第36話

「不意打ちの・・[魔盗]です!」ピョートルの魔法が勇者の精神力を奪う。


(チッ、面倒な)


 回復と攻撃の魔法、それに織り交ぜて牽制攻撃と防御。


誰だ!そんな面倒くさい戦い方を教えたヤツは、そして前では力を溜めるゴラム。


 魔法力まで回復されて持久戦になったら、勝つのが難しいだろうが!


 ゴラムの腕に絡み付いた鎖を手放し、二振りの刃に持ち替えた。

「お前ら・・峰打ちとか期待するなよ?」勇者がニタリと笑う。



「お!おい!オレはどうすればいい!

 あいつらは・・あの魔物は、味方なのか敵なのか、どっちだ!」

 ホフメンは鉄槍を構え、おろおろとオレ達の様子を見ていた。


・・・・「ホフメンさん、しばらく待機・願えますか?・・前に出ると危ないので」


 ピョートルの言葉に身体を硬直させ、オレの顔をジッと見て・・どうしようって顔だ。


「どうしたいか解らない時は、とりあえずはなにもしない事だ。

 事態を観察し・理解してから冷静に判断しても遅くない。

 むしろ慌てて何も考えず行動する方が危険なんだよ」

 なにも考えず、感で動く時も必要な場合もあるっちゃああるが。


 信じてくれるかな?


「・・ど・どうなんだ?信じて良いのか?」


「ピョートル!少しタンマだ!こっちを済ませる!」


「ハイ!」・・・いい返事だ。

 オレだと解っているのに戦いを続ける気なのも、良く解っているじゃないか。


「ホフメン!オレの言葉を信じる必要は無いぞ。

 ただ自分の頭で考え、そいつの言葉・行動が正しいか判断しろ!


 世界中の全ての人間・生物がお前を裏切っても、自分だけは裏切らないし、自分を裏切っちゃ駄目だ。


 怪我も空腹も悲しみも怒りも、自分の本心を誤魔化し・裏切っていたら結局は傷が深くなるだけだからな」


[自分を裏切るな][自分の事だけは、信じろ]


「・・それがわかれば、自分の信じた事だけは、信じる事が出来るはずだ。

自分の頭で考えろ」


「・・信じる・・いいや無理だ、アンタの言葉は信じられない。

人間なんて嘘つきの裏切り者ばかりだ・・誰も・・信じない・・・おれは・・オレは・・」


 大人の男が泣きそうな顔をするなよ、簡単な事だろ?


「いいか、自分の足を見ろ。地面に立っているヤツは誰だ?

ホフマン、お前自身だろ?

手で顔を触れて見ろ、その手に触れたのは誰だ?ホフマン、お前だろ?」


 そこに立ち、そこで息をしている。同じ空間には一人の自分しかいないんだ。


「いま自分がそこにいる、その当たり前の事から理解していけ。

 裏切られて苦しんだ自分を、偽らず自分だと理解して乗り越えるしかないんだよ」


 誰もが理解してくれなくても、自分だけは本当の自分を理解しているはずだ。


「他人を信じなくても、自分を信じろ。

 自分だけを信じて、自分が信じるヤツだけ信じろ。

 裏切られたら・・自分のヒトを見る目が悪かったんだと、未熟だったと思え。

 学習の機会だったと・次ぎに生かせ。

 

 他人に裏切らせてしまった自分の無力に怒れ。

 自分の力の無さに・・ヤツ等が裏切っても・・・力を付けて、仲間が安心して着いてこれるような自分を目指す切っ掛けだったと・・笑える自分を・・クソッ」


 強く無ければ・仲間を守れるくらいに強くならなければ・・もうオレは笑えないじゃないか。


[自分を信じろ][自分が信じる、仲間を信じろ]


 自虐だな。

 オレ自身が、自分を本当に信じているのか?


「・・アンタは、強いんだな・・」


 逆だ、誰も信じられないから、自分だけを信じたい。

 もう誰も信じないから、自分が信じているヤツらが裏切っても仕方ないと、予防線を張っているだけの疑心暗鬼なんだ、本当は猜疑心の塊なんだよ・・オレは。


「自分を信じる・・そんな事、考えた事無かったよ。

 ・・そうだよな、自分だけは自分をホフメンを信じなけりゃぁな」


 槍を構えたホフメンはしばらく考え「おれは、少し下がっておくよ。これはアンタ達の戦いなんだろ?」と。


「巻き込まれない様にお願いします。あと魔物が来たら大声で叫んで下さい」


「ああ、オレが助けてやる・・正し、こいつらをしばいた後だ!」


 二刀の鋼を遠心力で振り回し、ピョートルの盾に火花が散る!


「いきなり!・・それこそ勇さんだ!」


「五月蠅い!しっかり防御しやがって!」


 勇者の強打は防がれ、その隙を突いてゴーレムの力を溜めた拳が襲う!


