第37話

 馬車が必要なのは砂漠を抜けるまで、その先は船での逃亡計画だ。


『レンタルしてただけ』とか言って、港の商人に返してもらう事も出来る。


(当然、カネは払うとしても)


 それでは、ホフメンとの約束を違える事になる。

[信じる心]自分を洗脳出来る物を宿に置いておくのは恐いはずだ。

 明日には洞窟に返しに行く事も考えなくては、な。


(人生で、二度も他人に騙されるってのは・・キツイだろ?)


 少なくとも、一度でも一緒に冒険した仲間にするような事じゃない。

オレが騙す相手はクソみたいなクズ野郎だけ、ホフメンは良いヤツだ。

 騙せないよ。


 つまり「ピョートル君、きみの推理には決定的な穴があるのだよ・・」


「まだ酔っているんですか?水・本当に汲んで来ましょうか?」


クソ、仲間の信用度が辛い。


「違う、先ずは・・そこのホフメン君をその椅子に座らせてだな・・」


 燭台にはロウソクが一本、炎を揺らせて燃えている。揺らぐ炎の後には[信じる心]を配置する。


「さて、ピョートルは炎を見ない方がいいぞ」

 と前置きをしてからホフメンを軽く起こす。


「・・んぁ・あ・あれ・・ボク・・」


 酒の酔いが回り、虚ろ虚ろした目をトロリと開くホフメンはロウソクの炎とその後に光る[信じる心]を眺めて深い息を吐いた。


「ああ、いいんだ・・ホフメン、楽にして・・そう身体を楽に・・

よ~~く炎を見て・・[信じる心]が炎でゆらゆらと・・光っているだろう?」


・・・・・「ハ・・イ・・ゆら・・ゆら・・」


 起きているのか眠っているのかその中間の意識の中、寝言のように答え首を揺らすホフメン。


「信じる心は綺麗だなぁ・・心が洗われるなぁ・・」

 優しく問いかけるようにオレは言葉を紡ぎ出す。


 信じる心には精霊の魔法がかけられていると言う。


 それなら勇者のような心得の無い者でも、特にホフメン一族になら催眠術をかけられる、そう考えたのさ。


「心・・洗われる・・ああ、心が・・」


「[信じる心]は貴方に信じる事を願っていますよ~~~」


「信じる・・信・・じる・・」


 譫言[うわごと]のように信じる・信じる、と呟き、とろんとした目は[信じる心]から離れない。


(よし、第一睡眠完了)


「信じるのです・・貴方自身を・・貴方が自分を信じ、ホフマンが信じ自らが選んだ事を信じるのです・・」


 他人を信じる必要は無い。

 他人の戯れ言を信じる必要は無い、見た事も聞いたことも無い神の言葉とか

 伝道師の言葉を信じる必要は無い。


「自分を・・信じる・・自分は・・裏切れない・・」


「自分が信じたい事を信じなさい、自分の頭で考え・学習し・経験して学んだ事を使って他人を精査し、自分の目を信じ他人を利用するのです・・」


「・・・勇さん・・」


 お!おっっと!何か間違えたか?ピョートルの目が厳しいぞ!


んんん!「とにかく、自分の眼を開き・見つめ・観察し・学び、経験し、自分の信じた事・自分の眼力・能力を信じ・他人を見定めるのです・・


 そうすれば・・裏切られる事は無くなり、自分の能力不足・経験不足・鑑定眼の過ちとして、後悔は成長の糧と出来るのです・・・・」


『糧にするのです・・だぁぁぁぁぁ!!!!!』


 勇者の気合いを込めた指さしでホフメンの髪は逆立ち、世界が白と黒に明滅して弾けた・・


「・・・う・・うう」カクンッ、


 寝ぼけた酔っ払いには難しかったか・・どうやら眠ってしまったようだな。


「ホフメンに催眠が効けば、おれが人生経験を積む為とか言えば付いて来るだろ?とか思ったんだが」・・多分だけど。


 仲間のはずのヤツ等、[ピョートルとスラヲくん]がうさん臭い物を見るような目で見てくるぞ・・


「・・・スラヲ、お前にも[信じる心]が足らない気配を感じるぞ

・・少しそこでじっとして居ろよ・・」


「馬鹿な事は止めて下さい!・・全く、勇さんの用事は済んだんですよね。片付けますよ」


 冗談の通じないヤツめ「ハイハイ、片付け・片付け」


 酒宴の宴会芸が終った。

 オレ達は酒壺と皿をかたづけてホフメンをオヤジと同じ部屋に運んだ。


・・多分となりのベットだ、そんな感じで転がしてオレ達も客室の一部屋を借りた。



「・・・昨夜は随分とお楽しみでしたね」


「オヤジさん、そういうのは男女の相部屋の時に言ってくれ」 


「冗談ですよ。イエ、昨夜は久し振りに楽しい酒をいただきましたから・・それで馬車の方なんですが・・」


 結局ホフメンはオヤジには何も言わず、朝から馬車の手入れをしているらしい。


(やっぱりニワカ暗示は、無理があったか・・)


