第53話
「勇者様・・」
スラヲが仕事をしている間、最も魔法を使ったヤールには仕事を与えず日陰で休ませていた。
その悪魔は交代で休みに入った勇者の隣に座りオレの肩を抱こうとしてくる。
セクハラはやめなさい!
「それになぁ、勇者様って・・」
もう転職するって決めたんだぞ、その時は商人様とか呼ぶのかよ。
「その・・勇者様の覚悟は理解しますが・・多分転職しても・・」
「しばらく追われるって事は覚悟しているさ、それも次ぎの勇者が選ばれるまで・・だろ?」
偽勇者は死んだ、教会の奴らがそう信者共に言い聞かせればいいんだ、そのあとに町で商人が一人、商売を始めた所で誰に迷惑をかけるっていうんだよ。
(まさか、次ぎの勇者が現れても追われるなんて事・・そんなヒマもコストも掛けて・・有りえるのか?)
あいつらイカレてるからなぁ・・
「それも有りますが・・勇者様がいくら望んでも、勇者を止められない可能生が有ります。
この世界での認識がどうかは解りませんが・・勇者因子という言葉はご存じでしょうか?」
(・・勇者を止められない可能性だと?・・転職できないってことか?)
そんなもん神官を殴ってでも認めさせてやる。
魔物だって転職できるんだぞ!・・?勇者因子?
その言葉を悪魔から聞くとは思わなかった。
(勇者は魔物より神に呪われた存在なのかよ、それに・・・勇者因子・・って)
「良くそんな言葉しってるな、確か・・魔物・魔王に対しての抵抗力?だったっけか?」
毒耐性とか火炎耐性の仲間だろ?それが高いと魔物の精神攻撃に強くなるとかなんとか。
「いえ、魔物耐性では無く・・勇者因子、つまり・・」
「あ~~あ~~」
聞きたく無い・聞きたく無い、どうせ碌でもない事に決まっている。
「落ちついてください勇者さま、重要な事ですよ。
[勇者因子]・・他には[天人の因子]や[竜の因子]とも呼ばれる物のことです。
そしてそれは魔に対する抵抗力ではなく、世界に対する抵抗力だと私が言っても聞いてくれませんか?」
・・・・・
それは世界に対するバランサー。
魔物が増える事に反応し魔物の数を減らし、人間が増える事で魔王が現れる。
でもどうやらそれだけでは無いらしい。
「勇者が人間から選ばれるのは、人間が信じる神の神託。
ですがバランサーという事は・・人間を滅ぼす事もできる存在だとは思えませんか?」
そりゃぁ・・魔物が増え続けたら、人間は・・滅ぶのか?
普通に魔物を狩る人間もいるぞ?
強い戦士や冒険者、英雄や軍を指揮する将軍。現在でも十分戦えているんだ。
???
「人間の手で育てられるのも、人間の教育を受け・人間世界の倫理をすり込むのも全て人間の味方にする為。
勇者様は今の世界を変える・・世界の流れる先を決める特異点なのですよ」
・・・・特異点?わからん、なにが言いたいんだ?
「勇者様がその気になれば、全ての人間を支配し、殺し尽くし、魔物を従え、世界を蹂躙する事も可能なのです・・そうさせない為の人間教育なのですが」
(ああアレね、世界の半分とか、魔王の手を取って共に世界に宣戦布告するとか言う。。。くだらない、おれはただ静かに暮らしたいだけなんだよ)
「・・そうではありません、神に選ばれた勇者に敵は無く。
たとえ勇者を選んだ神ですら倒し得る、勇者様が敵と認識すれば必ず伐ち倒せる。それが[勇者因子]です」
顔が近い!真面目な顔で何を言うかと思えばバカな事を。
「あのなぁ・・オレは負けてばっかりの男だぞ?
この間も・その前も、ギリギリで・・今生きているのは運が良かっただけだ。
いつも死にそうな戦いばかりだぞ?」
アノ馬・・メズヱル?もライヤーも教会のヤツ等も悪魔神官だって、少し間違えば死んでいた。
勝っていた戦いなんて、飛びだしてくる魔物くらいだ。
「[馬刺]様は別として、そのほかの相手は本当に殺す気があったのですか?
質問の意味は解らないが、真面目な顔で悪魔は言う。
殺したい・・か、教会のヤツ等をそこまで思った事は無いけどさ。
「殺意・怒り・殺意、そのような感覚に身を委ねた時、身体能力が意思に追い付いた事はありませんか?
