第43話
「と言う嫌疑が掛っているんだ、大人しく出て来てくれ」
オレは砂にもぐるモグラの背中を見るように、黒い背中を向けて顔を隠すライヤーを見下ろし、その背中に声をかける。
(まだ回復中とかじゃ無いよな・・)重傷とかなら動け無いのかも。。。
「・・どう言う事だよ、嫌疑って。
・・まぁいいか、ちょっち向こうを向いていてくれ。今の姿を見られたく無いんだ」
「解った」
オレが了解し、背中を向け声を掛けると[中回復][中回復]
回復の魔法が続けて唱えられ。
その後で、背後でゴソゴソ・ガサガサと砂から這い上がりなにかしている音が聞こえた。
(::セミとか?)
本当の姿が昆虫みたいだったら、見てみたい・・・気がするな。
(大体の場合『見るな』と言われて、振り向いたりしたら羽根が生えて飛んでいったり呪いを掛けたりするんだよなぁ・・男と漢の約束だから見ないが)
「・・オレが言うのもなんだがよ、
・・さっきまで敵対していたヤツに、アッサリ背中向けるのはどうかと思うんだが」
コンコンと肩に当る槍の柄は、もうこっちを向いていいって合図だ。
「誰にだって見られたく無い物、触られたくない物はある。
逆鱗っていったか?それに・・お前が背中からいきなり刺すようなヤツじゃないって程度には信用している」
コイツがその気になれば正面からでも十分オレの心臓を貫ける、おれが生きているのはコイツが今まで手加減してくれたお陰だと思っているよ。
(それに、正体を見られて逆上した男に殺されるなんて、つまらないだろう?)
「ふ~ん、まっいいか。ヨシュアの事だろ?向こうに着くまでに説明してくれ」
ボロ布になった僧服を肩で縛り、槍を肩に抱えながらライヤーは歩き始める。
「先に行くなよ、説明するからさ」
全くこいつは、聞く気があるのか無いのか、どこまでも解らない男だ。
「何と言うか、、、不快なんですが」ヤールの第一声がコレだった。
「一応負傷者なんだから走らせるわけにはいかないだろ、それに説明だって」
「まっ、オレの方も連れて来いって言われたって、説明しか聞いてないんだけどな」
「ソレしか聞いてないんだから、仕方ないだろ!」
おれも何がなんだかって感じなんだよ。
「・ソコの虫、アレの[呪]をお前の目なら見えるのだろう?」
右手は相変わらず魔力を宿して[重力縛]を行使し、左手でもがくヨシュアを指さす。
「・・・[呪]・・な、まぁ一応見えるちゃ見えるんだが・・アレやっぱ、呪いの類いだったか」
ライヤーの光る目には何が見えているのか、困ったように頭を掻く。
「勇者様、その虫は仲間と称して人に呪いをかけ、勇者様に嗾[けしか]けるようなヤツです!
そんなに仲良さそうにしていては勇者様も呪われてしまいますから!
十分にお気を着けて下さいませ!」
離れて離れて・・「離れなさい」
最初は手で追い払うような仕草だったヤールは、最後にはライヤーを睨み命令して左手でシッシッと払う。
(なんだかなぁ、初対面なのに仲が悪いってのは、なんでなんだよ)
・・そんなに悪い奴とは思わないんだけどな。
見た目と結果・表面上の印象と中身が違う事なんて人間には良くある事だろ?
(特に王族とか、教会の司祭とか・・な)
ヤツ等は組織の中で権力闘争で生き残った怪物達だ、腹の中と言動・表情が違って当然、信じるヤツが馬鹿なんだよ。
「って事なんで、有罪・ギルティでいいだよな?
ライヤーお前を倒せば、アイツは元の・・まとも?な状態に戻るんだよな?」
(完全に気絶させるとか?)出来るかどうかは解らないが、やる価値があるなら。
「なあ、『アイツの呪いをかけたのは、オレじゃない』ってオレが言ったら信じるか?」
槍を地面に挿したライアーは腕を組み、少し考えたような顔をして指で頭を掻いてそう言った。
「ああ、信じるよ」
オレの仲間を殺さずにいた男の言葉だ、自分の仲間だって大事にするはずだ。
(余程演技が上手いってなら、話は別だろうが。オレには演技か本気かなんて区別出来ないし)
「即答かよ!・・まぁオレが掛けた呪いじゃないってのはホントの事だがよ・・
信じ過ぎだぜ、全く」
ある程度信頼している男の言葉を信じる事の、どこに問題があるんだ?
ん?(何故か悪魔の機嫌が悪くなった感じがする、なぜだ?)
「・・はぁ、兎に角です!
アレは呪われ、コレは見える!
見えると言う事でも仲間の呪い状態を放置して置いた事は事実!
