第50話

「勇者を辞める?そんな事」


明らかに、困惑と不思議を掻き混ぜたような顔を作って悪魔の目がオレを覗いてきた。


「ああ、失格勇者とか・偽勇者とか、、もううんざりだ。

 おれの目的地は海の向こう!転職神殿だ!」


 たしかレベルが20になれば色々な職業に転職出来るって聞いた事がある、世界のどこかには勇者に転職できる神殿があるとも聞いた。


なら、勇者から別の職業にだってなれるはずだろ?


 おれは船を借り・海を渡り、転職神殿で勇者を辞める。

 やめてからは、、戦士は自信が無いし、魔法も適正が無いらしい。


[神官は嫌いだ]


「なので商人か盗賊だな、旅商人なら尚ベスト!」

 少しだけ戦えて魔法も少し出来る、商売がどれ程難しいのかはわからないけど、

 体力には多少の自身はある。


 (最初は皆、新人なんだ弟子入りして1から教えを請えばいいんだ)


[20を過ぎての転職]かワクワクするだろ?


 城から逃げ出した時はさ、あのクソ砂漠を越えたら自分が少しはまともになって、勇者としてやっていけるかな・とか、

 自分のペースで魔王の手先とか倒してさ、そのうち認めてもらってさ、

 魔王とか・・少しはなんとかできるんじゃないかって期待は・・少し・・・いや大分あった。


 でも追っ手まで掛けられて、十司祭だっけ?

 そんな世界中のヤツを敵にして、とどめはあの怪物だ。

 メズヱル?[牛刺し]?アレは駄目だ、なにやっても勝てる気がしない。


 もう無理だ限界だ、だから辞める。勇者やめて別の仕事に付くんだ。


「正直なところ仲間には悪いと思うよ、でもあいつらも自分の命が、人生・・魔物生?があるんだ。その命は自分の為に使うべきだ」


 盗賊か商人に転職して・・ピョートルに渡す[雷帝の剣]を探す旅、それが目的で良いんじゃ無いか?

 ゴラムは・・強い敵を求めているっぽいし、戦士か武闘家に転職してもらってさ。


『自分より強い敵に、会いに行く』感じで道が分かれると思う。


「・・確かに・・転職はできるのでしょうが・・」


「スマンな、勇者の冒険は取りあえず転職神殿までだ。

 それから先はつまらない普通の男の人生だ、付き合うか契約を解消するかはそっちの自由ってことで」


・・・・


 ヤールの反応が微妙だ、まぁわかるけど。


「勇者様?その、もし転職したとしても・・」


「ああ、最初は神殿とか王族の手下共に追われるだろうけどな、そのうち新しい勇者が出て来てオレの存在は忘れられるさ」


 人類がいつから魔王達と戦っていると思っているんだ?数百年だぞ。

 いつまでも1人の勇者が戦い続けたわけじゃない、勇者は旅立ち・勇者は冒険を終え・勇者は時の向こうに帰って行くって・・そうだろ?


 ならオレが転職して辞めても、新しい勇者が選ばれて現れるってのが現実的だろ。

 拷問されて神託を放棄させるより、転職神殿で勇者を辞めさせる方が絶対楽だろうに・・・教会のメンツを保つ為とか、教会の奴ら人の命を賽銭程度にしか考えて無いから。


(意外と転職した瞬間に、新しい勇者が誕生したりしてな)


「今後オレはその為に動く・・取りあえず取り急ぎは・・アレだな」


 悪魔の祭壇から少し離れた場所に転がる・・アルケニー、の上半分。


「大丈夫か?介錯がいるなら頷[うなず]け、首を切り落としてやる」


 それが苦しみを終える最後の手段だとすれば、正しく・優しさとか慈悲って事だ。


「イエイエ!Noーです!

 蜘蛛の魔物は身体を無くしてもしばらく、数日は生きられるのでご心配及ばず!

 仲間にして戴けないのであれば『寂しそうに去って』行きますので」


 うなずきでは無く首を横にふった、なるほど・・しばらくは生きているのか。


「仲間にするかどうか・・は別にして、お前、人間を喰う魔物か?

 食うとして、どのくらいのペースで食うんだ?」


 仲間に人間の肉を寄こせと言われても困る。


「ソレを聞いて・・・勇者さまはワタシを嫌悪で殺すのかい?

 ・・魔物としては当然の終り方だけどさ」

 アルケニーはその半眼で、恐怖・疑いの目を浮かべてオレを見上げていた。


「オレは基本他人なんかどうでもいい、知らない土地・知らない過去・知らない未来で見知らぬ女子供が魔物に食われていても基本何とも思わない」


 そりゃぁ、頼まれたら退治するかもしれないけど。

 ソレだって報酬しだいだろ?


