第47話
「ここが喉、この当りが頭蓋ですね」
そんな説明を聞きながら、胸の所で丸くなるアヤメを落ちないように抱き寄せる。
(多分、ヤールのヤツは彼女が落ちても、本気で放置するだろうからなぁ)
「ん、ん、」ごそごそと姿勢を変えようと動くアヤメに、どこか猫か犬を抱いているような暖かさと重みを感じた。
(アヤメさんって体温高いんだなぁ・・柔かいし)
「ハイ!オマタセしました、ここが人体の神秘!
人格・記憶・魂の宿る地、脳と脳幹であります!
心臓のような筋肉でありませんので傷・衝撃に注意を。
最悪この脳の持ち主が植物状態の廃人になりますので・・・
『着いたんだ、いいかげん勇者様から降りろよ!小娘が!』」
間近で聞いた悪魔の声は太く、同時に老婆が脅すような声にも聞こえる。
(どっちが作った声かは解らないけど、悪魔ってのは面白い声質?だよな)
それか発声器官が二つあるとか?
・・・「降りるから・・」
顔を伏せたアヤメさんは足を伸ばし、オレが手の力を緩める事で脳に続く太い血管の上に立った。
「で、オレもそろそろ下ろしてくれ無いか?」
「イヤです!」即答だった・・・・・・
もう一度「下ろしてくれ」と頼む事で腕の力が抜けて立上がる事ができた。
時間も無いんだ、我が儘[まま]はやめて・・アレをなんとかしようじゃ無いか。
脳に張り付き・巻き付くような無数の糸と、それに乗る細い手足。
蜘蛛のような身体と垂れ下がる長い髪の魔性。
「アレがこの場所の[核]か・・・」
(この足元まで伸びる蜘蛛の糸を触ったら・・来るよなぁ・・アレの何が天使だよ!)
深い溝と、焼いた脂肪のような柔らかい足場に這う不気味な生物が顔を上げた。
長い髪で目を隠し、鼻と口元だけ見せる細いあご。
「ああ?ガギヱルからの信号が消えたから何かと思えば、あの脳無し、殺られたのかい」成人した女の声だ。
どちらかと言えばおばさん?のようで、若い感じはしない。
「オレ達の目的はこの身体の持ち主を解放する事でね、話が出来るなら穏便に解決したいんだけど」
おれ達は殺し合いとか、求めてないから。
「・・・会話ねぇ、あんたが何者か・・何となく解るよ。
こいつの脳味噌の反応から見て、アンタが勇者サマだろ?
まあ・・お会い出来て光栄って言えばいいのかねぇ・・」
細い手を持ち上げ、困ったようにその指の先の尖った部分で頬を掻く。
女の声をだす虫のようなアレが敵か。
「自分で言うのも恥ずかしいけどさ、周りにはそう言われている」
そう、周りのヤツらはそう言っているんだ。
「そうかい・・ならこっちも名乗るしか無いわけだねぇ・・
一応、教会の人間にはアラウネェルって言われるよ。
見てのとおりの・・人造天使さ。
目的はこの男の殺意・敵意・悪意・妬み・憎悪・怒りを暴走させアンタを、勇者サマを殺させる為に脳に信号を送ってるのさ、この糸でね」
グラッ!!
アラウネェルは糸を引きピンッと弾くと脳の持ち主が暴れだし、中にいる勇者達の足場に強い地震のような揺れが伝わって来る。
「つっ・つまりアラウネェルは、オレには直接恨みは無いわけだろ?
ならコイツの身体から出ていってくれ」
それで問題は解決するよな。
「ワタシには、恨みは・・無いんだよ。
でもさ、造られたからには道具として果さないと存在する意味は無い。
そうは思わないかい?
まぁこの男を操ってアンタを殺すか、直接殺すかの違いだよ。
それにね・・この身体の持ち主だって、完全な操り人形ってわけじゃないんだ。
アタシが敵意を増幅させているだけで、悪意も憎悪も本人に元からあった感情さ。
[勇者を殺したい]って感情をアタシが植え付けたわけじゃないからね」
ははは、なんだか知らないうちに世界中のヤツ等から嫌われているなオレ。
(勇者ってのは本当に嫌な人生だよ。。。)
「造られた道具だからそうしないと意味が無い・・か、そんなクソッタレな理由で殺し合いなんかクッソ、くだらない。
オレはそう思って逃げ出した。
だから今、こんな場所にいるんだよ。それが答えだ」
戦わないってな。
本人の・アラウネェルがオレを殺す動機が、自分を造ったヤツが言ったから?
そんなクソみたいな理由に、たった一つしか無い自分の命を賭けるのか?
