第45話

 脈拍つ血管の壁が治療されていく中、その背後に見えた巨大な肉の山。


小山のような影が激しく上下し、勇者達が立つ血管の血液を吸い上げては吐き出していた。


[心臓]それは体内の中心にあり、人間が死ぬまでの間は止る事の無い筋肉の塊である。

 身体の中では最も丈夫で堅い筋肉で覆われ、そこには常に血液と酸素を供給する血管と心臓を刺激し心拍を作り出す神経が繋がっている・・はずだった。


「ん、もう!勇者さま?どうしてもと言うなら、大幅なレベルアップをする方法を御教えしますよ?そうすれば強力な魔力も筋力も簡単に手に入ります・・・どうです?」


少し落ち込んでいたオレを励ますように、悪魔が囁[ささや]く。


「金属スライムを狩り続けてレベルを上げるってなら御免だからな、あんなのに意味は無い」


 ただのレベル上昇に意味は無い、時折聞こえる『勇者はレベルが上がった!』ってヤツにどれ程の意味があるんだよ?


(神ってヤツが魔物の強さとか、起こした悪事・悪行に応じて数値を付け、倒し・狩ることで一定数の数値を奉納?とかする事で身体を生物的にレベルアップするってのも・・気持ち悪いんだよ。

 オレは、なんか知らない間に改造されてるみたいで)


「むふふふふっ、そんなスライムを探して倒すなんて面倒くさい事なんかしません!もっと簡単な方法ですよ・・それは!」


 ヤールはオレに顔を近づけ、口を尖らせた。

(貴様!何をする!)


「口移しで私の魔力・経験値を勇者様に注ぐのデス!さあ抵抗しないで下さい!」


「抵抗するわ!」絶対ウソだろ!


 なんで口移しなんだ?なんでだよ!欺されないぞ!


 どこの世界に口移しで経験値とか魔力を渡すヤツがいるんだよ!


 この悪魔、絶対変な事目的に決まってる!解るんだからな!


「!・・・ああ、この場に[信じる心」が有れば!!

 私の言葉を信じて貰えるのに!」


・・・・オレは信じないぞ?


「ちなみに・・・どうやって信じさせるんだよ、そんなデマ情報」


「信じる心の前にロウソクの火を灯して・・」


 催眠術かよ!その下り、もうやったからな!


『信じて下さい・・そう信じるんデス・・』


 もういい!それよりも「・・なんだ、アレは」


 心臓に絡み付く巨大なナニカ。

 蛇の身体とムカデの足で心臓に絡み付き、その頭の部分は上部の血管に噛み付いて血液をすすっている。


 神聖?そんなモノにはけっして見えない化物じゃないか!

 いいや・化け物に決まっているだろ!!


(そんで、アレが核なのか?)引き剥がしてしまえばいいのか?


「・・何者だ」


 勇者の[照明]に照らされた怪物が鎌首を上げ、オレ達の存在を面倒くさそうに確認して心臓に絡み着く体を動かし、その不気味な顔を近づけて来る。


「お前こそ何者だよ、他人の心臓に寄生する線虫かナニカか?」吸血蛭とかかテメェは?

 寄生虫が人間の言葉を話すなんて聞いた事も無いぞ。


「お前は・・人間か?

 珍しい、こんな所で人間に出会うとはな。・・教会の人間か?オレに何か用だ?」


 オレの言葉に答えるつもりは無いらしいが・・・


「そうだ、お前にはこの心臓を縛るのを止めて、早々にこの身体から出ていって欲しいんだ」


 たとえ怪物でも、こちらの用事を聞くなら戦う必要が無い。


「オレに心臓から離れろとは・・お前は何者だ、オレに心臓を解き放てと言うお前は何者だ・・・

 オレを作った者か?オレを・・オレを天使にした人間が、なぜ異なる命令をするのだ?何者だお前は!」


 会話が通じているようで通じてない、戦うしかないのか。


それに、戦って倒せば解決するのか?


「ええ、戦って滅ぼすしかありませんよね?

