第51話

 アルケニーが洗われている間に屋敷に走り・・・タンスを開けるのか?人様の家の?それに、今必要なのは・・女性物の上着。


 それは勇者として・・男としてどうなんだ?


 世界には[網タイツ]や[ピンクのレオタード]の入った宝箱もあるらしい、それ以外にも下着とか・・


 屋敷に入ったは良いが、途方に暮れるオレは薄っすらと感じる視線を感じて周囲を見渡した。

(アレか?)

 窓を拭く白いメイドさん、彼女にはオレがどんな風に見えているんでしょうか?


「怪しい者じゃない!泥棒とかそんなんじゃないんだ!

 ・・・・え~~と、スイマセンが・・服とか・・余った服とか合ったりしません?その・・汚れちゃって、シャツ1枚でもいいんで」


泥棒じゃないが、下着泥棒かも知れないお願いをしてしまった、コレはどうなんだろうか?


「メイドさん、いま着ているようなシャツをください」と言っているわけじゃないんだけど・・誤解を受けそうだよな。


「じゃなくて、普通のシャツです!

上の羽織る程度の服が有れば下さい・・売って下さい」かな?


 なぜか口元に手を当てた彼女は「少しお待ち下さい」と言って歩いて行った。


 仕方ないので窓でも拭いている事にする、何か可笑しかったか?オレ。


 窓を三つ拭き終えた頃「こちらでよろしいでしょうか」と綺麗にたたんで有る生地のいい白いシャツを手渡された。

 少し上等過ぎるけど・・貴族の家ってのはこんな服ばかりなのか。


「・・窓を・・」


「ああ、ごめん。時間があったから・・邪魔だったよな」


 彼女は窓枠を指でなぞり「丁寧な仕事をして戴きありがとうございます」と頭を下げた。


「手伝うつもりなら、[多少遅くても丁寧な仕事を]だろ?」

 逆に手間を増やすような手伝いは邪魔でしか無いからな。


・・・なんだか驚いている感じの顔、「それで代金はいくら払えばいいんだ?」


って言ったら固まってしまった。


え?あ?「・・その服は・・その、前領主様の遺品の中から綺麗な物を・・」


つまりタダと言う事らしい、いやーいいねえ、タダって言葉は大好きな言葉です。


「それじゃぁ・・」手間賃と言う事で銀貨を1枚手渡す、そして握手だ。


 いいねぇ、金持ちの家で使わなくなった物を安く買い取りどこか別の土地で売る、そんな仕事もいつかやってみようかなぁ。


(商売として成り立つんじゃ無いか?・・ああ駄目だ、金持ちとコネが無いと出来ないか・・くそ、良いアイデアだと思ったんだけどなぁ・・)


 しばらく考えていたが、細く柔らかい手を離してくれない。

なのでこちらから手を開く。


・・・「あの・・連れが待ってるから・・」


「ああ!すいません!・・えーと・・失礼しました」


 手を離した白いメイドさんは慌てて走って行った。


(多分、男の客?が珍しいんだろうか)多分そうだよな。


「と言う訳でシャツをもらったんだが・・どうなって、どうしたらこうなった?」


 アルケニーの汚れて捩れた髪が艶のある黒髪になり、結い上げられている。


そのせいで黒髪に隠れた白い肌が露わになり、恥ずかしそうに両手で胸を隠しています。


「長いままでは面接でも良い印象を与えないでしょうし、アルケニーの髪は武器にもなりますので簡単に短くするわけにいかず、考えた上でまとめて見ました」


 どうでしょう!って言われても、恥ずかしがっているじゃないか。


 そして勇者の渡した男物の白シャツを着せると、領主の体格に合わせて作られたシャツは大きくブカブカで、人間部分の手が指先まで隠れてしまっています。


(・・余計なんか変になっていか?そう・・とても)


「可愛い?」

 オレの視線に気が付いたアルケニーが顔を上げる。


 かなり老齢に聞こえたアラウネェルの声は若い女性の声に変わり、少しはにかむような表情は・・・可愛かった。


 わきゅっ、

 蜘蛛の足が動き、わきゅわきゅと左右に行ったり来たりして距離を測るようにして手を伸ばし・・足を折りたたみ。


(マズイ!)あれは獲物に飛び掛かる瞬間の溜めだ!