馬鹿馬鹿しい!
「面白いねぇ・・あんた。でもさぁ、やっぱり駄目だね。
アタシにも一応は義理ってやつがあるのさ。
バケノモから・・ただの化物から、ヒトに怖がれない程度の[天使]ってヤツにしてもらった義理がね!さぁ、お互い立場は確認したよ!
遠慮無く掛かって来な、勇者サマ!」
アラウネェルが両腕を上げ、腹に生えた細い足にも糸を伸ばして網を作りだす。
「ようやく戦闘か?、ならオレも役目を果そうか」
身体を広げたアラウネェールの影からもう1人、トゲの付いたY字を掴む大男?が前に出て姿を見せる。
「自己紹介はいらない、オレはメズヱル。
神殿からは、このアラクネを守護しろと命じられた。
戦うなら誰であろうと叩き潰す。それだけだ」
馬の頭を持つ赤褐色の大男は、見ただけで解る強敵だ。
太く締まった筋肉と頑強な骨格、獣戦士タイプの本物のバケモノだ。
(馬頭ヱル?)地獄の獄卒にそんな感じの鬼がいたような・・・
「メズヱル、お前にはどんな理由が」
「理由など必要無い、敵は倒す、使命は守る。それ以外の女々しい言葉は不要!」
多分だが、お前と気の合いそうな女子を1人知っているよ。
この場にいたら紹介してあげようか?
ゲンコツで会話お互い会話して、納得してくれたら殺し合う必要は無いよね。
チラッと横を向くと、深く頷き[解る解る]とアヤメさんが。。。!!
ゴチン!直後オレの視線に気が付きゲンコツで殴られた。
(なぜだ?)理不尽過ぎる!
「勇、お前はメズヱルを倒せ。
言葉より拳!ヤツとは肉体言語で解り合うんだ!
私は向こうの化物を倒す、時間が無いのだろう?なら競争だ」
ガシガシと拳をぶつけ、狙いをアラウネェルにしぼるアヤメさんは『ニヤリッ』と頬を上げ走り出した。
(油断とかは・・無いんだろうけど、気を付けろよ)
多分アレは遠距離・中距離型だ。
「作戦会議は終わった様だな、オレの相手はお前か」
ヤツとの距離は十分あった、弓の距離では無いが武器を変える程度は余裕がある距離だったはず。
だがメズヱルが言葉を終えた直後、ヤツはオレの前に存在し、トゲの付いたY字の棒を振り下ろしていた。
・・・・・・・・・・
「勇者のヤツはアレであまいからな、お前みたいなヤツを相手するのは私の役目だ」
拳を握り、気合いを入れたアヤメはアラウネェルを前に戦いの構えをとる。
「へぇ・・アンタは教会の・・武闘僧って感じだね、そんな人間が私達の相手を?
どちらかと言えばワタシの味方じゃないかい?
それとも男女の・・は無いねぇ、そんな感じにも見えないし。
あの勇者には惹かれる所はワタシにもわかるんだけどねぇ」
糸を繰りながらアラウネェルは足場を巣の中心に動かし、敵の動きを観察しながら張り巡らせたい糸を操る。
「小賢しい!」アヤメは唇を薄く開き、細く・鋭く息を吐く。
[大真空]
唱え終えた魔法が気圧の歪みを作り出し、捻れるように空気が渦巻くと蜘蛛の巣を引き千切り吹き飛ばす。
(道は開いた、後は殴るだけ!)
アラウネェルは自分の糸に絡み取られ、四つの前足を振り回し糸を解こうとして動く。
その無防備な横っ腹を抉るように殴り、追撃の左で腹を打つ。
ゴァシィィィ!!
アラウネェルの口から緑の液体が飛ぶが、追撃は止らない。
左の拳を振り抜くとその反動を足が受け止め、右の拳が腹を抉る。
ドゴォォォォ!!
同じ場所を打ち削るような渾身の右!
そして打ち抜いた体重の移動を足で受け止め、左の拳が腹を抉る。
嵐のような連打、左右に跳ぶように何度も何度も抉り込むように拳を打ち抜いていく!
『やるときは、徹底的にやれ』隙を見せた相手に同情はしない、全力で伐ち倒す。
そこに男女・年齢・種族の違いが有ってはならない。
『なぜなら拳で殴る事もまた神の正しい教えなのだ』から。
・・・・・
ハァハァハァ・・前のめりに倒れたアラウネェルから飛び退き、油断無く構えて息を整えていく。
『やったか?』などとアヤメは思わない。
敵が降参するか、息が止るか、それまでは殴り続けるだけだ。
・・・ピクピクと足が動いた瞬間、アラウネェルは飛び上がり空中に張った糸に跳び乗った。
口から液体を足らした顔は歪み、ガードして折られた腕はダラリと垂れ下がって折れていた。
「お゛、お゛まえ・は、コロス!
