第42話
・・・・「だれだ?」
いや、多分見た事はあるのだが、頭が拒否していると言うか、記憶から抹消しようとした努力のかいがあるような、無いような・・???
「おやおやOh dear?私の事をお忘れですか?
放置プレイの一環かと身震いしてお待ちして居りましたのにこの仕打ち!
ああ!!!振るえます、超感じちゃいますよね、勇者さま!」
逆様のままで身体をくねらせ悶えるソレ。
興奮したソレは魔力の密度を高め、なぜかギュンギュン横回転を繰り返す。
不意に現れ、空中にぶら下がる[ソレ]の出現にライヤーが飛び退く。
そして槍を構え猛獣のような目鋭い眼光を向けた。
「おいおい、そいつはなんだ?
お前さんの隠し玉か、それにしちゃぁ・・随分と禍々し過ぎるだろ?」
いや?・・う~~ん?・・
「本当にお忘れ?おとぼけじゃ無く?
世界を分つ2人の関係を?
この世界を滅ぼし、2人の舞台を作りますよと約束したワタシを?」
逆さまなのに帽子を着け、グイグイと顔を近づけらても・・
(世界を滅ぼす?)
「お前の知らない化物がこんな時に都合良くだと?
まじか?・・・まぁいい、そこの魔物・・いや悪魔か、こっちは取り込み中なんだ」どこかへ行ってくれ。
『どこかへ行け』多分ライヤーは、そう言おうとしたのだろう。
今まで全くライヤーを無視していた[ソレ]が首だけを捻るように向け、『黙れ』と低く唸るように言葉を吐くだけでライヤーが飛び退いた。
その瞬間、彼の居た場所が深く歪み、砂の大地が沈み込む。
「全く、、、
こっちは落ち込んでいるというのに、蠅が五月蠅いことで。
ワタシは勇者様と話しているのですよ?控えなさい・・『殺すぞ、虫けらが』」
ねぇ、ワタシの勇者さま?
「・・お前・・ヤール・ヤーとか言った悪魔か」
数日前・・女貴族の御家騒動に巻き込まれた時に呼び出された悪魔、
【たった数日前の事なのに・・随分と前の事のように思う】
「ハイ!勇者様は憶えていらっしゃるのにとぼけるなんて!本当に御人が悪い!
そこも悪魔的にポイント高いですが・・・
もしや、ワタシを置いて死のうなどと考えてはいませんでしたか?」
(・・・思い出せ、おれはコイツとどんな約束をした?
オレとコイツはどんな関係だ?・・・)
[悪質なストーカー]・・だったか?
「ああ、そうか。期限内に契約しに戻らないと戦争を起こす、とか言ってたな」
今日・・今夜が最終期限だったか、色々ありすぎて忘れていた。
「戦争なんてとんでも無い!ワタシはアナタに追い掛けてもらいたいだけ!
ワタシを見て下さい!
怨んで憎んで殺したいほど、勇者様の頭の中をワタシでいっぱいにして欲しいだけなんですよ!」
その手段として戦争も辞さないのだ。
当然オレに怨まれる為なら、どんな悪事にも手を染めるつもりだろう。
悪魔だから、人間の倫理は通用しないんだろな。
「まぁでもオレは今日死ぬ、死体は教会が持って行くだろ、この世界にオレがいなくなるのだから諦めて地獄に帰ってくれ」
よく考えたら・・それが一番いい、悪魔は戦争も起こさず仲間達は助かる。
(勇者なんて貧乏くじを引いたヤツの末路なんて、こんな物で十分か)
ケッ糞が!
「・・死ぬ・・ご病気でも無ければ、呪い・・の類いでも無いのに・・デスか?
その死は、避けられぬ物でしょうか?
ワタシと楽しく勇者様が過ごす日々を送る計画を、誰が邪魔するのDEATH?
・・人間の宗教が、ワタシの勇者様の死体を?・・」
『それは、駄目デス!』
「ああ!許せません!許せませんとも!
ワタシのHappy=Lifeを邪魔するなど!
このワタシが許す訳が無い!
ワタシは勇者様の死体を愛でたいのでは無く!
手を繋ぎ!世界を歩き!話!歌い!揺れ動く勇者さまを間近で見ていたいのです!
肉の人形!勇者様の形をした剥製が欲しいのでは・・無い!のですよ」
「『アレか?』」それは太く鈍い男の声と、しゃがれた老婆のような声が混じった怒りの声。
身体から憤怒の煙を混じらせ、悪魔は勇者に後頭部を見せると黒い頭が二つの敵を視界に入れるように左右に動く。
「・・・・?・・何故勇者様はアレを滅ぼさないのです?」
今度は首を捻り一周した首のまま、勇者の方に顔だけ向けた。
レベルの差・技術の差・力の差・・2人の人間はオレより・・オレ達より強い。
「勝てないからだ」歴然とした事実。
「・・勝つ?・・アレを滅ぼすのでは無く、[勝つ]?ハテ? ・・なるほど?
