第48話

「立てるか?立てないならその場で休んでいていいから、とにかく・・」


「・・・!いきら、いきなり抱きつくな!あ・・アホ!・バカ!・変態!」


「動くなって、傷はまだ塞がってないんだから。ああ・・無事か、良かった」

 いまは暴れるアヤメを抱え走るんだ。


 両断した蜘蛛の魔物・アラクネェルがまだ生きてる可能生は高い、復活とかする前に逃げるんだ。


(それに)


「待たせたな!」

 ヤールに任せたのは呼吸5つ分だけ。


 オレは滑るように走り、アヤメを置くと刃をメズヱルに向けた。


「う~~~~」

 そんなオンナは放っておいて、ヤールと言わないのは説得したからだろうか。

 すごいイヤそうな顔をしながらも、負傷した彼女の方に跳び下がる。


「こんな傷なんて自分で治せるんだからな、感謝はするが・・いい気になるなよ!」


そんな事をいう彼女を背に空気の結界が彼女を包む様子を確認、オレは正面のメズヱルと向かい合った。


「これで、オンナを気にせずに気にせず戦えるか?」


「紳士なんだな、・・待っててくれてありがとう。そっちは」

 仲間を倒してすまない、と言うべきなのだろうか。


「気にするな。オレの役目はアラウネェルの護衛だが、それ以上に・・・お前を倒す事を優先されている。

 それと実力を測る事だな、この戦いで、お前を倒すか試すかは一任されている」


 メズヱルを全力で倒す事が出来れば、ヤツよりオレが強い事になる。


 敗北すればヤツ以下の実力だ、そう判断したらヤツはオレを殺すか?


 負けてもヤツを認めさせる事が出来れば、少しはチャンスがあるのだろうか?


 その為にはヤツに全力を出させる必要がある、そういう事か。




──────── 戦いは少し前に戻る。


 一瞬で距離を詰めたメズヱルはトゲ刺股[さすまた]を振り下ろし、避けきれなかったオレは額をかすり、視界を血で滲ませていた。


「すげぇ痛ぇ」額が裂けて血が出てやがる。


「・・その程度か?」


 残念そうな顔とため息、口元は明らかに嘆息[たんそく]し、投げやりに刺股を横薙ぎ。

 ようやくハサミで身を守った勇者を、つまらない物を見るような横目で息を吐く。


[回復]

 額の傷は浅い、それでも最初の一撃で序列はついた。


 メズヱルは単純に強い、腕力も脚力も・全身の筋肉は見るだけで剛柔で、防御力も予想出来る。


 力が強く・早く・堅い、そして言葉と表情から見える高い知性。

 普通なら逃げ出す程のレベルの差を肌で感じた。


それでもオレが逃げられ無いのは、仲間が戦っているから。


「その程度で申しわけ無いね、才能ってやつに恵まれてなくて」


 生まれ付き最強だったら苦労はしない。


 おれが無敵で最強の勇者ならとっくに真っ直ぐ魔王ってヤツを倒して、世界を平和な時代にしてるさ。


 そんなオレでもさ、今はなんとかしてコイツの呪いを解かないと駄目なんだよ。


「もし今オレが降伏したら、メズヱルはコイツの身体から出ていってくれるのか?」


 降伏した方が条件を出すなんて変な話だが、コイツは敵だが戦わない相手をいたぶるような男には見えないし、オレに興味も無さそうだし・・どうだろうか?


「お前はバカか?降伏したら敵が容赦するとでも本気で思っているのか?

大人しく敵の下に付けば生命と安全が保証されるとでも?

・・・人間はそうなのか?


・・そうだな、お前の実力が小鬼以下だった、もしそうならあの方を落胆させてしまうだろう・・それは・・オレが叱られてしまう。

 

 [勇者などいなかった]と報告した方がマシだろうと考えるとは思わないのか?」


 ああ、そう言う。


(無抵抗は殺す感じですか、[あの方]ってもったいぶりやがって。

 どうせ教会のヤツだろ、偽勇者とか勇者はいなかったとか、ヒトの存在を否定するヤツばかり集まりやがって)


「なら、殺されない為にも抵抗させてもらう」


 所詮オレは、死にたく無いから毎日逃げながら生きて来たんだ。

 それは、なにも変わらない。


 「すぅぅぅぅ・・」深く息を吸い込み、息を止める!


