第46話

「姿形に惑わされるだけの愚かなサルめ!ならば天使の力!天の怒りと言う物を見せてやる!」


 ガギヱルの身体が震え膨張を始めた。


 身体は膨らみ、肉の皮が勇者達の与えた傷は内側から引き裂かれ、内側の赤い筋肉と皮膚が空気に触れる。


「[硬化]そして[硬化!!!]」

 連続する二つの魔法が内側から膨れ、むき出しになった赤い皮膚を黒く染めた!

 現われたのは堅いエナメル質の外堅殻、蛇とムカデの合成獣が真の姿を現わし獣の柔軟性を持つ鎧ムカデが立上がる。


 ムカデの頭に張り付いた蛇ノ目、口は真横に開きハサミの様な牙が伸びる。


「鎧ムカデがお前の本性か!

 やはり天使などと嘯く[うそぶく]者に相応しい姿じゃないか!」


 アヤメは変態を終えたガギヱルに挑発する言葉を吐くと拳を構え、先制攻撃のための前傾姿勢をとった。


「馬鹿メ!」


 ゴワッ!猛炎が燃え上がる。


 ガギエルはムカデの口を開き、口から炎の光り灯すと火の塊を吐き飛ばした。


「ただの炎などが、私に効くか!」


 違う!「アヤメ、避けろ!」


 拳の甲を構え、炎の塊を打ち払う姿を見せたアヤメを止めた。


 オレは鎖分銅を回転させ勢いをつけてぶん投げ、炎を打ち落とす。

 バンッ!

 散らばった炎が周囲を焼いた。


「油だと!キサマどこから?」

 散らばり、足元を焼く炎にアヤメが驚くような声を上げる。


「異端者は焼かれて死ぬのが定めだ、天に唾はく異教徒め!

 オレの炎で焼かれて死ね」


 会話の通じないガキエルは、のどに炎を溜めては吐き出し、周囲が炎に染まる。


「勇者様!その天使の吐く炎からは人間の脂肪の臭いがします。この人間の血液から油を手に入れて吐いてるようなので、要注意を!」


(魔法の炎じゃなく、火の着いた油かよ!)


 手で払えば手に炎が移り、身体に掛れば油が燃え尽きるまで消火するのは難しい粘度のある炎か。


「面倒な事を!」


 心臓の表面にいくつもの炎が灯り、その熱で心臓が振るえ振動細動を起こし始めている。


「コイツ!心臓が焼けるだろ!」


 離れた場所で炎を避けているだけじゃ駄目だ、そう判断したアヤメは前傾の姿から拳を固め跳ぶ。


 ムカデのヤツ何かを狙っているのか?!

(ヤバイ!)


 鎖鎌を掴むと、分銅を回して投げ付けた。




 チン!

 掻き消える様に分銅が吹き飛び、反射的に避けた勇者の身体の上にムカデの身体が通り抜ける。


 ムカデの鞭、その先端は音速を超え、擦るだけでも肉を削る威力。


「さっきより動きが速くなっている?ムカデのくせに!」


 アヤメの言葉は正解であり、間違いでもある。

 本来の蜈蚣[ムカデ]はそれ程早い蟲では無い、が足の長いゲジゲジやゴキブリなど、人間の大きさにすると馬などより遥かに素早い虫も多いのだ。


「オレの役目は命令に従って心臓を動かす事だ、ソレを邪魔すると言うのなら、たとえ神殿の人間だろうと排除する」死ネェェ!


 遠距離は油の炎、そして毒牙の届く距離は音速まで加速させた体当たり。

 ムカデのくせに殺意が高すぎる!


 ガキヱルは身体をS字に曲げ、筋肉を収縮させて力を溜め、弾くように身体を跳ばした。

 バシュッッッ!!

 瞬きほどの時間でムカデの牙がアヤメに迫る。


「させるかよ!」

 今度は鎌の方を投げつけガギヱルの身体に引っ掛け、鎖を引く。


 止まれぇぇぇ!


