第49話
いたい・・身体中が痛い。
足が痛い、腕が痛い、肺が痛い、目が喉が首が手が痛い。
全身が超痛い・いたい・イタイ・イタイ・痛い・・・
身体と脳のリミッターを外した副作用だ。
脳の興奮作用が切れ、身体中の痛みの記憶が脳に、激痛の怪物を解き放っている感じ。
燃えるように手足の腱が熱を出し、筋肉が内側から燃えているように熱くて痛い。
強すぎる呼吸で喉は焼け、高めた血圧で圧迫された眼球は焼けた石を詰められようにズキズキと痛んでくる。
内蔵も・肺も骨も口の中も[無理やり回復]されて、遅れてきた激痛が全身を燃やすように肉体を軋ませる。
(クッソ!痛みで死ぬ!
覚悟を決めて、わかっていても、クソッ!痛ぇ!)
気絶しそうな苦痛を、より強い痛みが気絶を許してくれない。
(死なないってだけが希望だ。
こんな痛み、明日には消えるって考えてないと痛みで死ぬ!)
・・・・・・? 顔だけ、なんか違う?
顔に当る生っぽい柔らかさと少し塩っぱい香り、
(汗のような・・少し違うような)よく解らない。
本能的に・ヒトの本能として解らない物は確かめたくなる物、そう思いませんか?
少なくとも、その時のオレはそうだった。
(多分、コレがヒトの脳のにお)い!?
顔を埋め呼吸をした瞬間、後頭部が爆発した。
文字道り、目の覚めるような痛さと衝撃!
瞬きする事も忘れてオレは飛び起きる!
「なんだ!どうした?
敵か!まだ戦い・・・は・・」
続いていた。
飛び起きたオレの前に座るアヤメさんは拳を握り振るわせ、潤んだ目で顔を赤くし、睨み見上げていたのだ。
「お前、いつから・・目を覚ましていた」
返答次第ではあのゲンコツが頭に落とされる、そんな勇者の直感だ。
今まで命の危機を救ってくれた、オレの第六感がそう告げてくる。
「つい、今だ!頭に衝撃が、後頭部が、ガン!ってなって目が覚めたんだよ!」
嘘じゃない信じてくれ!冤罪だ!おれは何もしていない!
「・・・いいか?今起こったこと、感じた事は全て忘れろ、いいな?」
疑いの目はまだ残っている、そんな感じの表情と拳の震えと力み。
(ヨシ!セーフ!)
・・・「空が赤い?もう直ぐ夜明けなのか?」
魔法の[照明]無しでは完全に闇の体内とは違う、雲と朝焼け。
「ええ、おはようございます、ワタシの勇者さま。
そのオンナの足はさぞ寝苦しかった事でしょう!さあ次ぎはワタシの膝へ!」
ヤールは正座した太股をこちらに、両腕を広げて誘って・・なんで・・
(いやまて、ひざ・・ふともも・・あの不思議な匂いは・・)
勇者が思案した結果、アヤメさんと目が有った。
その結果、飛び起きたアヤメさんの拳はきちんと勇者の頭に落とされる事になった。
「全て忘れたか?まだなにか憶えてるか?
正直に答えろ!記憶を無くすまで殴ってやるから!」
勇者の頭を脇で抱え拳を握る、アヤメさんの[記憶を無くせパンチ!]は、オレの頭から記憶より大事な物を消す勢いだった。
危うく『おれは誰?今はどこ?アナタはいつ?』の状態になる所だったんですよ。
あの時、後頭部への衝撃の瞬間起き上がらず顔を沈めていたら死んでいた。
(さすが、勇者の直感力!自分を誉めたいと思ったのはどのくらいぶりだ?)
「あの、所でユウさん?・・その・・アレ、どうしましょう?」
ホフメンの指さす先に・・ピョートルとゴラムが臨戦態勢をして構える姿が見えた。
その先には半分に切れた、上半身だけの半裸の女っぽいナニカが座って?いるように見える。
「だからさぁ、アンタ達と同じだよ。
『起き上がり、仲間にして欲しそうな顔で見ている』んだって!
だから勇者様と話しをさせておくれよ」
見た目は人間が砂に埋り、上半身だけになっているように見えるが・・・アラウネェルって言ってたっけ?
「・・アナタの言葉が本当なら、確かにそうかもしれませんが。
あの人は面倒くさい・・本当に面倒くさいヒトですから、仲間として迎えるかどうか解りません。それに・・・」
ピョートルは盾に顔を隠し、剣を立てて警戒していた。
「ああ上半身裸ってのは不健全だな、それに・・なんだか・・」違和感がある。
たしかコイツ腰にも手が生えてたし、もっと顔も・・(顔は見えてなかったか?)