 だってアレ、作られて間も無い人造天使のようですし、知能の方も単純な・・制作者の命令しか理解出来ないようですね。


 フフッ、人間が神の言葉しか聞く事の無い愚かな神の走狗を・・天使を作るなんて・・おかしいほどに愚かな事ですよね?」


 ヒトが祈る為に作られた偶像、本来目には見えないはずの神秘を形にした物が教会に立つ神様の姿。

 そして天使は神が作ったと言われる神秘の種族、その天使をヒトが作ったという。


[それも、神を信奉する教会の人間が、神の行った神秘を模倣して天使を作った]

 それは、本当に神を信じている人のする事だろうか。


『人の心は弱いのです。

 ハッキリと目に見える姿が無いと、心にある神様に祈る事を怠ってしまうのですよ』だから教会は神様のシンボル[象徴]を掲げ、神様の像を建てるのだと・・神学の先生に聞いた・・と思う。


「人は・・教会は偶像を作って祈るのが好きなんだよ」多分な。


 悪魔は人間の行為がおかしいと笑う、でもな・おれは人間が弱い事を知っているからさ。


(まぁでも)


「本物の天使じゃないなら、作られた物なら叩き殺しても問題ないよな」

 勇者はオオバサミを二つに分け、二刀の鋼刃を左右に握る。


「人間が!我に!ガギヱル様に刃を向けるのか?神の使いに牙を剥くのか!」


 勇者の戦闘態勢に蛇のような鎌首を上げ、いくつもの足をガチガチと鳴らす。


「!!ガギヱル!合成した生物に[ヱル]を付けて名付ける事で人工天使にするなんて!

 なんて馬鹿馬鹿しい!天使をここまで馬鹿にした神の使徒がいるなんて!

 この世界はなんて愉快なんでしょうか!

 ねえ!勇者様、楽しいじゃありませんか!」


[ヱル]と名付けて、使い魔を天使として人々の信仰を与える。

 言霊と呼ばれる[呪]に近い術らしいが、それって神・・天使への冒涜じゃないか。


([名は体を表す]って言うから、それに・・使い魔か。

 命令を聞くだけの生きた機械だと思えばいいんだよな・・アイツらとは違うんだよな?)


 考えるな、少し話しただけで情を移すな。


 ガキヱルが身体をくねらせて立上がり、押しつぶすように突進する。


 オレはガギヱルの突進をクロスさせた刃で受け、腹に力を入れて打ち返す。


「ヤール!固まっていたら殺られる!

 一時的にでもいいから、空気の結界を個々に別けられないか?」


 オレ達が集まって動か無いなら、あの巨体相手には良い的になるだけだ!


「少しの間だけですよ?それと魔法維持の為に私はここから動け無くなります」


「ああ守ってやるさ、後には攻撃を通させない」


 キュン!

 勇者が飛びだした瞬間、背後で悪魔が『あふぅ』とか声を出してへたり込む。


(大丈夫か?・・まぁ嫌な予感がするから振り向きませんが)


 空気の結界はオレを包んでいても、肉の足場は走れるみたい。

 大丈夫、オレが前に出て囮でも刃でも、キッチリ役割を果せば後に攻撃が行く事は・・無い!


 堅い肉の上を走り、目指すは脈の打たない心臓の上部。

 そこまで行けば、ガギヱルの頭にも手が届く。


「勇!1人で先行するな、私も回復が終わったから手伝う!」


 目指す場所は同じだったのか、アヤメも後から・・着いて来て・・追い抜いて行った。


「先行は武闘家の役目だろ?お前は右で私は左だ!」


流れるような動きでガギヱルの懐に飛び込むと拳を打込み、左に跳んだ。


(なるほど!)

 左に跳ぶアヤメに目を奪われたヤツの身体を、右から切りつける。


 左右から敵を挟む形で位置取り、アヤメが飛び込むとソレに合わせて勇者も飛び込む。

 ガギヱルが勇者に攻撃を向けると、勇者は背後に跳び躱し、その背中をアヤメの拳が打つ。


「正拳・・4段突き!」

ドゴゴゴゴ!!!


 正面のオレにも聞こえる程の打撃音と振動でガギヱルが仰け反る、


「こっちもだ」脱力からの集中!

 左の刃で腹に切り落とし、同じ傷を渾身の右剣で切り抜く!

 ザクゥゥ!


 ×の形に切り裂かれた身体から赤い血が流れ、勇者が追撃を試みた瞬間ガキヱルは肉を締めて傷を塞ぎ、堅い肉は鋼刃を跳ね返す。


(でもなぁ!)

 それで攻撃の手を緩めるって事は、無いんだよ!