アナタが本当に彼等を敵・滅ぼすべき敵をして認識すれば、勇者に滅ぼせない物など無いと言うのに」そういう・・・
不思議そうな目をした悪魔は少し考え、ニッコリと笑った。
「では、ワタシと仮の契約をして戴けませんか?
私を今夜限りの従僕をとして使って下さい、代償はアナタの命で」
「いいぞ、あいつらが・・オレの仲間達が助かるならなんでもいい」
悪魔に魂の契約をするのも、神殿で生き返らせてから拷問を受けて殺されるのも同じだ。
悪魔の方が契約を守るぶん、かなりマシな条件だろう。
「即答痛み入りますが・・悪魔との契約は良く考えてからお願いしますよ?
悪魔とは困った相手に付け込んで、水一杯と人間の家族を交換させるような事も平気でしますからね?
イエイエ、私はしませんよ?勇者様相手にそんな事は!
・・ゴホン!命というのは、冗談として。
この戦いが終わり次第、ワタシの魔法で本体の元に来て戴きます。
そして本契約を正式にして戴きますよ?生涯にわたりワタシを傍に・ンンン!
『ワタシを正式な仲魔にして戴きます』よろしいですか?」
ストーカーが仲間に・・まぁ仕方ないよな。
それに契約をする事は、数日前からもう決めてある。
「ああ、手を繋ぎ、歌いってのは勘弁だけど。仲良くやろうぜ」
「・・では、悪魔との契約を裏切る事無きよう・・お願いしますよ?
今は仮とは言え、契約ですからね?
裏切っても良いのは、天使の戯れ言だけですからね?」
・・天使の言葉は人間を処刑台に送るからなぁ・・
「ああ、おれは仲間を裏切らない。
お前が・・ヤール・ヤーが仲間を裏切らない限りオレは裏切らない」
マフィアの盃みたいだな、親子・家族・兄弟・仲間は裏切らない。
その4つを裏切る・欺す・陥れるヤツはマフィアでも信用されないと言う。
かれら社会の絶対のルールだったか?
(・・親子・家族・兄弟・仲間の為以外の理由で裏切れば、酷い制裁と血の繋がった家族まで制裁を受けるんだったか?)
まあ、オレには・・大事な人間かとかいるのかなぁ、
ソレが枷とは思わないが・・・
悪魔は仮契約が終了したからか、足が地面に浮かび立つ。
そうして黒いシルクハットを取ってから、深々と一礼して嬉しそうに顔を上げた。
「では我がご主人様、御命じ下さい『敵を滅ぼせ』と『邪魔する者を灰燼に帰せ』と!」
殺し尽くしましょう!焼き尽くしましょう!ワタシの勇者様の為に!
・・・それは勇者のする事なのですか?
オレに物騒な事を命令させないで下さい。
「スマン、殺すのは・・出来る限り・・止めてくれ。
殺さないように無力化、出来るか?」
こいつらは、殺すような敵じゃない。
上司に言われて来ただけの・・勇者候補・・勇者なんかに選ばれる前のオレと同じなんだ。
多分・・育てられた施設が違うだけの、兄弟みたいな物なんだ。
「だから、頼むよ」
・・・「だから、なのですね。
フフッ、[無力化!]承りましたワタシの勇者さま!
敵の無力化!ご主人様が悪魔に願う最初の命令、見事完遂させて見せましょう!」
「死ぬなよ、虫けら」
ボソッと呟くとヤールは両手に魔力を集め、光の収縮と共に[破壊]の魔法が完成した。
両手を合わせ閉じ・左右に手の平が開いた時、ソコには小さくも儚い魔力の塊があった。
魔力の塊は、開いた両手をゆっくり伸ばすように差し出したその先に、頼りなく浮かび進む。
カッ・・・!!!!!
そして爆発の音を置き去りにして炸裂した。
静寂と光りを飲み込み進む黒点は臨界に達した瞬間!
閃光と衝撃を吐き出し、遅れて暴風を立ち上げた!!
勇者は突如目の前に現れた悪魔の背に守られ、破壊の瞬間とその先を見る事は出来なかった。
烈風に砂が混じるとそれは肉を削り、衝撃破をかわしても肉体を切り抉る。
(やり過ぎだ!)