「ああ!勇者様!ようやくお会い出来た!早くお仲間達をなんとかして下さいよ!
それにワタシも手持ちの糸でなんとか傷口を塞いでいる状態で、早く仲魔にして戴けないと死んでしまいますから」
・・・「その糸で、付いて来たのか?」
[脱出]の魔法は一つのグループに対して発動するから、だれか・・きっとアヤメさんだろうけど、糸をくっつけて一緒に身体の外に脱出してきたのだろうか。
「へへっ、どうです?ワタシの糸を使えば色々な事も出来ますし、命令には忠実ですよ?それにこの辺じゃ珍しい種族でしょ?役にたちますよぉ勇者様ぁ」
なぜか媚びるように手をすり合わせ、上目?使いのように見上げてくるけど・・前髪で顔は見ない。
「一つ、問題がある。
重要でそこだけは譲れない問題だ、おれは裏切り者は許さない。
一度裏切ったヤツは二度・三度裏切る、だから仲間を裏切るようなやつを信用しない」
教会に作られ命令を受けたヤツが、こうして教会を裏切り仲間になる事を多分オレは許せないんだ。
「・・それはねぇ・・魔物に信用とか・・」
魔物は強い方に付く、それは解る。それでも、だ。
「すまないな」
「ああ!結論は待ってよさ、一応説明とか言い訳させてもらうとね、今のあたしは作られた天使ってわけでもないのさ。
ほら、下半身を切られちゃったでしょ?アレ、元々はワタシ生来の物じゃなくてね。本物の蜘蛛の身体をくっ着けられちゃったのさ」
アルケニーと言う魔物種族の因子を押える為に、蟲の身体を繋げ縛られていた。
そんな説明だった。
「だからね、アラウネェルでは無く、アルケニーとして仲間にしてくれないかい?」
(違和感の正体はソレか、でもワザと不完全にする事で天使として作り変える?
そんな技術があるのか?)
それに名前だって、アラウネェルじゃなくてアルケ二ヱル・・・語呂が悪いからか?
「有りますね、さすが人間。
天使に魔物の因子を混ぜて堕天させたり、魔物を繋いてより強い魔物を作り出したり・・どこの世界でも人間は創意工夫が好きですから」
強化があるなら弱体化もある、操者のレベルに合わせて人形を変えるように、扱いやすくためにデチューンする場合が。
・・・
「そんなヤツの事より、勇!お前の事だ!
これからどうするつもりだ?私はお前を教会に連れ帰るように命令を受けている、できれば大人しく付いて来て欲しいのだが」
自分を瀕死にまで追い込んだアラウネェルを一瞥して振り返り、手をワキワキさせたアヤメさんが強い目で勇者を見る。
「それは・・ちょっと無理だ、口には出せないが、オレはキミほど教会を信じていない」
「まぁそんなに結論を急ぐなよアヤメちゃん。
この状態、正直言ってオレ達の勝ち目は無しだ。
それにヨシュアの治療もしなきゃならねぇ、そっちも今すぐ戦うって感じでも無いだろ?」
両手を挙げて降参・降参とポーズをとり、ライヤーの横に寝ている男の方を目線で示唆する。
「一応[中回復]は掛けたけどよ、コイツ見た目より重体なんだぜ?
身体中の腱とか筋肉とか血管・神経もボロボロ、無理に魔法で治したりしたら後遺症だって出るかもしんねぇし」
肉体の限界を超えた技を連続で使い、[重縛]を無理やり抜けようとして関節を痛めている。それに・・
「脳のリミッターを無理矢理外されていましたからね、脳神経だってそりゃぁもう脳内麻薬がドバドバ出たでしょうし、頭の中は中毒かスポンジになってもおかしく無いでしょう?」
悪魔に、人間の脳の知識があるのが恐い。
(でも、わかる)
切り札として使った後の陰鬱[いんうつ]な感覚、なにもやる気が出ず、数日は頭痛と暗い気持ちが収まらなくなるんだ。
実際オレも頭痛が痛い、全身が痛い、感覚的に1/10時間くらいの間リミッターを外しただけで、脳が処理落ちして寝てしまった。
その後なのにまだ頭が熱いんだ。
脳が疲労している状態なんだろう、だからあんな物は軽々に使うべきじゃない、本当に最後の切り札だ。
「ヨシュアの治療も含めてだ!
勇が教会に顔を出し、頭を下げて
『これからは真面目に魔王討伐に邁進[まいしん]します』
と宣言すれば、私達のような者は追わずに済む。
教会からの援助もされるだろうし、私も・・魔王討伐に付いて行ってやる!
