だ。


「フフッ!その悪寒そし嫌悪!

なのに少しだけ悪魔的に好印象!好きの反対は嫌いでは無く、無関心!


 であるなら、最高に不快だと思える相手がいつしか無くてはならない相手に・・!これは萌える!」檄燃えます!


 掴んだ指先をくねくね動かし、勇者の手の平や指を触姦する悪魔。


(コイツ!おれが離せないと解ってるくせに!)


 確か・・マゾとかサドってヤツは、痛みとか恥ずかしさがいつしか快楽になるって本で読んだような記憶はあるような気がする。


・・(いや待て!不快な事や嫌悪が快楽になるなんてあるか?!)コイツ悪魔か!


 誰か!誰か助けてくれ!このままだと変態と2人っきりにされてしまう!


そこ!

 真面目な顔で心配しているライヤー!お前でもいい、オレを助けろ!


 一瞬勇者の顔に目を向けたライヤーは、素早くヨシュアの方に目を戻し左右に首を振る。


(コイツ!見捨てやがった!)

 少しくらいは親しくなったと思ったのに!酷いやつだ!


 なんだよ、その![かかわりたく無い]見たいな空気は!


 お前の仲間を助けに行くんだぞ!手伝え!

 オレを見捨てるな!あんまりじゃないか!


 神よ!だれか助けて!この悪魔[変態]を何とかしてくれ!

 砂漠の神よ!星空の神よ!だれか!だれでもいい!助けてぇ!


 勇者が星空に祈ったからだろうか、それとも砂漠の神に祈ったからか。

星の夜空に駆け寄る砂煙が見えた。

 それは真っ直ぐ勇者達を目指して直進し、勇者はそれが人間の影だとすぐに理解する。


「待たせたなぁ、偽勇者!」


 それは砂の大地を蹴って飛び上がり、グルグルと回転して勇者の前に立つ。


 砂色のフードと、全身を包む砂漠の衣装。

 足のサンダルと拳をしっかり皮紐で固め、見覚えのある鉄の篭手。


「アヤメ、お前も来てたのか?

・・はぁ・・この面倒くさい時に。アヤメちゃん、今・アイツとは休戦中なんだ、手を出すなよ?」


 ライヤーがその影の動きを押えるように、フードの人間に声を掛ける。


「手を出すなとはなんだ、偉そうに!

 アイツは私の獲物だ、お前らこそ手を・・なんだ?ヨシュアがなんで縛られてるんだ?・・?」


「良し!邪魔なので殺しましょう!」


 ヤールが笑顔のまま指先に炎を生み出し、高熱の火球が圧縮を繰り返す。


[火炎]の最上位、魔王の名を持つと言われた炎の魔法[豪火炎撃]

 ごうか・えんげき、どこか楽しい雰囲気を持つ反面で1500℃を超える熱は、鉄すら蒸発させると言う。


「止めろ!休戦中だって言ったろ?」それに、天の助けだ。


(彼女には命を助けたっていう借りがある・・と思う、それに同僚の命を助ける為だっていう大義名分もあるはずだ)


 さらに、この悪魔がいやがっている感じもする。

 真っ黒な顔なのに、笑顔で口元が引きつって見えるからな。


「助けが多い方が、時間も短くて済むだろ?

 協力者は多いほうが成功率が上がる、違うか?」

例え違っても、協力してもらうけどな。


[豪火炎]の炎が揺れて消え、明らかに落胆した感じのヤールは・・・


「まぁあの胸の無い女なら、問題ないでしょう。私達の邪魔しないで下さいね」と

 勇者候補同士の説明が終わるまえに、魔法の詠唱を始めた。


『小さき者・儚き者・弱き者・その声は細く・その詩は羽根虫の羽ばたきより遠く・・静かに・そして静寂の中に歌を歌え」

・・・[リトルキッ○゛!バージョン2,4!]