 こうなったら、日傘と水樽をゴラムに背負わせて砂漠越えするしか無いか。

水はこの宿の井戸から貰うとして・・


 勇者が必要な水樽の数を考えていた時、妙にさっぱりとした顔のホフメンが帰って来た。


「・・・ユウ・さん、オレは正直アンタみたいなヤツを信じる事は出来ません」


 真っ直ぐに勇者の目を見たホフメンは、それでも真面目な顔のまま言葉を続ける。


「でも、それは自分の目を信じるからじゃありません。

 僕の目はまだまだ人生経験が足りませんからね・・自覚はしてますよ。

・・だからオレは疑いの目を磨く為にアンタに着いていって良いですか

 こちらからは馬車をお貸ししますので、winwinですよね?」


 ニヤリ!

 ホフメンは不敵な笑みを浮かべ、扉の外には磨かれ整備された馬車が見えた。


(コイツ・・winwinの使い方を考えてやがったな)


「ああ、オレがクズでどうしようも無い悪党なら、すぐに馬車を持ち帰って貰って結構だ」


ニヤリ!勇者は親指を立てサムズアップで返す。


「「交渉成立だ」ですね」


 お互い頼り合う[依存]ではwinwinにはなり得ない。

 それは代わりの物が見付かれば、一方的に切り捨てる事が出来るから。


 だがお互いを利用し、利用出来る間だけの協力関係はwinwinなんだろう。


(まぁそれは・・お互いが対等の間だけなんだけどな)


 方便でない互いが得意な分野を押し付け合い、効率良く物事を解決する。


(ああ、多分パーティーってのはその為に組んでいたのか。


・・・一方的に頼ってたのか、おれは・・・だから切られたのか・・・)


チッ、クソッ!


 オレはあのクソ野郎共にもう一度会う必要が有るのかも知れない。

 その時おれは、あのクソ野郎共に何を聞くべきだろうか・・

 どんな顔で・・クソッ!


 おれは頭を振って切り替える。

 今はその為にもする事がある、その時の事はその時考えれば良い事だ。

 そう今は、砂漠を抜ける事が第一なのだからな。


「おれの馬、パトラッシュだ。かわいがってくれよな」


・・・


「よし!馬は馬房へ戻そう!」なんか不穏なんで。


 ホフメン・・キミは、絵が趣味とかじゃ無いだろうな?


 教会で倒れたとしても、おれは君を殴ってでも死なせたりしないぞ?


「・・ユウさん、馬車を引く馬を戻してどうするんです。オレ達で引いて砂漠越えじゃなないですよね?」


 ヒヒィンンン・・

パトラッシュも主人と離される事を感じてか、悲しく鳴いた。


(コイツ!)

 死神は天使の姿で降って来るって、知っているんだからな!


「先ず、パトラッシュ・・くん?

 キミはこの宿屋にとって必要な存在だろう?

 オヤジさんと仕入れに行ったり、田畑の耕し・農耕馬としても役目はあるはずだ。それに・・」


 森にかえされたとしてもだ。

 いずれ来る青い髪の青年と大工のせがれとの出会いが待っている・・と思う。


「それにね、馬で砂漠越えなんかしたら最悪馬が死ぬ。いや普通の馬なら死ぬぞ。

 砂漠を行くならラクダだ、それに今はあのヘビー級の仲間ゴラムが居るからな」

まぁゴラムは歩かせたらいいわけだが・・


「故に、ゴラム!キミには馬車を引いてもらおうと思う」


 ヤツのパワーと堅さがあれば、魔物に襲われてても馬車を守る事が出来る。


「馬車の車輪が砂で滑っても、ゴラムのパワーなら問題無く進めるだろう?」


 馬車の積載も増やせるし、砂丘にも対応できる。

 水の心配もゴーレムの身体ならオレ達とピョートル達の分だけで余裕もできる。


 なによりゴラムが馬車を引いている間、オレ達は馬車で安心して休んでいられる。


 その事を考えればゴラムの移動速度でも十分砂漠は抜けられる・・と思いたい。


「オレ・馬じゃない・・」


 明らかに嫌がってる声と目の光、解らないではないが。


「ゴラム!不満は解る、だがこう考えてくれ。

 オレ達の馬車を守る城壁・守護者はゴラムしかいないんだ!

