第38話
「 」言葉が出ない。
真っ白になったオレの思考、何もかもが消えた世界の中でただ一つ、男の槍だけが目に映る。
緑に汚れた槍・・それはなんだ?
(コイツは・・イマ・・何を言った・・・何を言っているんだ・・・)
「まあ、カネは払ったから大丈夫だろ?ああ、中の人間は無傷だぜ?」
コイツは何を言っている、『カネは払った』なんのカネだ・・・
・・・おいオマエ・・なんの事を言っているんだ?
「スライムとチビのカネだ、一発でやっちまった。
雑魚だったぜ、あれじゃあ高く売れ無かっただろな」
耳の奥が熱い、入って来るコイツの言葉を拒否するようにジンジンと痺れを起す。
「・・殺した・・のか」
後頭部が熱い、目もおかしい、全身の感覚がぶれて現実感をまるで感じない。
「ああ」にやけ顔の男の言葉、その瞬間オレの中の血液の温度下がった。
足は勝手に動き、手は強くハサミを握ってた。
左手のハサミは腹に、右手のハサミは男の首に走りそして。。。
ジャ・・キン!
男の影を裂くように鋼が交叉し、空っぽの手応えに刃を水平に開き裂く。
(どこだ・・ドコニ・ニゲタ)
オレは右周りに影の尾を探す。
「オイオイ、たかが魔物だろ?本気か?」
耳障りな声が馬車の上から聞こえる、早く消さないと・・
馬車の上に影が立っていた、(そこか・・)
幌の骨を掴んで這い上がり、横薙ぎに刃を振る。
『逃げがすな、殺す』頭にはそれだけしかない。
星影に隠れて男が跳ぶ、オレの目はソレを捉え追うように身体を跳ばす。
ガチッ!!!
鋼刃が止められ金属の火花が散る!
(なんで切れない、何が邪魔を?)
鉄槍が切断の邪魔をする、[不快]なんで切れないんだ。
オレは瞬時に二つに分けた刃を滑らせるように突きを放つ。
「チッ!こいつマジか」
にやけ顔の男が飛び退いて躱し、猫のように爪先立ち背中を丸め、オレの顔を見ていた。
[追撃]
男が立ち、息をして声を聞くだけで・言葉を話すだけで不快だ。
オレの足は、待ち構えている男に向かい動く。
「慌てるなよ」
男の口が不快に動き、槍の穂先がオレのアバラを横殴る。
ミシッ!肺が押し潰れ呼吸が切れる。
それが、なんだ。
槍の根元には男がいる、柄に身体を滑らせ右のハサミを振り上げた。
男は槍を手放し、オレの肩に鉄のような手刀を突き刺さし、鎖骨が指の侵入を阻止する。
それが、どうした。
肩の骨を押さえられ前進が止った、それでも振り抜いたハサミは男の身体を逆袈裟に切り上げる!
堅い、年輪を重ねた古木のように堅く弾力が鋼の刃を反発した手応え。
鋼は男の服を斬り、薄皮の裂けた男の胸から赤い血が流れ出す。
肩をかなり深く突かれたのか左腕が重い。
[中回復]オレの魔法の熱が傷を被い、回復が始まった。
向こうも同じように[中回復]を使って回復を始めている。
フェイクなんだよ!(こちらが回復を始めたら、普通はそうするからな!)
オレは肩の傷が治る前に駆けだし、その首を狙う!
「死ね」
一振りの横薙ぎは簡単にかわされ、上がらない左腕を身体で振り回すようにオレはハサミを振った。
ドン!今度は身体をぶつける様に腕を止められた。
「この距離なら、手が出ないだろ?いいから話を」
黙れ、死ね。
「[爆破]」男に身体を押さえられたゼロ距離からの魔法、振動と衝撃が身体を吹き飛ばしオレの意識が一瞬切れる。
不意を付かれた男の体勢が崩れているのが目に写る。
瞬間切れた意識は怒りで繋がり、振り上げた鋼刃が加速しその頭に振り下ろさせた。
「ユウ!止めろ!」
ホフメンの声に身体が止り、男は起き上がりぎわに手刀を突き出す。
・・腹が!
ヤツの指先が腹筋を貫き、焼けた鉄の棒を刺さされたような痛みに身体が悲鳴を上げた。
「くそっ」痛みで泣きそうだ、ホフメンお前・・
「ピョートルは生きている!スラヲもだ!殺すな・・大丈夫ですか?」
大丈夫じゃない、すごく・・いたい。
「お前・・本気で殺しに来てんのな、焦ったぜ」
自らの回復魔法で治療を終えた男はいつの間にか勝手に水を樽から注ぎ出し、水を片手に寛[くつろ]ぎ始めていた。
くそっ、こっちは見た目以上に重傷なんだぞ!