 全身の筋肉に力を込め、心拍・血圧、全身の筋肉を膨張させて筋肉が熱を作り出す。


 全身筋肉の緊張と、吐き出す息と共に全身脱力。


 無理矢理高められた血圧と心臓脈拍は身体中、末端まで血液を送り血管を膨張させ、酸素が・塩分が・糖分が全身に廻り、開いた目は瞳孔が開き明るさを強めた。


 アドレナリンが分泌し、オレのテンションを無理矢理高めてくれる。


 足は体重を感じ、重みを支える足裏が肉床を蹴る。


 前傾のまま爪先で肉を掻くように走り、目が敵を捕らえた瞬間に武器を持つ腕を振り抜いた。


 最速!最短距離での全力の一撃!


 ドスッ!

 最初に感じたのは巨大な土袋を木剣で叩いたような重さと堅さ、腕ははじかれ手首を折るような反発!。


(それでも!)

 はじかれた反動を左の鋼刃に乗せ、身体を横回転させながら左腕を振り抜いた。


 ガスッ!

 今度は岩、岩を太い枝で殴り付けたような重さ。


 二つの攻撃を筋肉で受けたメズヱルは面倒くさそうに刺股を振り、刃で受けた勇者のハサミが火花を飛ばす。


(通じ無いのは解っていたが!ここまでかよ!)


 片腕の刺股に押し飛ばされたオレは、今度は伏せるように低く構え足を狙う。


「それは、悪手だ」

 青銅のの柱のような足だった。

 硬すぎる足は鉄のハサミを受け止め、鋼鉄で出来た大木のように刃をはじく。

 そしてそれは、勇者の頭上を無防備にする事にも繋がる。


(ヤバイ!)

 頭が危険を感じるヒマも無く、武器を手放し転がる。


 その瞬間、勇者の身体があった場所が抉れ削れていた。


 高速の蹴り、多分オレが狙った方とは反対の足で蹴ったのだと思う。


(全く見えなかった、なんだよアレは!)


 鋼鉄の塊が高速で動き、武器を持つ。犯則だろ!


「まだ普通の人間レベルだ、それでは勇者とは言えぬ」


 絶対強者は勇者を小鬼から人間レベルに格上げしても、まだ足らないと刺股を振る。


・・・(もう直ぐ息が切れる、クソ!)


 限界まで引き上げた心拍が悲鳴を上げてブレーキを踏む。


 身体中に渡った酸素を使い切り、脳が身体のリミッターをかけ始めた。


 汗が大量に吹きだし、視覚は歪み身体中の間接が熱と痛みを訴える。


 フゥ・フゥ・・フゥ・・はぁ、くそ息が・・。


「ゆ・ゆう・者って、なんだよ。レベルが、おれのレベルが低いって言いたいんだろ」


ならそう言え、金属スライム狩りが足らない・・ってな。



「・・勇者は人間ではない、人間と同じでは、人間の戦いしか出来ぬ」


(?・・たしかそんな事を言う学者がいたって、聞いたような気がするが・・)



 曰く、勇者とは天人・竜神・精霊と人間の間に産まれた孤独な種である。だったか?


 それ故に強き力と人間の心を持つ、天に祝福され・竜神に導かれ・精霊に愛される。じゃあ人間の血からは何が手に入ったんだよ?と思った。


 それで確か、王族や貴族・教会は聖なる血を内に入れる為に勇者と婚姻し、今いる貴族や王族・教会の偉いヤツ等は人外の血縁だとか・な。


 そんなの、誉められた物じゃないだろ。自分が化物だとか、人間じゃないとか。


「おれは、人間でいたいんだよ。」普通のな。


「それでは、お前を勇者と信じた仲間は死ぬ」


メズヱルは肩に刺股を抱え、有る方向を指さした。


 白い繭に抱きつくように笑う歪んだ顔の蜘蛛、それは片腕を繭に突き刺し、赤く染めた腕を舐めていた。


「あれは、あの蜘蛛の狩りだ。

 絡み取られた獲物をジワジワと嬲[なぶり]血を啜[すす]り、殺す。

 力の無い蜘蛛は頭と糸を使う、弱者のお前は・・」


 血が白い繭に染まる。

 オレの頭が白く染まり、ジワジワと心臓から黒い何かが沸き上がり、舌を苦みが包み耳から音が消えた。


「ヤール!どうなっている!」

 熱い、身体が熱い、怒り?

