第28話

「助けないんですか?」


・・・人間だから助ける、魔物は殺す。最近それが正しいのかどうか解らなくなった。


弱肉強食の砂漠で、弱い人間が喰われて死ぬ。

オレが自分より弱い魔物を倒すのと、どこが違うのだろうか。


(それに・・自分の意思で魔物を倒し殺すのと、『他人の為』とか言って魔物を殺すのは・・なんか違うんだよ・・)


「正直どうでもいい、それにこの間、貴族を助けて酷い目に遭ったばかりだし・・」


(あれは・・武器の持たない女一人に、武装した兵士が5人で襲っているように見えたから・・)体が勝手に動いたんだ。


・・・逡巡[しゅんじゅん]ためらいグズグスする事。

勇者が逡巡している間にあのレンガ像がキャラバンに近づき、鎧の男を殴り飛ばす。


「ヒッ!・・誰か!誰か助けてくれーーー」


最後に残った荷馬車?の中から男の声が聞こえる、そして子供の泣声も。


チッ「行くぞ!追い払えるなら追い払う、殺す必要は無いぞ!」


「ハイ!」

 スライムの騎士が滑るように砂漠を駆け抜け、鎧サソリを叩き斬った。


「いいなぁ・・アレ、まぁこっちはこっちで!」


 勇者は走りながら馬車?を睨む。


(何のつもりでガキなんかを連れてるんだよ!

 金持ち商人の道楽なら別の所でしろ!)

 金儲けしにきた商人だけなら商人の失態だ、おれは無関係を貫けたのに!


 「クソッ!」


 子供を見殺しにするのは目覚めが悪いよな、それに魔物の餌としても小さすぎるだろ。


だから「その子供は殺させない」


ああ、カネに目が眩んだ・くそ商人は食っていいぞ。


 戦士は戦って死ぬだろう、魔法使いも戦いになれば死ぬ事もある。


全ては自分で選択した結果だ、当然商人は商売の中で死ぬ事もあるだろう。


 危険を冒して金儲けに走った結果、失敗して死ぬ商人を助ける?

阿呆か、 欲得で死ぬのは勝手だが、いつでも助けが入るとは思うな!


「よう!一日ぶりだな、お前の相手はオレだろ!」


レンガ像は馬車を殴ろうとした拳を止め、勇者の方に向きを変えた。


(・・これも勇者の呪いってヤツだろうな、魔物に狙われやすいってのは、、な!)


焦げた部分もそのままに、巨大な拳を振り下ろす。


 一瞬、受けてみたいと思う好奇心。


 どれだけのダメージと衝撃なのだろうか?と思う頭と、それに耐えきった時に得られるだろう自信が天秤にかかる。


(今は駄目だ、その時じゃない)オレは頭を振って邪念を振り払う。


(今は戦う時だ、試す時じゃない)

 拳をハサミの片方で弾き、滑らせて反動で体を反らせて避ける。


(動きは遅い、砂漠で・あの重量で・あの足なら)逃げるのは容易い。


「アンタ!助けてくれるのか!」


・・・・・


『誰でもいい、神の救いだ』とか『カネは出す!なんでもいから助けてくれ!』とか言い出した時にはコイツを放り出して囮にして逃げようかと本気で思った。


(数が多いな・・本気で囮にしてやろうか・・?)生きている男発見!


瀕死だが・・たしかレンガ像に殴られてた男か。


「おい!生きてるか?生きてたら反応しろ」

 死んでたら反応出来ないだろうが。


僅か[わずか]に動く目元と口元・・オレと偶然に感謝しろよ。


[中回復]、回復より治療効果の高い[中回復]だ、これ以上の回復魔法は[大回復]しかオレは知らない。


(最近出来るようになったばかりだからな・・人体実験じゃないが効いてくれよ)

 回復の光が輝き、中回復の光が男を包む。


(回復の光より明るい、これが中回復か・・)


ゲホッ「っ、??生きてる?生きてるのか、おれは?」


「今の所はな。だが早く立って戦わないと、今度は本当に死ぬぞ」


 冒険者の男がケホケホと息を繰り返し、オレの声で何となく事態を理解したのか武器を掴んで立上がった。


「アンタが助けてくれたのか?助かった」


「それはいい、そっちは馬車の護衛だろ?そっちを守ってくれ。

 オレは魔物を追い払う・・逃げられる隙があれば逃げろ」

 このままじゃ朝まで乱闘になるぞ。


「!だが、仲間を・・イヤ、解った。できる限りやる」


 周囲に転がる人間と、それに群がる魔物の影を見て男は確保を諦めた。

 仕方ないんだ、全部は拾えない。


「こっちも助けられるヤツは助けるつもりだ・・・すまないな」


 生きていたらの話だ。

 『すまない』って言うのは見殺しにした謝罪じゃない、助ける気が殆ど無いって事への謝罪だ。


 話ながらレンガ像の拳をかわす


(コイツ、オレだけに的を絞ってやがる!)