勇者がさぼりそうになったら殴ってでも進ませてやる!」どうだ。
熱い視線。
オレを信じるような強い気持ちは、たとえ臆病者の偽勇者でも伝わってくる。
でもな。
「・・・・」
「すまねぇな、教会の人間ってのは大体こんな感じなんだよ。
・・・いや、これでもかなりマシな方だ、ほとんどのヤツはお前を殺しても構わない程度に考えているのが本当だ」
「ライヤー!」
「まあ待てよ、そして聞け。
お前を殺してでも連れ帰る、これが十司祭会議での決定ってやつだ。
覆る事はまず無ぇ。
司祭のうち1人2人を説得出来たとしても無理、全員一致での賛成があって決定した事なんだよ」
つまり、俺を絶対殺すってか?バカにしやがって。
オレを殺す前に魔王を殺せよ!
弱い方から・オレの方が殺しやすいから殺すのか?
どれだけその司祭ってヤツは偉いんだよ!
「ふふっ『神は自ら助くる者を助く』
自分の命は自分で守れとは、さすがは神!
そして勇者様を殺すのが神の使徒とは!ああ!私の勇者様は、なんとお可哀想な!・・・・・
イエ!そんな事より!」
「そんな事ってなぁ」
世界中にいる数百万人の聖神光明教会教徒、至高神を崇める一般人が全部オレを殺せって言ってるんだぞ?少しは落ち込ませろよ。
ジワッと背中から汗が噴き出す、自分の口から出た数百万と言う数字だ。
そして目に見えない信者達の数、そいつらが全部敵になった事実。
それを考えるだけで吐きそうだ。
「数百万ってのは教会からの数字だろ?実際はそれほどじゃないさ。
でもな、一国の王様を挿げ替える程度の数と権力はあるって考えろよ勇。
実際の所は、『強ければ生き・弱ければ死ぬ』って事、それだけだ。シンプルで簡単な答えだろ?」
その信者の中にライヤー達のような実戦部隊がいるなら、毒殺闇殺・謀略・諜報部隊もあるんだろ?なにが聖神光明だ、至高神の使徒だ!
「それになアヤメお前も少し考えろよ、不満そうだがよぉ。
お前が勇者に着いて行けば、お前を育てたザピエル様にも迷惑がかかる。
最悪は異端審問だ、教会が本気で審問したらどんな人間でも・・な?」
最後にオレの方に目を向けたのは、拷問と脅迫と薬物で認めさせるって所を言いたいだよな?
異端と告白すれば通常でも本人は火刑で、家にある全ての財産の没収と社会的地位の剥奪。最悪の場合、家族・使用人にいたるまで悉[ことごと]く異端審問・・つまりは火炙り。
(女・子供はたとえ婚姻者でも審問官の玩具にされるって聞く、それで若い女の火炙りにされる時には轡[くつわ]を噛まされていたりするんだって・・・なにも言わせない為に)
魔女とかにされた女は、叫び声を大衆に聞かせる為だけに歯を抜かれたり、名人と呼ばれた火刑人は、燃やされ始めた女の轡[くつわ]だけが外れるように工夫したり、長く悲鳴と叫び声を上げさせるように、火力や薪の積み方を工夫したりするとか。
人間の悪行が詰まってやがる。
(火刑は、教会がする大衆向けの最高のショーだからな)
「そっ・・・か」オレと関わる人間、みんなに迷惑が掛かるんだ。
もういい「わかった、ヤール!『それどころじゃない』なら今すぐソレを成せ!」
「イエス!マイ・マスター」
光りが天井から降ってくる、これは[旅の翼]と同じ光り[転送]の魔法か。
「仲間は解ってるよな!プラスでホフメンを忘れるなよ!」
クソッ!クソッ!クソッ!解ってたさ!
お前らはオレが邪魔で、殺したい程憎いだろ?クソッ!
なんだよその目は!なんで!なんでそんな悲しそうな目でオレを見上げるんだ!
「・・『オレ様は偽勇者だ!お前達の敵だ!
・・・オレは・・オレは偽者らしく、いつまでも薄汚く逃げ回ってやる!