 ヤールの詠唱はサークルを作り、よく解らない文字と共に小さい光球を浮かび上がらせた。


 同時に重力の呪縛が解けたヨシュアが暴れだす。


「うごくな」ゴラムがその身体と腕で抱き押え、アヤメは今一状況を理解出来ずに構えをとる。


「ごめん!」

 オレは背中を向けた彼女の手を掴み、円輪の中に引き込んだ。


「え?」一瞬彼女と目が合った、黒い瞳に光る玉が写って浮かぶ。

 そしてオレ達は光りの中に包まれ、景色が一変した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・

 無数の岩が空を飛び、俺たちは落下を続けていた。


 (暗いのは夜だから、だろうがここは一体・・どこなんだ?)


「・・・き!キサマ!いきなり何をする!放せ!」


 思わず計画的に掴んだ手首を彼女に振り回わされて、オレは身体が引き剥がされそうになった。


 「離すものか!」オレと悪魔を二人っきりにするつもりですか、あなたは!


「ああ!動かないで下さい、飛行魔法を使ってますので足元は不安定なのです。

 あと邪魔なので、そこの女は魔法の外に落として下さい」


「・・落としたら死ぬ高さじゃないのか?」


 魔法で作られた足場の下は遙か遠くに砂灰色の大地が見える。

 オレがここから見て解るのは、今オレたちは山とか城の頂上より高い位置にいると言う事だけだ。


「本人が放して欲しいと言っていますよ?

 その女は魔法の足場から離れたい・私は消えて欲しい。

つまりお互いの願いが叶うwin=winでは無いですか?」


 そこに、おれはお前[悪魔]が恐いから、彼女にそばにいて欲しいって願いは入って無いんですがそれは?


はぁ・・「冗談はここまでにして、これからオレは何をすればいいんだ?」説明を求む。あと、アヤメさんの手は離さないよ?


「・・では・・妥協案として、私も手を繋いでもらう事で良しとしましょう。

本当はその女の手を離してから聞いて欲しいのですが、その後でなら説明をば」


・・・右手に機嫌の悪い武闘僧アヤメ、左手に何故か嬉しそうな悪魔ヤール・・・なんだ?この状況は。


 ヤールと勇者とアヤメは球状の光りに包まれ、ゆっくりと下に落ち続けていた。


ンンンン『聞こえますか?ピョートルさん?

 聞こえていたなら打ち合わせ通りにお願いします・・出来る限り静かにゆっくりとお願いします』


 音・・声が頭に響き、巨大な壁が空を覆う。


「伝心、[テレパス]ですよ。

 さすがにこのサイズの喉では、あちらに聞こえるくらいの空気を振るわせる事は出来ませんからね」


多芸というか、本当になんでもできるのか?悪魔・・魔族ってヤツは。

まあいい、けどさ。


(と、なると・・あの空にみえる動く壁は・・ピョートルの手か?)


 一体自分達はどうなったんだ?体内に入るって・・まさかなぁ?


「血管に入れるくらいまで私達の身体を小さくしました。

 今はピョートルさんがアレの腕をキズ着けて穴を開けてくれますので、少しお待ち下さい」


 説明を受けている間に空の壁が遠ざかり、飛行魔法は壁が進んでいた方向に飛ぶ。


 血の池・血の川。

 だくだくと広がる暖かい赤の向こうに見えるのは、[肉の壁]

 飛行魔法は3人を包んだまま赤の川を逆登り、壁に開いた穴に入って行った。


「・・大丈夫なのか?あんなに・・」

 1人分の出血だとすれば、完全に致死量を超えている。ピョートルのやつ、切りすぎたんじゃないだろうか?


「フフッ、アレでもただのかすり傷程度でしょうね。

 私達の身体がそれだけ小さくなっているのですよ、それに私達が体内に入った時点で合図をしますので『よろしくお願いします』」


[伝心]が頭に響く。


「回復の魔法で傷を塞いでしまえば、あとも残らない程度の傷をお願いしましたから」


 悪魔の魔法が足場を中心に広がり壁を作り出す。

 壁は丸く球体を作って勇者たちを包み込み、血の滝を・・血管の中に潜り込んだ。


『では、回復を開始してください』


 今の合図で傷を回復しているのだろう、新しい仲間は色々考えているなぁ。


 人間の身体の中は魔法の光り無しには暗くて見えない。

[照明]・・勇者が体内に明かりを灯すと・・赤くうごめく壁と、赤い世界が広がっていた。


「こちらは静脈と言いまして、この様に色の濁った血液の道になっております。

そして腕から太い静脈を進みました所に・・心臓がございます」


 それは時間にして数秒だった。


 おれ達は空気の膜に包まれたままで体内の様子に驚くヒマも無く、巨大で脈拍つ肉の塊に到着する。

「ハイ、ここでいったん停止しますよ」


 悪魔の合図で空気の玉は血管内で停止し、オレ達を包む空気の膜を肉の壁に接触させた。


「オラ、女!そこの壁に穴を抜けっから退け!

