第41話
「動けない?!」
ピョートルの驚きと同時に飛びだした男にゴラムが殴り飛ばされた。
[不動封印縛]?まさか?
「仲間が世話になってるみたいですまんな、邪魔するぜ」
白髪の痩せた大男・ライヤーが背を丸め、槍を肩に面倒くさそうな顔を作って立っていた。
「・・・だれだ」勇者は男の顔を見て、そう言う。
「へへっ・・そう言ってくれると助かる、勇者さんよ。
[始めまして]、おれは勇者候補の1人ライヤーだ。
でそっちはヨシュア、同じ勇者候補なんだが・・ちょっとおかしくなっちまってな。追い掛けて来たんだが、オレ達は[一応]
お前さん等の敵って事になるんだよ」
([おかしくなった]か、元から狂ってないってのは信じられないが、クソッ)
敵は2人、しかも1人1人が個別に戦っても勝てない相手。
「一応って事は・・コイツ・・ヨシュアを止めるのに、手を貸す気は無いんだよな?」
「まぁ無理だな、オレ達は敵で、お前さんを助ける義理は無い」
諦めろ。
ライヤーが最後の言葉を口にすると走り出し、鉄板を持つ勇者の背後に回る。
「そっちの兄ちゃんは下がってな、邪魔すると怪我じゃ済まねぇぞ」
ホフメンに槍を向け、そのまま弧を描くように振り上げた槍は勇者の背中を叩き付けた。
くっそ!
素早く鉄板を手放した勇者は、横に飛び退く事で槍を回避したが、目の前には高速でせまる槍。
(コノッ!)
飛び退いた勢いのままオレは転がり、槍を躱す。
執拗に槍が追い掛け、ようやく砂に足を立てた瞬間には身体中が砂を被り、目が回った。
「ヨシュア、魔物は任せろ。そっちはこいつを頼む」
散々槍を突いたくせに、仲間とオレを分断するだけが目的か!
ヨシュアと交代するようにゴラム達の方に跳んで行き、オレの方を向いて頭を掻くとやる気の無い声でライヤーが槍を担ぎ、オレの方に向かって手を振った。
(・・仲間が手を出さなければ、手を出さないって事か)
「ピョートル!ゴラム!下手に動くな、自分の身を守れ!」
(これでいい、後はコイツをどうにかすれば)
勝ち目はまだある、無理な攻撃をし続けたヤツの身体はガタが来ている。
倒せなくても守りに徹すればきっと。。。
ヤツの腕をみれば内出血して紫に変色してる、見えないが足の間接も痛めている筈だ。
(いくら強くてもな、ただ攻撃するだけのヤツに負けるかよ!)
狙いは持久戦と攻撃のカウンター。
早く鋭い槍を叩き返し、ヤツの握力と膂力にコツコツダメージを与え続けていけば。
(勝てる)
一合一合に手が痺れる、ぶつかり合う度にハサミを持つ手に衝撃が走り手の平が痛い。
チィィ!(コイツの槍は!)
溜めも構えも無い槍が瞬時に分かれ、3つの槍撃が同時に飛ぶ。
打ち返そうにも残像相手には空振りして手応えが無い!
反撃不可って事かよ!
男の手の平が裂け槍に血滲む。
限界を超えてるはずなのに、なんでまだ戦えるんだ。
槍に対しての動きは横に円を描くようにする事、槍を持つ持ち手側に動き続け、背中に移動し続ける事で攻撃の面積を減らすしかない。
槍の正面に立っとかは鬼門もいいところだ、普通に刺されて死ぬ。
(それでも、同じ動きをしてたら)
勇者の1歩に合わせて高速の槍が飛ぶ!
ガキンッ!
半歩だけの移動をフェイントに代え、槍の穂先を叩き返す。
(動く瞬間が解れば、打ち返せるんだよ!)
いくら早くても同じ軌道と同じ呼吸、来る事が解れば反応出来る。
男が正気だったら結果は違っただろうが、狂った機械は同じ攻撃を繰り返すだけだ。
・・・・そろそろ限界か、こっちの手の感覚が無くなってきた!
[回復]痺れは痛みに、痛みは熱に、徐々に手の感覚が戻って来る。
[中回復]勇者の回復を真似たのか、それともヤツの身体に痛みが戻っているのか。
回復の光りが身体を被う。
(させるかよ!)