肩に穴を開けられ、腹にも穴が開いてるんだからな。
(コイツ・・やっぱりか)
見た目はオレの一撃で傷を負って見えたが、全て薄皮が切れただけでダメージ自体は入って無かった。
(何が焦ったぜ、だ。法螺吹きめ)
「お前の・・魔物な、アイツオレが馬車に入った瞬間真っ先に人間をかばいやがったんだ。人間を守る魔物だぜ?どんなヤツが持ち主か気になるだろ?」
持ち主・・嫌な言い方だ、教会の人間ならそんな物かも知れないが・・
「そいつがどんなヤツかを知るには、そいつが何に怒りを覚えるかを知るのが一番早い」そうだろ?
「その為に、わざわざ槍に汚れをつけたのかよ?」
馬車の中で、一撃でのされたピョートルの鼻血。
ソレを槍に塗り付け、ご丁寧に薬草と[不動封印縛]を施され動けなくなっていた。
「まぁな、レベルの割りに変な[騙し]が掛っていたからな。
一応警戒してって所だ」
「それで、何かわかっのたかよ」
おれにはこいつが、不気味なヤツって感じは抜けない。
「・・仲間の為に怒れるヤツ・・って所はな、あとは滅茶苦茶だな自滅覚悟・・じゃ無いな、後先も考え無いって所か?」
・・後先か、そんな事を考えて戦えるのか?
目の前の敵さえいなくなればいいんじゃないのかよ。
「仲間だからな」
傷つけられても何も感じ無いなら、仲間とも思って無いからじゃないか。
「ようやく仲間って認めたな、あとは・・お前さんが勇者かって話だが
・・ああ、そんなに警戒するなよ、少し話を聞きたいだけだからよ」
少し・・か、どうせまともには聞かないんだろうが・・
[話も聞かず]ってヤツよりはマシか。
おれは半信半疑のまま、ヤツ[ライヤー]の質問に答える感じで話し出し、今までの事を聞かせる事になった。
口に出してみれば、酷い話だ。
国王の勝手で集められ、魔物との戦いを教え込まれて訓練の毎日。
16になれば呼び立てられて、『魔王を倒せ』と命令された。
魔王の強さも恐ろしさも知らないヤツ等が、『行ってこい!』と飼い犬に命令するように命令する。
必死になって大人達に付いて行けば、見捨てられ。
落ち込んでいたら『邪魔だから殺せ』と国王から命令が出た。
悪魔と戦い、魔物と戦い、身を隠し・名前を変え・他人や、ヒトの良いオヤジの目も疑いながら感謝の言葉を浮かべて笑うふり。
傷だらけでボコボコにされて逃げ続ける毎日・・勇者なんて良い事なんて何も無い。
「・・そうか」ライヤーはそれだけ言って空を見上げる。
「あんたも・・勇者候補なんだろ?羨[うらやま]しいなら代わってくれよ。
好きなだけ、魔王とかと戦ってくれ」強いんだろ?お前らは。
「う~~ん、なんか思ってたのと違うな。お前さ、いくら死んでも生き返るんだろ?好きなだけ魔物を殺して・殺されても生き返る、その程度の事じゃないのか?」
それは頭のおかしい・ネジが数本飛んでいるやつだけが言える言葉だ。
「腕が折れたら痛い・足が曲れば痛い、斬られたら痛い、炎で焼かれたら熱い。
それが死ぬとかになったら、どれだけ痛いと思うんだ?
それに死ぬんだぞ?バラバラに引き裂かれ焼かれ潰されて死ぬんだぞ?
・・・生き返ったオレは、本当に死ぬ前のオレと同じ存在なのか?」
偽物・コピー品じゃないのか。
死ぬ程の痛み・死ぬ程の恐怖って言うだろ?
でもそれは、本当に死ぬわけじゃない。
でも勇者は死ぬ・本当に死んで、生き返らせられ。
また死ぬような場所に行かせられるんだ。
イカレてるだろ?狂っているよな?そんなのは、普通じゃない。
何度も死んで・死に慣れる、それは本当に人間なのか?化物じゃないのか?
自分の命も簡単に捨てられるような化物が、人間の世界・人間の命を大事に思える?