(くっ!くっそ重い!、それに)

 鎌の刃は引っかかるだけで身体が切れない、なんて堅さだよ。


 間接の隙間に入れば切れそうだが・・・動きが速い!


「助かったぞ勇、そして『バカ者め、私の前で[硬化]を使う愚かさを知れ』」


 アヤメは自らを挟むように牙を向けるガギヱルの頭を左手で押え、

 その手にゆっくりと・だが力を込めた右手の平が重ねられた。


[フッ!]一瞬だがアヤメの身体がブレ、振動がガギヱルの頭に伝わる。


「[浸透勁]だ、力を一瞬で爆発的に高め、衝撃と震動を敵の体内に伝えたぞ。

 お前の身体の内部と外殻内側で衝撃を反射させた。

 肉体の内側からの打撃・・・つまり、体内が完全な結晶でも無いかぎり」


  衝撃が密度や硬度の違いで乱反射し、中身がクズクズに掻き混ぜられる。


『ブシュッ!!』

 ガキヱルの目玉が飛び出し、口からは赤い泡と黄色い体液が噴き出した。


(トンネルで爆発の魔法を使うような物か?)

 衝撃と爆発の圧力が中にいる人間を圧殺し即死させるような・・


「ぎざ・・ぎぎ・・」

 必殺の浸透勁を食らってもまだ息のあるガギエルが、最後の力を振り絞り毒の牙を開く。


 全身の筋肉を[浸透勁]に込めたアヤメは動けない、コイツを殺すには首を落としてとどめを刺すしか。


「勇!バケモノ百足[ムカデ]の弱点は唾だ、お前のハサミに唾を着けて頭を突き通せ」


(確かに、蛇の生命力は強いって聞くし、百足も生命力が強い。

首を刎ねても死なない可能生もあるのか)


「じゃあな」

 オレはオオバサミを握りその刃に唾を吐きかける。

 ガキヱルは鈍く動きオレを睨む、その額に大鋏の先端を押し、刺した。


「ギッ・・ぎざま、オレを・・おれは、ムカデの化物では・・」


(もういいよ、お前は確かに強かった。でもな、恐くは無かったんだ。

だから、もう安心して休め)


 ヒトに作られた天使だからだろうか、それとも命令を聞くだけで人・・オレに対して怒りも嫌悪も無かったからか。


(向けられた感情に悪意が無かったから・・)


 可哀想にな、そんな姿・そんな命令を与えられなければ。

 少しだけ、そんなふうに思った。


「そんな顔をするな、勇!お前は正しい事をしたのだ。

 ガギヱルはヒトを・・ヨシュアを苦しめ、間違った事をした。

 だから私達が懲らしめた。

 アレが仮に本物の天使だとしても、[間違った者には殴ってでも更正させる]それが正しい神官の姿だ」


・・・?


「それは、ちょっと聞いた事が無いんだけど」どこの神殿の教義でしょう?


「知らないのか?!右の頬を差し出す者には拳を、左の頬を差し出す者にも拳を!


 殴られたい者は平等に神の前に並べ!慈悲の心と熱き魂の拳を与えよう!」


 平等とか慈悲の後に、拳をつけるとオレには違和感しかないんですが。


 熱い瞳でアヤメさんは説法を続けます。


「言葉より拳を!

 拳には嘘は無く、拳の会話は魂の会話!

 正しい拳に神の精神が宿り、悪しき拳には邪心が宿る。

『よく解らない時は、取り合えず殴っとけ』

 そう司祭様に教わったぞ?」


 とんだ暴力教会だ、・・・全てが間違っているとは思わないけどさぁ。


「聖神光明教会のヒトだよね?その司祭様って」


フッ「聖神光明教会・[裁神会]司祭ザピエル様だ!聞いた事くらいはあるだろう?」


・・・異端教会・追放司祭・鉄拳司祭・・・坊主頭の筋肉神官・・涙の拳・・

 神の教義を口に、泣きながらヒトを殴る変態僧侶が世界のどこかにいると。


 ああっ!そんな噂を聞いたような気がするんですが!