 本能的に、(避けなければ!)と身体を反応させる。


 それでももう一つの本能が(捕らえられてもいいか)と身体の力を抜こうとしている。


[あの巨体で押し倒されたら]・[あの糸で絡み取られたら]そんな危険信号と、同時に長い足に包まれ食われる自分を想像して力が抜ける。


「テメェ!ナニしてくれようとしようとしてんだよ!勇者様はオレのもんだぞ!」


 アルケニーの身体が沈んだ瞬間、オレの目の前に黒い影が飛びだした。


 黒い影は殺気を纏い片手に炎を浮かべる[火炎]その最上級の炎。


「これは[火炎]じゃねぇ![豪火炎]だ、術者が違えば威力も違う!骨も残さず燃え尽きろ!」

 ヤールは火炎の熱を高める。

 炎の色が赤から白く・そして青にまで高め、魔力の密度を上げていた。


・・・いや、オレはヤールの物じゃないんだが。


「待てって、くっ付くくらいいいだろ?

 それ以上は殴って剥がせばいいだから、だからその魔法は収めろよ。

 それ、かなり危険なヤツだろ?」


 それに、あの格好は可愛いんじゃなくて・・な、何と言うか。


「なんて破廉恥な!」


 説明に困っていたオレの背後で[すごく]興奮した女の大声が上がった。


そう、破廉恥だなって・・え?。


 時間を掛け待たせ過ぎたらしい、頬を染め大きく目を開く女領主が自分の声に驚いたように口に手を当てて立っていた。


「まぁ!、まあ!、マア!なんと素晴らしい!

 こんな、こんな奇跡が!ああ!勇者様!

 アナタ!わたくしをお試しになったのですね!この様な可愛らしい方を、わざわざお汚しになって!なんて酷い!


 まあ良いでしょう、

 私の目が!真贋を見抜く力が無かったと言う事は認めましょう!


さあ!アルケニーさんでしたか?直ぐに契約を!どんな服がお好みです?何歳くらいの人間を贄にすれば?

 ああ、わたくしと契約のさいはどのようなお仕事を所望です?

ああこんなに興奮したのはゴモリー様とお会いした時以来です!


私新しい扉が開かれてしまいました!

 ああ!魔物娘?この様に可愛破廉恥な生態の方が居ようとは!

 ああ、その足に全てレースのストッキングを履かせて戴いても?」


 女領主は捲し立てるように詰め寄り、アルケニーの身体をあちこち触り撫で、鼻を近づけ足の関節の匂いを堪能しています。


・・・


「勇者様・・恐い」

 カサカサと足を動かし、興奮する変態から距離を取るように勇者の背後にアルケニーが逃げて隠れようと動く。


 やだよ!オレだって恐いわ!


「落ち着け!落ち着くんだ!変態!ルベリア・ウェンディ子爵様!」


「まぁ!変態なんて失礼な!女性愛好趣味者と言って戴けませんか!

 男には興味ございませんので、勇者様の失礼なお言葉は看過しかねます・・が、

 新しく我が家の家族になるアルケニー様に免じて許して差し上げます!


 さあ勇者様はお帰りになって下さい!

 ここからは女同士の交渉の時間・・と言う事で、ささ、あちらへ。

 まずは女同士湯浴みを!