「でもな、正直に話せよ?今はいるここは交渉のテーブルだ。

 席を立つのは自由だが、嘘と誤魔化しと勘違いで相手を騙せると思っているなら、その答えはお前の首だけで聞く事になるぞ?」


 イヤなら席を立って去って行っても今は手を出さない、それが交渉とか商売のルールだ。


「・・・年に十人、そのくらいくれたら必要以上には襲わないよ・・」


 目には嘘は無い。

 真っ直ぐオレの目を見て、多分本当の事を言っている感じがする。


「それは・・男でもいいのか?女子供じゃないと駄目とかは?」


「・・男の方が食いでは有るよ、若い男の・・子供の肉も捨てがたいけどさ・・」


 ヨシ、答えは聞いた。まあガキの肉はさておき十分期待出来る。


「それなら二つ目の質問だ、仲間になるのはオレじゃなくても良いんじゃないか?

 例えば・・魔界の公爵的な相手でも」


「あ!」

 背後でヤールの声がした、駄目だぞ?今は大事な交渉中なんだからさ。


「・・アタシは、アンタ・・勇者さまが良いんだけど・・

 勇者さまの紹介って事なら我慢して・・まぁその公爵様が恐くて悪道い、悪魔使いの悪い方ならお断りなんだけど・・」


 恐くて悪童い・・てのは否定出来ないが、少なくとも頭は切れる。

 そんな人間を知っている、しかも、悪魔に寛容な女だ。


「良し!じゃあ面会と紹介、それに勧めるまでは約束する。

 あとは自己アピールでなんとかしてくれ、アルケニーの糸、役に立つんだろ?」


 そして[中回復]


「ピョートル、お前の[中回復]も掛けてくれ。

 さすがに上半身だけのヤツを他人には勧められん」


 二人の[中回復]を受け、アルケニーの体がワシワシと動く。


(痒いのか?)


 手を床に腕立てのような上下運動を繰り返し・・・ピタッ!停止した。


・・ボコッ!・・ボコッ・ボコッ!


 上半身から下、輪切りにされた箇所から質量と体積に合わない巨大な・・カニ?

下半身が生えてくるのか・・


「蜘蛛ですよ・蜘蛛」


 焦げ茶色の丸い腹と長い手足を伸ばす短い胴?と蜘蛛の顔。

 その上に半裸の女が繋がっている姿の魔物。


「はぁはぁはぁ・・お腹・・空いた」


 キョロキョロとアルケニーの顔が動き、地下空間の天井に止るコウモリを糸が捕らえた。


「外の方が獲物は多い・・と思うぞ、それにあの領主ならいらない人間くらい捕らえているだろうからコウモリはそのままで、外に出るぞ・・天井から」


 多分アルケニーの巨体は、階段を通らないから仕方ない。


「ゴラムを糸で・・は今は無理か、ピョートルと二人、ここで待っていていてくれ、行くぞ!」


 アルケニーは勇者の指した天井に向け糸を飛ばす、素早く背中に乗った勇者を気にせず軽々と飛び上がると勇者が天窓を叩き割り中庭に飛び出した。


「ええ、まあわかっていましたけど」


 今の人格はお嬢様の方が表に出ているのか、大蜘蛛に乗ったおれを見ても驚かない女領主が中庭の人口池から飛びだしたオレ達を呆れるように見上げていた。


「少し、待っていて下さい。この・・アルケニーの食事を・・」


 高速で森に走り出した蜘蛛の背中にしがみつき、勇者は全てを言う前に連れて行かれた。




・・・・・


 目の前に転がる猪と鹿と雉の死体、獲物の鹿が2頭目に入りようやく頭がまともになったアルケニーは鹿の首に牙を入れ、血を吸いながら顔を上げた。


「・・よう、落ち着いたか?」

コクン、口に鹿を加え頷くアルケニーはちゅーちゅー・・していた。


「ああ・・ええはい、失礼しました。

 身体を再生させるのに栄養が必要だったもので」


「別にいいさ、腹が減れば気が高ぶる。怒りぽくなるし、荒ぶることもわかる」


 それにお屋敷へのお土産も出来た、[血抜きの終わった獣肉]という土産が。


(・・思ったよりこの魔物、アルケニーだっけ?かなり強いな、それに糸も面倒だ)


 遠くまで届く糸を獣が跳ぶより早く飛ばし、音も立てず素早く森の走る。

 木々を立体移動する足、一瞬で猪を包み込む糸の量、おれがコイツを倒すとしたら森を燃やして動きを制限するくらいしか今の所は思い付かない。


「じゃあ、新しい雇い主の紹介に行くか・・・憶えてるか?あのお嬢様なんだが?」


「・・・すいません、[人間を喰わない]事だけを注意していたもので・・」


 その時は背中のオレが止めただろうが、空腹でギリギリの状態でも判断出来る知性ってのも敵に回すと厄介でしかない。


(ぎりぎりでも理性を保てるってところは、アピールポイントでもあるけれど)


 糸で縛った鹿を一頭と雉を引き摺り、猪と鹿一頭はアルケニーが引っ張って運ぶ。


  獲物と俺の重さが加わるが、それでもトストス歩くアルケニーと共に森の出口を目指す。


「・・・肉のお土産より、森の動物が怯えてないか心配ですわ」


 当然のように怒っている女領主が中庭でお茶をかたむけ、引き痙った笑顔で迎えてくれる事になってしまった。


(難しいなぁ)