どこかで恨みでも買ったか?・・ああ、あの焦げか?


 レンガ像は拳を振り下ろし、引き・そして振り下ろす。

 あたれば威力は高いが、攻撃のスピードが遅すぎる。


(とはいえ、コイツだけを相手している訳にはいかないんだよ)


 オレはレンガ像の拳を受け流し、周囲を走りながら生きた人間を探す。


(鎧さそりにやられたか・・コイツは無理だな)


 あっちでは包帯男にやられた男が見えた。


「オイ!生きてるか!反応しろ!」


 包帯男の腕を切り落とし、[火炎]で焼く。


・・どっちが死人だ?じゃないな、倒れている男の胸がわずかに動く。


生きてるなら[中回復]だ!



・・・・


 3人ほど助けて馬車に向かわせた。


 「さて、待たせたなレンガ像。いまからは、オレ達だけの戦いだ!」


 レンガの顔の奥で目が光る、向こうも本気だ。



チラッ


 相棒の方も何とか善戦している、こっちも負けるわけには。

 ピョートル方に目を動かした瞬間、レンガ像が深く腰を落とし拳を突き出した。


(マズイ!)

 本能が拳の威力を測り、体を背後に弾き飛ばす。


 拳に打ち出された空気が重く、背後に飛んだ体をさらに後に押し下げた。


そのままレンガ像は次ぎの拳に力を溜め、無心に拳を振り下ろす。


 仲間を信じる、それはお互いを庇い合う事だけじゃない。

 彼と我の力を信じ、戦場を任せ合う事も同じだけ重要なのだろう。


(ピョートル!こんな下らない戦闘で怪我はするなよ)

 それくらいなら撤退しろ。

 巻き込まれた・・自分から飛び込んだとしても、自分達には関係ない戦場なんだからな。


 最悪子供を守れ無くても、自分の身の安全を優先しろよ。ピョートル。


「とは言えだ、レンガ像・コイツの目は・・ただ強い奴と戦いたい、それだけなんだろ?」


 力を振るいたい、敵と戦い・殴り合い伐ち倒し強くなりたい。

 強いヤツと戦って全力を出し切り、負けて滅んでも悔いは無い。そんな目だ。


(ピョートルのヤツも時々あんな目をしやがる・・・魔物の本能か?)


 動物は生き抜く為に力を付ける、なら魔物は・・力を付ける為に生きている?・・まさかな。


 何となく解るのは勇者の呪いだろうか・・魔王を倒すために生かされ・力を付けるまで終わることのない命・・


(なら、お前とオレは似た物同士って事か?)


 魔物とオレと、似た物同士ならわかるよな。

 これはただの喧嘩だ、、そうお前は強くて、オレはしぶとい。

 お前とオレ達の喧嘩に商人なんか関係ないよな?


「殴って殴られて倒して倒されて、スカッとしようじゃないか!」


本物のガキの頃は良かったな、偉い大人の目なんか気にもせずにこうやって、


げんこつで解りあってたんだよ、オレ達ガキは。


 どっちが強い、どっちが意地っ張りか、それだけわかれば十分だったんだ。


 そこに上下は関係ない、ただお互いの意地と根性を拳でぶつけ合う儀式だった。


(殺し合がしたいんじゃないよな、お前も、オレも)


 オレの頬が上がり、呼応するようにレンガ像が叫ぶ。

 そして二匹のガキが共に走りだした。


 先に拳を振り上げたのはレンガ像、だが早かったのはオレだ。


 振り上げた拳の脇をこするように二本の刃を走らせ、振り向きざまに両剣を叩き込む。


(堅い!重い手応えの中に石を切るような感触だな!)


 グォォォ


ヤツは痛みを感じない体で振り向き、左腕を突き出す。


(掌?)開いたレンガ手はハサミを弾き、オレの体を跳ね飛ばす。


 素早い勇者の動きにレンガ像は攻撃の面積を広げる事で対応する。

 背後に飛ばされ体勢の崩れた勇者に追撃の[投砂]、レンガ像は砂漠の砂を巨大なシャベルのような手ですくい上げ、その体勢のまま投げ付けたのだ。


 散弾の混じった砂の雪崩れが全身を襲い、砂煙で視界が曇る。


「ペッ!ゴホッ!」無茶苦茶しやがって!


 単純な力と巨体、それに体の固さ。

 『存在がチートだ』とか泣き言を言えたらよかったんだが。


 勇者は砂煙の中、迷わず地面に伏せた。


カニのように・トカゲのように地面を這って動き、ヤツの背後に回ると重ねたオオバサミの先端で切りつける。


 一本ずつが鋼の剣のような重さ、それを遠心力を加えて思いっきり叩き落とす。


ガリGggガガッギリ!!


 レンガの体に深い溝、ヤツが音に気づき振り向くと勇者は飛び退き、砂煙の中で地面に伏せる。


(二発目だ!)


 またレンガ像の背後にまわった勇者は思いっ切り振りかぶり、ハサミを叩き下ろす。


ガリガキガキ!!