 締まった肉の中心、刃がクロスした場所にはまだ傷が残っている。

 その一点を狙いオレは刃を突き刺した。


 グリッ!

 肉が裂け鋼刃が筋肉を切断する手応えに、手首を捻って傷口を抉る。


「ぐはぁ!きっキサマ!」ガギヱルの殺意が勇者に向かう。

バキバキバキバキバキバキ!!

 牙を剥き、尖った足を怒らせ無数の突きが勇者を襲う。


「お前、まさか私の存在を忘れているのか?」


 ガギヱルの背中に疾風のような蹴りが突き刺さり、その巨体が仰け反った。


(こっちも隙だらけだぞ!)


 仰け反り開いた足の中心、そこは完全な無風状態。


 すぅ・・!「オオバサミ!」

 二刀を腹に突き刺し、二つの刃を持つハサミが本来の形を作る。

そして大鋏は本来の役目を果す。


 ジョッ・キンッ!

 ハサミは閉じられ、深く切り裂かれた肉からは血が流れ出す。


 前後から繰り出す2人の攻撃は敵の動きを妨げ、腹を切られたガギヱルは身体をよじって身を守り、傷の回復に集中し始める。


「勇!駄目だ!コイツ打撃が効きにくい!」


 アヤメの言葉に勇者は頷き、二刀に分離させたハサミを振り回すようにガギヱルの身体に傷を着け、肉と表皮を切り刻む。


 オレと位置を入れ替わるように回り込み、拳を固めた彼女は「鉄拳制裁!」


 仲間の心臓の上だという事を忘れているのか、強く足を踏み込んで勇者の着けた傷の上を打っ叩く!


グシャァ!!

 傷から噴き出す血液と体液、肉が潰され回復力が歪む。


「ヨシッ!」

 拳を肉にめり込ませアヤメが拳を引き抜く。

 ガキヱルの身体、切られ打たれた部分が赤く抉れ、陥没して形を残す。


 元々陸上の動物の肉体は打撃に強い。

 堅い獣毛やウロコ、その下には分厚い皮膚と脂肪が衝撃を吸収し、筋肉と骨が更に身を守っているからだ。


 砂漠の堅い敵に慣れたアヤメの拳も、純粋に筋肉と骨が丈夫なガギヱルの身体にはダメージが通り難い。ではどうするか?


 鉄の爪のような打突武器を使えばいいが、無い場合は。


「勇!良くやった!コイツの身体を切り刻め!とどめは私に任せろ!」


 仲間が獣毛と皮膚を裂けばいい。

 それだけで拳は硬い鉄槌となり、筋肉を押しつぶし骨を砕く事が出来るのだ。


「その分、こっちは骨まで断つ必要が無いからな!」


 斬撃は深くなくていい、刃を押し当て引き切る程度で十分だ。


 押し切るのには1歩前に・半歩前に身をさらす必要がある。

 その分だけ退くタイミングも早さもシビアになるが、傷付けるだけならそれだけオレの手間も危険も低くなる。


 2人が敵を中心に回るたび、ガギヱルの身体が血に染まる。


「きっ・・きsま!教会の人間じゃないのか?

 女?オレにこんな事をしていいと思っているのか!」


 ガギヱルが吠える!


「?馬鹿め!信徒の、仲間の心臓に絡み付く寄生虫を退治するのだ。

 どこに問題がある!」


 ガギヱルの言葉も関係ないように、傷口に蹴りを打ち込むと敵の巨体が揺らぐ。


「きっ寄生虫だと!この天使・・天使ガギヱル様が寄生虫だと!」


 蹴りに悶えながら蛇の顔を怒りに染め、身体を立ち上げて無数の脚をガチガチを震わせた。


「馬鹿め!お前の姿をよく見てみろ!・・

「「お前のような天使がいるか!」マヌケ!」


 アヤメの言葉に合わせるように勇者も言い放つ。


 そして彼女は腕を胸の所で組んで親指を立てた。


(なんか目で合図しているし)

・・恥ずかしながら勇者も親指を立ててサムズアップ。


「あの~~勇者様?あまり私を放って置いて、目の前で雌猫とイチャイチャなされると・・イ~~~ってなるので止めて戴きたいのですが。

『ハッ!これが寝取られプレイ』というヤツなのですか!?」


 言葉の意味はよく解らんが、とにかくすごい勘違いだ。

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