回復の光りが全身を包む前に、勇者が飛び掛かる。
手の感覚だけを回復させたオレと、全身の筋断裂を回復するヤツの魔法が同じ時間で使えると思うなよ。
右の刃は槍を掴む腕に切りつけ、左剣は足の腿。
深く切りつける必要は無い。
当てて振り抜き、身体を回転させ、跳び退くまぎわに腕に切りつけるだけで十分だ。
(ダメージが目的じゃないんだからな!)
魔法の中断、怪我を与える事で集中と魔力の流れを乱すのが目的だ。
「ぐがぁ!」
苛立ちと怒り。
行動を邪魔された事に対する憤りが、飛び退いた勇者を追うように牙を剥き、空中を噛み付かせた。
「腕が限界か?それとも腹が減っているのかよ」
オレは挑発するように笑い、ハサミの先を鳴らす。
キンキン、キンキン!
近づいては離れ、ハサミの音で馬鹿にする。
「おっと!がんばれ、がんばれ!」
明らかに速度の落ちた槍を避け・叩き・からかう。
(まだ駄目だ、油断なんかするかよ)
ジワジワと・ジワジワと慎重に槍を打ち返し、素早くチクチクと槍を持つ手に切りつける。
男の腕は幾度かの切り傷で赤く染まり、槍の穂先は振るえて揺れる。
「シュッ!」男が息を吐き、槍を放つ。
三つに分かれるはずの残像は遅く、ただ真っ直ぐ突かれただけだった。
(今だ!)
棒突きの力の抜けた槍に合わせ突っ込み、クロスしたハサミを突き出す!
ハサミを閉じれば男の身体は二つに分かれる、骨も肉も切り裂きコイツは死ぬ。
(コイツは敵、オレを殺す為に凶気に命を売り渡した敵だ・・)
「殺らせねぇよ!」
ハサミが男の腕を切り落とす瞬間、後頭部を殴られ、、視覚が飛ぶ。
「・・まあ、悪いな。一応コイツは仲間なんだよ」
お前の境遇は同情するが、そう言ってライヤーが狂った男に[大回復]をかけた。
クソッ!!!
一瞬の油断、目の前の男だけに集中し過ぎた。
「・・こうなったら、仕方ないよな。お前さんは死んでくれよ」
同情するような顔と、『死んでくれ』の言葉。
ライヤーは槍を肩に、狂った仲間の回復を済ませてからオレに穂先を向けた。
・・・スゥ・・ハァ・・
人は本当に絶望すると、逆に冷静になるらしい。
(多分死ぬ)それも人間の手で。
話とかして多分理解してくれた、解ってくれたとオレが勝手に勘違いしたヤツに殺されるのか。
「・・お前らの狙いは、オレだけだよな?」
オレは武器を下ろし、ライヤーに聞いた。
狂った男は突如現れた仲間に動きを止め、肉体が完全に回復するのを待っている。
「・・ああ、そうだ。
お前さんのお仲間が、掛って来なければ怪我をさせるつもりは無い」
そうか、なら安心だ・・な。
(あいつら・・最近、変に仲間仲間してきたからな)
「ピョートル・ゴラム・ホフメン・お前らは先に逃げろ。
こいつらは両方今からオレが足止めするから・・ホフメン、済まないが馬車は後で取りに来てくれ」
全く信じて無い顔の仲間達は各々の武器を掴み、オレいる場所に集まって来た。
馬鹿のか?あいつら、逃げろって言ってるだろ?