 オレはピョートルの盾を蹴り飛ばし、その反動で身体を後に飛ばした。


グハッ!(下がっても・・この!)拳の圧で身体が跳ね飛ばされる。


 擦っただけだと思ったのに、ダメージが痛い。


 二刀流の基本はやはり攻めだと思う、盾を装備したヤツ・身体が鎧みたいなヤツには二刀の受けは防御に一歩劣るな。


(それに受けに回ったら勝てない、少なくともこいつらをボコれない)


 休まない、とにかく攻めるんだ。

 ゴラムの力溜め、気合い溜め、正拳突きをまともに受けたら[中回復]・・・[魔盗]コイツまた!


「いいかげんにしろよ相棒、勇さんもうオコだよ・怒」


「たまには負けて下さいよ、その為の仲間でしょう?」


・・・ぐぬぬぬぬぬんんんぐるえい・・しゃがぬうぅん・じゃるたん。


 言ってくれる、だがこっちも負けられない、意地があるんだよ!


「今から本気のレベルを上げる、参ったするなら今の内だぞ」


「・・仲間を殺す気なんて、しないですよね?」


 今までは試合、訓練の延長だ。

 だがここからは真剣、殺す気は無いが・・死んだらごめんってレベルまで上げてやる。

(死ぬなよ?)クケケケケ・・・


 壁を走り天井を蹴り[爆破]で目くらまし。

 二刀を持って独楽のように回った勇者はピョートルに向かう。


「受けます!」盾を構え踏ん張る一体と一匹。


「甘いんだよ!」

 ワザと最初の二刀を外し、逆手に持ち替えたハサミは牙の形となって盾と身体の隙間に突き刺した。

 ニヤリ!


[爆破]勇者は盾の内側で両手のひらを合わせ、爆発の魔法を喰らわせる。


ヒッ!兜の内から悲鳴が聞こえたが、容赦はしない。


「今度は[火炎線]だ、耐性があるからって、この距離でも耐えられるかな?」


 ぷぎゃ!悲鳴と煙、爆破の目くらましが煙と共に深く視覚を奪う。


(けどな、そっちの巨体は丸見えなんだよ!)


 オオバサミを引き抜いたオレは飛び上がるように巨影に向かい、煙に包まれ見えなくなったオレの背中を攻撃をしようか迷うゴラムの背後に回る。


「よう、元気か?」なら解るよな?


 オオバサミを広げた勇者は、その巨体の首を二つの鋼で挟む。

 動くと切り取るよ?そんな勇者の笑顔にゴラムの拳から力が抜け落ちた。


「やはり、戦いを終わらせる最後の武器は笑顔だな」


 「「「それは違う」」」そんな視線を感じたとか、感じ無いとか。


・・・・・・・・・・・・・

「無茶苦茶ですよ勇さんは!」「ぴゃぁぁぁ!!」


「そう怒るなって、ほら[中回復]」


 非難囂々[ごうごう]の仲間を治療し、どん引きしているホフメンを呼んだ。


 (全く、戦えば全力を尽くすのが戦士の礼儀だろ。お互い死ななかったんだ、そんなに怒るなよな)


「・・ピョートルさん?・・でしたか?・・その、この人はいつもこんな感じなんですか?」


 『魔物!』とか言ってたくせに、オレよりピョートルの方が距離が近いぞホフメン。


そしてオレは・・なにか避けられているような距離感・・を感じますねぇ・・。


「今日はいつもより・・マシな方だと・・チラッ・・ですよね?」


「違うぞ!誤解だぞ!いつもはもっと楽しくて愉快で、軽快痛快って、だよな?」


 警戒通解?・・文字が違うよ?


ゴラムは沈黙し、ホフメンは・・人間の事を信じないからだな、オレから距離を取っているのは。ウン!きっとそうだ!


 疲労した仲間の代わりに勇者が前に立ち進む、通路で勇者は鎖分銅を振り回し、目玉・トカゲニワトリを砕殺し、耐えた魔物には鎖を引いて鎌を投げて殺す。


 死屍累々だ、シカバネと肉片と血液が通路に広がり、現れる魔物に魔法を唱えさせるヒマを与えない。

 常に先制攻撃と滅殺、仲間には怪我一つさせないぞ!


 どうだ?頼りになるだろ?チラリと背後を見て・・見てしまった。


 青くなって口を押さえるホフメン、もう吐く物も無いのに。

 その反対の手はピョートルの肩を掴んで支えて貰っている。


「・・大丈夫か、人間、これが弱肉強食。弱い魔物、こなければいい」


「ああ、ゴラムさん、ありがとう」


 ヤツ等だけ、仲良くなっていやがる。おかしいぞ?