違う、悪魔を非難するのは見当違いだ。
コレはオレが命じた結果だ、悪魔がやり過ぎたのならその責任はオレにある。
風がまだ残る中で勇者は飛び出し、ライヤーの姿を探す。
「生きてるか!死んで無いよな!」
砂煙が収まった時、そこには黒い・・赤黒いモノがうずくまっていた。
肉の胎動と共に、砂にもぐるように身を隠す獣のような肉のナニカ。
「勇者様、見ないように・目に写さない事をお勧めしますよ?
アレ、人間じゃないですね。
人間と何かの混ざり物でしょうか?
多分丈夫でしょうし、命は無事でしょうから次ぎはあっちですね?」
悪魔は勇者の目を片手で塞ぎ、砂に埋まるナニカを見ないように促し、少し離れた場所に見えたヨシュアを無力化する事を提案する。
「・・無事ならそれでいい。
それよりあっちの方は仲間もいるんだ、次は無茶は止めてくれよ。
仲間が巻き込まれたら・・怒るぞ、
ライヤー、スマン。無事ならそのまま傷を治していてくれ」
聞こえるかどうかなんてのは関係無い、もうこれ以上オレは戦う気が無いと彼に伝えたかった。
「ああ、大丈夫だ。ほっときゃ治るからこっちは放っておいてくれ」
(砂の中から声が返ってきた・・無事か・・・・)良かった。
ヤールがオレの周囲から離れ無いのは仮契約だからだろうか?
そうであって欲しいが、ともかく[破壊]の魔法で混乱した戦況は勇者が着いた事で硬直に変っていた。
防御に徹したゴラムとピョートルは堅い、そして狂乱したヨシュアは狙うべき敵が魔物達の壁に隠れ、倒すべき相手が見えず苛立っていた。
「なんだよ!その非難するような目は!オレじゃないぞ!」
ピョートルさん達、仲間なのに『また無茶苦茶な事を』見たいな目で見てくる。
勇者だって、いいかげん拗ねるぞ!
「勇さん、その後にいる・・ヒトは・・悪魔の・・」
「そちらの方はお久しぶり、こちらの方には始めまして。
今夜は仮ですが、正式に仲魔になるヤール・ヤーと申します悪魔です。
勇者様に誠心誠意尽くす所存なので、今後ともヨロシクお願いします」
深々と頭を下げ、帽子を被り直す黒い悪魔。
「さて!獣の駆逐ですね・・殺さないようにとのご命令なので、
優しく丁寧な仕事をお見せしましょう!」
片手を上げたヤールは五つの指を広げ、掴み、押し指すように振り下ろす。
[重力]・[呪縛]片手で二つの魔法を組み合わせ、[重力縛]がヨシュアの手足を砂の地面に縫い付けた。
「1肢に本来の10倍の重力が掛っています、動けない程では無いでしょうが・・獣の知恵では逃れる事は出来ませんよ?」
「ぐがぁぁあぁl!!」
手足を地面に打ち付けられたヨシュアはそれでも虫のように這い、顔を上げて唸る。
鬱陶しいですね獣ふぜいが。
「頭にも重力を落としてあげます」
ヤールが親指を軽く下げるとヨシュアの頭が地面に押し込まれる。
「押さえられましたが・・どうしましょうアレ?
ずっとこのままと言うのもアレですよ?殺してしまいませんか?」
手早く済ませられますよ?
手足を千切られた虫のように地面を這い、砂を噛み唸る勇者候補の男。
完全に狂っているような男は本当に殺す事でしか人間に戻せないのか、オレには解らなかった。
「・・本当に殺すしか無いのか?精神状態を正常に戻せば・・」
自分に出来ない事を他人に求める、ソレは多分エゴだ。
相手が天才でも悪魔でも方法すら解らない事に、結果を出す事を求める。
(それは違う。
そんなのは奇跡を願い、努力も・考える事すら放棄した盲信者のする事だ)
「神では無く、悪魔に願ってもいいのですよ?ワタシはアナタの悪魔なのですから」
ヤールは☆を飛ばすようなウインクをしてオレの言葉を待っている。
(願ってばかり、頼ってばかりでいいのか?)
彼?悪魔だからじゃない、恐いのは誰かに頼りっきりになる事だ。
頼る事・他人をあてにする事が当たり前になる事、思考の停止が恐いんだ。
「任せっ放しは・・しない、オレに出来る事はあるかヤール」
出来る事は無くても。
「・・殺した方が手間は無いと思いますが・・そこがアナタの可愛い所ですね!
解りました・・少し手間をかけますか」
悪魔・ヤールの黒い顔の表情は解りにくい。
それでもニッコリと笑ったような気がする。
「アレ・アレを持って・・連れて来ていただけますか?もう回復したはずでしょうし」
指をさしたのは、ライヤーが埋っているはずの砂地。
仲間だと言っていたライヤーが、この男を狂人にしたか?
だからこの狂人を治せるのもライヤーだけと言うのだろうか。
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