 湯船でお互いの理解を深める為に、裸のお付合いから・・」


 ルベリアがグイグイとアルケニーの腕?足?を掴み、屋敷にお持ち帰ろうとした瞬間、


 ぎゃん!「・・・・・失礼しました。

 ここからは私が、ウェンディさんは少し頭を冷やさせますので・・」


 自分で自分の足の甲を踏みつけて声を上げ、俯[うつむ]いたあと、

 顔を上げた彼女は大人びた感じの表情と笑い顔で勇者の顔を見上げた。


「・・ゴモリーさん?」


 人生の2/3を生け贄にその身体を明け渡した魔界の女公爵、その彼女が足の痛みに涙目を作り、オレの声に頷いて返してきた。なんだか苦労しているなぁ。


 暴走する契約者を止める為に、自らの足を踏むという荒技をやってのけた女公爵は、少し疲れたような顔で微笑んでいた。


「えーとアルケニーですか・・確かに人間の戦力よりは役に立つと考えられますね。それにウェンディの印象も良いでしょう、ですが・・


 人間を捕食する魔物を雇うと言うのは領地を預かる者としては、リスクが高いと判断します・・教会の人間に見付かれば、私は貴方の紹介だとしてもアルケニーを差し出しますよ、それでも?」


「それこそ今更でしょ?

 ここの前領主が何をしてきたか、木を隠すなら森の中っていうからさ。

 悪い領主の地に魔物がいた、そしてどこかへ逃げて行ったって、さ」


 差し出す必要は無い、逃がせばいい話だ。


 勇者の答えにゴモリーさんは微笑んだ。

 そしてあらためて自分の腕が捕まえているアルケニーの体を下げさせ、真面目な顔で見つめて聞く。


「・・ではアルケニー、お前は人間をどのくらい必要としますか?それは罪人でも?」


「一年で・・10くらい・・無理なら他の動物でも・・」


 餌は人間が良いんだろうけど、腹を満たすだけなら動物でも良いらしい。


「いや?ゴモリーさん、こっちを見てもな。特にオレは気にしないぞ?」


目の前で人間が喰われていたら考えるが、今の所は赤の他人よりアルケニーの方を優先するよ?


「・・あとは、住処ですか・・お屋敷の娘達を怯えさせてしまうので・・ひとまずは地下の祭壇を住処にして戴いて・・


 最後に質問しますがアルケニー、貴女は・・この娘・・ウェンディのセクハラについてどこまで許せますか?

 一応は私の契約者なので、傷付けられると対処しなければなりませんから」


 そうだな、さっきの感じ的に・・混浴からの同衾まで行く感じだったから、そのラインは重要だ。


 アルケニーがゴモリーに近づき何かを[首・・血を・・]とか呟くと、少し考えた様にゴモリーが目を瞑り

「・・興奮してやりすぎた場合、それなりの怪我は覚悟して下さい」


 と言う事で、アルケニーは引き取られる事になった、めでたしめでたしである。


━━━━━━━━━


 時間は少し戻り勇者が砂漠の空に消えたあと、朝焼けを見上げ佇[たたず]んでいた二人は言葉も無く空を見上げていた。


「・・さてと、おれはヨシュアを連れて教会に戻るわ。

 偽勇者の報告もしなきゃだしな」


 熱はあるが[回復]の効果が現れ始めたヨシュアの様子を確かめ、ライヤーは[旅の翼]を懐から摘まみ出す。


「・・いつまで見上げてるんだよ、お前はどうするんだ?

・・一応ヤツを追うって報告しておけばいいのか?」


 悲しみ切なさをたたえ、アヤメの瞳は勇者の消えた空を見つめていた。


「お前も、アイツを偽勇者って呼ぶんだな・・なにも知らないくせに。

・・アイツは、勇は・・ちょっとだけ頼りないが・・皆が言うほど悪い奴でも臆病者でも・・無いんだ。それは少しでも共に戦えば」


「まった!それ以上は無しだ!

そんなのはアイツの目をみりゃわかる、アイツは・・悪い奴じゃないのはわかってる。こうやってダチも助けられたんだ、それでもな。


『教会の人間は、ヤツを偽勇者として処分しきゃ駄目なんだよ』

神官長の言葉には疑問は持たず、言われた事だけを守るのがオレ達の役目なんだよ、わかるだろ?」


 教会側の人間がお前が疑問を持っていると思われたら、アイツが逃げた意味が無くなっちまうんだ。


「・・お前は、なにも知らないんだ。

 あの化物を前に勇がどれ程の無茶をしたか、私はヤツの前に立っただけで足が動かなくなっていたんだ。そんな化物を前にして振るえながら笑っていたんだ。


 自分を襲ってきたヤツを助ける為に、私の回復時間を稼いでいたんだ。

 そんなこと、お前に出来るか?