じゃあな!教会の犬ども!』さらばだ!」
これでいい、戦えば傷付くやつが出る。
おれが逃回れば誰も傷付かない、だれにも迷惑にならないように、精々逃げ延び続けて見せてやるよ。
ああ目が熱い、なんで人間ってのはこんな感情があるんだ。
最初っから教会のヤツらは敵、会話もわかり合いも無ければこんな・・こんな辛い・・・な。
「私の勇者様、どうかそんな顔をしないで下さい。
さあ着きましたよ、私と勇者様の約束の場所。
手を伸ばし、私の手をお掴み下さい」
法陣の中に立つ黒い紳士服の悪魔は、帽子の影で黒い顔を隠して手を差し伸べる。
「ああそれが約束だ・・が、その前に聞かせてくれ。なぜオレなんだ?」
なぜオレと契約する?なぜオレに尽くそうとする?
オレの魂が目的か?それとも血か?何が目的なんだ?
「ひと目惚れとか言うなよ?」そんな物で命を賭けるとは思えない。
魂が欲しいなら死んだらそのうちくれてやる。
命が欲しいなら、国王や教会のヤツ等にくれてやるくらいならお前にやるよ。
(働き次第で)
「・・・もし言えませんと、私が言えば?」
「契約は無しだ、信用出来ないヤツと契約なんか出来るか」
悪魔は少し戸惑い、真っ直ぐオレの目を見たまま少し考え頬を緩めた。
「フフッ、本当にただ本当にひと目惚れなのですよ。
そこにいる仲間達と同じ・・イエ、私の場合は少し違いますが・・契約して下されば、お話しします・・と言えばどうでしょう?」
太陽は今にも上がろうと空を焼く。
金色の雲が赤に変わり、空の藍が青く染まろうとしていた。
「なら問題なし!手を伸ばせ、おれはその手を掴めは良いんだな?」
伸ばした手に指か絡み、法陣から降りて来るようにヤール・ヤーの身体が勇者の前で地に着いた。
「・・・・へ?
イヤイヤ、そこはもっと疑ったりしたりして・・です!」
あわてるなよ、新しいとはいえ死線を越えた仲間だろ、俺たちは。
「その程度の信用はしてるって事だよ、さあ話せ!今話せ!直ぐ話せ!」
何やら混乱しているヤールが少しおかしくて笑ってしまった、でもまぁ・・手は離そうか?そろそろさぁ。
「・・もぅ、ずるいひと!
ええ、良いでしょうその前に・・
『改めまして、悪魔ヤール・ヤー。私を必要とするなんて、アナタは中々ですね!
今後ともよろしゅう』」
魔物とか悪魔達と契約する時は、皆そう言うのか?まあいいけど。
「ああこちらこそだ、いたらない事があれば言ってくれ、頼りにする」
ここからは、ヤールから聞いた話だ。
この世界の魔物・怪物・精霊も含めて、普通に生き・普通に生活している者は皆本能的に知っている事がある。
【魔王と勇者】この二つは自分達を導く存在だと。
魔王は世界を魔物と怪物の世界へ、勇者は人々をまだ見えない世界へと。
だから強い魔王に従い、だからオレと戦い、立上がり仲間になろうとする。
だが悪魔は違う、少なくとも別の世界に存在する悪魔は。
「遠くから見る絵本のような・・読書?をして彼等を見守るような感じでしょうか?」
それは神様のような視点だろうか?ただ人間の有様を眺め見下ろし嘲笑するような。
「いいえ!私は違いますよ!
そう・・深く読み込み、共感し感動して明日はどうなるんだろうって、退屈な毎日がそれはもう楽しくて・・」
そんな時に悪魔は喚ばれた。
別の世界から、物語の中の住人から悪魔を呼ぶ声が聞こえた。
「勇者様は物語の登場人物となり、その世界を歩き・冒険し・ヒーローやヒロインと会話したり、仲良くなったり、友人やクラスメイトになりたい。
そう思った事は有りませんか?」
たとえその下に見知らぬ屍を積まれていようと。
悪魔が顔を出したその時、目の前には物語の主人公が立っていた。
そんな時、[思わず]でなくとも告白しませんか?
ただ眺め、見ていただけの部外者が物語のキャストになる。
だけでなく、勇者の仲間というポジション!逃す悪魔はいないと言った。
「それが、もろ好みのストライクど真ん中だったら?
ええ!なんでもしますよ?脱ぎますか?」
「脱がんでいい」
なぜか服?を脱ごうとするヤールを一言で止めた、なぜ脱ごうとするんだよ!
それが悪魔の生きる長い時間でたった数十年の事だとしても、傅[かしず]くには十分な理由だと。
要するに、退屈凌ぎって事か・・悪魔の娯楽も神の玩具も似たような物だと思った。
「わかった、理解した。なら悪いな、契約したばかりでガッカリさせたく無いが、オレ勇者をやめるつもりだから」
そう言うとヤールの顔は[はへ?]見たいな顔になっていた。
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