「・・有名だよね?」色々な意味で。


「ああ、素晴らしい御方だ!その姿は尊敬するしか無い!」


「筋肉は嘘を付かない。鍛えた拳には、その人の人生と精神が詰っている。

 どうだ名言だろ?勇、お前が勇者の道を間違えたなら、いつでも私の拳で正してやる!だから安心しろ!」


 自分の言葉に感動すら覚えているように、アヤメさんは目を輝かせてオレを見てくる。


・・・ちっとも安心できない、なんてゴリラな教義を広めようとしているんだよ!


 筋肉信仰者と昔のお母ちゃんが混ざってる!


 取りあえず殴って教える姿勢には、愛情はあるのだろうけどさぁ!


 子供はブラウン管TVじゃないんだからさぁ!叩けば直るって物じゃないんだよ?


 アヤメさんの来歴の一端に驚愕を受けつつ、グズグズに崩れていくガギヱルが完全に死亡した事を確認してヤールを呼ぶ。


「・・コレで・・いいのか?」


 呪いの核が作られた天使って事なら、[壊す]では無く[殺す]ことで呪いが解けるのだろうか?


(今、考えれば、殺す必要は無いのか?

 ヨシュアの身体から外にさえ出せたなら、呪いは解けるんだから・・多分だけど)今後は・・会話と交渉とかで。


「表情を見るかぎり、勇者様のお考えは理解しますが・・天使にまともな会話ができるとは・・考えられませんよ?


 やつらは上位種・・格上からの命令には忠実ですが、基本的に天使は人を下に

[穢れ]や[獣]として見てますから」


・・それ以上にガギヱルのように、作られて間も無い、簡単な事しか理解出来ないくらい知能が若く幼いヤツって事も考えられる。


「のぞみ薄、って事か」それでも、言葉が解るなら交渉しないって選択は無い。


 全ての相手に会話が通じる、とは思わないけど。

 ただ殺す・ただ殺されるってだけでは、話せるって事に意味が無いだろ。


(会話が無意味な相手なら、オレは自分が生きる為に倒す、それだけだ)


「さて、勇者様。私の手を」


 ヤールは紳士のように左手を胸に、右手を差し出す。


「そうだな、次ぎは・・頭か」

 そこへ行く方法が解らない以上、オレは悪魔の手を取るしかない。


 悪魔の手を取る前に、アヤメさんの手も掴んで置きたい。

 そう本能的に彼女の立つ場所に目が向く。


「大丈夫だ、少しすれば動けるようになる」


 浸透勁は余程身体に負担の掛る技なのだろう、疲労が目に見える。


 アヤメさんはガギヱルが消え、辛うじて構えを取っていた腕を両膝にして、深く息をして集中する。


 顔色も暗く、酸素欠乏を起こしているような顔色と表情。


「動け無い雌猫はこの場に捨て置いていいでしょう、時間がありません。

 さあ私と2人で敵を倒し、この人間を救ってやりましょう!」


 アヤメさんを捨て置いたら、小さくなる魔法を解いた時に大惨事になるんだろ?

解ってるさ。


それに戦闘の時だって彼女がいた方がいいと思う。


「・・この女の結界を解けば、私だって参戦できるのですよ?