責任の全てはコレが悪いのです!故にその人間を信じては駄目です!」
アレとかコレとか・・本当に興味が無いんだな。
[見えている]・・か。
なら呪いを解呪すれば・・呪いの装備も、呪いを解けば外せる訳だし・・
「ライヤー、呪いが見えるなら取り除けるんだろ?」
誰かが・本人が望んで身に付けた呪いだとしても、教会の司祭や神官なら外せるはず。
そしてライヤーも、倒れてもがいているヨシュアも教会の僧兵のはずだ。
「・・・それがなぁ・・無理なんだよ。
アレ・・ヨシュアの[呪]ってのは光りの・・聖なる物に起因する感じでな・・正直、そいつに呪いだって言われるまで疑ってたくらいだ」
「[神聖の呪い]そんな物があるのかよ?」
ああ(あるな、うん。実際オレって[勇者]って呪いにかけられてい訳だし)
死んでも勇者を辞められないように、ヨシュアの呪いも解けない。
「そういう事なのか?」
この男は勇者じゃない、多分殺せば呪いは解ける。
その方がいいのか、殺すしか無いのか?本当に。
「困った顔もお可愛いですよ、私の勇者様。御命じ下さい、[呪いを何とかしろ]と」
影の様に黒い顔は、多分すごくいい顔で微笑んでいる。
さぁさぁさぁ、命じて下さいって顔になっていた。
「頼んだら・・出来るのか?」
教会の僧侶でも解けない呪いを解く方法を、悪魔が知っているのか?
「フフフ、私が悪魔だからです。
神の・神聖系の呪いなど、解く方法を知っているに決っているではありませんか?」
天使、神に作られた神の意思を伝える神の使い。
だが堕天使と呼ばれ・地に落ち悪魔と呼ばれる者になった者達は、神の支配から逃れたとも言える存在だと言う。
当然古代の神達や零落し、貶め[おとしめ]られた古代神・各地に根付いていた神々、彼等もまた、邪悪と呼ばれ悪魔にされた。
その彼等も、[神]と言う呪縛から逃れた存在であるとも言える。
「アレが、ヒトの作り出した神教の呪いであるなら、神聖とは真逆の属性である、悪魔がちょっと行って砕けば良いのですよ。
人間の信仰には[核]って物・物質が不可欠ですから。
多分アレの身体にはソレが埋っているのでしょう」
一神教の光りで出来た物を一神教の光りでは砕けないのは当然だが、カレに不要として切り捨てられ、貶められた者ならキズ着け、砕けるとこの悪魔は言う。
勇者への憎しみ・恨み・怒りを増幅させ、思考を神殿にいる自分達に都合よく操るため。
そして裏切らせないようにする為そして、肉体全身の限界を超えさせて強化するには体内の二つの箇所を凶化・洗脳する必要がある。
「つまり、普通に推理するならば脳と心臓。
この二つに[呪]術の核を植え込み、狂犬に首輪を付けているのでしょう。
さもなくば、本物の狂犬のように誰彼構わずに襲い掛かっているでしょうから」
「それを・・その二つの核を壊せば、少なくとも暴走は止るんだな?」
・・勇者は胴の剣を取りだし、ヨシュアと呼ばれている男の胸に・心臓に中てた。
(少しだけ我慢しろよ)
力を込める、場所さえ解れば壊せるんだよな?
「駄目ですよ、私の勇者様。
多分この呪いの核はとても小さく、下手に砕けば全身に散ってしまいます。
そうなれば全身に呪いが周り・・」
死ぬか・本物の化物になるか。
少なくとも呪いを無効化してから砕かないと、この人間は元には戻らない。
そして二度と人には戻れなくなる。
(腐った呪いだ、教会の仲間にかける術じゃないだろ!)
一時的な肉体強化のために、本人が望んだとしてもだ。
「呪いを掛けた教会に戻れば、その手段もあるかも知れませんが?」
それはイコールでオレの首を持ち帰るって事になる。。。
「さて!私の勇者さま。
ここでもっとも頼りになる従僕に願ってはくれませんか?
『なんとかしてくれと』『全てを任せるから、なんとか出来ないか』とね」
・・・悪魔は希望を見せてから、ヒトを絶望に叩き落とすらしい。
最も自分を高く売れる時に手を差し伸べ、心を奪うのが悪魔だろう・・
が、今は悪魔の手を掴むしかない。
「・・なんとか、出来るのか?」
多分、なんとか出来るのだろう。
十全に計画と準備をして自分の有能さを見せ付ける為に、自分を高く売るために作ったのが今のこの場なんだろう?
「問題は三つ、一つ目は時間が少ないかも・・足りないかも知れません。
それとアレ、アレを直しても勇者様を感謝して襲わなくなるとは思えません。
敵は敵のまま、また命を狙って現れるかも・・・つまり危険を犯しても利益が見込めません。
最後に勇者様が命の危険をおかして、失敗しても勇者様は怨まれますよ。
アレと・アレに」
押えられ、もがくヨシュアとライヤーに悪魔が指をさし、仲間が死んだ時にライヤーはオレを仇として狙うだろうと示唆する。
「夜が明けたら、私は何としてでも勇者様を祭壇に連れて行きますよ?