(殺す)そう思った瞬間、目の前の敵を簡単に葬った経験は?」
・・・・ない・・とは言えない。
カッとなって頭が真っ白になった時、気が付けば[ソウ]してた。
「勇者に敵対した者は全て[魔物]、たとえそれが最強のドラゴンでも善良な淑女であっても殺し尽くせる。
それが勇者因子の本質、そして魔物と判断した相手には限界を超えた力、勇者の力が引き出せるのですよ」
・・・
肉体の限界・精神の限界・人の限界を超え、勇者の力を使う。
最強生物・ドラゴンでも殺せる力。
「そうです、だから人間に敵対させない為に人間の神は勇者様に人間の姿を持たせ、人間に育てさせ、
人間に情を持たせる、それが神の仕掛けた勇者への枷になるのですから。
『魔物を殺す事は、人間を殺すより簡単でしょう?』」
そう言って悪魔は最高の笑みを浮かべた。
嫌な事を言うなぁ、神に嫌な目にでも会わされたのかよ?
まぁ悪魔だから仕方ないかもだけど。
普通の人間が身体を鍛えて腕力・膂力を高めて戦い、勇者因子を持つと更に勇者の力を上積み出来る・・・だから弱いオレでもそれなりに戦えたのか、、へぇ~~~。
(ヘッ、自分の才能の無さに呆れてくるよ)
勇者の力を上積みしても、やっとこさ戦えてるんだから。
はぁ・・道理で勇者候補のヤツ等が強いわけだ、あいつらも勇者の力ってヤツを使ってたんだろ、だから。
「・・勇者様。アナタ様は、ほかの勇者候補なんか相手にならない程の適正を持っているのですよ?ただ・・その力を引き出していないだけで」
・・「どうしたら、ソレ[勇者の力]を引き出せるんだ?
知ってるなら教えろ、そうすれば・・」おれは、みんなに・・違う!
「勇者として・・生きられ・・・るんだろ」
誰かの為とか、国家とか教会の為でも無い。
自分の理想とする勇者として。
「簡単ですよ!
全て敵として心の底から憎み・怒り・破壊・殺戮・殲滅対象として認識すれば良いんです。
それだけでどのような人間も・魔物も・魔王や神ですら殺し尽くせますよ!」
「それは、勇者じゃないだろ!」
魔王とか鬼神とか、世界を破壊するナニカだ!化け物だ!怪物だろ!
「[神の作った神兵]世界を作り出した神に認められた殺戮者・破壊兵器、それが勇者の本質です。
少なからず、あの僧兵達は勇者様を殺すべき敵、そう判断することで枷を緩めていたはずです。
『教会の敵は神敵』そう洗脳を受けたからかも知れませんが」
ああ、だからか。
人間に育てられ、魔物を敵と教えられるのか。
勇者の力を、魔物を殺す為に使えるように・・・
でも・・なぁ悪魔よ、おれはさ、結局臆病なんだよ。
魔物の全てを敵と考えられないほど、ヤツ等の目をさ。
真っ直ぐに生きて、オレと向かい合い弱肉強食のルールで生きるヤツ等を、悪として見れないんだ。
魔物相手でも命が消えるのが、恐いんだ。
(オレが死にたく無いから・・・魔物も死にたく無いって思っていると、どうしても考えてしまうんだよ・・)
勇者の力を使えない、そして戦いの才能が無い。
そりゃぁ・・・切り捨てられるさ、ああ・・そうだったんだな。
『オレは勇者の出来損ないだからか・・』
・・ちょっと待て、それじゃあ。
「ええ、たとえ商人に転職してたとしても、勇者因子が消えるわけでは無いので・・」
はぁ?( )
頭が真っ白になった。
なんだよそれは!
その使え無いクソッタレ因子のせいで自由になることも出来ず、死んだらアノ国王の前で復活して捉えられ、拷問が待っているのか?
そして魔王のヤツ等にも敵対者として狙われるのかよ?
・・吐きそうだ、なんだよ・・オレの人生は、全部地獄しか無かったのかよ・・
「それじゃあ、産まれた瞬間から『戦って死ね!』『死ぬまで戦い続けろ!』って言えよ!
なんで・・なんでオレだけが、、、クソッ!」
神の神兵とか・・おれは本当に人間じゃなかったんだ。
戦い潰れるまで酷使される奴隷だったんだ・・オレは。
「ですからね?勇者様、生きる為には自分を追う者は殺し尽くし、教会?とか言う奴らを滅ぼすしかないのですよ。
少なくとも・・魔王軍と魔王を相手にするよりは・・ね」
「悪魔め!そんな事が出来るかよ!」そんな事。
(ああ、だからこいつはそんな話を。
勇者因子とか言う話を言い出したのか、人間の敵対者にする為に・・)
「いいえ?何度も言いますが、私にとって人間も魔王も関係有りません。
私にとって大事なのは私の勇者様ただ御一人。
その為に邪魔な存在・勇者様を悩ませる存在は全て私の敵。
私の名に賭けて勇者様にお誓いします、私だけは『貴方だけの味方です』」
つまり・・おれが生き残る手段を、ただ教えてくれただけか?