「それで、新しいお友達を御紹介して戴けますか?」


 糸で引き上げたゴラムとピョートル、軽く浮いて飛び上がったヤール、そして蜘蛛。

 回復した甲殻が堅くなって、脱皮を終えたカニの殻が固くなったような半身蜘蛛の魔物アルケニーだ。


「で、こっ・・こちらの御方がルベリア・ウェンディ子爵・・当主さまだ」


 勇者が紹介するとアルケニーの足を曲げ、少ししゃがみ、片手を胸に当て頭を下げる。


・・・・


「見ての通り女性型の魔物だ、戦力も申しわけ無いし、頭もいい。

 普通の諜報員や暗殺者程度なら簡単に処理できる、彼女?をこっちで雇ってくれたら、と思って連れて来ました」


 お嬢様の方は難しいと思うが、ゴモリーさんなら戦力として雇ってくれると思ったんだけど・・


「・・勇者さまは、私が女性ならどんな方でも受け入れると思っていらっしゃるのでしょうか?」

お嬢様はめっちゃ機嫌が悪い。


(ハハハ・・少しだけは・・)


「少なくとも毛深いおっさんよりは、紹介しやすいかな・・って」ハハハハ・・・


「そんな方をお連れになった時には、生涯出入りをお断りいたしますわ」フフフフ


 女領主はアルケニーの身体を頭の先から足の先まで確認し、少し鼻を動かすと


「臭いです」一言で雇用を否定する。


「いや待て、待ってくれ!

 彼女は色々有って身体を洗って無いだけだ、元々蜘蛛は綺麗好きな生き物だ!

 匂いなら洗えばいいだけの事だろ?それで解決するはずだ!」


 そうだよな?


  振り向くと臭いと言われたアルケニーが落ち込んでいる、確か隠密行動で動く蜘蛛なら無意味に香水とかは使わないだろうけど。

 逆に悪臭のキツい生態でも無いはずなんだ。


「川・・井戸でもいい、少し時間をくれ!」


「勇者さま?そんなに厄介払いをしたい御方なのですか?私に押し付けるような」


明らかに訝[いぶか]しむ女領主はオレの顔をにらみつけ、今にも屋敷に戻る準備を始ていた。


「そうじゃ無い!アルケニーがいれば・・この屋敷の女達が危険を犯す理由が減る。

 少なくともアルケニーは強い魔物だ、召使いの女が弓を取るより・・安全が保証される・・あと、魔物は必ず契約を守る種族だ。

 危険はそこいらの男の傭兵よりは・・無い」と思う、人肉食だけど。


 人間は裏切る。

 カネ・地位・家族を人質に取られたりしたら、簡単に雇い主を売る。

 口は軽いし毒を盛る。

 屋敷に雇われていても、体内の病魔のように仲間を増やして牙を剥く事だってある。

 それよりは、契約で縛った魔物の方が安全だ・・と思う。


「・・井戸は、あちらに」

 女領主は庭の片隅に手を向け、テーブルに置いたお茶を口に・・

「お茶がぬるくなってしまいましたわ、新しいお茶を」と。


 テーブルにカップを戻し、メイドの一人に新しいお茶を用意させた。


「熱くて香り良くお願いします。

 ・・少し時間が掛かっていいですから、丁寧に」


「かしこまりました」

 主人の言葉に深く頭を下げる白いメイドさん、彼女はテーブルのカップとポットを下げ、勇者にも頭を下げて屋敷に戻って行く。


バシャァ!!

水を掛けると水滴をはじく蜘蛛の身体、足の先も水を掛けると驚いて尖った足を上げる。


「少しだけジッとしてくれ、ピョートル、そっちはどうだ?」


「ええ、こちらも・・こらスラヲ!」スラヲが水を避け、動き難そうだ。


「・・なぜか私、不愉快なんですが・・なので後で私も洗って下さいね」


 頭から水を被せたヤールが無茶を言う、背中でも流せっていうのかよ。


 井戸では休み無くゴラムが水を汲んでいる、パーティー最初の全員での仕事がアルケニー洗いとはオレ達らしいのだろうか。


クシを通すとアルケニーの黒髪から汚れが取れ艶が出てきた、汚れた背中を水で拭くとアルケニーさんのシミの無い白い肌が水をはじく。


・・?

少しだけ振り向いたアルケニーは・・なんか若返っていた。


「少し待て!」


 ヤール!ヤールさん!

「聞きたいんだが・・アレはなんだ?若返ってない?」


「そうですね・・・魔物の姿に興味が無いので解りませんが・・

 弱体化が解け脱皮した事で本来の姿になった・・とかでしょうか?

 ハッ!もしや私の勇者様は!あの様な」


「違う!」ああそうか、脱皮して肌艶が戻ったのか・・


「少し離れる、綺麗に洗ってくれ」


(さすがに、あのままじゃぁなあ・・)


 上半身が裸、黒髪が長いお陰で・・ぎゃくに性的に感じる所もあるが、とにかく上着、胸とか腹を隠すような布。

「・・そうだ布!が必要だ!」


胸を隠せ胸を!就職面接で全裸はだめでしょう!ね!?

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