 自分では絶対勝てない相手だと、向かい合った瞬間にわかる敵相手に、そんな理由で立ち向かえるのか」


 馬の怪物を前にして、アヤメは自分の死を理解した。

 自分が1枚の盾にもなれず両断される、そんな怪物を相手に戦った男の背中を私は見たんだ。


「あの背中は本物の」


「だから、わかってるって!でもな、それ以上は駄目だ。

 アイツは偽者で、教会は死を望んでいる。

 それが[事実]だ、教会の人間がソレを疑ったら[異端]になってまう。


 だからアイツは自分を『偽勇者』と言ったんだ。

 諦めろ、アイツはオレ達とは別の道を歩いているヤツでオレ達は教会に拾われた勇者候補だ。その時点でアイツとは敵同士なんだ」


 殺すヤツが良いヤツか・悪いヤツかなんて関係ない。

 組織に属するって事は上の命令は絶対なんだ。


「オレはコイツの治療とか報告で、しばらくどこかの教会に世話になる。

そのあとは命令待ちだ。


ま・一応ふらふらと適当に仕事をこなすさ、アヤメはしばらく教会には戻らない方がいいぜ、その顔を他のヤツ等に見られたら[嫌な言い訳]をしなきゃならなくなるからよ」


 アヤメは腹芸や誤魔化しが得意なヤツじゃないからな。


(その恋する乙女の顔なんか見られた時に、アイツを罵るなんてできないだろうからな・・・それに、身内に呪いを掛ける神官長の動きも気になるし・・

ハァ、面倒くさい)


 多分、アヤメが教会に逆らい囚われる事になればアイツは動く。

そうなれば教会とアイツは完全に敵対する事になる。


 上の人間がソレを解った上で利用するか、それとも別の手段を使うか・・今は解らないからな。


(教会が正義の集団だなんて、こいつら本気で信じているからなぁ・・)


 そもそも教会は魔王討伐・魔物の消滅を望んでいないような所がある。


魔物・魔王がいれば、それを恐れ・助けを乞う人間を[救済]し[救う]事ができる。


 だが魔王がいなくなれば・民衆が恐れる強大な敵がいなくなれば、教会の力は大きく削がれるかもしれない。


 民衆を喜ばせる成果としてたまには魔王の手先は倒すが・・・


(魔王がいなくなれば次ぎは人間同士の殺し合いだ。

上の人間は[まだ]ソレを望んでいない筈・・)


 そう、世界中に根を下ろし、勝者も敗者もその影から操り、仲裁者として世界の全てを従えるまでは本気で動く気は無いだろう。


(そのくらい考えているだろうし・・勇のヤツはその為の犠牲になる・・か)


「ああクソッ!面倒くせぇ!」そんな事を考えるのはオレのガラじゃねぇ!


「アヤメ!アイツに惚れてるなら結婚とかは無理だが、ガキくらいは作っとけ!

それくらいは見て見ぬ・・」


(ヤベ!)


 一瞬で真っ赤になったアヤメは下を向き、拳を振るわせて顔を上げた。

赤く染まった顔に羞恥の涙、そして堅く握られた振るえる拳。


『[旅の翼]』!


 獰猛[どうもう]な獣が立上がる瞬間、ライヤーは旅の翼を放り上げた。


(まぁあれだ、オレは間違って無いだろ?あとはあいつらがなんとかするだろ)


 勇、スマン。

 空に浮かび上がるライヤーとヨシュアの下で「降りて来い!コラァ!」叫ぶアヤメ。


 勇者の知らない所で追跡者達は動き出す、しかしその事を勇者は知らない。


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