 床がドロドロしている洞窟にホフメンがなれて来た頃、洞窟の奥でぽつんと置かれた宝箱を開けた。


[信じる心]・・像に埋め込まれた宝石は薄く光り、宝箱の中には宝石の名前が書かれたプレートと共に入っていた。


「・・なあ・・」

 なんというか・・今更感の溢れる宝石は見る者が見れば、価値ははかり知れないのだろうけど・・


「これが・・[信じる心]ですか・・父に聞いた事が有ります。

 ひとを・他人を信じれなくなった者が手にすると、ひとを信じられるようになるとか・・」


 ホフメンの一族は皆が純粋で、ひとを信じ過ぎる一族らしい。

 資産を騙し盗られ、ウソを見抜けず欺されて来た。

 だから砂漠の端で静かに暮らしている、そうホフメンは言う。


「一族の中で産まれた一人が『これでは生きていけない』と精霊にお願いして、この宝石に[信じる心]を半分封じて貰ったと聞いています・・」


 お陰で人並みの生活が送れるようになったとか。


「宝石を砕けば、私達一族の者は元の[なんでも信じてしまう]ようになるとか・・勇さん、貴方はコレを砕きに来たのだろ?」

 そうすれば馬車でも宿でも簡単に奪えますから。


そうなのか?知らなかったけど・・


「阿呆クサ、じゃあ売り物にもならないじゃねぇか」


 ホフメンの一族が馬鹿になる為の宝石なんか、恐くて道具屋にも持って行けない。呪いのアイテムじゃねぇかよ、


はぁ「最初の冒険はこんなもんかな、取りあえず・・帰るか」


(ひょっとしたら・・この宝石を守る為に魔物が?・・それ程凶悪でも無かったのは、その精霊とやらの契約に縛られていたからか?)


「・・えあ?・・ああ、そうか。じゃあオレの家・・宿まで・・」


「一応、ホフメン家伝来の宝って事で、オヤジさんに見せてやろうぜ・・それで今回は残念会って事で酒と肴だ。

 カネの心配はいらないぞ、宿の売り上げに貢献してやるよ!」


 冒険の成果は今一だったが、命を賭けて戦い手に入れた宝や銭での馬鹿騒ぎ、これも冒険の醍醐味だ。


「じゃぁ・・この[信じる心]は・・」


「やる、オレ達が持っていても仕方ないし」

 持ち主が解っているんだ、オレが持っている必要とか意味が無い。


「もし必要だったら・・オヤジさんに見せた後で元の場所に戻すくらいはするさ」

勿論無料でな。


 間違いとか手違いで持って来たのなら、元の場所に戻すのは持ち出したヤツの責任だろ?


 と言う事で、体力とか魔力を回復させる為にも飯食って休ませてもらう。


「さあ帰ろうぜ、馬車の待つあの宿に」




──────── 


・・・すごいガン見してくるオヤジと、[信じる心]持つホフメン。

悪かったな、攫[さらった]った感じになってしまって。


「・・息子が無事なら・・なにも言いますまい。

 酒と肴でしたか、別料金でご用意させていただきますよ」


「酒は良い物を多めに頼む、砂漠の酒には興味があるんだ」


 そう、酒は必要なんだ。オレ達にはな。


「おお、ゴーレムを仲間に・・どれ程、腕の立つ方と思いましたが・・」

 酒を飲ませ、和解したオヤジは仲間のゴーレムを見てオレの肩を叩く。


「ああオヤジ、こっちの騎士さんは魔法だって使うんだ。こう[中回復]って」


 こっちの酔わせたホフメンも魔物を恐れず、ピョートルの傍に座り魔法の真似をする。


・・あとな、スラヲが緑から赤色に変色しているのは・・酔っているからか?

 スラヲベスになってフワフワして相棒が座り辛そうになっている。大丈夫か?


 サボテンか竜舌蘭の樹液を発酵させ、蒸留した酒は火が着くほど強い。

夜は寒くなる砂漠で身体を暖める為だろうが・・

「くっは~~キツいなコレは」!


「この酒をですね、この・・かじゅつしゅで・・子供は薄めまして・・へへ」


「なんら~~子供だと~~」

 クキッ・・プッ・・ハ~~~喉が・喉が染みる・・・


 酒の回転が速かったオヤジが潰れた。


「水を飲んで・・やすまんれます・・」


「ああ、いい。ゴラム~~オヤジさんを運んでくれ~~」


「ピョートル、こっちは[解毒]~~たの~~」


「・・[解毒]・・大丈夫ですか?水・持って来ましょうか?」


 何かを察していたように酒の量を減らし[解毒]まで使い、酔いから意識を保っていたピョートルがテキパキと動き出す。


「ほらスラヲ、お前にも[解毒]だ。水も飲みなさい」


「んんん・・良し、何とか大丈夫だ」


 まだ頭は熱いが、やっておくを済まさないとな。


「・・それで、結局は馬車泥棒ですか。確かに・・宝と言うには今一でしたが・・」


 ピョートルはオレがホフメン親子を酔わせて眠らせ、馬車を奪う計画を立てていると推理したのだ!



 なんてヤツだ、オレがそんな酷い事をするとでも・・


「酒会の料金以上にお金を置いておき『酔ってた見たいだが、馬車を売る約束をしたからな』とか一筆書いて砂漠を抜けるつもりだったのでしょう?」


 う~~んそれは良い案・名案だよピョートル君!

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