 オレ達を守る最大の戦士、先頭に立ってオレ達を守る栄誉はゴラムにしか与えられない!

 お前にしか出来ない・お前にしか任せられない職務なんだ」と。


・・・・「オレにしか・・出来ない」

 ゴラムの顔がゆっくりとオレ達の方を向き、ピョートルとホフメンがそれぞれに頷いた。

[だがスラヲは怪訝な顔で怪しんでいるぞ!]


 顔を上げたピョートルは微妙な顔のような・・マスクだから解らないが・・あとスラヲは何も考えて無いように転がっている。


「わかった、任せろ」


 ゴラムが軽く馬車を引っ張ると、車輪が軽く回る。


(良し・・別に欺したわけでは無いぞ、ゴラムが良いヤツなのは知ってたし!)


 利用しやすいとか、欺しやすいと言う訳ではない!


 水樽と保存食、あと必要な物を経験豊富なオヤジに聞いて購入、全てそろったのは丁度昼になった頃だ。

 オレ達はホフメンの宿で食事を済ませ「全て良し、では行くか!砂漠越え!」


 真昼で砂漠の砂も焼けている、だが今のオレ達にはゴラムの引く馬車がある。


「スマン、1人で引いてくれ」


「まかせろ・オレが守る」そう頼りがいのある言葉が返ってきた。


 本当に良いヤツだなお前は。


「装備は攻撃重視だ、敵が来たら即時に倒し馬車に戻る様にする。

体力の消耗は少なくするんだ」


 体力に余裕があったら日が沈んでからも砂漠を進める、とにかく初日は様子見で体力は温存したい。


 馬車の中で肩当てとか腰周りのパーツは外し、軽量化して待機・・それにしても・・遅い、ゴラムの移動スピードが遅すぎる。


(結構良い考えだと思ったんだがなぁ・・)


 多分オレが普通に歩く半分の距離で日が沈み始めた、馬車の中は交代で見張りを立て残りは完全に気が抜けていた。

 事実、オレもなんど欠伸を噛んだのか・少し眠っていた時間もあったくらいだ。


 それでも休まずゆっくりとだが、オレ達は砂漠に轍[わだち]を残している。

あの熱い砂漠を、オレ達は確実に攻略しているんだ。


「月の~~さばくを~~はーるー・・」


「勇さん?なんですそれ?」


 思わず口ずさんでいた歌にピョートルが反応する。


「・・昔の詩だ・・」子守歌のような、遠い記憶の。


「いい歌じゃねぇか、もっと聞かせろよ」


 馬車の外から男の声がする、どこかの商隊のヤツか?・・・・!


 素早く武器を取り、馬車から飛び出し周囲・特に声のした方向を警戒!


(気配も足音も無かった、それに声も知らないヤツの声だった)


 そういうときは大体敵に決ってる。

 いま星明かりしか無い砂漠見えた人影、そいつはどこに消えたんだ?


「ああ恐がんなよ、こっちだ。

 ちょっと馬車を拝見させてもらっただけだからよ」


 背の高い白髪の痩せた男が馬車から顔を出し、へラッっと笑っていた。


 笑っているが感情の無い顔、身体は大きいが存在が掴めないあやふやな気配。


「・・魔物が二匹に人間が2人、それにゴーレムが一体。なあ、お前が勇者か?」


 そいつは暗闇の中に二つの目を浮かべ、観察するような・確認しているような声で聞いてきた。


「なんの事でしょうか?こっちのゴーレムはとある事情で手に入れた物でして・・中の魔物は闘技場に売り出しに・・」


 駄目だ、コイツは駄目なヤツだ。

 不気味過ぎる、この場は誤魔化して立ち去ってもらうのが一番だ。


「んーーん、闘技場の魔物なぁ・・

 確かにそんなのも有りちゃ有りだが・・お前さ、こいつらをいくらで売るつもりなんだ?」 確実に疑っている。


 疑っているのは解るんだが、コイツ!オレの言い訳を楽しんでやがる。


「さ、さぁ相場次第じゃないですか?もういいですか、なら急ぎますので」

 これで、そう言い終わる前に小さい革袋を投げられた。


「金貨だよ、それ1枚で300Gくらいには成る。

 スライム一匹には高すぎると思うんだが、いいだろう?」


「・・・さぁ、オレには何のことか・・」コイツ、からかってやがるのか・・


「ああスマン、一応オレ、聖神光明教会の神官なんだよ。

 だからな・・魔物は生かして置けないんだ、宗教上」


 へラッとした笑いの後、男が汚れた槍の穂先を見せた。

 緑の液体に染まったありふれた鉄槍。


 お前・・殺したのか・・

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