 私の勇者様が壁を切ったら直ぐ外だぞ!」


 アヤメに対しては口の悪いヤールはオレに壁を指さし、縦に線を引く。


「コレ・・切って良いのか?」血管だろ?それも心臓近くの、大丈夫なのか?


「私は勇者様を小さくする事と、空気の結界で守る事で手一杯なのです。

 なので道を切り開くのは、勇者様にお願いしてもいいでしょうか?」


「・・・と言う事は、傷の回復は・・アヤメさんにお願いしても・・いい?」かな?


「ふん!勇者・・偽勇者め、悪魔なんぞの命令を素直に聞き入れるな!

そんなことだから偽勇者などと言われるのだ!」


 怒りながらもアヤメの手に魔力の高まりを感じる。

そういえば彼女、レベルは倍になってたら・・どうしよう。


「あれから傷の治療と回復で時間が掛ったんだ、そんなに直ぐにレベルが上がるか!」


考えが顔に出ていたのだろう、拳をバシバシして怒る。


「勇者様?心臓の他に頭にも核があるのですから、出来るだけお早くお願いしますね。・・・間に合わなくても[悪魔との契約は絶対]ですからね?」


(そうだったな、オレ達が体内に入る前から時点で時計は動き出しているんだ。

[間に合わない]で外に出てたら、オレ達に反応した[呪]がヨシュアの精神を壊すかも知れないんだったな)


 無駄な迷いは無駄な時間を産む、時間は有限で失敗は出来ないんだ。


ズブリッ!

オレは大きく振りかぶったハサミの片翼を肉の壁に突き刺し、一気に足元まで切り裂いた。


(やっべぇ!思った以上に切れた、ど・・どうしよう!)


滝のように血液が流れ出して止まる様子がないんだけど、本当に大丈夫なのか?


「丁度3人が通れるくらいに開いて戴きありがとうございます、勇者様」


誉めてるのか・馬鹿にしているのか解らないが、悪魔のよいしょに驚きながら切れた壁を押し開き、勇者たちは血液と共に血管の外に流れ出た。


[大回復]アヤメの力有る言葉と共に、彼女が手を当てた壁の傷に回復の光りが包む。


「こんな物一瞬だ、ふふふ、少しは見直したか!」


「うん、すごいな」

あれからたった数日だと言うのに、[大回復]の奇跡まで使えるようになっているなんて、本気で尊敬する。


(才能ってヤツか・・)

 おれが必死にオオバサミを振り回している間に、他の勇者候補達は何歩も先を歩いている。・・・少しだけ、嫌な感じだ。


「・・そんなに素直に尊敬するなよ・・私だって、数日見ないうちに格好いいとか・・」


 自己嫌悪していたオレにはよく聞こえ無かった、けれど多分慰めてくれいる事は解る、ありがとうな。


ハイハイそこまでですよ!

「私の勇者様に色目を使わないで下さいよ、雌猫。

 勇者様もこんな女の言葉を一々聞いてやる必要は有りませんからね。

 頼れる仲間である[私]の方をもっと信じて下さい、ね?」


人間ってのは、誰かの言葉に否応なく心が動くものなんだ。

それが罵倒[ばとう]でも賞賛[しょうさん]でもな。


「・・ああ、ヒトはヒトだって事は良く知っているさ。ただ」

 自分の才能の無さを卑下する事と、他人の能力を認める事は別だろ?


 他人の実力を認め、それに追い付こうとする事は間違って無いはずだ。


(嘆きながら・愚痴だけを口にして、下だけを見るよりは、な?)

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