 火花を上げて二つ目の溝がレンガに刻まれ、直ぐさま地面に伏せる。


・・・? ん?なんだ?


 レンガ像は振り向かず、動きを止めた。


(?・・・じゃあもう一回・・バレないようにこっそりと少しだけ動いてっと)

 オレは位置を変え、立上がってハサミを振り上げた。


 その瞬間、壁のような何かが真横から現れ勇者を撥[は]ねた!


ミシッ、ゴキッ!


 「お!ぉお!」

 完全に無防備な胴をはね飛ばしたのは、レンガ像の手の平。


 背中の死角しか襲って来ないならワザと背中を見せ付けて、襲って来る勇者をはたく。


(死角を死角で無くしたのか?襲撃の場所が解っていれば迎え撃つことも簡単にできるとよんだ?)このレンガ像、見た目より頭を使う!


(ゴヘッ!それも、自分の防御と耐久力に自信が有るからだろ!)


 守るタイミングが外れても、自分は攻撃を受けても耐えられる。

 そう考えての反撃か。


(全力で打つ事に集中し過ぎた、クソ、アバラが折れたか?)


 息をする度に刺すように痛い、[中回復]

 ジワジワと胸に熱が上がり、痛みが和らいで行く。


([回復]でも良かったか?・・何度もかけ直す隙も無かったから正解か?

コイツ、見た目以上に考えてやがる)

 後は戦闘経験か?コイツ強い!


 回復の最中も拳をかわし、正面に立たない勇者に[投砂]が襲う。


(全体攻撃かよ!クソ!)


 躱せない攻撃を続けられると立っていられない、

 倒れたらそのまま砂に埋められる。


・・・なら、


「やってやる、正面対決だ」

 言葉が通じるかは解らないが、投砂をかいくぐり背後に立ったオレは宣言するように声を上げた。


 GGGooo・・


 レンガ像にも意思が伝わったのか、低い呻り[うなり]を上げて勇者と向かい合う。


 胸の痛みは消えた、呼吸も出来る。緊張はあるが、冷静だ。


[筋力集中]体中の筋肉を絞め、血圧を上げ心拍数を上げる。

 目に熱がこもり全身が熱い。

 極限まで筋肉を固め、吐き出す息と共に全身の力を抜いた。


 血圧と心拍で、血液は普段は使って無い筋肉にまで酸素を運ぶ。


数秒間の全身全力使用。


 ザッ、だがオレはかけ出した瞬間に失敗に気付く。


 (くそ、砂で足が取られる、スピードが遅い!)


 平地の半分ほどの早さで距離を詰めた。


 レンガ像はその場で腰を落とし、正拳で勇者を向かい打つ。


ガキン!

 右の拳は勇者の剣を捕らえ、そのまま押しつぶす威力があった。


「負けるか!!!!!」


 オレの左腕で放った剣はヤツの拳に押されている、だがそこに右手に持った剣で左の剣を打ち、押し込んだ!!


 片手剣として威力を上げる為、刀身の上部が厚めに打ってあるハサミは厚い部分を打つと刃が堅い魔物の体を押し切るように出来ている。


 片方の刃が敵に刺されば、それを杭のように押し込めるんだ!


 ビキッ!ビシッ!


 レンガの拳に片刃がめり込み、ヒビを作った。


「ハァハァハァ・・どうだ、片手は奪ってやったぞ。投砂はもうできないだろ」


 こっちも全力を超えたせいで体中がギシギシいっているが、ヤツの攻撃手段の半分は奪った。


(これで・・やっと五分くらいか・・)


 ゴゴゴゴゴ!!!


 ヒビの入った拳を引き戻し、正拳の構えを取る。やはりまだ戦えるか。


「戦士さん!こっちだ!」


 周囲全体の砂煙が落ち着き、どこか背後から声がした。


「戦士さん!馬車の方へ、魔物の数が増えてます!囲まれる前に!」


 「あ゛?・・」


 そうだった、オレは商隊を逃がす為に時間稼ぎをしていた・・のか?


・・アレ?レンガ像を倒すのは目的・・?・・


「戦士さん急いで!」


チッ、舌打ちして馬車を睨み、レンガ像に向く。


「邪魔が入った!

 勝負は持ち越しだ!オレの1敗・1分け、次ぎは最後までやってやる!」


(空気の読めないヤツが!)


確かに助けに入ったやつを置いて逃げるってのも外道だが・・・


「ピョートル!撤収だ!馬車に乗れ!」


大声で叫びふところから鎖鎌を解いて取り出し・・鎌と鎖でオオバサミの持ち手を絡めて括る。


「ハイ!」

 ピョートルの返事が聞こえた時、完成[デス大鎌鎖[改]]


「コイツをぶん回す、怪我したく無ければだれも近づくなよ!」


 両手で鎖を掴み、大鎖鎌を振り回す。

 範囲・威力ともに[大]、空中の魔法コウモリが一撃で引き裂かれ、夜のていおうの皮膜が破れて落ちた。

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