大活躍できるんです」


勇者の考えを読んだヤールは、動け無いアヤメをゴミを見るような目で見た後指先を動かす。


『少し術を解くだけで戦える』そう悪魔の指先が語っていた。


「1人を救うのに、1人を犠牲にするのは計算が合わないな。

 それに・・良く知らないヤツと、少しでも知ってるヤツ、余程嫌いなヤツでも無いかぎり見捨てるのは知らないヤツだろ」


 立前だけどな。

 今、目の前の彼女とヨシュアどっちを救ってどっちを見捨てるなんて、考える必要も無いほど明確。


それに動け無いなら。


「よいしょ」


 アヤメさんを抱き抱えて運べばいいんだから。


膝下に腕を通し、その小さい身体を持ち上げた。


「・・・!・?!あっ!」


(軽いな)そう思ったオレの顔に拳が、ゲンコツが飛んで来た。


「イタイ・・なんで?」


 両手の塞がった状態で顔面にモロに拳がヒットし、目に星が飛ぶ。


「おm!お前!いきなり何をする!」

 赤面したアヤメさんは激オコで、右の拳を振るわせ『返答次第ではまた殴るぞ!』と拳が語っています。


(考えろ!考えるんだオレ!怒られないための、完全な言い訳を!)


「いや・・えっと・・急ぐから」

 短い時間で出した答えは、なんとも間抜けな答えだった。


 ですが、まだ頭にも呪いの核がある、二体目もガギヱルみたいなヤツだとしても、時間に余裕があるわけじゃないんだ。


「・・くっ!・卑怯者め!私が動け無い事を良いことに!

 ・・いいか勇!お前はまず・・・抱き抱える時は・・いきなりは、やめろ・・あと、匂いとか嗅ぐなよ・・」


 汗とか、ないからな。

 そんな声を最後まで聞く前に背中から伸びた手が、肩から胸・腰から下腹部に張り付いてきた。


 背中に熱く肉々しい体温と首にかかる鼻息、


「お前!何をするんだよ!」


「だって酷いじゃないですか!その雌猫ばかり!

 ここで、この場所で一番の功労者は私ですよ?それを無視してイチャイチャして!

 確かに空気の結界とパーティーのミクロ化担当で、私は裏方ですけどね!


 裏方で器用で実力を見せる場も与えられてない悪魔は追放ですか?!

 そんなの後々、勇者パーティーが没落する原因なんですからね!」


 コノ悪魔ハ・・・イッタイ・・・ナニヲ言ってらっしゃるのでしょう?


「・・だからって、いきなり抱きつくのは無しだろ。

それに・・追放なんて馬鹿な事をするわけがないだろ。お前も大事な仲魔だ」

 変態だが。


 オレは肩に伸びた手に横顔を乗せ、頬を磨る。

 なんだよ、悪魔のくせに寂しいのか?


今は手がふさがってるから、顔でヤツの手を撫でてみた。


「目を覚ませ」パンチ!


ヤールの『げへへ』声が聞こえた、と同時に正面から拳のモーニング・コール!


「そうだぞ!今は人助けの最中だろ!こんな事をしている場合じゃない。

これからどうするんだ?また血管を開けて血液に運んでもらうのか?」


 目を覚ましたオレは、今振り払うのもなんなので聞く事だけは聞いておく。


 まぁ戦闘を終えたばかりだからな、短い時間でも一息入れたほうが多分・良いんだろう。


「心臓からなら、脳まで血流に乗れば直ぐなんですが・・その場合、外に出る方法が脳の血管を切る事になりますし・・・


 私達と共に運ばれる異物が脳の末端血管や神経を詰らせたりするかも知れないので・・」走ります。


 オレの身体から腕を抜いたと思ったら、膝裏に腕が素早く走る。

[勇者は、悪魔に捕まった!]


「勇者様の体温チャージが出来ました!張り切っちゃいますよ!

あとオマケは動くな、振り落とされても見捨てて行くからな」


 悪魔の黒い顔の目が赤く光る、なんだよ体温チャージって!


 [加速]!ヤールは速度を上げる魔法を唱え、走り出した。


その早さは軍馬のように止る事を知らず、その太くない腕は堅く締まった筋肉の質感。


(なんというか・・もうどうでもいいか)そう思わせる物であった。

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