・・こんな・・ワタシの身体を、こんなにしやがって!」
折れた腕を糸で巻いて繋ぎ、身体をゆらしながら糸を張り巡らせていく。
「お前の糸は、私には効かないって事がまだ理解出来ないのか?・・[大真空]!」
周囲を包む糸を吹き飛ばし、空中のアラウネェルを風が襲う。
その瞬間、アヤメの足元が持ち上がった。
いつの間にか張り巡らせた糸は彼女の足元まで広がり、空中に集中していた身体は蜘蛛の糸に絡め取られていた!
「ワタシがどれだけ口から吐いたと思う?
お前はどれだけ私の体液を撒き散らしたと思ってたんだ?
その身体についた唾液は、私の糸を粘質に変えるんだよ。
たとえ細く見えない程の糸くずでも・・数を重ねればってヤツさ」
ねばねばの糸と風に千切られた糸のカス、それらがアヤメの身体に寄り集まり身体を包みその自由を奪って行く。
「ワタシの身体をここまでボロボロにしてくれたんだ、教会の人間だから殺さないとか、そんな事はあまい事は考えるなよ」
アラウネェルは念入りに糸を集め、手でアミを作り何度もアヤメの身体に重ねていく。
「・・もう、身動きも出来ないだろ?あっちの援護も来ないぞ?
ワタシは野蛮なお前と違い殴ったりしない、ただジワジワ苦しめて殺してやるからさ」
細い腕を繭[まゆ]のように包まれたアヤメの身体に刺していく。
そして肉に触れた瞬間、捻るようにして押し込んだ。
グムゥ!
白い繭から声が吐き出され、腕を差し込んだ部分から赤く染まっていく。
「ああ、痛いねぇ。痛いよねぇ?・・もがいてもその糸はとれないよ、大丈夫さ。
その痛みは、お前が死ぬまで続くんだ。
フフッ身体中を穴だらけになって死ぬんだよ?
可哀想だよねぇ?男も知らないのに穴だらけにされちゃって死ぬんだから」
引き抜いた腕に着く血を舐めとり、別の場所から腕を突き刺す。
グサリッ・・グサリッ・・
ゆっくり・ゆっくり、刺しては抉り、白い繭は徐々に赤く染まっていく。
嬲る[なぶる]ように、慎重に。
「無駄だよ、無駄。身体に力を入れて筋肉を固めてもさ」
アラウネェルの腕先に力を込めるだけで、アヤメの筋肉を押し刺す事が出来たのは糸で呼吸を奪っているからだ。
徐々に酸素と血液を奪い、弱らせ続けるだけで人間は死ぬ。
「ワタシを怒らせた時点で、アンタは死ぬ事が確定したんだよ。
どれ、少しだけ顔を見せてもらおうか」
泣き顔・絶望・忘我・恐怖、それとも意識を失っているかも知れない。
ゆっくりと顔の辺りの糸を解き、拘束された哀れな獲物の表情を覗き込む。
「ああ、まだ元気なんだね?じゃあ、もう一刺しだ。
今・命乞いするなら許してあげるよ?」
当然嘘だが、アラウネェルはアヤメが懇願して泣き叫ぶ顔を見ながら、なぶり殺しにしたかったのだ。
糸に包まれたまま目を開き、光る目には諦めも絶望も無い。
そんな睨むアヤメにゆっくりと腕を突き刺していく。
「堅いねぇ・・だから、無駄なんだって。
諦めなよ、ほら、『たすけてー』って言ってごらん?
泣いて『許して下さい』って言ってみなよ?」
グリッと腕を押し込んだ瞬間、アラウネェルはそれが何かを悟ったように腕を引こうとした。
「このガキ!たった1本の手を掴んだくらいで、調子に乗るなよ。
他にも腕はあるんだ!」
繭の中で右腕を掴まれたアラウネェルは左腕を差し込み、苦痛でアヤメが手を離すだろうと押し込んだ。
「テメェ!シツコイんだよ!」左腕を押し込み、体内を捻る。
だが右腕は離れず、その目には光りが輝く。
「シツコイのは、お前だ」
その冷たく感情の無い冷酷な声に振り向いた時、アラウネェルは声も上げず両断された。
そして、その男は繭を切り裂き、赤く染まった少女を抱き上げ回復の魔法を使う。
「・・・よかった」
その男の横顔は自分を切り裂いた男の顔とは思えない程幼く、抱き締められている少女を羨ましいと、アラウネェルはそう思った。
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