例え狂った犬がどうなろうと」それが私との契約ですからね。
一度呪いの核に手を出せば、悪魔の気配に神殿の呪いが過敏に反応して解呪出来なくなるかもしれない。
そうなればヨシュアは元に戻る事なく狂犬のまま、教会の闇部として処分されるかそれとも一生幽閉か、実験動物として扱われるかも知れない。
「利益が全く無く危険しかない、そして何より私に取ってもアレもコレにも興味が有りません。私にあるのは勇者様への忠誠のみ、それでも試してみますか?」
悪魔は笑い、おれの答えを待っている。
当然、勇者の答えはわかっているのに。
「頼む、全てを任せるからコイツを助ける方法を教えてくれ。
時間が無いなら、それこそ出来るだけ簡潔に、オレの危険は考え無くていい」
勇者候補が狂ったまま殺されるなんて・・
少し前までオレと同じ境遇だったヤツを見捨てるなんてのは・・イヤだ。
コイツの頭が正常で、オレに怨みや怒りがあるなら・信念とかほかに選択肢が無いなら殺し合いも仕方ない。
・・仕方ない戦いも、あるってのはわかってる。
(でもな!
狂わされて猟犬にされるなんてのは、違う!絶対間違っている!)
「おい!待てよ!解ってんのか?
コイツを助けても意味が無いんだぞ!オレがコイツを連れ戻れば解呪出来るかも知れないんだぞ、お前が危険を冒す意味なんて無いんだ!」
「手足を折られ無様に逃げ帰った狂犬に、優しく頭を撫でる飼い主が入ればいいんですがねぇ・・」
悪魔の微笑みは、人の世を・人間の組織を嘲笑う。
本人の知らぬ間に呪い施すような人間が、要件も果さずに戻って帰ったヤツをどう扱うか少し考えればわかる事。
用済みとして処分するか『偽物の勇者と戦い、呪われて狂った』と壊れたままで利用するか。
どう考えても『良く出来ました』と頭をなでて解呪するとは思えない。
「当然、勇者様の首は渡しませんよ?
勇者様の全ては私の物です!髪の毛・使ったハンカチ1枚渡すものですか!」
(・・・オレはいつお前の物になったんだ?)
「時間が無いんだろ!必要な事の説明とやるべき事をしてくれ!
なんでも言う事を聞くから!」
「では・・・先ず勇者様は、はだか・・と!
それは後回しで・・唇を・・いえ、それより・・」
何か不穏な言葉を呟き、オレの頭から爪先までじ~~~と舐めるように見られている感じがするんだが・・
「言い間違えた『呪いを解く事で、必要な事なら』なんでもする」
なんだよその『ハッ!・・はぁ・・』見たいな、驚いてから落胆する顔は。
「時間が無いんだろ?早くしろよ!」
「期待させてから訂正するなんて、なんて悪魔的な!
悪魔を翻弄[ほんろう]して楽しむなんて・・私の勇者様は解っていらっしゃる。
先ずは勇者様、コイツが動けないように縛って押えて下さい。
ゴーレムさんの力をお借りしますよ?」
さぁさぁ急ぎましょう、と言いながらテキパキと指示を出す。
ホフメンとピョートルが馬車から馬を繋ぐロープを運び、ヨシュアを縛る。
「手足を折ってから縛ればもっと確実なんですが」
チラッと勇者を見ながら軽く言う。
「・・必要ならすればいい、不要ならしなくていい」
返事は「なら止めておきましょう」だった。
両手を後して親指どうしを縛ってから身体を縛る、足も靴を脱がせて同様に指を縛る。
「こうすれば縄抜けし難いんですよ。ふふふ、悪魔の知識は役に立つでしょう?」
悪魔は自慢気だった。
「オイ!そこのお前、槍を寄こせ!」
今度はライヤーから槍を奪い、ヨシュアの口に噛ませて縛る。
「舌を噛まれると厄介なのですよ、あと神官戦士でしょう?詠唱も封じておきませんと」
何故かオレにウインクする・・(なんだろうか?人間に対する反応がおかしい)
目を剥いて暴れるヨシュアの身体に重力が掛り、悪魔は片手でヤツの頭を砂に押し込むと「ガタガタ騒ぐな、殺すぞ?」と簡単に黙らせた。
「では勇者様、私の魔法で身体を小さくしてコレの体内に入りましょう。そしてコレの体内の核を砕きます。
一度私達が体内に入れば、神聖の呪いは悪魔に反応し抵抗するでしょう。
その後で身体から抜け出したとしても、コレは反応した[呪]によって今以上の狂人になる可能生は高いです。
つまりチャンスは一度、時間は朝日が昇りきり私との契約が行われるその時まで。心の準備はよろしいですか?」
「構わない、兎に角・急げばいいんだろ?」
とっくに覚悟は出来ている、狂人となったコイツと戦う事も・ライヤーに仇として狙われる事も、覚悟の上だ。
今できる事をするしかない、それくらいは解っているさ。
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