 それとも他のなにかが身体の中心から胸の辺りに渦巻いて捩れている。


「あの雌猫がドジを踏んだのです、ワタシは見ての通り結界を維持」


「ウルサイ!アヤメの結界を外せば戦えるんだろ・・ヤレ・・」


『目の前のお前・・ジャマだ』


【多分】ハサミの片方を振ったのだと思う、そして僅かに切れた胸下に片刃を突き刺し[雷撃]を使ったのだと思う。


 ゆっくりと見せられた映像は白黒で、ハサミを振り抜いたオレは背後に着地したヤールを目に映した瞬間、

「5つ」そう言って走り出していた。


 そして何かを言って、蜘蛛の女を両断していた。


 真っ赤な繭と額に汗するアヤメの顔、ジャマな糸を切り、彼女の赤く染まった身体を両手で抱え魔法を使った。


[ような記憶がある]


「・・待っててくれてありがとう」


 白黒の記録が白昼夢を見ただけのように目が覚まされ、目の前の敵に感謝すべきと判断し礼を言う。


「気にするな、オレの役目はアラウネェルの護衛だが、それ以上にお前を倒す事を優先されている。

 それに実力を測る事もな、だから先程のように本気で来い」


・・・先ほどって言われてもな、『カッとなってやった、今は反省している』って言えばいいのか?


(身体中の痛みは消えたけど・・・どうやったんだ?)


「・・お前の本気を出させる為には、お前のオンナを痛め付ければいいのか?」


「それは・・やめてくれ。

 あとアヤメさんは、オレのオンナとかじゃ無いから」


それは多分、自分の骨が砕かれるより痛い。

 腕が折れても歯を折られても、自分の為に仲間が傷付くのは、泣きたくなるほど苦しいんだ。


「だから、本当に全力でやる。

 出し惜しみもしない、だから仲間に手を出さないでくれよ」頼むから。


 元々最初っから全力だった、それでもまだ切ってない切り札は残している。

 切って無意味だったら本当に後が無いから、恐くて出せないだけの臆病な切り札だ。


(腕は折れてもいい、足は砕けてもいい、指が全て千切れても、肺が潰れても、今は痛みを耐え我慢しろ。)


「最初に[回復]・そして[回復]」

 限界を超えろ、自分の肉を砕いても[回復]後から必ず傷を癒す。


 脳のリミッターを外し、低く・低く身体を沈め、肉体を一つのバネに変えていく。


「ふっ!」

 完全に三つ足にまで落とした獣の重心で足下の肉を蹴り、左腕ごと鋼刃を叩き付ける。


(速度×重量=攻撃力!)


 メズヱルの堅さに耐えられなかった反動で腕が折れ、即時に[回復]の光りが灯る。


 足の靱帯が千切れ、その右足首にも光りが灯る。

 身体を再生させながら、オレの身体は次々と肉体の限界を超えて加速する。


 激痛だけが痛めた場所を教えてくれた。

 左足首を重心に咥えたハサミで斬りかかり、右腕とまだ折れたままの左腕で刃を押し込む。


 奥歯が折れ口の中に鉄の味が広がった。

 それでも身体を捻るように刃を押し切り、折れた両足首が完治する前に地面に着地。


「それでも、まだ足りぬな」


 バキバキと折れ砕けながら回復する勇者を見下ろし、メズヱルは刺股を構えた。


「『そう』だな!」


 勇者の合図にヤールは応え、[伝心]を伝えた。

その伝える先は、外で待つライヤー。


 ライヤーは顔を振り上げると、ヨシュアの頭に振り下ろす!


ガッ!ドスン!

 頭突きの衝撃は頭の中にいる勇者達に爆雷の衝撃となって降り注ぐ!