馬鹿なのか?異常じゃないのか、そんな生物はもう人間じゃない。
オレじゃない別の怪物だ。
「殺され続けて、自分が怪物になりはてる・・か、なるほどな・・違うのか」
ライヤーはため息のように深い息を吐き、星空を見上げた。
「わかった、まぁあれだ。
逃げんのに協力は出来ないが、今回はなにも見なかったって事にするわ。
人間の世界は人間が守るべきだよな、人間を怪物にしてまでって事じゃないってのはわかった」オレとは違うんだよな。
そう言うと立ち上がって腰の砂を払い、
「もう会わない事を祈ってやるよ・・そうだ、あんまり金属板は使うなよ。
たぶん神殿は追跡出来るからよ」
それだけ言って砂漠の夜空に融けて消えるように・・・掻き消えた。
(・・金属板か!クソッ)
生命線を握られていたのか・・
アイツの言葉を鵜呑みにするのは危険だと思う、でも状況から考えたら納得するしかない話だ。
(今後は・・もっと注意しないと駄目か・・)
冒険者の持つ金属板は、冒険者が戦えば入金される生活の生命線。
生きる為にはカネが必要だし、魔物を倒してもカネが入らないのでは装備も修理出来ない。
うっ・・ううう「ユウさん、あんた・・アナタも苦労して、、、」
勇者が考えをまとめていると後から呻[うめ]くような声がして・・、ホフメンが泣いていた。
「立ち聞き・・するつもり、は、無かったんです・・でも、声が聞こえてきて・・」
「お前が泣いてどうする?・・・まぁそう言う事だ。
おれは砂漠を越えて海に出る、世界を渡って自由を手に入れる。
その為にホフメンを利用した・・・すまないが砂漠を越えるまでは付き合ってもらう。その後は自由にしてくれていいよ」
結果的に欺した事にはなるが、今は勘弁してくれよ。
「・・なら、オレ・・ボクはアナタに付いて行くよ。
人間のボクがいたら色々と役に立つはずでしょう?」
泣いているからか、精神年齢が少し下がったようなホフメン。
確かに人間の成人が協力者になってくれたら・・楽ではあるが・・
「危険だぞ」
魔物に教会に国王、全部敵だ。
世界を敵に廻していると言ってもおかしくない状況なんだ・・見捨てて逃げるしか無い時だって出てくるだろうし・・
「大丈夫ですよ、これでも逃げ足には自信があるんです!
ユウさんを放って逃げるなんて朝飯前ですから!」
とてもいい答えが返ってきた・・でもそれは、面と向かって言う事じゃないと思うが。
「・・ああ、危険を感じたらいつでも逃げてくれよ・・。約束だ」
ソレをオレは裏切りとは思わない、男と漢の約束だからな!。
「すまない・オレ・戦いに・入れなかった」
オレとライヤーの戦いに混ざれなかったゴラムが頭を下げた。
そうだなアイツは速過ぎたし、おれは頭が真っ白でなにも考えられなかった。
もし混ざってこられても、巻き添えにしたか盾にしただけだ。
「いいんだ、馬車を守ってくれていただろ?お陰で後を気にせず戦えた」
それに・・目の前でゴラムを破壊されていたら・・たとえホフメンの声が聞こえても止らなかった。
「そうですよ・・わたしが言う事でもないですが・・
守る事で戦いに加わる事も重要・・ですよね?」
「よく解ってるじゃないか、そっちも無事でなによりだ」
馬車から顔をだしたピョートルに声をかけ、お互いの無事だったんだいいじゃ無いかと思う。
「アレは・・たぶん化物の類いだ。
竜巻とか火山の噴火とかな、逃げて正解だ。
生き残れているだけで幸運って考えるべきだよ」
本気を隠し・手を抜かれ・それでも薄皮を[切らせた]だけで無傷。
本気なら・・オレ達全員が砂漠の砂に眠らされていた、確実に。
「それ程の・・やつでしたか?・・そうは思えませんでしたが」
ホフメンの言葉は的を射ている、たしかに強さは見せなかった。
「だからだよ、強さの底が見えないから・・化物なんだよ」
腕力・体力・回復力・速度・技術・思考・感情、そのどれもこれもが見えない化物。化物がヒトの形で笑い・話掛けている、そんな感じのバケモノだ。
(見かけは完全に人間だったくせに)
引き籠もり人間不信で、他人の目を気にして生きて来たヤツだから解る。
アレの目はあいつら町の人間がオレを見る目と全然ちがった。
「でも・・まぁ良かった、全員無事だから・・ああ、疲れた・・」
勇者は馬車に跳びのり、倒れるように目をつぶる。
「休むぞ、アレの気が変わって戻って来ない内に移動してながらな」
道はホフメンに頼み、馬車はゴラムが引く。
途中の魔物はピョートルに任せ、治りきってない傷を癒す。
ああ、身体が痛いなぁ。
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