はぁ・・
「あ~~いいかお前ら、オレはこれからこいつらと戦う。
で十分時間を稼いだら泣き叫んでション便洩らしながら、土下座してでも命乞いして見るつもりなんだよ。
・・・だからお前らがいたら・・その・・なんだ・・恥ずかしだろ?」
(多分見逃しはしないだろうが・・な)
こいつらは命令された事を行うだけの兵隊だ、殺せと言われて来たなら必ず殺す。 そういうのが兵隊の仕事だからな。
「勇さんが糞尿垂れ流して命乞いですか・・実に興味深いですね、そんな情けない姿の勇さんを一度見たいと思っていたんです」
鋼の剣を持ち、盾を構えたピョートルが勇者の前に立つ。
「おれも戦う、仲間を守る」
ゴラムがピョートルの横に立ち、拳を握る。
「ぼ、ボクも戦います。ユウさんの言葉が・本当なのか・・まだ疑ってますから」
震えながら槍を構え、
「馬車の事は、後で考えましょう。
うん。仲間と共に行くと決めたのです、今更仲間を置いて逃げるなんてイヤですから」
一撃で倒されたピョートル、腕を砕かれたゴラム、その2人の戦いを見ていたホフメンが戦いの覚悟を決めて勇者の為に武器を持っていた。
「馬鹿な・・事を。特にピョートル、お前、洞窟での事をまだ根に持っていたのかよ」
「そんなこと、フフ。『今度は負けませんからね』」
その言葉がオレに向けられたのか、おれともライヤーに向けられたのか、それとも自分に聞かせたのかは解らない。
解ったのは『おれが何を言っても退かない』という事だった。
仲間かよ、こんな時にお前ら負けの解り切った戦いで、死ぬかも知れない戦いの前で・・格好付けるなよ!
「さぁ戦いましょう、そしてみんなで逃げて、また焼きガニを食べましょうよ」
「そ・・そうだな、お前らも・オレも・・[命を大事に]して逃げるか・・」
こいつらは止らない、言葉では止らない、ならオレは戦うしかない。
「・・あっちの狂ったヤツを頼む、アレの狙いはオレだ。
オレがいなければ、矛先は鈍る。あとは解るよな?」
「魔法でチマチマですね、任せて下さい!」
「頼りがいが有り過ぎて、泣けてくるぜ」
少し笑い、覚悟を決めた勇者の顔にピョートルが頷いて答え。
顔を上げた勇者は走る、片手には刃を、もう片手を空にして。
早く、とにかく早く、前にアノ男の前に立たないとならない。
ヤツ等が戦いを再開するその前に、ライヤーの前に行かないといけない。
仲間の回復を終え、表情を消したライヤーが勇者の突撃を反射的に受けて弾く。
「お前の相手はヨシュアに任せてたいんだが・な!」
右に飛んだライヤーに併走するように勇者も跳ぶ。
その目を見つめ、刃を振り下ろし鉄槍に止められる。
「・・・頼む、ライヤー。
お前の槍でオレの心臓を突け、そして首を刎ねろ・・刎ね飛ばしてくれ・・頼む」
オレが死なないと、アイツらは止らない。
止ってくれない、心臓に穴が開き・首を切られたら、あいつらも諦める。
諦めるしか無くなるんだ。
「オレの首を持って飛んで帰れば、お前らの仕事は終わる。
だからあいつらに手を出すな、オレは抵抗しない・・頼むよ・・早く殺してくれ」
あいつらに聞かれないように、バレないように、刃を手放し目を閉じた。
(ああ、痛いのは・・いやだなぁ・・)
「そっか」ライヤーの言葉を聞いて、おれは全身の力を抜いた。
(次ぎは、人間はやだなぁ・・魔物として産まれたら、あいつらを探すか。。。
今度はきっと、もっと楽しくて・・ああ、死にたくないなぁ)
・・・・どうせ生き返るなんて言えない、恐くて恐くて仕方ない。
痛みはどのくらいなのか、死の恐怖は?生き返っても待っているのは拷問だろう。
勇者に託宣した神を呪い、世界を呪うほどの痛みと苦痛がどんな物か考えるだけで気が狂いそうだ。
死にたくない!
死にたくない死にたくない死にたくない・・・・・死ぬのは怖いよぉ。
駄目だ・振るえて泣けばライヤーの手が鈍るかも知れない。
例え教会の犬で人でなしでも、コイツが罪悪感を持たずに人を殺せる怪物でも。
一度はオレの言葉に同情した・・同情してくれたヤツに、手を汚させてしまうのに、これ以上の負担をかけさせたくない。
『ああ、スイマセン死ぬ前くらい、ワタシの事を思い出して下さいよ』
言葉と共に現れたそいつは、姿を砂塵に写し膨大な魔力を闇に変え。
勇者の真上で逆さに浮かんでいた。
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