 耳が・目が・内蔵が悲鳴を上げた。

 真っ赤に染まった視界の中[回復]を唱え、目の前でひるんだメズヱルに最後の切り札を切った。


 敵が停止した時にだけ使える技、残り全ての魔力を[雷撃]に込め拳を握る。


「あたれぇぇぇぇ!!!」


 閃光と衝撃、拳で魔法を押し込み爆発させる事で魔法の威力を数倍に高める拳打だ。

 だが不完全な魔法拳は、当然その反動も拳に返ってくる。


 残してあった右の拳は炸裂した雷撃の衝撃で焦げ炭化し、肘・肩の関節が外れ腕が膝下まで伸びている。


「・・どうだ、なんて言う必要ないよな」


 全ての切り札は切った、こちらは満身創痍で回復すら始まる気配は無い。


それでも届かないのが・・現実だろ。


「まあまあだったな、少しだけ・・だ」


不意をつき、オレの最高の技・最大の攻撃を受けても膝をつかないメズヱルは、拳を受けた場所を片手で払い、少し焦げた場所を擦るだけで皮膚が再生させた。


「・・こんなものか・・わかった、それではこちらも」


 メズヱルはトゲ刺股を投げ捨て、空間から巨大な金属の板を取り出す。


 人の成人ほどもある鉄の板、強引に削り柄を付けたような鉄の化物。


[鬼切り包丁]そう言うと両手でそれを掴み、ゆっくりと構え。


【死ぬ】


 メズヱルの前に立つオレは、自分の死を直感で理解した。


防ぐ・躱す・両腕を盾にする、それら全てを無意味にする剣の圧力。


 瞬きの後、両断された自分が解る。

 胃液が上がり、奥歯は鳴き、心臓も肺の真ん中も痛いほど肉を締め付ける。


「そこまでだ、馬野郎!そいつは殺させない」

 回復を終えたアヤメさんが拳を握り、勇者の前に立とうとして恐怖で足が止る。


「勇、ワタシが盾になる。お前は逃げろ、死ぬな!」


勇者の腕を掴み、[大回復]の光りが勇者を包む

「これが・・・いや、いい、大丈夫だ。後は任せろ!いけ!」


 勇者を突き飛ばし、腕をクロスさせ身体を守る。


「まぁ雌猫が無理をして、だめですよ?そういう格好いいのは悪魔の仕事ですから。


勇者様、契約時に言いましたよね?全身全霊と。

 ワタシ・できるんですよ?[自爆魔法]

 お願いです、命令して戴けませんか?」自爆しろと。


・・・・多分、ヤールの[自爆]が効けば勝てる。


(でもそれは、勝利じゃない)


・・・「だめだ、降参だ。オレの負けだ、『勇者はいなかった』それで勘弁してくれ。これ以上は・・許してくれ、お願いします」


 額を擦り付け、四つん這い・土下座して頭を擦り付ける。


「・・・下らん、『それでも勇者か?おまえは』」


「スマン、『これでも、勇者なんだ』・・」誰かが勝手に決めた・・な。


「勇者とは自分の命を賭け魔王を倒す者、当然、付き従う者も命を賭けている。


従者の命も勇者の武器だ、そして武器は折れたら変えればいい。だからお前は


『勇者失格だ』それでも、

 オレの前に立つなら、今度は本当に[全て]を賭けろ。

 失格勇者、オレの本当の名を憶えておけ。

 主人に戴いた本物の名[馬刺]、そして[鬼切り包丁]の名を」

 ああ、下らん。

 主人の命で無ければ、こんな茶番を・・『イエ、主人様に文句があるわけでは無く、教会とかですね、ヘンテコな名前とかですね・・』


 こめかみを押え、馬顔の天使?[馬刺]は消える程の早さで跳び上がり、消えていった。


(偽勇者に失格勇者か、ハハッ)十分過ぎるよ、ああ助かった・・


 気が抜けたと同時に腰が抜けた、顔は肉にうまり柔らかくて楽だった。


「ごめん、もう・・無理・・」

 限界を超えた身体と魔法力は意識のブレカーを落とし、オレの意識が飛んで行く。


(取り合えず、生き残った・・でいいんだよな?)

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