そんな事・・信じられるかよ。
(・・でも、信じるしか無いのか・・)
「じゃあ、魔王を倒すって言っても付いて来てくれるのか?」
「もちろんですよ、私の勇者さま!」
ヘッ、全世界が敵で、悪魔と魔物だけがオレの見方か。
ハハッ頭が割れそうだよ。
「・・ピョートル、そしてヤール。
お前達がオレの仲間でいてくれるなら、オレはお前達を守る。
たとえ相手が人間でも、敵が世界を守る救世主だろうと剣を振る」
そうだな、答えは単純だ。
味方を増やして敵を減らす、オレは、オレの仲間の為の勇者をやればいい。
そう言う事だよな。
あと抱きつくな悪魔、お前の呟きに欺されたわけじゃないからな!
「よいしょ」
オレの中で世界が二つに分かれたのが解った。
敵と味方、オレに勇者の適正があるなら敵が人間だろうと・魔王だろうと打っ倒す。
(いや、違うのか?滅ぼし殺すくらい、怒りの感情に身を任せるんだったか?)
出来るかどうか、自信は無いけれど。
頭のスイッチを切り替えてみる。
[敵を憎み、殺し尽くす]ふぅ・・そう考え、想像し思い込め。
「はぁぁ!!!」頭に嫌な事・最悪の情景を思い浮かべる。
・・ジリジリと首の後が重くざわめく、悪意・殺すべき敵。
目を閉じ、暗闇に潜む足音に悪意を向ける。
『死ね』
目を開いた瞬間、振り抜いた鋼刃に遅れ3体のマミーが両断され上半身が床に転がり落ちた。
(酷く気分が悪い・・これじゃあ、八つ当たりだ)
それでも、手に残る魔物を切り裂いて倒したはずの感覚は、紙人形を切った程度の抵抗しか感じ無かった。
『いくらでも斬り殺せる』
枯れた藁の茎を狩るように簡単に、そんな感じだった。
「・・・コレか?」
こんな気分の悪いモノが勇者の力か?
「イエス!イグザクトリィ」
その通りでございます。ってこと?
(自分の力・・多分違う)勇者の力に飲み込まれそうになる。
自分が凡人だから解る、どれだけ努力しても手に入らない力の片鱗だ。
深い怒りの感情と強力な力、暴走させるには相性が良すぎるだろ!
何もかも殺したくなる感情がトリガーでなんでも殺せる力が手に入る、こんなモノが勇者の力かよ。
「『力無き正義や理想は無意味』・・か」
そして人間は力に振り回され自滅するのだろう。
「おま・・ハァ・・さて、と。
スラヲ・・くん、良い感じに腹は満ちたか?
・・その腹に沈んだ金貨を吐き出したまえ、キミ!」
なんだよその不満そうな顔は。
まるで『これも僕の物!』見たいな目で見上げても駄目だぞ?
言う事聞かない子は、ピョートルさんの言いつけるからな?
ペッ!ぺぺペッ!渋々と言った感じで金貨とかを吐き出した。
「・・ほら1枚やるよ」
光り物が好きな生物は多い、そんな習性があるなら1枚くらいやってもいいよな?
手に置いた金貨を『にゅるン』と飲み込んで跳ねていったぞ。
これが世間でスライムを倒した時に手に入る金って事になるのか?
(まさかね)
(フゥ・・「お前ら」とか、少し力が手に入ったくらいで偉そうになる所だった。
これも勇者の力の副作用とかだったらすごい嫌だな)
驕り[おごり]慢心。
それは今まで最弱無能と自分を見つめてきた勇者が、底知れない[勇者の力]に触れることで他者を簡単に蹂躙できる力を手にした、そんな気になっていたからだろう。
それは奴隷のように虐げられてたある日、突然世界最強の力を神に与えられ自分が本当に強くなったような。
[勘違い]だ。
神が気紛れに与えた力なら、気まぐれに力を奪い・もしくは与えた力を消滅させるかもしれないのに、自分の力だと錯覚するような愚かさだ。
(コレはオレの強さじゃない、ただのズルだ。解ってるよ!)
与えたモノがいれば、奪う事だって出来る。
当然、力を封じる方法だってあるだろう。
でも、解っていたって力に溺れるのが人間だ。
神は人に試練を与えるだけで、幸福を与えるようなことは滅多にしないんだ。
力を与えたんだって、罠の可能性の方が高いと考えるべきなんだよ。
・・・転職はあとで考えるとして・・
「今は前に進むだけだな。
ピョートル!ゴラム!ホフメン!ヤール!もう砂食いもどっかに行っただろ、行くぞオアシス!
こんな死体臭い場所とはオサラバだ!」
あとで戻って来そうな匂いがプンプンするけれども!
(そうだよな、今は新しい武器を手に入れた程度に考えればいいんだよな)
勇者は新しい武器、[呪われた勇者の力]の一部を手に入れた。
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